
大丈夫なふりをしている夜
夜になると、
少しだけ静かになる人がいる。
昼のあいだは、
ちゃんとやれている。
仕事もしているし、
返事も返している。
笑う場面では笑って、
気を遣う場面では、
ちゃんと気を遣えている。
だから、
特に問題があるようには見えない。
でも、
部屋に戻って、
電気をつけた瞬間に、
急に、
音がなくなる。
ソファに座ったまま、
何をするでもなく、
スマホだけを見ている時間がある。
通知は来ている。
返した方がいい連絡も、
たぶんある。
でも、
指だけが、
少し止まっている。
「おつかれ」
と送ろうとして、
閉じる。
「大丈夫?」
と返そうとして、
また閉じる。
言葉にできないわけじゃない。
ただ、
今の感覚に、
少しだけ合わない。
本当は、
断れた場面もあったと思う。
少し嫌だったことも、
ちゃんとあったと思う。
でも、
相手の反応とか、
その場の空気とか、
そういうものを先に考えているうちに、
「いいよ」
と言っている。
無理をしているつもりはない。
優しくしたい気持ちもある。
だから、
間違っている感じもしない。
でも、
そういう小さなことが続いていくと、
夜だけ、
少し疲れる。
大きな不幸があるわけじゃない。
ちゃんと眠れているし、
ちゃんと生活もできている。
それでも、
シャワーを終えたあとや、
コンビニの帰り道で、
急に、
自分の感覚だけが遅れて戻ってくることがある。
「今日も、
自分のためには動いていなかったな」
と思っても、
翌朝には、
また普通に戻れてしまう。
だから、
そのままにしてしまう。
気づかないうちに、
“少しだけ自分を後ろへ置く”
ことが、
自然になっていく。
誰かといるときは、
ちゃんとしていられる。
空気も壊さない。
ちゃんと返事もできる。
だから、
周りから見れば、
たぶん問題はない。
でも、
一人になったあと、
何も起きていないはずなのに、
少しだけ消耗している。
疲れているのは、
人と会ったからじゃない。
“自分の感覚を後回しにしていた”
その時間が、
静かに残っている。
そしてたぶん、
本当に怖いのは、
無理をしていることに、
気づけなくなることだ。
嫌だったのか。
寂しかったのか。
苦しかったのか。
自分でも、
そこまで辿り着けないまま、
「これくらい普通かもしれない」
で、
終わらせてしまう。
そうやって、
少しずつ、
自分の感覚より、
周りに合わせる方が自然になっていく。
気づかないうちに、
何が好きだったのか。
何を嫌だと思っていたのか。
どんな時間が、
ちゃんと安心できていたのか。
そういうものを、
少しずつ、
思い出せなくなっていく。
昔は、
ちゃんと疲れていた気がする。
嫌なことがあった日は、
ちゃんと嫌だった気がする。
でも今は、
何も感じていないわけじゃないのに、
何を感じているのか、
少し分からなくなっている。
それでも、
毎日は続いていく。
朝になれば起きて、
仕事へ行って、
笑うところでは笑って、
「またね」
と言って帰る。
壊れているわけじゃない。
むしろ、
ちゃんと生きられてしまっている。
だから、
気づくのが遅くなる。
本当は、
少しずつ、
自分の感覚の方が
遠くなっていたことに。
夜だけ、
少し静かになるのは、
昼のあいだ、
聞こえなくしていたものが、
戻ってくるからかもしれない。
部屋の中に、
冷蔵庫の音だけが残っている。
開いたままのLINE。
途中まで打って、
消した言葉。
テーブルに置いたまま、
飲みきれなかった水。
そういうものの中に、
昼のあいだ、
後ろへ置いていた感覚が、
少しだけ残っている。
変わらなくてもいい、
とは思う。
無理に強くならなくてもいい。
ただ、
もし何度も、
同じ夜に戻ってきてしまうなら、
少しだけ、
「本当はどう感じていたのか」
を、
置き去りにしないままでいても、
いいのかもしれない。
夜は、
大丈夫なふりが、
少しだけ静かになる。
そして、
昼には聞こえなかった感覚が、
ようやく、
戻ってくることがある。