メインコンテンツへスキップ
見出し画像

イミツキ 第24話 長く伸びる影

    キタラは深い森へと足を踏み入れた。

    周囲には白い靄が立ち込め、視界が極端に狭かった。
    数歩先の木ですら霞み、その奥は白い景色に溶け込んでいる。

    白い景色の中で、どこからか水の流れる音が聞こえてきた。
    目を凝らすと、先の岩陰の隙間から、湧水が流れていた。

    キタラは湧水へ駆け寄り、手ですくった。
    湧水は痺れるように冷たく、喉に流し込むと、冷たい塊が腹に落ちていった。

    その時、すぐ側の茂みの奥で、葉の掠れる音がした。
    キタラは咄嗟に地面に伏せ、茂みの隙間をじっと見つめた。

    野兎が草を齧っているのが見えた。
    キタラは地面を這いながら、ゆっくりと野兎に近づいていく。

    直後、白い靄の中から、空気を裂く音が走り、野兎の腹に弓矢が突き刺さった。
    野兎は、跳ねるように後ろへ吹き飛んだ。

    キタラは、倒れた野兎に駆け寄り、首根っこを掴んだ。
    野兎は、宙にうなだれたまま動かなかった。

    「キタラ、枯木だ。」

    男が白い靄の中から現れた。
    キタラの手から野兎を掴み、腹に刺さった矢を抜いた。
    野兎の皮を剥ぎ、腹の中のものを取り出し始めた。

    キタラは、近くの木の根元から枯れ木を集め、男の前に置いた。
    男は枯れ木に火をつけようとするが、枯れ木は湿りなかなか火が付かない。

    何度か火打石を弾き、ようやく枯れ木に火が移った。
    キタラは兎の肉を枝に刺し、火の前に置いた。

    その時、後ろから、こちらを呼ぶ声がした。
    振り向くと、薄い靄の先に斧を持った男が立っていた。
    こちらに向けて、手を振っている。

    男は立ち上がり、斧の男の方へ歩き出した。
    キタラもあとに続くと、後ろから、肉の焼ける匂いが鼻に入ってきた。
    肉の表面が焼け始め、白い煙が上がっている。

    キタラは火の前に戻り、焼けた部分を千切って口に入れた。
    柔らかい肉の感触が広がり、キタラは高い声を上げた。

    キタラは再び肉を千切り、次々と口の中に入れていく。

    やがて、白い靄が晴れだし、周囲の景色が姿を見せ始めた。

    白い景色の先には、苔むした古い木が並び、どこまでも深い緑が続いていた。
    ごつごつとした岩の割れ目から、細い湧水が流れ、その周りにはどこからか流れてきた丸い石が転がっている。
    頭上から差し込む陽の光が、濡れた草や土をキラキラと眩しく照らしていた。

    キタラは肉を千切る手を止めた。

    陽の射す地面に何かが落ちている。

    キタラは肉を齧りながら、陽の射す方へ近づいて行った。
    そこには、見覚えのある大きな布袋が置いてあった。
    中を開けると、衣服やよく分からない干し草、そして小さな袋があった。

    小さな袋の中から、丸い飴が転がり出た。
    鼻を近づけ、口の中に入れると、いつもの甘い味が広がった。

    キタラは周囲を見回し、視線を止めた。
    ぬかるんだ地面に足跡があり、その先の茂みが何かに押しつぶされていた。
    太い幹の皮が剥がされ、何か大きなものが通り抜けたような痕跡。
    土の匂いに交ざり、かすかに獣の臭いがした。

    キタラは、その痕跡を辿り、森の奥へと進んで行った。

    苔むした木々がどこまでも続いていた。
    だが、獣の臭いだけは強くなっていった。

    やがて、開けた場所に出ると、そこには首のない"何か"が倒れていた。

    キタラはしばらくその場から動かず、倒れた"何か"を見つめていた。

    足元の石を拾い、"何か"に投げつけた。
    石は大きな体に弾かれ、地面を転がっていった。

    "何か"は動かなかった。
    キタラは、"何か"のほうに駆け出し、腹の上に飛び乗った。
    腹の上は柔らかく、その場で飛び跳ねると、腹の肉がぶるぶると揺れた。

    キタラは揺れる腹の上で寝ころび、空を見上げた。
    透明な石を懐から出して、空へ透かせる。
    透かした先には、赤くうねる、透明な丸いものが浮いていた。

    キタラが空に手を伸ばした瞬間、すぐ近くで大きな音が鳴り響いた。
    木の上の鳥たちが一斉に飛び立ち、木が崩れていくのが見えた。

    地面が揺れ出し、頭上から木の葉が落ちてきた。
    大きな足音のようなものが近づいてくる。

    キタラは"何か"の腹から飛び降り、濡れた地面を蹴った。
    茂みをかき分け、来た道を走り出す。

    すると、木の隙間から、人影が走ってくるのが見えた。
    突き出た腹を揺らしながら、こちらに向かってくる。
    キタラは足を止め、人影をじっとみつめた。

    老人だった。

    「キタラ!」

    老人は目を丸め、声を上げた。
    キタラは老人に向かって走り出し、突き出た腹に飛びついた。

    老人はキタラを抱きかかえ、そのまま走り続けた。

    「なんでここに!」

    後ろを振り返りながら、掠れた声を出した。
    キタラは老人の腹をよじ登り、肩越しから後ろを見た。
    大きな音は、後ろの木をなぎ倒しながら迫ってくる。

    突如、老人が横に跳び、大きな岩陰の後ろに身を潜めた。
    老人は、キタラを地面に降ろし、手に持った太い棒を強く握った。

    「動くなよ、キタラ!」

    老人は岩陰から飛び出し、太い棒を構えた。
    棒を振り下ろすと、棒が固い音をたて、長く伸びた。

    薙ぎ倒された木の陰から、大きな鎌のようなものが飛び出してきた。
    老人は後ろに下がり、太い棒で受け流した。

    木の陰から、大きな"何か"がゆっくりと現れた。

    飛び出た大きな目玉がギョロギョロと動いている。
    緑色の硬そうな皮膚に覆われ、その手には尖った鎌がついていた。

    キタラは岩陰から顔を出し、緑の"何か"を見つめた。
    飛び出た目玉が四方に動き回り、目玉に合わせてキタラの体が小さく揺れた。

    その時、背後で葉が擦れる音がした。
    直後、耳元で風が通り抜け、背中が裂けるように熱くなった。

    振り向くと、そこには別の"何か"が立っていた。
    木の影に溶け込み、長い針のようなものを振り下ろしていた。
    針の先端には、赤い血が滴り落ちている。

    キタラが咄嗟に立ち上がろうとすると、体の力が抜け、膝をついた。
    背中に触れると、手にはべっとりと血がついていた。

    急に寒くなり、身体が震えてきた。

    「キタラ!」

    老人の声が聞こえた。

    気付くと、すぐ側に老人の顔があった。
    老人はキタラを抱え上げ、キタラの頬を叩いた。

    意識が薄れる中で、鈍い音が聞こえた。
    直後、老人の顔が歪み、口の端から血が垂れてきた。

    垂れた血はキタラの頬を伝い、口の中に入ってきた。
    老人の体がゆっくりと崩れていく。

    突然、身体から寒気が消え、震えが止まった。
    いつものように体が動き、キタラは跳ねるように飛び起きた。

    キタラは足元に倒れた老人の体を揺すった。
    動かない。
    背中からは大量の血が流れていた。

    地鳴りのような音を出しながら、二体の"何か"が近づいてくる。

    キタラは、倒れている老人の肩を強く揺すった。
    老人はまだ動かない。
    かすかに乾いた呼吸の音だけが聞こえた。

    二体の"何か"が、挟むようにキタラを囲んだ。
    キタラは爪を噛み、その場でぐるぐると回り出した。

    心臓の音が早くなる。
    呼吸が荒くなり、肩が大きく上下に揺れ出した。
    体の奥がどんどん熱くなっていく。

    その時、強い風が吹いた。

    次の瞬間、緑色の"何か"が、真っ二つに割れた。
    赤黒い血が飛び散り、生臭い匂いが鼻の奥に広がった。

    そこには、大剣を振り下ろした男が立っていた。



    前の話:第23話 深い森  次の話:第25話 丸い刺繍


     
     
    普通に働きながら、休みの日に小説書いてます。 映像、舞台問わずエンタメ好き。 趣味で舞台に立ったり、脚本書いたり。

    あなたへのおすすめ