
日比谷公園のギャル
その日の午後には就職活動の筆記試験を控えており、疲労困憊が予想されたので他には予定を入れていなかった。就活の一環とはいえ企業の社員と対峙する機会はなく、テストセンターで試験を受けるだけであったので、私服である。
試験内容や終了時刻を全く知らされていなかったことに不満を抱きつつ、緊張とも怪訝ともつかぬ顔で会場に向かっていたが、道中、
(目を鋭くさせていても企業の人間がいないのでは威嚇にならんか、)
と反省するなどし、到着の頃には穏やかな顔と気持ちでコンディションを整えていた。
そこに入社したいのなら威嚇などしない方がよいので、どのみち正解だったと言える。
いざ始まってみると、その試験はタイピングによる自由記述の形式であった。タイピングは私の大得意分野である。
記述したいことが思いつかなければ意味がないが、その時の私は「最終的な分量が多ければ多いほど評価が高い」と信じて疑わなかったので、頭をひねくりこねくり、文字通りの駄文乱文を書き連ねた。
筆が進むにつれて私の心は昂りはじめ、ついに50分の間、一度も休めることなく十の指を一心不乱に動かし続けた。途中、試験監督の男が私の後ろにだけやたらと長く留まっていた気がしないでもないが、お構いなしだ。
アドレナリンをドパドパ出しながら最後の一秒までタイプを続け、その日の試験は無事に終わった。結果は後日知らされることになっていたので、そこにはさめやらぬ勢いとその日唯一の仕事を無事にやり遂げた全能感をそれぞれ両の手に持った私が残された。
話は変わるが、当時私は「無料でできる健康法」にはまっており、ランニングもその一つだった。ランニングの良いところはいつでも思い立ったときに走り始めるだけでよい、というところである。計画的に行動できない私にはその点でうってつけであり、また、ジムのように人目を気にすることがないというのも良い。走り慣れないフォームでゼェハァ走っている様を街中の人に見られてしまうではないか、と初めは思っていたが、東京に住んでいて知り合いに遭遇することなどないし、見られているのが嫌ならば、その分私が早く走ればよいのだ。一期一会の他人の傍にいつまでもだらだらと居てやる義理はない。
継続の観点でも、スマホのアプリで記録をつけ、友人に自慢などすれば自己肯定感はひとしおであるから、文句なしである。
と、このように当時の私は特にランニングの素晴らしさに目覚めたばかりであり、下町のちびっこのように隙あらばその辺を駆けずりまわっていた。
そんな時期であったから、筆記試験を終えたその日、夕方前で天気は晴れ、風が気持ち良く、過ごしやすい半袖と楽な運動靴という格好で、体調も万全なうえ、さらにアドレナリンと全能感を携えていたのだから、私が一寸の迷いもなく走り出したのも無理はない。
飯田橋のテストセンターを抜け出しまずは皇居へ向かった。夢の皇居ランナーに私も仲間入りする時が来たのである。
が、ここで小さな誤算をしていた。皇居までの直線が思ったよりも長い。私のランニングは継続的というよりも突発的で、突っ走ったあとで疲れたらやめる、という手法を繰り返していたので、おそらく体力がまともについていなかったのだ。
内堀に着いた頃には体力の半分くらいを消耗してしまっていた。しかし、その日の私はなにせ全能のつもりでいたのだから、「皇居を一周するまでは帰らない」と心に誓ってしまったのも仕方ない。
はじめての皇居ラン、目の前を通り過ぎる数多の同士たち。ここに加わらないわけにはいかない。ほとんどのランナーが周回の向きを揃えていることに驚くなどしつつ、私も改めて一歩を踏み出した。
当然であるが、全員なにやら機能性の高そうなスポーツウェアを着ている。身体にフィットして空気抵抗の少なそうなレギンス?(名称が未だに分からない)を履いており、同様のものを上にも着ているがそちらには着脱可能な上着やフードが付属しているタイプもある。水筒を引っ掛けるホルダーまで付いているではないか。ランニング用のシューズやタオルの備えはどうやら最低限のドレスコードのようだったが、筆記試験を受けに来た私は当然タオルなど持っていない。履いているズボンはジーパンだし、皆が機能性ユニフォームに水筒やらをくっつけているかたわら、それを横目に見る私の右肩には分厚いトートバッグがかかっている。分厚すぎて走るたびに摩擦が鬱陶しいので、左手まで出動させて押さえつけている始末である。
普段はジーパンに普段着のTシャツ、軽い手提げくらいは持っていても走ることができたのだがその日は話が違った。皆が明確にランナー然とした格好をしており、私のような無目的な格好の輩は一人もいない。浮いてしまっていたのである。
皇居ランナーの中ではもちろんペースが遅かった私は次々に先輩達に追い抜かされ、その勇ましい背中を見送り続けることとなった。一歩を踏み込む度にバッグの中の参考書や水筒が鈍く鳴り、一人で大袈裟にリズムをとり続ける形になったのも不服ではあったが、嘆いても状況は変わらないので仕方がない。
開き直ってそのアイデンティティであるところの出立ちを見せつけてやろうと思い、気持ち顔をあげて周囲を見渡しながら走るなど試行錯誤しているうちに、皇居ランはもうすぐ半周というところまできた。
「無事一周を走り終えたら、友人にこのことを絶対に話そう」と話の種を得たことを喜ぶ余裕さえ出てきた頃、日比谷公園のあたりで向かいから二人のギャルが歩いてくる。その付近では徒歩で観光している人も多くその点珍しいこともなかったのだが、二人はその日のランナーの多さに目を見張ってしきりに観察していた。そろそろすれ違う、どうだこの勇姿を見よとばかりに、ちらとそちらを見るや、刹那、目が合ったゴスロリ系のギャルが言った。
「連られて走ってるやん」
良いツッコミだと思った。
一人だけゴリゴリの私服を身に纏い、肩で息をしながら必死にランナー達に食らいつく私を見て形容するのに、これ以上ない一言だったと思う。
私は残りの半周を「連られて走っている」という自意識のもと走り切った。「本当は連られているのではなく、溢れんばかりに滾るこのエネルギーを健康の糧にする為、主体的に走っているのだ」という健気な主張と、私服であることの後ろめたさが天秤にかけられ、それは後者に傾き続けていた。日が暮れかかっており、時折すれ違う人の顔がよく見えないことがせめてもの救いだった。
一周を走り終えた頃には肉体的にも精神的にもほとほと疲れ果ててしまっていた。そもそも当時の私には無理のある距離を、連られて走りだしてしまったのだから仕方ない。走り切っただけでも表彰ものだと思うことにした。今後皇居ランをやる際はスポーツウェアを着て、トートバッグなど持たずに挑むと誓った。通気性と肌触りの良いレギンスを買おう。健康を無料で手に入れることにこだわっている場合ではない。
試験には無事通過していた。分量を書けば書くほどよいはずだという私の先入観は後から振り返れば何の根拠も無かったが、結果的には功を奏した。試験に受かっていた、それだけでいいじゃないかと思い私は粛々と次の面接の対策をするのである。