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Photo bykerari_dowa

【依存症の息子とわたし】今はまだ正論と嫌味のループ期

    依存問題を抱えた家族教室で、CRAFT(クラフト)を学んでいる。

    依存症を抱える家族は、たいてい同じところから始まるらしい。

    「なんとか依存を止めさせたい」

    「変わってほしい」

    だから正論を言う。提案する。怒る。励ます。注意する。

    私もそうだ。

    「そんなお金の使い方をしていたら、また困ることになるよ」

    心配だから、言う。

    でも、その言葉は本人には届かない。

    むしろ関係はギクシャクして、お互い苦しくなる。

    本人は「うるさいな」と思い、家族は「なぜ分からないの」と頭を抱える。

    そして本人は隠すようになり、嘘をつく。

    そんな悪循環が続いていく。

    今、私は次の段階に進みたいと思っている。

    それは「諦め」の段階。

    自分が何を言っても、何をしても、本人を変えることはできないと理解すること。

    息子は息子であって、私ではないのだ、と。

    家族教室では、その先に「受容」や「共感」があり、最終的には「ポジティブなコミュニケーション」につながると教わった。

    でも、私はまだそこまで辿り着いていない。

    いまだに最初の段階をぐるぐるとループしている。

    大切な人だからこそ、諦められない。

    「このままじゃ破滅する」

    そう思うと、どうしても放っておけないのだ。



    今の私は、息子のお酒の飲み方やお金の使い方を見るたびに、ただただ腹が立つ。

    私はずっと、子どもにだけは不自由な思いをさせたくないと必死に頑張ってきた。

    だから、「お金がない」のに、お酒を飲み、将来のことを考えずにお金を使い果たす姿を見ると、どうしても言いたくなってしまう。

    「それは違うんじゃない?」

    そして結局、嫌味を言ってしまう。

    あとで猛烈な自己嫌悪になる。

    その繰り返しだ。

    頭では分かっている。

    自分で考えさせなきゃいけない。

    失敗をして学ぶチャンスを、私が取り上げてはいけないのだ、と。

    息子の人生は、息子のもの。

    どんな生活をするのか。

    どんなお金の使い方をするのか。

    どんな失敗をするのか。

    それはすべて、本人が決めること。

    私がどれだけ心配しても、どれだけ正論を言っても、本人が変わるわけではない。

    その結果まで、私が背負う必要はない。

    むしろ私は、今まで背負いすぎていた。

    やり過ぎていたのだ。

    息子の考える機会を奪ってしまった。

    息子の失敗を未然に防いでしまった。 

    愛情のかけ方を間違っていた。


    「諦める」というのは、愛情を捨てることではない。

    相手の人生を、相手に返すこと。

    そう教わった。

    だけど、目の前にいると、どうしても口出ししてしまう。

    「早くお金を貯めて、家を出ていってほしい」

    もう、それしかないとすら思う。

    そして、

    「次に借金を作っても、絶対に助けない」

    これは、私が守らなきゃいけない境界線だ。

    でも。

    「借金しても、破滅しても、私は助けない!」

    そんな風に思えるほど、私はまだ達観できていない。

    受け入れられるのか、私。

    いや、到底受け入れられない。

    でも、受け入れなければいけない。

    だから今は、「諦める練習中」。

    家族教室に通いながら、これからもそのヒントを探していきたい。

     
     
    シングルマザーとして息子を育てる。43歳で水商売の世界へ入り、No.1を経験後、自分の店を持ち引退。社会人の息子の借金発覚・依存症をきっかけに、自分の過干渉・依存、ACに気づく。10年付き合った彼に振られ、なにもなくなったドン底の私の失敗と挫折と自立を目指して奮闘中の記録。

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