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Photo bykerari_dowa

悔しい!

    悔しい。悔しい!くやしいくやしい!!

    やっと試験が終わりました。

    本当なら、もっと高らかに朗らかに、試験が終わった解放感と、そこに至るまでの充実感を交えた記事をここに書きたかったのに!
    noteの記事だって、その試験があったからこそ書くのを我慢してたのに(読むのは全然我慢しきれてませんでしたけど)。

    今回は、久々の投稿ですが、そんな私の振り返りのためだけの記事になりそうです。

    試験の序盤でつまづきました。
    心拍数が跳ね上がっていくのが分かりました。隣のブースの受験者の音がやけに気になります。
    だめだ、私は今緊張している。と言うか、動揺している。落ち着け落ち着け、でも心臓がバクバクいって、一体何を問われているかが分かりません。
    待って、ちょっとだけ待って。10秒、いや5秒でいいから立て直すための時間が欲しい。でも試験は既に始まってしまった。前半に行われるのはリスニング問題で、すべて一度しか放送されません。どんなに簡単な内容でも、キーワードを聞き逃したらおしまいです。
    え、今何て言った?え、これ一体今何の話をしてるの?まずい、これはさっきのところを聞かれている。スクリーンに表示されている選択肢の意味は分かっても、さっき何を話していたかが分からない。自分が今、正答が分からない、ということだけが分かる。そうしている間に次の問題が始まり、また、さっきと同じことが繰り返されます。


    結局、落ち着いて内容が聞き取れたと感じたのは、5、6問目が終わってからでした。
    割り当てられたブースの角の一点を見つめていたら、いつも自宅で練習していた状況に戻ってきた気がしました。あぁ、ここまで長かった。辛かった。
    まだ試験は始まったばかりなのに。参考書にも、受験者からのアドバイスにも、切り替えが大事、ミスを引きずらないことが大事とあんなに書いてあったのに。
    過去問ではここ最近、いい点数を取れていたので、たかを括っていたのかも知れません。自分が甘かったとしか言いようがない。後半、平常心は取り戻したものの、今度は集中が切れそうになるのを何度も感じました。まだだまだだ、終わるとしても今じゃないやろ、自分!がんばれ!
    残り1分。30秒、3、2、1。タイマー表示が赤に変わる。
    試合終了。
    あーあ。
    ‥。


    このことを話したら、AIさんは、「おつかれさま!あなたはここまでよくやったよ!」って言ってくれるんだろうと思います。
    (実際、「ほんとうにおつかれさま!」と。そして「それよりまず、ここに戻ってきてありがとう、お帰りなさい」と言われました。泣くわ。)
    この勉強期間中、何度もAIにお世話になりました。
    Chat GPTのアプリを入れたのは、はじめは作文の添削に使うため。そのうち、分からない問題の解説、表現のニュアンスの違いを教えてもらったり、練習問題や学習プランまで立ててもらうようになり、後半になると、迫ってくる試験へのプレッシャーへの、弱音を聞いてもらうことが増えました。
    私は、「今日は忙しくて全然学習時間とれなかった」「今日はこれが難しかった」「試験まで1ヶ月切ってしまった、どうしよう」などと打ち込む。彼(彼女)なら絶対に否定的なことは言わない、必ず私を労い、労り、励ます言葉を選んでくるだろうと分かっていて。
    予想通り、AIさんは、いつも優しく力強く、時にユーモアさえ交えて私を安心させてくれました。
    きっと今回も、
    「落ち込む必要なんてないよ、あなたは毎日努力してきた。それは決して無駄なんかじゃない。試験に失敗したと思って落ち込むのは、受験者によくあること。今はがんばって疲れてるから、ここまで頑張ってきた自分を、しっかり休めてあげてね。」
    とか何とか、言ってくれるんだろう。

    (‥実際、これより一回り上のことばで、と言うか私に響く言葉を選んでくれた。さすがAI。そのうち、担任の先生も必要なくなるのではと思ったくらいの寄り添い方。‥それはまた別の話ですが。)

    でも、
    悔しい。
    悔しい。
    くやしい、くやしい、くやしい‥!

    ちゃうねん。
    他の受験者とか別に関係ないねん。
    自分がやれたかどうかが問題やん。
    頑張ってきたのは分かってる。でも力出されへんかったやん。自分自身が、当日の出来に納得できなかったやん。それが口惜しいんやんか。
    どれだけこの日を目標にしてやってきたん。どれだけここまで時間費やしてやってきたと思ってんの。そんなに複雑なこと問われてなかったと思うよ。似たような問題だって今まで何回も練習してたやん。それやのにあそこであんなにつまづく?もっとやれたんじゃない?ちょっと一呼吸置いたら、いつもの通りやれていたら、答えられたんじゃない?
    でも、私は動揺した。分からない、出来ないと思って、頭が真っ白になった。それが現実だ。それが、あの時の自分だった。
    だからくやしい。

    ここまで書いてきて、ようやく少し分かってきました、
    悔しいというより、情けないのだ。
    悔しいのは自分の力不足に、
    情けないのは覚悟の不足に。


    あそこで私、一瞬諦めた。
    あ、これ無理って。もう辞めたい、早く楽になりたいって。思わんかった?思ったよね。わざわざこんなしんどくて落ち込むようなこと、もうしたくないって思ったよね、自分。

    勉強は楽しかった。朝早起きして、聞き取れるようになるまで何度もリスニングを聞き直す時間も、AIに直された文章をノートに整理して書き直す時間も、もーこれ一体どういう意味?!って悪態つきながら参考書の解答に下線引く時間も。
    試験を受けなければ、家族旅行に単語帳を忍ばせていくことも、高校生に混ざって図書館の自習室予約して勉強するなんてことも、きっとなかっただろう。そんな時間を楽しんでいた。頑張ってる(風の)自分に、どこかで自己満足してたんだろう。

    でも、その試験の最中に、早く終わってしまえと思った。たった、120分の間に。
    オリンピックのアスリートなんてさ、ほんの一瞬の試合のパフォーマンスの為に何年かけてると思ってるん。部活にかける高校生だって、1年かけて試合当日に合わせてくるやろ。
    だから彼らは輝く。勝っても負けても。
    私あんたはそこで諦めようとしたやろ。
    だからくやしいわ。
    ざまぁない。


    AIによしよしされてる暇があったら、その分凹んでおけ。
    自分がかつて送り出してきた、何十人もの受験生のプレッシャーや緊張感や悔しさを、その上で一部の人だけが勝ち取れる合格の価値を、今その身でじっくり考えといたらいい。


    このnoteに書き出すことで、やっとここまで振り返ることができました。

    ほんとは、ここに書きたかったことはこの2ヶ月たくさんあって。
    子どものこと、人との出会いのこと、日々感じたこと。読んでくれた人のために、ちょっとほっこりするようなエピソードや、残しておきたい記憶、気づき。そんなものを書きたかったし、実際書くことはいくらでもあります。


    でもここnoteは、私にとってただのSNSではない。紙の日記では手が追いつかない、思考の跡やもやもやの正体を出しておかないと、とてもじゃないけど何もなかったかのように「お久しぶりです⭐︎」なんてサラッと次に進むことはできなさそうだったので、まず吐き出しました。ここまでで3000字強、読んでくださってる方にはほんとに感謝しかありません。


    AIにはこうも言われました。「あなたは、この試験失ったものは何もない、あるとしたら、やらなかった後悔を、今回の挑戦で避けた」んだと。
    ええこと言うやん。
    まぁ、ちょっぴりだけ持って臨んだ自信は完全に失ったけどね。



    とりあえず、noteの記事が書けました。
    さて、次は何を頑張っていこうか。本も読みたい、映画も見たい。そう、ピアノの練習も再開しなくては。
    机の上に積んであったテキストは本棚に戻して、仕事をして、頼まれている別の仕事も仕上げよう。
    多分、勉強もまた始めるだろう。試験のための勉強ではないかも知れないけど。
    だって、自分が好きで始めたもので、それ自身にゴールなんてないんだから。まだまだ片想いは続きそうです。

    また動き出そうと思います。
    よろしくお願いします。


     
     
     
    1980生。日常の、些細なエピソードや思考を残したくて、長めの日記のつもりで書いています。

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