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無味無臭の桃ず、最埌のひず切れの照り焌き。【創䜜倧賞2026フヌド郚門゚ッセむ】

    私をずりたく䞖界から、銙りも味も消えた。
    その日は突然やっおきた。

    それは、2人目の子どもを劊嚠䞭、
    予定日たで1ヶ月半ずいうあたりで起きたできごず。

    倧きなお腹を抱えながら、人で切盛りしおいる創䜜和食店での産䌑前最埌の営業を終わらせた矢先のこずで、倫ず人目の息子ず䞀緒に、赀ちゃんずの出䌚いを楜しみにしおいる真っ最䞭のこずだった。


    䞖界から光が消えた日

    ―ある日の朝、なんだか調子がよくない。

    ちょっず頭がヌっずするなぁ。
    熱は、37.2℃。埮熱か。
    その割にけっこうしんどいな。
    クヌラヌ苊手だから喉やられちゃったかなぁ。
    あんたり颚邪ずかひきたくないんだけどな。

      たさか 
    赀ちゃんに䜕か。

     いや、そんなわけ、、ないない。

    これは、そういうのじゃない。

    自分の本胜がそう䌝えおる。
    これは、たぶんコロナだ――。
     

    むダな予感ず、小さな蚘録

    圓時 幎月
    コロナ第波がピヌクを迎え、
    日あたりの新芏感染者数が過去最倧になっおいた時期。

    颚邪っぜい症状があれば、
    自他ずもに「コロナかも」っお誰もが疑っおいたあの頃。
    埮熱が出た次の日の朝、倊怠感、発熱39.4℃、喉の痛みが顕著に悪化したので受蚺したずころ、案の定コロナ陜性。
    むダな予感が圓たっおしたった。

    思わずおなかをさする。
    「ごめんね、倧䞈倫」返事のないおなかに向かっお声をかける。
    お店で動き回っおいた時は䞀緒に動き回っおいたこの子、産䌑に入っおからどうものんびり屋さんになったみたいで、この時は胎動感を感じられなかった。
    これは、い぀ものこず。なのに、蚀いようのない䞍安が抌し寄せる。


    生きおいる意味の半分を倱う

    私の䞖界から銙りず味が消えたのは、発症から日埌のこずだった。
    嗅芚や味芚がなくなる埌遺症に぀いおは、連日ニュヌスでも取り沙汰されおいお、隔離期間が明けたあずも埌遺症に苊しむ人がいるこずは知っおいた。
    たさか自分がそうなるなんお、思いもよらなかったけど。

    銙りも味もしない䞖界は、私にずっおはたさに地獄だった。
    出汁を匕くずきの銙りや、炊き立おの土鍋ごはんの銙りの嗅ぎ分け、味付けの絶劙な塩加枛の調敎で、毎日倉わらないおいしさを提䟛しおきた。
    自分にずっお、味芚や嗅芚がどれほど倧切で、呜綱だったかを思い知った。

    ―こうなった以䞊、リアルに「廃業」を考えなきゃいけない。
    自分の12幎間ごしの倢を叶えお䜜ったお店、こんな圢で終わるこずは想像もしおいなかった。
    そんなこずは党く望んでないし、考えたくもない。でも、考えなくちゃいけない  そんなのいやだ。絶察。絶察にいや。
    でも、服薬や氎分補絊のために、䜕かを口にするたび無味無臭を感じる。
    考えたくないのに「廃業」の二文字が垞に頭をよぎる。
    無意識に意識しおしたうのも蟛い。
    このたただったら、、本圓にどうしよう。。
     

    桃ずいうのは、ただの「枋い塊」だった

    嗅芚・味芚を消倱したこずに気づいた瞬間のこずは、今でも、さっき起きたこずのように鮮明に芚えおいる。

    あの時私は、喉の痛みや咳のせいで食欲がたったくないからごはんをほずんど食べおいなくお、でも栄逊・氎分補絊のためにくだものを食べようっお思い぀いた。

    赀ちゃんにもいいものを、ず思っお奮発しお買っおおいたちょっずいい桃。

    隔離生掻だから、ずっず息子にごはんを䜜っおあげられおいなかったし、せめお新鮮なものを食べさせおあげたくお桃を切るこずにした。

    たずは、隔離郚屋の空間陀菌。
    それから自分の党身にもアルコヌル噎霧しお、新しいマスクを二重に着甚。
    シャワヌキャップを耳たでかぶっお髪の毛をしたいこみ、
    手のひらにアルコヌルをもみ蟌む。
    隔離郚屋を出おからビニヌル手袋を着甚しお、
    新しいゎミ袋を、銖ず腕が出せるように切っおかぶる。
    よし、これで準備䞇端。これ以䞊ないくらいの完党防備。

    終始無蚀のたた、指を切らないように慎重に桃を切る。
    それこそ、か぀おないくらい䞁寧に皮をはがし、切り分けた。
    お皿に盛った桃は、宝石みたいにキラキラしお芋えた。
    息子ずはアむコンタクトずゞェスチャヌで意思疎通を図り、息子の分はテヌブルに眮いお、自分の分を持っお隔離郚屋ぞ戻った。

    息子ず䞀緒に食べられないのは寂しいけど、これはさぞかしおいしく食べられるこずだろうずりキりキしおひず口。

     たっっず。

    信じられないたずさ。銙りも党然ないし、味もうすい。なにこれ枋い 舌にめちゃくちゃむガむガが残る。
    甘味を感じられない舌が、本胜で感じ取れる枋みだけを拟っおしたうらしい。
    切る前の、たさに「桃色」ず呌べるほど鮮やかな色をした皮や、手に持った時のずっしりずした重み、果汁が滎り萜ちそうなほどみずみずしく茝いおいる乳癜色の、今、目の前にある果実の芋た目からは、たるで想像も぀かない味わいだった。
    舌で感じた味ず芋た目ずのギャップに、自分の脳の凊理が远い぀かず、しばしフリヌズしおしたった。

    思わず、ドア越しに向こうの郚屋にいる息子に向かっお、
    「党然おいしくないねぇ。ごめんね。無理しお食べなくおいいからね」
    ず蚀ったら、
    「え すごヌい おいしいよ」
    どうやら喜んで食べおいる様子。

    え
    こんなにたずいのに
    私に気を぀かっお、無理しお食べおるのかな。
    いや、息子はただ歳もうすぐ歳だし、さすがにそんな気遣いはないか。どう考えおも人生呚目だしな。
    普通においしいんだろうな。苊い味は嫌いだからさすがにわかるだろうし 
     

    「おかしいのは私か。」

    どんなに錻を桃に近づけお嗅いでみおも、譊察犬のようにスンスン吞っおみおも、蚘憶に残る桃の銙りはたるでしない。
    「桃」ずいうこずがわかっおいるからその銙りがするように感じおいるだけで、実際には銙っおいないのかもしれないくらいの超・超・超埮銙。

    食べるず、感じるのは甘味ではなく枋み。
    それさえも、「枋い」ずいう味芚を感じおいるわけではなく、舌がむガむガする枋いずいう蚘憶に基づく刀断をしおいるだけ。

    「終わったな」

    嗅芚ず味芚を倱ったずわかった瞬間、䞀床私は死んだのかず思うくらい、走銬灯のように今たでのこずが頭の䞭を駆け巡った。

    2020幎のコロナ発生圓初の時にも、自粛ムヌドで倱いかけたお店。
    たたなの
    今床は私の味芚ず嗅芚たで奪っおいくの

    絶望しかなかった。
    赀ちゃんの誕生を埅ちわびおいる、この垌望しかないはずの時期に
    自分の目の前から光が消えた。

    それくらい、「食」は私の生きる意味だった。
     

    ―でも、私はすぐに救われるこずになる。
    手の蟌んだものでもなく、手䜜りですらない、プロの料理ずはかけ離れた食べ物によっお、絶望の䞭から掬い䞊げおもらった。

    ​

    泥氎の味からアンパンマンうどんの光ぞ

    絶望の䞭にいた私に光が差し蟌んだのは、日目の倜のこずだった。

    この日間、赀ちゃんのためにも䜕か食べなきゃいけないず思い、最䜎限は頑匵っお食べおいたけど、栄逊を摂るために泥氎のような味を我慢したり、口にたずわり぀くだけの、味のしない䜕かを食べるこずで受けるストレスは、食べないこずよりよっぜど赀ちゃんに悪圱響じゃないんだろうかず思いながら生きおいた。
    生きるためにごはんを食べるこずで死にそうな気さえする。心が壊れそうだ。

    こんな、人生半分持っおいかれたみたいな、あの地獄のような時間がたった日だけだったなんお、党然心が远い぀かなかったけど、これは嬉しい誀算。

    味芚を倱っおから日目のこず。隔離からは日目の倜、郚屋の向こうで倫がマックを食べおいるこずに気づいた。
    今の私では感じられないはずの、いわゆる油臭さを感じた気がしたからだ。
    これも蚘憶のせいかなマック、どれだけ自己䞻匵匷いんだ
    ず、人぀っこみしながらも、気が向いたので、ナゲットを぀もらうこずにした。
    やっぱり味はよくわからない。あの独特のムニムニ感しか感じない。
    ポテトも本もらっおみた。芋の味がわからない。でも蚘憶の倍くらいの塩味が舌を刺激しおきた。

    それはたるで拷問のようだったけれど、垌望が芋えた瞬間でもあった。
    「塩味であるこずがわかる。味、わかる」

    「気のせいかもしれない」ず思い぀぀、それよりも期埅に胞を膚らたせおいる気持ちが勝っおいた。​嬉しくなっお、実隓的に息子の「アンパンマンうどん」を食べおみるこずにした。
    恐る恐る、䞀口すする。
    その瞬間、ふわっず和颚だしの優しい銙りが錻に抜けた。

    自分が店でひいおいた䞀番出汁ずは、党く違う。でも、あの、芪しみやすい出汁の味が、「私」を取り戻しおくれた。
    あの時の私にずっおは、どんな高玚料亭のそれよりも、垌望に満ちた幞せの味だった。

    ​あの絶望の期間は、光を倱っお目の前に党郚モダがかかっおいたように芋えおいたけど、銙りや味がほんの少しでもわかるようになった瞬間、自分の䞖界が、たた色ずりどりでカラフルにきらきらしお芋えた。

    自分の生きる意味が、なくならなくお本圓によかった。
    神様がいるのなら、心からの「ありがずう」を䌝えたい。

    ​今さらながら、「おいしい」ず感じられるこずが圓たり前ではないこず、
    そう感じられるこずは自分にずっおずおもありがたいこず、
    「食」の隣にいられるこずが、幞せの半分を圢成しおいるこずがわかった。


    歳の息子が芚えおいた、ただの鶏照りの味

    ​嗅芚ず味芚がほが戻っお、隔離期間が明けおからは、出産のため実家ぞ里垰りしおいた。母子共に健康で無事に出産を終え、床䞊げが終わり、息子の歳の誕生日をお祝いしおから自宅に戻り、ようやく私の日垞が戻っおきた。

    母乳の栄逊のために、モリモリごはんを食べる。
    モリモリ食べる気になれるこずも
    味がわかる、銙りがするこずも、
    「おいしい」っお思えるこずも
    家族に自分のごはんを食べおほしいっお思えるこずも幞せで、
    ごはんを䜜る、食べる、おいしい。こんな圓たり前のようなこずが、本圓はこんなにもありがたくお幞せなこずだったんだ。

    い぀ものようにごはんを䜜っお、食卓にごはんを䞊べたある日。

    息子が、「これ、たえも たべたね」ず元気よく蚀っおきた。

    そのおかずは、特に手の蟌んだものではなくお、息子の奜物でもなく、ただ焌いただけの鶏の照り焌き。なんなら今日のはちょっず焊げおいる。確かに食べたこずはあるけど、よく芚えおたね

    「これ、たえさ、ずずお父さんのこずずさ、ママずさ、さいご、いっこ、きょうそうしたよね」

    あぁそうだった。
    おいしいおいしいっお食べおお、最埌の䞀切れを食べようずしたら、ずずがふざけお暪取りしようずしおたからママもふざけお䟿乗しお混ざっお、最埌は息子が勝ち取っお、みんなで倧笑いしながら食べたこずがあったな。

    蚀われた瞬間、ハッずした。
    「おいしかった」から芚えおいたわけではないんだ。
    「たのしかった」から、こんなにハッキリず芚えおお歳なのに、しかも嬉しそうに話しおくれたんだな。

    私はにずっおは、自分の䞭の「おいしさ」を圩るものが重芁で、
    できるだけ栄逊バランスに気を配ったり
    季節の食材を味わっおみたり
    色んなおかずを䜜ったり
    プロずしおも、䞁寧に正確な味で䜜るこずにこだわっおいた。

    でも本圓は、食卓を䞀緒に囲む人ず笑い合いながら食べる時間が倧奜きで、この道を目指すきっかけも、母がくれる楜しくお幞せな食卓だったこずを思い出した。
    䞀番倧切にしおおきたい『食の原颚景』を、歳の息子に教えおもらった。


    「ちゃんずする」より、笑いあう食卓を

    自分でお店を経営しながら料理人ずしおお客様に料理を提䟛する以䞊、適圓なものは出したくないので、「正確で矎味しい味」を倧切にしおやっおきた。
    その埌、子どもたちの生掻環境を敎えるために、幎倏に店は閉めるこずになるが、店じたいをした今でも、それが倧切だず思う気持ちはもちろんある。

    でも、​味芚を倱った絶望を経隓したからこそ、子どもが蚘憶しおいる「たのしい味」の尊さが、より身に沁みおわかる。
    そしおそれは、私が䞀番倧切にしたいこず。

    気づけば、息子は歳もうすぐ歳、あの時お腹にいた子は歳もうすぐ歳になった。​​
    子どもず䞀緒に食卓を囲める時間は、きっずあっずいう間に過ぎ去っおしたう。​

    だから私は、今日も台所に立っおいる。
    完璧な䞀皿じゃなくおいい、家族みんながたのしく食べられる䞀皿を䜜る。

    盞倉わらず、私が䜜る照り焌きはたたに焊げる。
    店に立っおいた頃なら、お客様には謝っお䜜り盎すような代物だ。

    でも、今の私は、ちょっず黒くなった肉を死ぬわけじゃないからたあいっかず思いながら皿に盛り、「お埅たせヌ食べようヌ」ず元気よく笑っお食卓に䞊べおいる。

    あの時、味がしなくお死にそうだったこずを思えば、ちょっずの焊げの苊みなんおむしろ愛おしい。家族ず囲む食卓を圩る、いい調味料だ。

    我が家の食卓では、今日も少し焊げおしたった照り焌きを真ん䞭に眮いお、他愛のない話をしながら箞を動かしおいる。

    ​みんなで倧笑いした「たのしい味」が、子どもたちの心にずっず残り続けるように。


    #創䜜倧賞2026 #フヌド郚門

     
     
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