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カフカ 『倉身』 〜 過負荷 『返信』

    山本 剛

    タむトル䞊に貌り付けたのは, 昔々, 自分のホヌムペヌゞ䞊に掲茉しおいた, たぁ今も攟眮・掲茉しおるけど, 2006幎10月2日付のオンラむン「日蚘」からのスクリヌンショット。詳しくは今日の第1章「前説」。

    予め「前口䞊」しおおくず, 今日の本題は第2章。しかし短い。䜕しろ「プチ」感想文, しかも実際には超「プチ」, 短い。カフカの『倉身』は面癜かったけど, 圓時「人生のポケット」第1章「前説」の *5, 6に嵌たり蟌んでいた自分があれを読んで䜕を思ったのかを歀凊に茉せようずいう詊みなので, 本 note ずしおはそれで十分なのです。

    その他, 短い本題に入る前の第1章は, 脱線気味の泚釈が矢鱈ず長い「前口䞊」。䞀方, 本題に続く3章分は自分のカフカ『倉身』プチ感想文に絡む 3曲の歌詞和蚳。

    最終章は 些か匷匕な付録。カフカを「シュルレアリスムシュヌルレアリスムの先駆者」ずする評者もいるようなので確かに, シュルレアリスムの画家の䞀人 ルネ・マグリットずその劻に぀いおの歌を聎き, それで 今日の note は 了。

    前説

    最初に曞いた通りで, 今日の note タむトル䞊に茉せたのは, 昔々, ゞュラ玀の昔の自分のホヌムペヌゞ「ホヌムペヌゞ」っお蚀葉, 近頃あたり聞かないような気がするに掲茉した, 今も掲茉しおいる, 2006幎10月2日付のオンラむン「日蚘」, その冒頭郚分のスクショ*1, 2, 3。だいぶ前, 以前, カフカの『倉身』を読んで, そのプチ感想文をホヌムペヌゞ䞊の日蚘の䞭に曞いおいたこずを想い出し, たぁそれはプチもプチ, 文字通り, 正真正銘の「プチ」, ちょっずふり向いおみただけの異邊人, いやそれは久保田早玀, そのうえ『異邊人』はカフカじゃなくおカミュ*4, いや話を戻せ正真正銘の「プチ」, ちょっず曞いおみただけ, いや ちょっずだけ曞いた, ちょっずプチ, いや超プチ感想文なわけだけど, 䜕はずもあれ, 今から20幎近く前, 「人生のポケット」期*5, 6を生きおいた, 圓時40代半ば過ぎの自分が曞いた, 小垂民, プチブルの*7, 8, 9, その幞ず䞍幞を描いたかのようなカフカ著の小説『倉身』の読埌「プチ」感想文に぀いお, 20幎近く前の自分の心の䞭の様子ず共に, ちょっずふり向いおみただけの*10ノヌトを蚘しおみよう, そう思ったのです。

    前口䞊, 長い。いや その「前口䞊」本文より, その泚釈が長い。長過ぎるず思ったら, その瞬間, 次章に飛んでください。

    泚釈 自䜓, 随所で話が飛んでいる。「飛びたす、飛びたす」坂䞊二郎。

    *1 今から 24幎近く前, 2001幎倏に「完成たでたったの 3日間 れロからのホヌムペヌゞ䜜り」成矎堂出版ずいう本を買っお html を独孊し, 圓時 激務の仕事をしおいたし, 実際には「3日間」ならぬ 5日間ほどで立ち䞊げ, その埌, 仕様をずっず旧態䟝然ずした䜓裁のたたにしおいるそしお軜く10幎以䞊 攟眮䞭, おそらくこれからも自前のホヌムペヌゞ䞊。その, たるで windows95以前であるかのようないやいくら䜕でもそこたでは, それにそれは流石に有り埗ないのだが旧態䟝然ずした仕様のホヌムペヌゞは実際にはトップペヌゞから menu, main のフレヌムを組んでいるのだが*2, 件のオンラむン「日蚘」ぞのリンクを貌りにくいので menu の枠を倖すず, 2006幎10月2日付のオンラむン「日蚘」ぞのリンクは以䞋の通り。

    *2 ほんず, windows95時代よりも曎に 1億4550䞇幎前ほど前のゞュラ玀*3に存圚しおいたかに芋えるそこたで卑䞋するか, 笑旧態䟝然でも泰然自若ずしお攟眮䞭のホヌムペヌゞ, その入り口。

    *3 ゞュラ玀, ゞュラ期, 䜜詞した束山猛䜜曲はもちろん, 加藀和圊は 挢字を間違えたのか, それずも䜕か意図があったのか,

    さあ 䞍思議な倢ず遠い昔が奜きなら, さあ そのスヰッチを遠い昔に廻せば, ゞュラ期の䞖界が拡がり, はるかな化石の時代よ ♫

    これっお 昚幎のノンクリ筆者によるクリスマス note, その最終章からの䞀郚転茉だった。

    *4 これも䞊蚘 *3同様自分の過去 note からのリナヌスしかしリサむクルではありたせん。

    なんだ, そもそも「グレゎヌル・ザムザ」芁するにカフカ『倉身』にも觊れおいた, 䜿い回しが倚いぞ。

    ある朝, グレゎヌル・ザムザがなにか胞隒ぎのする倢からさめるず, ベッドの䞭の自分が䞀匹のばかでかい毒虫に倉っおしたっおいるのに気が぀いた。それは過負荷, いや カフカだろう。「異邊人」はカミュ, しかも俺がここで連想「おもいだ」しおいるのは, カミュではなくお 久保田早玀の ちょっずふり向いおみただけの「異邊人」, あずは哀しみをもおあたす「異邊人」。

    *5 自分の「人生のポケット」は*6、2001幎の晩秋頃もしくは2002幎初倏蟺りから、2016幎1月終わり頃たで。同幎1月末か2月初め頃、脱出した。

    *6 誰もが「人生のポケット」を経隓するわけではないだろうずは思う。

    幞いにしお幞いにしお空は青く柄んでた、嘘のように *3自分は既に「人生のポケット」から出おいる。そしお、2床ずあの「ポケット」に嵌たり蟌むこずはないだろうず断蚀できる。たぁ起きおいない先のこずに぀いお断蚀するのは本圓は誰にも出来ないんだろうが、䞻芳で蚀うなら断蚀しおいいだろうず。

    䞊の転茉文の *3 は 䞋掲 note の䞭の泚釈 

    タむトルの䞊に茉せた写真は、2016幎7月に撮った写真。家から歩いお10分皋床のずころで咲いおいた向日葵。日が萜ちおから散歩に出たら、暗がりで綺麗に咲いおいる向日葵を芋぀けたので、思わず撮りたくなっお、手持ちのスマホで撮圱した。向日葵ずいえば普通は黄色い花を思い浮かべるが、そこには黄色い向日葵だけでなく、赀い向日葵も䞀緒に咲いおいた。

    自分は来月 911 には還暊を迎えるむむ歳をしたオダゞなのだが、過去、䞍惑のはずの40歳を過ぎおから惑い、その埌、13幎半ずいう長い幎月にわたっお、人生の䞭の「暗くお長い」トンネルに入っおいた今これっお「黒の舟唄」の歌詞にあったような気がするず思ったのだが、早速調べおみたら、あれは「深くお暗い」だった、たぁ勿論あっちはトンネルじゃなくお川なんだが、しかしのっけから脱線かよ、これはしかし癖なのだ。

    暗くお長いトンネル、それをここでは「人生のポケット」ずいう。ポケットなんだから、䞭に入れば暗いだろうが、長いずいうのは劙だな。しかし、自分の堎合は長かった。「人生のポケット」に嵌たり蟌んだこずがある、しかしそこから出るこずができた、そういう人は圓然ながら、䞖を芋枡せば自分以倖にそこそこの人数いるんだろうず思う。ポケットが浅くお、わりず早く出られた人もいるだろうし、そういう堎合は、そう長くはなかったが、しかし暗いトンネルではあった、そのトンネルを脱出するこずができた、そういう蚀い方も出来るのかもしれない。

    自分の堎合は、ずにかく長かった。暗くお長いトンネルだった。そしお、入っおいる時は、出口は党く芋えなかった。脱出する盎前たで、いや、脱出するその時たで、出口は芋えなかった。

    ある日、気づいたら、出おいたのだ。兎にも角にも、自分の堎合は、暗くお長かった。「人生のポケット」は、思い切り深かった。

    *7 ここで蚀う「小垂民, プチブル」は, "資本家階玚ず無産階玚ずの䞭間に䜍眮する人々" "自営の商工業者や自営蟲民", "䞭産階玚" "侭間階箚", いわゆる "プチブル" よりも, 単玔に "ごく䞀般の人"抜象的な衚珟だな "普通の人"ロバヌト・レッドフォヌド監督・ドナルド・サザヌランド䞻挔の『普通の人々』ずいう名䜜映画がその昔ありたした, 日本での公開圓時, 孊生時代, 札幌の映画通で芳たのです *8, たぁあの映画の物語の䞭の家庭はけっこう裕犏な家庭だったけれど, あるいは "垂井の人"*9を指す。

    *8 札幌の映画通で芳た『普通の人々』のこずは䜕も曞いおないのに, 䜕はずもあれ, 懐かしの札幌。

    *9 *8 でいう "垂井の人" は, 1983幎冬にむンドで出䌚ったような「哲人」顔の「垂井の人」ずはだいぶタむプが違いたすおそらく, だけど。

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    *10 ちょっずふり向いおみただけの 


    ではでは, ようやく, 本題・次章ぞ。

    カフカ 『倉身』, プチ感想文 〜 2006幎10月21日土, 過負荷な秋の「䌑日」

    以䞋, 昔々の自分のホヌムペヌゞ䞊の「オンラむン日蚘」*1から転茉。

    06幎10月21日(土)   過負荷な秋の「䌑日」。
     今週も倚摩乱坂な週間であったである。月曜は䜕時か忘れた、火曜は終電垰りで垰宅埌のバン飯開始は午前時を回っおから、氎曜は終電の本前でバン飯開始が午前時半頃か、朚曜もそこそこ遅かった、金曜は早くないがトンデモな遅さでは党然なかった、そしお今日は土曜。
     明日の日曜は圚宅シゎトせねばならぬ。いろいろ持ち垰り、ファむルもカむシャから自宅に送ったよ。嗚呌。

     カフカの「倉身」 は読み終えたした。たぁ短いしね、だけど時間ないから、疲れきった垰りの電車で気が向いた時間垯のみ読み進めおたわけ。嗚呌、しかし面癜かった。しかし蟛かった。
     䞍条理な䞖界を条理の䞖界に䟵入させ、非日垞を日垞に隣り合わせ、小垂民の䞍幞ず幞を、そしお共同の䞭に朜み蟌む疎倖、そしお顕わになる疎倖を描き出す。超珟実ず珟実をない亀ぜにしながら、しかしりルトラ・リアルに登堎人物の動きをリアルタむムに描くかのように描写する。

     こんな冒頭有名だから出だしは前から知っおるを以前曞いたけど、僕が読んだ版では、こう始たる。
     ある朝、グレゎヌル・ザムザがなにか胞隒ぎのする倢からさめるず、ベッドの䞭の自分が䞀匹のばかでかい毒虫に倉っおしたっおいるのに気が぀いた。山䞋肇 蚳、1958幎1月7日第1刷発行、「岩波版ほるぷ図曞通文庫」1975幎9月1日第1刷・1976幎4月1日第2刷発行
     そしお、そのたた、この非日垞は日垞に戻ろうずしおあがき぀぀、時に諊芳し、時にすべおを忘れそうになり、そしお最埌に日垞ぞの垰還を遂げられないたたに完党なる疎倖を遂げ、「非日垞」が巻き蟌んだ日垞の「非日垞」䞖界が「日垞」に戻ろうずするずころたでで物語は幕を閉じる。

     はお、僕の日垞はどんなものか。倜䞭に垰宅しお真倜䞭に晩飯を食い、翌朝きちんずカむシャに「出瀟」し、そしおたた過負荷な日を過ごしお戻っおくる、その日垞は僕の「日垞」なのか「非日垞」なのか。たぁ間違いないのは、僕には還っおくる堎所があり、そこに幞せがあり、それは必ず僕らが守り続けるものであるずいうこずです。

     普通の話にしたしょう。今日は息子は䞭孊の文化祭。クラスの挔劇でミリヌズの䞀員の圹をする。なぜ「ミリ」かっお、それは息子を含む䞀団が芋事な坊䞻頭であるかららしい。圹䜜りのため、息子はこのあいだ安いグラサンを買ったよ。
     劻は䞭孊の文化祭でのバザヌの手䌝いに行っおいる。それで、その埌は䞀家の団欒がある。それで、明日は僕は圚宅シゎトをする。しかしできる限り䌑息もずりたいず思う。そしお、䞀家の団欒がある。今日は土曜、明日は日曜日だ。それでは今日もスロヌガンを。題目は぀にしよう。

     お身䜓を倧切に。
     僕には芋える。
     Life, I love you.

    http://dailyrock.konjiki.jp/nikki61.html#kfr

    *1 前章「前説」でも 以䞋曞いた通りで,

    今から 24幎近く前, 2001幎倏に「完成たでたったの 3日間 れロからのホヌムペヌゞ䜜り」成矎堂出版ずいう本を買っお html を独孊し, 圓時 激務の仕事をしおいたし, 実際には「3日間」ならぬ 5日間ほどで立ち䞊げ, その埌, 仕様をずっず旧態䟝然ずした䜓裁のたたにしおいるそしお軜く10幎以䞊 攟眮䞭, おそらくこれからも自前のホヌムペヌゞ䞊。その, たるで windows95以前であるかのようないやいくら䜕でもそこたでは, それにそれは流石に有り埗ないのだが旧態䟝然ずした仕様のホヌムペヌゞは実際にはトップペヌゞから menu, main のフレヌムを組んでいるのだが*2,

    䞊の *2 は前章「前説」にお

    件のオンラむン「日蚘」ぞのリンクを貌りにくいので menu の枠を倖すず, 2006幎10月21日付のオンラむン「日蚘」ぞのリンクは以䞋の通り。

    ではでは。

    Paul Simon "Run That Body Down" 〜 歌詞和蚳

    なぜ歀凊でこの歌かずいうず, それは単玔。前章に カフカ『倉身』プチ感想文ずしお茉せた, 2006幎10月21日付の日蚘の最埌にある「お身䜓を倧切に」のリンク先が, 筆者によるこの曲の歌詞和蚳だから。

    日蚘を蚘した圓時 嵌たり蟌んでいた「人生のポケット」第1章「前説」の *5, 6期の, 自分の日垞の BGM の 1曲なのです。

    邊題「お䜓を倧切に」はわるくなかったず思うけれど, 原題のニュアンスは「ぞずぞずになっお」に近い。

    Run That Body Down from Paul Simon's self-titled and second solo studio album released in January 1972 🎶

    英語原詞 https://genius.com/Paul-simon-run-that-body-down-lyrics

    昚日医者に行っおみたら
    女医が蚀うには倧䞈倫そうだっお
    圌女はこう蚀ったよ
    「ポヌル、よく考えおみお
     これからどのくらい䜓を
     こき䜿えるず思っおるの」
    「これたでやっおきたこずを
     あずどのくらい繰り返せるず思うの」
    「誰を隙しおる぀もりなの」

    僕は家に垰っおきお床に着いたんだ
    頭を䌑たせおいたのさ
    劻が入っおきおこう蚀ったよ
    「どうしたの、どこか具合が悪いの」
    それで僕はどこが悪いか話しおこう蚀ったのさ
    「ペグ、よく考えおごらん
     これからどのくらい䜓を
     こき䜿えるず思っおるの」
    「これたでやっおきたこずを
     あずどのくらい繰り返せるず思うんだい」
    「誰かを隙しおる぀もりなのかい」

    若い人もよく考えた方がいいよ
    これからどのくらい䜓を
    こき䜿えるず思うかっおさ
    これたでやっおきたこずを
    あずどのくらい繰り返せるず思っおるのかな
    それずも誰かを隙しおる぀もりかい

    

.. 🎶 

.. 🎶 

..

    今日 2025幎4月9日 珟圚 24曲, 筆者による「ポヌル・サむモンの歌」歌詞和蚳集, 以䞋の䞭の「歌詞和蚳 8」が "Run That Body Down" ♫

    さお次は, 軜蔑する, 倧嫌いな, ボブ・ディランが䜜った歌。

    軜蔑するボブ・ディランの歌 "I Shall be Released" 〜 歌詞和蚳

    I Shall be Released 〜 歌詞和蚳

    なぜ歀凊でこの歌かずいうず, これも単玔。前々章に カフカ『倉身』プチ感想文ずしお茉せた, 2006幎10月21日付の日蚘の最埌にある「僕には芋える」のリンク先が, 筆者によるこの曲の歌詞和蚳だから。

    日蚘を蚘した圓時 嵌たり蟌んでいた「人生のポケット」第1章「前説」の *5, 6期の, 自分の日垞の BGM の 1曲なのです。

    英語原詞 https://www.azlyrics.com/lyrics/bobdylan/ishallbereleased.html

    ディランはアレを知っお以来 倧嫌いだから次節, 歀凊ではディラン抜きで The Band, それから Jack Johnson で 🎶

    このカノァヌもいいねたぁディランの曲は 時事ネタ・瀟䌚問題抜きにしお玔粋に「音楜」そのもので カノァヌの方がよいのが, 俺の音楜センス䞊のノヌマル。

    ではでは,

    「軜蔑するディラン」に関しおは, 次節にお。

    ディランをなぜ軜蔑するのかは

    軜蔑するディラン。そもそも "キャンセル・カルチャヌ" 議論そのものに興味がないが, ずりあえず, 俗に揶揄される類の "キャンセル・カルチャヌ" ず筆者のディラン批刀は䞀切関係ないので, 念の為*2

    *1 䞋掲 note 第5ç«  "All Along the Watchtower ず蚀えば, もちろん 〜 ボブ・ディランよりも, ゞミ・ヘンドリックス歌詞和蚳぀き" より以䞋転茉。

    英米のロックを聎いお育った自分にずっお, か぀お, ボブ・ディランは数倚く存圚する奜きなミュヌゞシャンのうちの䞀人に過ぎない存圚だったのであり, 特別な存圚だったこずはない。たた, 圌が䜜った歌の䞭に自分にずっお奜きな歌は少なからずあったものの, い぀も圌本人が歌うノァヌゞョンよりも他のミュヌゞシャンによるカノァヌの方が奜きだったただし 2016幎4月に遅ればせながら初めお䞔぀2床 ディランのラむノを芳た際はそのカリスマ性を感じさせるステヌゞに感銘を受けた, それは正盎に曞いおおく。

    そしお, ディラン自身が歌う歌は, 2016幎秋に今日の note でも取り䞊げた圌の恥ずべきむスラ゚ル支持゜ングの存圚を初めお知っお以来, 䞀切, 聎かなくなった。

    もちろん, 通垞は, アヌトにおける䜜品ずその䜜者の政治的態床は切り離しおアヌトを鑑賞しおいる。いちいち音楜家や画家などが䟋えばどの政党を支持するか, あるいはどんな政治思想を持っおいるか, などによっお音楜や絵画の遞り奜みなどしおいたら, キリがない。

    しかし, それにも限床はある。䞀線を超えたら話は別だ。䟋えば, 「ゲルニカ」で有名なピカ゜が, もしも実はナチスを賛矎する絵画を描き, 生涯それを恥じるこずもなかったず知ったらもちろん仮定の話, ピカ゜に関しおそんな事実はない, あるいは, "Imagine" や "Give Peace a Chance" などを歌ったゞョン・レノンが, もしも実はベトナム戊争時の米軍による゜ンミ村虐殺事件の盎埌に「アメリカ合州囜」支持を旚ずする歌を曞いおいたこずが分かり, それを圌が生涯恥じるこずなどなかったのだず刀明したらこれももちろん仮定の話である, 実際のずころはゞョン・レノンがそんな歌をそんなタむミングで歌う, 歌ったなどずいうこずは有り埗ない話だ, 仮にそんなこずがあったずしたら, 二人に察する埌䞖の評䟡はどうなっおいただろうか。

    なぜ, ボブ・ディランだけは, その「䞍郜合な真実」が「䞍郜合」なものずしお広く䞖に知れ枡らない なぜディランだけは蚱容される それはディランだから

    ディランはポピュラヌ音楜史においお觊れおはならない, 批刀しおはならない絶察の「神」のような存圚だずでも蚀うのだろうかそもそも筆者は䞀切の宗教に぀いお信者ではないのでそんな莫迊莫迊しい心理は理解に苊しむが。文字通り, 莫迊莫迊しい。

    さお, 䞊にも曞いた通り, 筆者はもずもず, ぀たり2016幎以前から, ディランが䜜った歌に少なくない奜きな歌はあっおも, い぀も圌本人が歌うノァヌゞョンよりも他のミュヌゞシャンによるカノァヌの方が奜きだった。それは "All Along the Watchtower", 邊題「芋匵塔からずっず」にしおも然り。

    元々この歌の歌詞は, ナダダ系アメリカ人であるディランが, ナダダ教の「旧玄聖曞」「むザダ曞」第21章にある逞話をもずに曞いたものらしいのだがね。

    https://note.com/dailyrock/n/n52361ddf0fc1

    *2 䞋掲 note 前口䞊より。

    「ボブ・ディラン」ボむコット運動でも起きれば, 協力なり参加なりするず思うよ。しかし自分でそれを起こすような気はないし今再び ディランが 砎廉恥なむスラ゚ル支持゜ングをリリヌスでもしたなら「ボむコット運動」の意味はあるだろうが, でなければ 既に昔ほどの圱響力を持たないディランに察する瀟䌚的぀たり䞖間を巻き蟌んだ「ボむコット」運動を組織するこずは俺個人にずっおは時間の無駄だず感じる, 括匧長ぇ, 䜕はずもあれ, 俺のディラン「ボむコット」はたずは 俺のアティチュヌドもしくはその意思衚明, たぁ埌者もアティチュヌドに含たれるけれども, 芁するに 個人的なレベルのアティチュヌドであっお, それ以䞊でも以䞋でもない。「ゞャヌナリズム」なりメディアなり「評論家」なり 䞖論なりが「ディランだから」ずいう理由で 圌ぞの批刀を控えるのなら, 実際「控え目に蚀っおも」「控えおる」ず思うし, 神聖化しお䞍可䟵扱いしおる向きもあるだろう, 俺はそれに察しおは あくたで批刀者だけどね。

    もちろん, 普段は, アヌトにおける䜜品ずその䜜者の政治的態床は切り離しおアヌトを鑑賞しおいる。いちいち音楜家や画家などが䟋えばどの政党を支持するか, あるいはどんな政治思想を持っおいるか, などによっお 音楜や絵画の遞り奜みなどしおいたらキリがない。しかし, それにも限床はある。䞀線を超えたら話は別だ。

    https://note.com/dailyrock/n/nf2c8515db503

    続く第1章の芋出しは長ぇ芋出しだなぁ,

    仮定の話, ゲルニカを描いたピカ゜が 実は䞀方で ナチス賛矎の絵画を描いた過去を持ち 生涯それを恥じるこずもなかったずしたら, あるいは Imagine を歌ったゞョン・レノンが もしも実はベトナム戊争時の゜ンミ村虐殺事件の埌に「アメリカ合州囜」支持゜ングをリリヌスし 圌がその埌も埌悔なり反省なりの考えを公にしなかったのだずしたら 〜 〜 〜 〜 〜 実際の話, ディランは 1982幎のむスラ゚ルによるレバノン䟵略ずむスラ゚ル包囲䞋でのパレスチナ難民虐殺事件の盎埌に むスラ゚ル支持゜ングをリリヌスし, その埌, 撀回・撀収・回収はもちろん 䞀切の反省の蚀蟞もないたたに時は過ぎ, むスラ゚ルに察する態床は䞍倉のたた

    https://note.com/dailyrock/n/nf2c8515db503

    *3 因みに, 以䞋の 2020幎9月17日付 note "ボブ・ディランの恥ずべきむスラ゚ル支持゜ングず、サブラ・シャティヌラ、パレスチナ難民虐殺事件 38呚幎", その第2章に, 2021幎6月から1幎間 むスラ゚ルの銖盞を務めたナフタリ・ベネットの生い立ちを曞いおいる。奎の䞡芪は, 1967幎にむスラ゚ルに移䜏したナダダ系アメリカ人。むスラ゚ルがどんな囜かを瀺す兞型䟋 の䞀぀。

    *4 ハロルド・ピンタヌ ず ボブ・ディラン 〜 共に ナダダ人ノヌベル文孊賞受賞者ながら 雲泥の差, もちろん æ³¥ は ディラン

    *5 こんな新聞, 芁らない, 朝日新聞。はその䞋。

    *6 おたけおたけがチョムスキヌか, 笑, 以䞋の最終章の「芋匵り塔からずっず 〜 "All Along the Watchtower" 歌詞和蚳」の第1節「軜蔑するディランの歌」の終わりの方に, 「チョムスキヌ, ディランを語る」なども掲茉。

    ではでは。

    Paul Simon "The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)" 〜 歌詞和蚳

    なぜ歀凊でこの歌かずいうず, それは単玔。第2章で カフカ『倉身』プチ感想文ずしお茉せた, 2006幎10月21日付の日蚘の最埌にある "Life, I love you" のリンク先が, 筆者によるこの曲の歌詞和蚳だから。

    日蚘を蚘した圓時 嵌たり蟌んでいた「人生のポケット」第1章「前説」の *5, 6期の, 自分の日垞の BGM の 1曲なのです。

    䞋掲 note2021幎1月21日付から匕甚, 

    そういうわけで 、本圓はガキの頃に銎染んで、䞔぀子䟛心にでも気に入っおたフレヌズ,「人生 愛しおる」は今も奜きで、今この歌の歌詞を蚳すなら、これはガキの頃に持っおた LP の歌詞カヌドに確かこんなふうな和蚳フレヌズが茉っおいお、ここは今でも気に入っおるからっおこずわり曞きしお「人生 愛しおる」ずいうフレヌズを拝借するず思うんだけど、たぁ 18幎以䞊前の「人生のポケット」初期のトンネルの䞭の暗闇を歩くような毎日だったあの時は、たぶん自分を奮い立たせたかったんだず思う、今ならやっぱ小っ恥ずかしいかなずか思うような「生きおるっお最高さ」ずいう和蚳にしおいた。

    自分の趣味シュミ「歌詞和蚳」䜜業による和蚳歌詞の䞭身は自分の人生の蚘録みたいなずころがあるから、今日のこの note 掲茉に圓たっおも、たぁ少なくずもこの歌に関しおはあの時のママで掲茉しおおこうず思う。

    https://note.com/dailyrock/n/ne4c118aa2419

    The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy) 〜 from Simon & Garfunkel's third studio album "Parsley, Sage, Rosemary and Thyme" released on October 24, 1966 🎶

    英語原詞 https://genius.com/Simon-and-garfunkel-the-59th-street-bridge-song-feelin-groovy-lyrics

    スピヌド萜ずせよ 急ぎ過ぎだぜ
    朝の気分を楜したなきゃ
    敷石を螏み぀けながら
    楜しいこずを探すんだ
    そうすりゃいかした気分になれるよ
    党くいかした気分さ

    街灯さんよ元気かい 䜕かニュヌスはあるかな
    僕は君の足䞋に花が咲いおいるのを芋に来たんだ
    䜕か韻を螏んでみせおよ
    ハハハ
    本圓にいい気分さ
    党くいかした気分さ

    気乗りもしない矩理はないし 玄束なんか䜕もないのさ
    僕はふらっずたどろんじゃっお すぐに眠れそうだよ
    朝のひずずきさんよ その花びらをみんな僕に降りかけおくれないか
    生きおるっお最高さ
    党くいかした気分だよ

    

.. 🎶 

.. 🎶 

..

    今日 2025幎4月9日 珟圚 24曲, 筆者による「ポヌル・サむモンの歌」歌詞和蚳集, 以䞋の䞭の「歌詞和蚳 14」が "The 59th Street Bridge Song (Feelin' Groovy)" ♫

    ではでは, 次は,

    "Rene and Georgette Magritte with Their Dog after the War" by Paul Simon

    なぜ

    なぜ歀凊でこの歌かずいうず, たぁ安盎にりィキ䜿っちたうけれど。

    フランスでは1928幎に、代衚的な文芞誌『新フランス評論』におA・ノィアラットによる『倉身』の仏蚳が3号にわたっお掲茉され、続いお1930幎にはピ゚ヌル・クロ゜りスキヌによる「刀決」の仏蚳が、1933幎にはノィアラットの蚳による『審刀』が出おいる。これらの䜜品はたず シュルレアリストたちによっお泚目され、シュルレアリスム の指導者であるアンドレ・ブルトンをはじめ、マダ・ゎヌト、マルセル・ルコントらがカフカに蚀及した。圌らのカフカぞの理解はブロヌトやハヌスらによる宗教的解釈に沿ったものであったが、特にその倢ず珟実が入り混じったような衚珟に泚目し、カフカを シュルレアリスム の先駆者ず芋なした。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/フランツ・カフカ#死埌の名声

    そしお,

    The song is about the surrealist artist René Magritte and his wife Georgette. The title derives from a photograph of the Magrittes and their dog in Belgium by photographer Lothar Wolleh. He took two photographs of them: one, "René and Georgette Magritte With Their Dog During the War", was a black and white photo, purportedly from the World War II era, but likely taken during the 1960s. The second, "René and Georgette Magritte With Their Dog", was taken in their home in Belgium in 1967.

    https://en.wikipedia.org/wiki/Rene_and_Georgette_Magritte_with_Their_Dog_after_the_War#Theme

    そういうわけで,

    Rene and Georgette Magritte with Their Dog after the War

    ずいうわけで前節より,

    Rene and Georgette Magritte with Their Dog after the War from Paul Simon's 1983 album Hearts and Bones 🎶

    Rene and Georgette Magritte
    With their dog after the war
    Returned to their hotel suite
    And they unlocked the door
    Easily losing their evening clothes
    They dance by the light of the moon ..

     
     
     
    音楜をこよなく愛する1960幎生たれ。誕生日はシリアの独裁者バッシャヌル・アサド (1965幎) ず同じ、チリの悲劇 (1973幎)、アメリカ合州囜の悲劇 (2001幎)ず同じ日の 911, 圓然ながら偶然。関心事項は䞭東などの囜際政治、宗教等。自身は無神論者ずいうより無宗教者。

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