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迷いも道標

    大学院の前期授業が半分を過ぎた。後期には、研究授業(ゼミ)が始まる。それに向けて、自分がどんなことを研究したいのか、希望を出さなくてはいけない。

    大学院に行きたいと思ったきっかけは、保育現場で感じる小さな違和感に理論が欲しかったから。理論と結びつけることができたら、現場の保育士さんたちに一石を投じる勇気が持てるのではないか、と思ったから。

    さて、じゃあ私は、どんなことが分かったら勇気が持てるの?
    大学院で、社会や教育での様々な事象について触れる度に、知りたいことが増えていく。
    私の進学理由は、今思えば少し短絡的で、学びの広さを甘く見ていたかもしれない。

    ゼミの希望を出すにあたり、“いろんな先生に相談してみた方が良い”、という言葉の通りに相談してみると、色んな考え方があって自分の軸だったはずの物が揺れ出して、何を研究したいのか分からなくなってきた。

    そして、もう一度、初心に返って考えてみる。

    保育所にいる目の前の子ども達は、LGBTQではないかもしれない。一見、そのように見える子供はいない。
    でもそれは、見えないだけで違和感を感じている子どもはいるかもしれない。
    今は違和感として認識していないけど、大きくなったら感じる子どももいるかもしれない。
    その子自身はそうでなくても、周りの人やこれから出会う人など、当事者と関わることがあるかもしれない。

    保育所で過ごす6年間という時間はとても短くて、その後の人生の方がずっと長い。子ども達は、ライフステージと共に社会がどんどん広がって行き、様々な人と出会うだろう。
    世の中にはいろんな性があるということを知っている子供が大きくなった時の社会は、今よりは過ごしやすくなっているんじゃないかと思う。
    それが私の願いだ。

    その、当初の願いをあらためて思い出しながら、研究について考えてみる。靄がかかって見えなかった道がうっすら見えてきたような気がする。

    そんなことを考えていたら、以前の職場の後任者から、その施設の利用申し込み用紙に“性別欄を作るべきではないか”、という意見がスタッフから出ているのだがどう思うか?という相談があった。彼女自身も性別欄を戻すことには反対だが、スッタフにどのように伝えるべきか、当事者の親である視点も含めての相談だった。

    それは、前任であった私が、当時出された『性の多様性についての方針』を読んで無くしたものだった。
    私は、性の多様性について社会がこれから変わろうとしていることに期待して、個人の思いを優先させ半ば強引進めたところもあったかもしれない。

    でも、それから数年経って、今また性別覧を求める声が出てきている。利用者に関わるスタッフにとっては、男女の区別が必要だと言う。
    社会の変化は、なかなか現場には届かない。人の価値観は、そんなにすぐには変わらない。

    だから、私は伝えたかったんだ。
    子どもに一番近くで関わる私たちが、変化を恐れちゃいけないよ、って。

    正直、迷い出した時はどうしようかと思った。
    でも、迷ったからこそ、自分の思いを確かめることができた。
    これからも、きっと、悩んだり迷ったりするだろう。
    それも自分の核を作る時間になるのだろうな。

     
     
    日々の中で感じたことや、 揺れながら考えていることをそっと言葉にしていきます。 保育士しながら、大学院で学んでいます。

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