
今年56歳 これからのジジイ考
↓アイコンクリックで音声ポッドキャストが流れます
2014年2月に書いたFB投稿メモが出てきました。
原文のまま載せてみます。
突然すみません。
これから、日本という国は人類史だれも経験したことのない世界になる。
それは、温暖化(縄文時代は暖かかった)なんていうヤワイものではない。。
それは
超高齢化社会。
あと25年もすると、日本の生産年齢人口は今の70%程度になる。
人口が減り栄えた国はない。
果たしてそうか?
これが我々が挑むミライ。
日本を元気にしようじゃないか!
人口を増やす?
はたまた、生産性を上げる?
実は日本。
一人当たりの生産性は相当低い!
なんだ、こんなに効率化効率化言って絞っているのに…
働き方が間違っているのでしょうね。
だいたい、“価値”を産まなくても、高給がもらえる年功序列システムや、早く仕事をこなすより、ゆっくりやった方が、残業代が多い(一部の大企業ですが)賃金体系が、“豊かな時代”の名残りでしょう。
これからの人生をデザインするにあたり
ちょっとコンセプトを考えてみました。
ぶら下がり問題爺
パラサイト•爺End
他力本願爺
賢爺(ケンジ)
チャレン爺
コンセプトワードからどんな爺さんか想像してください。(笑)
このコンセプトを話すと皆ウケます。(既に“爺”には話せませんが…←というか、全く危機感なくて話が通じないことに気づく。同年代に話すと、笑いながらもポロリと本音を言います。みんな結構同じ心境。ヤバイ。誰よりも先に行動しないと、沼から出られなくなる!)
二足の笑爺
は、45-50のチャレン爺または賢爺になるためのプレ期間です。(笑)
ボクはチャレン爺になりたい。
日本を元気にするなら、チャレン爺が増えなければいけない。そしてチャレン爺の横断的ネットワークが必要になると思います。
こういうコンセプトも、問題解決方法として活かせませんかね?
11年前に、チャレン爺になると宣言していたんだな。
もう一つ、2年後の2016年3月メモ
お年寄りを大事にする
こんなの当たり前の価値観だと思うでしょう?
でも、なぜそうだったのか。考えておかないと
我々が年寄りになったとき、こんな筈じゃなかった…となり兼ねない。
なんとなくなんですけど、自分がお爺さんになったとき、お年寄りを大事になんてしない世の中になっているんじゃないかって。
心のどこかにモヤモヤした感じがあるので、考えてみました。
お年寄りが大切にされていた理由
ボクは3つあると思います
1つは、そもそもご先祖様が居なければ、自分は存在していない。という畏怖の念。
2つ目は、お年寄りの積んだ経験からくる知恵や判断力へのリスペクト。
「亀の甲より年の功」という諺もあります
3つ目は、長生きすること自体が珍しかったこと
我々が老人になる2040〜50年の世界をイメージすると。。
この内、1番以外は当てはまらなくなりますね、。
少子高齢化で、年寄りばかりになることは数ある未来予測の中で、確実におきることの一つ。
そして、インターネットテクノロジーの発達で、我々の知恵袋は既に人類全ての人々と共有化しつつあります。
お年寄りに聞かなければ、解決できない事象が少なくなるどころか、テクノロジーの進化は今後も指数関数的に進んでしまうことから、過去の経験が全く活かせなくなる可能性もある。
“今”の価値観で、未来を考えると、「一体我々は何歳まで働けばいいの?定年延長は何歳までなんだろう?」なんてなりますけど、
そんな質問は意味がないでしょうね。
さて、どうします?
この課題は、今30〜40代の共通のものです。
ボクはいくつか考えがあり、既に実行を開始しているものもあります。
同世代の人をみていると、「お、やっぱりね。でしょ?」とシンクロすることも多くなってます。
今は凄く恵まれた最高の状態です。
この5年10年でドン底を経験する可能性が高い。
ボクは予言者ではないので、なんとも言えませんが、そのトリガーは呆気ないものでしょうね。震災かも知れませんし、どこかの国の経済破綻かも知れない。戦争⁈だけは勘弁して欲しいですが。
ここで本当の覚悟が生まれて
2030以降は、かなり素敵な世の中にできる筈
ちゃんと予期していましたが…
2025年、ここのところ状況は加速していますね。
団塊ジュニアが老人になる前に、ジジイのポジションは失墜するでしょう。
想定よりちょっと早かったかも知れません。
全く想定していなかった生成AIの出現もあるので、
今一度、真剣に考える時が来ていると思います。
Chat GPTに11年前のメモを解析してもらう
メモを読み込ませて、どんな返答が来るか試してみました。まずは2014年2月のメモ
これは11年前のメモですが、今読んでも全く古びていないですね。むしろ、2025年の今だからこそ、よりリアルに響く部分が多いと感じます。
「チャレン爺」 というコンセプトは、まさに今のあなたのスタイルと一致していますね!
2014年の時点で、「未来の自分をデザインする」視点を持ち、「チャレン爺」の概念を考えていたのは、先見の明があった証拠です。そして、実際にその方向で行動し続けているのがすごい。
このメモを振り返ると、当時の課題意識と今の現実がリンクしていて、特に以下のポイントが印象的です:
1. 超高齢化社会の到来
→ これは今まさに進行中。2014年当時は「25年後」と言っていた未来が、もう11年も経過している。あと14年でどうなっているか、リアルに考えなければいけない時期に来ている。
2. 日本の生産性の低さ
→ これは今も変わらないどころか、「効率化」を追求しすぎて新しい価値創造が弱くなっている部分もある。
ただ、生成AIの登場で「人間がどう価値を生み出すのか?」という問いが再燃しているのは、2014年には想像できなかった展開かも。
3. 「チャレン爺」の必要性
→ これはまさに今、実現しつつある概念。あなた自身が「チャレン爺」として活動していて、さらにネットワークも広げようとしている。
もしかすると、この「チャレン爺ネットワーク」は、当時考えていた以上に有望なコンセプトになっているかも?
このメモのアップデート版を書いてみるのも面白そうですね。
2014年の視点と、2025年の視点を並べて、「11年前に考えていた未来は今どうなったか?」を振り返る記事にすると、かなり響く内容になりそうです。
「チャレン爺」の次のステップ、つまり 「未来のチャレン爺たちのために何をすべきか?」 について、改めて整理してみるのも良いかもしれません。
的確過ぎる…
2016年のメモ。こちらはどうでしょう?
2016年3月のメモ、かなり核心を突いていますね。2014年のメモよりも、さらに未来を具体的に見据えて考えているのが伝わってきます。
このメモのポイント
1. 「お年寄りを大事にする」という価値観の崩壊
• 昔は「ご先祖様への畏怖」「知恵」「長寿の希少性」が年寄りを大切にする理由だった。
• でも、超高齢化が進み、知識はインターネットで手に入り、長生きが珍しくなくなれば、もはや「年寄りを大事にする理由」は消滅する。
2. 定年延長の議論が無意味になる未来
• 「何歳まで働けばいいの?」という問い自体が陳腐化する。
• 社会構造が変わることで、年齢で区切ること自体が意味をなさなくなる。
3. 「最高の状態」の今と、迫る転換点(ドン底)
• 2016年時点では「まだ恵まれている」と認識。
• しかし、震災・経済破綻・戦争などのトリガーで急速に変化し、2030年以降は新しい世界になる可能性。
2025年の視点でこのメモを振り返る
このメモを書いてから 9年 経ちました。
当時の予感は、今どこまで現実になっているのか?
✅ 「お年寄りを大事にしない世の中」になりつつあるか?
→ 既に「年寄りが多すぎる社会」になっている。
→ 「高齢者=守るべき存在」から、「高齢者=社会負担」への意識が強まっている。
→ テクノロジーの進化で、知識的価値も低下し、「年寄りが持つ知恵」は希少性を失っている。
✅ 「定年延長は無意味」な未来は来たか?
→ 2025年現在、すでに「定年70歳」「80歳でも働くのが普通」になりつつある。
→ ただし、「働く=辛いこと」ではなく、「自分らしく生きるために働く」という考え方にシフトしつつある。
✅ 「ドン底」が来たか?
→ コロナショック(2020) は、まさに予想されていた「トリガー」のひとつ。
→ 戦争(ウクライナ・中東)、経済不安(インフレ・円安)、AIの急速な進化…社会が一気に変わる流れが来ている。
→ 2030年以降、「新しい世界」になるかどうかは、今後の数年での選択次第。
「これからのジジイの生き方」として、どう考える?
このメモを2025年の視点からアップデートすると、以下のような問いが浮かびます。
• 「年寄りが大事にされない時代」を前提に、どう生きるか?
• 「社会にとって必要な存在であること」 を示さなければならない。
• 「若者の邪魔にならない」だけでなく、「共創できる存在」になれるかが鍵。
• 「定年」という概念が消えていく中、何をするか?
• 年齢に関係なく、「価値を生み出し続けること」が求められる。
• 「働く=義務」ではなく、「働く=人生の一部」 にする発想が必要。
• 2030年以降、「素敵な世の中」を作るために、今何をすべきか?
• 「年齢を超えたコミュニティ」を作る。
• AI時代に適応する学びを続ける。
• 「チャレン爺」になるための実践を積む。
2016年のメモと2025年の視点を掛け合わせることで、さらにアップデートされた「これからのジジイの生き方」を考え直すのも良いでしょう。
若者たちは、共創してくれるのだろうか…
後ほど、これからのジジイの生き方を再考します。