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視座と俯瞰

    先日トビタテ留学JAPNの事後研修会があった。

    そこで改めてなるほどなって思ったのがこの二つ。

    視座を高くすることと、俯瞰力。

    まあ、ニュアンスはココアとミロくらい同じ。←は?

    自分って考えたりするとき人間目線でしか考えてなかったなって感じた。

    海外で働いて異文化理解力や相手の価値観を受け入れる力は確かについた。

    だけどそれも人間目線。

    自分は人間だからまあ普通なのかもしれない。

    だけど、僕の尊敬する金子みすゞさんは今思えばイワシ目線で物を見てたりする。(大漁より)

    例えばなんだけど、今SDGsって世界中が協力して17個?の問題を解決しようって動いてる。

    特に熱いのが環境問題。

    地球の温度上がってるよ。

    やばいよ。

    沖縄で作ってたものが北海道でしか作れなくなるかもしれない。

    ロシアでしか作れなくなるかもしれない。

    それを抑えようって感じで。

    だけど地球の温度が上がることでメリットを得る奴もいる。

    最近インドで大量発生したバッタとか。

    いける国が増えて種の存続に有利になる。

    サメは?蚊は?セミは?

    もしかしたらいいぞもっと上がれなんて思ってるかもしれない。

    この前ダーウィンが来たで海を渡るオオカミの話をしてた。

    大昔、拡大する氷の大地から逃げるように移動して気づいたら海渡れるようになってたって。

    そんな風に人間も移動すればよくない?

    沖縄で作れなくなったら、北海道で作ればいいじゃん。

    無理に環境問題を解決するよりも地球の変化に合わせて行動を変えればいいのでは。

    地球を変えるより行動を変える方がはるかに楽だ。

    こんなこと言ったら怒られそうだが
    そもそも地球温暖化とかって人間のせいなのか?

    太陽が活発になっただけとか、起こるべくして起こったのかもしれないし、どっかの宇宙人が操作してるのかもしれないし、超俯瞰したら原因なんて無限にあるんじゃないか。

    心にツメコムで悩むって書くように人間は原因を人間目線で考える癖があるのかもしれない。

    そう考えると敢えて環境問題に取り組まないという選択肢も出てくる。

    そうすることでもしかしたら新しいことが生まれるかもしれない。

    例えば、沖縄の土を売るようになったり、バッタを食べるようになったり、サメの調教に成功して観光地になったり、農家の人が温度と共に移動することで定住しない生き方が進んだり、そうすることで過疎化問題の解決に繋がったり、セミをヒントに新しい楽器が生まれたり、暑いとこでも適応できるペンギンが出てくるかもしれない。

    僕は未来から来たわけではないのでこんなことが起こるかも分からない。

    ただ、もしこんな未来になったら面白いかもしれないとも思う。

    そう考えると環境問題を解決しようと動くことでこういう未来の可能性を消すことは機会損失になるのかな。

    人間万事塞翁が馬

    という言葉がある通り、どんな物事の先にもメリットとデメリットが起こりうる可能性はある。

    環境問題を解決することで起こるメリットはもちろん、デメリットまで考える。

    それも人間目線でなく、超俯瞰した何者でもない自分で。

    こうなったらこうなるかもしれない。

    いや、逆にこういうことも起きうるよね。

    そんな風に視座を高く考えていただろうか。

    一番怖いのはSDGsという言葉がメディアでも学会でも講義でも本でも流れてきてこういう問題がやばいんだーって無意識に自分の中に受け入れていたこと。

    色んな目線で物事を考えようと思った事後研修でした。

    ココアのも。








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