冒頭試し読み「神様にでもなったつもりかい?」筒井透子
「やばいっすよ、あの人全然祈られてくれなかったっすよ」
上条は一見ファミリーカーに見えるバンのスライドドアを開けて叫んだ。運転席にいる竹本は、上条を怒鳴りつけた。
「お前のやり方が下手なのよ。真剣に見えないのよ。もっとちゃんと言えよ、『あなたの幸せを私に祈らせてください』ってさあ」
竹本は祈りのところだけ芝居調で言った。
「ちゃんとやったつもりっすけど」
「祈っていいっすか? いいっすよね? ってそんな言い方じゃ胡散臭がられるに決まってんだろ。研修で何やってきたんだ」
上条はふてくされる。「もう一回行ってきます」
「バカか、同じ手にひっかかるかよ。あと十五分しかないんだぞ、うーん、どうするかな、西田、お前いけるか?」
いきなり振られた後部座席の新人職員、西田は驚いて顔を上げる。おかっぱの前髪が初々しい。
「私ですか? まだ研修受けただけなんですけど」
きちんと着込んできたタイトスカートの足を揃えている。機動的とは言い難い。足元を見て黒い靴のヒールがあまり高くないのを確認し、竹本は言った。
「『悪い人に追われてるんです! 助けて!』ってやれる? で、ターゲットを引っ張って逃げるのよ。俺、「悪い人」やるから。その格好でも少しなら走れるでしょ」
言いながら竹本は締めていたネクタイを崩してサングラスをかけていた。
「無理です、そんな演技力ないです」
「うーん、だよなあ、俺が行くか。どうするかなあ、適当にオラオラ言ってみるか。いや、待てよ」
竹本は言いながらサングラスを外し、車のカーナビゲーションを凝視する。地図の他に色とりどりのマークが光り動いていた。
「おお、大野のばあさんがいるじゃないの、すぐ近くに」
竹本はスマートフォンを取り出し電話をかけた。西田と上条は竹本のスピードに全くついていけずにいる。
「あ、大野さん? 俺です竹本です。今仕事終わりですか? もう一つ頼まれてくれませんか。若手がお祈りに失敗しちまって。あと十五分なんですよ。そこからだったら三分でいけますけど、どうです? うわーありがたい! 地点とターゲット情報すぐ送ります。いやいや、もちろん今度お礼しますよ、日本酒好きでしたよね? じゃあお願いします」
電話を切った竹本は即座にスマホを操作しはじめる。
「ターゲット、服部隆史、二十三歳、今日の服は緑のTシャツにジーンズに黄色スニーカー、剃りこみ入り、と」
口に出して入れてから、竹本はほうっ、と息をついた。
「よかったわー。大野のばあさんは絶対逃さないのよ。おい、上条、様子見てこい」
「わかりました」上条はまた車から降りた。
車内に二人で残された西田は、竹本に恐る恐る話しかけた。
「あの。大野さん、は、どんな手を使うんですか?」
「『ちょっとそこのお若い方、腰がやられてしまって、痛くて歩けなくて困ってるんですよ』」
竹本は、今度はお婆さんの声真似で言った。
「タクシー呼んでくれとか、荷物持ってくれパターンが多いけど、いい男だったらおんぶしてもらうらしい」
「あの人、止まってくれますかね」
「見た目怖い人ほど、逆にお年寄りには親切だったりするのよ、ほら」
カーナビの隣にあるモニターには、剃り込みの入ったド派手な髪型のそのターゲットが、お婆さんをおんぶしている様子が写っていた。
「ええっ、すごい、早い」西田は画面を凝視した。
「おんぶってことは、ばあさん的にはいい男なわけだな」
呟いてから、竹本はスマートフォン越しに叫んだ。
「上条すまん、今度は現場に直行するから、徒歩で追いついて」
竹本は言いながら車のエンジンをかける。すごいスピードで車が動き出し、西田は左に傾いて窓に頭を打つ。構わず竹本は走り続ける。道を曲がって右側にコンビニが見えたところで、路肩に寄せて車を止める。
「見てろよ、西田」
竹本は急に黙ってコンビニを見つめる。西田も前方を見つめる。一分くらい経って、すぐ近くの交差点から突然猛スピードで車がコンビニの駐車場を突っ切り、ガラスを大破し店の中に突っ込む。西田が身をすくめるくらいの大音量がしたその時、竹本が停めた車の真横を、お婆さんをおんぶしながら男が通り過ぎた。
「あらまあ、事故ですかねえ」
「そうみたいっすね」
大野のばあさんののんびりした声と、興味のなさそうな男の声が、車の中に聴こえて来る。西田は竹本と目を合わせ、竹本はにいっと笑った。
ドアが開いて、上条が入ってきた。
「すごいっすね、間一髪っすね!」
「お前が失敗したせいでこんなギリギリになったんだろ、反省しろ」
「すみません」
「西田、運転手の情報読んで」
西田が自分のタブレットを慌てて操作する。
「運転手は八十歳の男性、原因はアクセルとブレーキの踏み間違い、ご本人はエアバッグで無傷、そう書かれてます」
「アクセル踏み込みすぎっしょ」と上条。
「予定通りあのコンビニ前にターゲットが立ってたら、大変なことになってましたね」
はじめて現場に来ている西田は、少し震えている。
二人が話してるのを横目に、竹本はすでにスマートフォンを手に誰かと話していた。
「はい、任務完了です。運転手のために今救急車呼びましたが、メールによると無傷のようです。死傷者ゼロです。はい。あ、いいですか、じゃあ今日は直帰します」
電話を切って竹本は伸びをした。
「おい、西田のデビュー記念に、飲みに行くか」
「いいっすね!」
すると前のドアが開いて、老女が黙って乗り込んできた。
「え、大野さん」
「いやー、おんぶされるのも疲れるわあ」
当然のようにシートベルトを締めながら、大野は言う。
「日本酒奢ってくれるんだろ、たけもっちゃん」
「そうでした。大野さんもか。まいったな」
言いながら竹本は車を発進させる。小さくなっている竹本を見て、西田と上条は目を見合わせる。
(続)
本作品は、作品集「愛だの恋だの」、それから「第九会議室」創刊号にも収録されています。
