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公募落選日記 1 ビギナーズラック

最初に応募したのは「さなコン」でした。まずはそこから書きます。
※最初の方は調子に乗った投稿が続きますが、だんだん堕ちていきますので、温かく見守ってやってください。

応募の前の年、コロナ禍で暇になった私は木下昌輝先生の掌編小説教室に通い始める。初心者の方が多くて書いているのは掌編なので、公募に応募!という雰囲気はあまりないところだったし、私も当時はど初心者で、初回には「小説じゃなくてエッセイですね」とコメントをいただいた。
でも、小説書くのっておもろいなあ、というのは、ここで教えてもらった。

そのあと2021年春、調子に乗って、木下先生が通っていたという大阪文学学校にも通いはじめる。
そこで課題を出すように言われた。指定テーマはなし。
木下教室では毎回、何かテーマに沿って書く。「身長を記録した傷がある柱を出す」とかいう無茶振りな時もあるが、とにかく何かテーマはあるから、それに沿って考えれば良かった。

でも、テーマがないというのは大変困った。さて。

私は何を書きたいんだろうな。わかんない。
ただ小説を書きたいんだけど、何かを書いて訴えようとか、そういうのはなかった。書きたいジャンルすらよくわからなかった。
(正直に言うと今もない)

わかんないままぼうっとXを見ていたら、津原泰水先生が、「冒頭だけ指定のあるコンテストがはじまる」と書かれていた。リンクを辿ると、冒頭文が指定されたコンテスト、「日本SFクラブの小さな小説コンテスト」(通称「さなコン」の初回がはじまったところだった。


朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。
という書き出しが指定された、ユニークな公募。 【共通の書き出しから物語を作ろう!】 - 日本SF作家クラブの小さな小説コンテスト

津原泰水 X 2021.4.29


あ、テーマがある。と思った。ありがたい。
SF、そして冒頭指定。これで何か書いてみよう。

ここで書いてみたのが「世界の終わりとペンギンたち」。思いついたことをただひたすら書いた。世界の終わりだから隕石が飛んでくる世界にした。
最初の作品でいきなり地球滅亡である。ベタだ。ど直球だ。

この時はむしろ文学学校の締切に間に合わせる方が必死で、コンテストってことは意識していなかった。目の前に書くべきテーマがあり締切があった。それだけで十分だった。
10000字以内で書き終え、投稿した。そして文学学校の締切にも出せた。45歳にして初めて書いた、そこそこの長さの小説だった。

大阪文学学校は合評形式で、チューターと呼ばれる先生が見守る中、生徒がおのおの意見を言う。当時はコロナ禍で、対面授業はなくてZOOMだった。初回授業で一度しか会ったことがない人たちが、作品を読んでくれて、画面からあれやこれやと言ってくれた。隕石落ちても温度あがらなくないっすか?とか、パラレルワールドになってるけど意味がよくわからない、もっと助かった人いるんじゃないの?とか、私が浅い知識で作ったSFの雑な設定についていろいろ指摘があり、あちゃー、そっかー。と聞いていた。最初の作品にしてはまあがんばったよね。くらいの、生温かい感想をいただいたと思う。とにかくこのくらいの長い話を誰かに読んでもらうのは初めてだったから、それだけで達成感があったし、嬉しかった。

そして応募したさなコンは、初回から3回目までは一次通過しただけで感想をもらえるという大盤振る舞いなコンテストで、初心者の私のモチベーションを上げるのに一役買っていた。

で、一次選考通過のところに名前(当時は犬の名前にしていた)とタイトルが載って、驚いた。おお、これで感想もらえるんだ、と嬉しくなる。

当時を思い出して正直に言うと、はじめて書いたもので一次に通っているもんだから、へえぇ、そんなもんなんだー、と思っていたと思う。一次選考も何度も落ちている今なら「よっしゃ!」になるところだが、当時はそこまで感慨がなかった。

あまりはっきり覚えていないが、もしかして、いけるんじゃないか、と思っていたと思う。二次選考通過の発表は◯日です、ってのをちゃんとチェックして、当日朝から早起きしてスマホ画面を見たのを覚えているからだ。

すると、最終選考のところに、私の犬の名前とタイトルがあった。
はじめての小説で上位20作品、最終選考通過。
心臓がドキドキした。
やだ、ちょっと、私ったら処女作でデビューできるんじゃ・・・!

さなコンは受賞してもデビューはしないとか、今は応募者めっちゃ増えたけど初回はそうでもなかった、とか、あとで思うことはいろいろあるんだけど、当時私がそう思ったのを、今思い出した。なんともお恥ずかしい話だ。

そして、もちろん最終で落ちる。

あの時は悔しかったな。今思い出した。だっていけると思ってたから。
あほである。ちなみに、第一回目の大賞は坂崎かおる氏だった。いけるわけがない。

今だから思うけど、どれだけありがたいことか。
最終ってね、あんた、滅多に残られへんのよ、あんな杜撰な処女作で残してもらって。ありがたいと思いなさいよ。と、当時の私には説教したい。

ただ、おかげさまで、私はここで調子に乗った。
「なんか、私、小説、書けてるみたい。」と、調子に乗ったのだ。

私は自己肯定感が低いタイプで、しかも根性がない。できへんわ、と思ったら挫折するのは早い。「やってもどうせあかんし」と投げ出す。そういうところがある。だから、「私、小説みたいなものを書けてるみたい。」と処女作で思えたのは大変大きかった。

ここで調子に乗ったのがずっと原動力になって、続けていけている。ほんまに。当時、選んでいただきありがとうございました。

と、ビギナーズラックで私は大変ラッキーだったけど、今は公募に落ちまくったせいで、「今回は一次選考通ったから私すごい。」って思える図々しいメンタルになってます。だって、一次ですら、800作品中40作品とかでしょ。すごくないですか。

最初に最終までいけたら、次からも最終いかないと悔しくなりそうだけど、私は全然そうはならなかった。だってこのあと、怒涛の落選生活が幕を開けたからです。ビギナーズラックってほんまにあるねんなあ。としみじみ思うくらいには。

ということで、続きは次回。
次回まで、「ビギナーズラック(次はちっちゃめ)」の話が続きます。

「世界の終わりとペンギンたち」は、ありがたいことに、「ペンギンSFアンソロジー」にも掲載していただけました。

あと、私の作品集「群青の余生」にも掲載しました。BOOTHで販売中。
文学フリマでも買えますよ!

(こちら、隙を見ては宣伝していくスタイルにします。ご了承ください)




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