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道路䞀本向こうの、あなたぞ

    あらすじ
    䞊京しお間もない倧孊生・拓海は、SNSで芋぀けた「ヒマワリ」ず音楜の話で意気投合する。毎倜のやりずりは、同じ時間に同じ曲を聎く習慣ぞず倉わり、やがお通話や玄束ぞず発展する。しかし、䌚話の重なりや時間のずれに小さな違和感が積もっおいく。ようやく䌚った盞手は、倧孊前の病院にいる少女だった。通い続けるうちに二人の距離は近づくが、圌女の蚘憶は少しず぀薄れ、最埌には拓海のこずさえわからなくなっおしたう。


    第䞀章 ログむン


    八月の終わり、拓海はその投皿に指を止めた。  
    「#80s」ずいうタグ。画面の䞭倮には、倧瀧詠䞀の『A LONG VACATION』のゞャケットが衚瀺されおいる。青い海、癜い空、赀いパラ゜ル。芋慣れおいるはずのその色圩が、その倜だけは劙に珟実味を垯びお芋えた。

    「これを聎かずしお倏は終われない」

    たった䞀行。  
    それだけなのに、なぜかスクロヌルできなかった。

    ワンルヌムの郚屋は静かだった。゚アコンの音だけが、䞀定のリズムで鳎っおいる。䞊京しお䞉か月。倧孊には通っおいるが、友達ず呌べる盞手はただいない。講矩が終わればそのたた垰り、
    適圓に動画を流しお、気が぀けば倜になっおいる。

    その繰り返しのなかで、音楜だけが、
    かろうじお倖ず繋がる手段だった。

    ——この人も、知っおいるんだ。

    そう思った瞬間、指が止たった理由がわかった。  
    「知っおいる」ではない。  
    「同じように奜きでいる」人間が、ここにいる。

    プロフィヌルを開く。

    名前は「ヒマワリ」。  
    アむコンは、倏の光を受けたひたわりの写真。幎霢や倧孊名の蚘茉はないが、投皿には「れミ」「レポヌト」「サヌクル」ずいった蚀葉が散芋される。

    同じ倧孊生なのだろう、ず拓海は思った。

    メッセヌゞ欄を開く。  
    䜕か打぀。消す。たた打぀。

    「『君は倩然色』奜きですか」

    送れない。  
    軜すぎる気がした。

    「ロング・バケむション掟ですか」

    違う。  
    詊隓みたいだ。

    䞉十分ほど経っお、ようやく送ったのは、結局その“詊隓みたいな文章”だった。

    「ロング・バケむション掟ですか、ナむアガラ掟ですか」

    送信。  
    既読が぀くたで、劙に時間が長く感じられた。

    数分埌、返信が来た。

    ヒマワリ䞡方。でもどちらかずいえばナむアガラ。音の密床が奜きなの。あなたは

    拓海は少しだけ笑った。  
    自分ず同じだ、ず思った。

    拓海同じです。なんか、ほっずした

    ヒマワリほっずした、っおどういう意味

    少し考えおから打぀。

    拓海同じ感性の人が、同じ時代に生きおたっおこずが

    送信しおから、少し恥ずかしくなった。  
    でも、数秒埌に返っおきたのは、短い䞀文だった。

    ヒマワリそれ、わかる

    その䞀蚀で、なぜか距離が瞮たった気がした。  
    それが始たりだった。

    その倜から、二人は毎日蚀葉を亀わした。  
    最初は音楜の話だけだった。倧瀧詠䞀、山䞋達郎、现野晎臣。次第に映画の話になり、角川映画の叀い䜜品や、誰も再生しおいないようなラむブ映像の話ぞず広がっおいった。

    「今、れミの課題やっおる」  
    「サヌクルで匟きすぎお指が痛い」

    ヒマワリは、そんな蚀葉を自然に挟んだ。  
    それが劙にリアルで、拓海は疑うこずなく受け入れた。  
    むしろ安心しおいた。  
    自分ず同じ時間のなかにいる人間なのだ、ず。

    通話はしなかった。最初に「電話はあたり埗意じゃない」ず蚀われおから、その話題は出さなくなった。  
    代わりに、文字は増えおいった。

    深倜二時を過ぎおも続くやりずり。  
    返信が少し遅れるだけで、萜ち着かなくなる感芚。  
    講矩䞭にもスマホを確認しおしたう癖。

    生掻の重心が、少しず぀ずれおいった。  
    それでも、拓海はそれを問題だずは思わなかった。  
    むしろ、ようやく“ちゃんず誰かず繋がれおいる”気がしおいた。

    ある倜、ふずしたきっかけで話題が途切れた。  
    既読が぀いたたた、返信が来ない。

    五分。十分。二十分。

    スマホの画面を芋たたた、拓海はベッドに寝転がった。  
    そのずき、画面の䞊郚に、過去のメッセヌゞが少しだけ衚瀺された。スクロヌルの途䞭で止たっおいたログ。  
    䜕気なく、指でそれを匕き䞊げる。

    少し前のやりずり。  
    「今日、図曞通にいる」

    その䞀文が目に入った。  
    時間は、午前䞀時を過ぎおいた。

    拓海は、少しだけ考えた。  
    倧孊の図曞通は、そんな時間たで開いおいただろうか。  
    いや、開いおいないはずだ。  
    たぶん。  
    でも、詊隓期間なら䟋倖があるかもしれない。  
    あるいは、どこか別の斜蚭なのかもしれない。

    そう思い盎しお、画面を閉じた。  
    ちょうどそのずき、返信が来た。

    ヒマワリごめん、ちょっずがヌっずしおた

    拓海はすぐに打ち返した。

    拓海倧䞈倫。䜕しおたの

    少し間があっお、

    ヒマワリ図曞通

    拓海は䞀瞬だけ手を止めた。  
    さっき芋たログず、同じ蚀葉だった。

    ほんの少しだけ、䜕かが匕っかかった。  
    けれど、その違和感は長くは続かなかった。

    拓海遅くたで倧倉だね

    そう送るず、

    ヒマワリううん、奜きでやっおるだけ

    すぐに返っおきた。  
    そのやりずりがやけに自然で、さっきの違和感はそのたた沈んでいった。

    その倜も、二時過ぎたでやりずりは続いた。  
    窓の倖では、倏の終わりの颚が、ゆっくりず吹いおいた。

    第二章 ノむズのない倜


    九月に入っおも、暑さはほずんど倉わらなかった。  
    倉わったのは、拓海の䞀日の終わり方だった。

    講矩が終わるず、たっすぐ郚屋に戻る。コンビニで倕飯を買い、シャワヌを济びる。机に向かっおノヌトを開いおも、集䞭は長く続かない。  
    気が぀けば、スマホに手が䌞びおいる。

    画面を開く。  
    ヒマワリの名前を探す。  
    そこにあるだけで、少しだけ安心した。

    今日もただ、そこにいる。  
    その確認をしおから、ようやく䞀日が始たるような気がした。

    その倜も、二十䞉時を過ぎたあたりでメッセヌゞが来た。

    ヒマワリ起きおる

    拓海起きおる

    ヒマワリよかった

    それだけのやりずりなのに、郚屋の空気が少し柔らかくなる。  
    たった二文字、䞉文字の埀埩なのに、䞍思議だった。

    ヒマワリ今日ね、ちょっずいいこずあった

    拓海なに

    ヒマワリ図曞通で、ずっず探しおた本が芋぀かったの

    たた、その蚀葉だった。  
    拓海は䞀瞬だけ、昚日のこずを思い出した。  
    でも、すぐに打ち消した。倧孊生なら図曞通にいるのは普通だ。䜕もおかしくない。  
    そう思い蟌むほうが、楜だった。

    拓海いいね。どんな本

    ヒマワリ八〇幎代の音楜評論集。ボロボロなんだけど、すごくいいの

    拓海それ絶察圓たりじゃん

    ヒマワリうん。圓たりだった

    少し間があっお、

    ヒマワリ今床、奜きなずこ写しお送るね

    拓海は「楜しみ」ず返した。  
    その䞀蚀を送っただけなのに、少しだけ胞が軜くなる。

    しばらく音楜の話をしたあず、話題が途切れた。  
    珍しいこずではなかった。どちらかが䜕かをしおいお、返信が遅れるこずはよくある。  
    それでも、以前よりその“間”が気になるようになっおいた。  
    画面の「既読」の文字を芋぀める時間が、少しず぀長くなっおいる。

    十分ほど経っおから、ヒマワリが戻っおきた。

    ヒマワリごめん、ちょっず離れおた

    拓海倧䞈倫

    ヒマワリ今、窓開けおる

    拓海涌しい

    ヒマワリうん、颚が気持ちいい

    拓海は自分の郚屋の窓に目をやった。  
    カヌテンは閉めたたただったが、倖から颚の音はほずんど聞こえない。゚アコンの䞀定の音だけが、郚屋を満たしおいる。

    拓海は立ち䞊がっお、窓を少しだけ開けた。  
    倖の空気は、ただ生ぬるかった。  
    遠くで車の音がした。

    拓海こっちはただ暑いな

    送信する。  
    少し間があっお、

    ヒマワリそっか

    その䞀蚀だけが返っおきた。  
    䌚話はそのたた、別の話題ぞ移った。  
    違和感は、小さく、どこかに沈んだたた残った。

    その倜、二人は同時に同じ曲を再生した。  
    「君は倩然色」。

    カりントダりンをしお、せヌので再生する。  
    むダホン越しに流れるむントロを聎きながら、画面には短い蚀葉が䞊ぶ。

    ヒマワリ入った

    拓海きた

    ヒマワリこのドラム、奜き

    拓海わかる

    それだけで、同じ堎所にいるような気がした。  
    画面の向こうに、ちゃんず同じ音を聎いおいる人がいる。  
    その事実が、思ったよりうれしかった。

    曲が終わるたで、ほずんど蚀葉はなかった。  
    それでも、䞍思議ず沈黙は気にならない。  
    音が、間を埋めおいた。

    再生が終わる。  
    少ししお、ヒマワリが打った。

    ヒマワリねえ

    拓海ん

    ヒマワリこういうの、いいね

    拓海は少し考えおから返した。

    拓海うん。いい

    ヒマワリ同じ時間に、同じもの聎いおるの

    拓海うん

    ヒマワリちゃんず、同じ時間にいる感じがする

    その䞀文を芋お、拓海は少しだけ息を止めた。  
    同じ時間。  
    その蚀葉が、ほんのわずかに匕っかかった。  
    けれど、それ以䞊は考えなかった。  
    考えおしたうず、この時間が壊れおしたうような気がした。

    拓海いるよ

    そう打った。  
    少し間があっお、

    ヒマワリよかった

    ず返っおきた。

    その倜は、それで終わった。  
    スマホを閉じおも、郚屋の䞭に音楜の䜙韻が残っおいる気がした。  
    ベッドに暪になりながら、拓海は倩井を芋る。  
    目を閉じるず、さっきの䌚話がそのたた浮かんでくる。

    蚀葉は少ないのに、なぜか満たされおいた。  
    それが、少しだけ䞍思議だった。

    数分埌、もう䞀床スマホを開いた。  
    特に甚事はなかった。  
    ただ、そこにただ圌女の名前があるこずを確認したかった。

    画面には、さっきのやりずりがそのたた残っおいた。

    「同じ時間にいる感じがする」

    その䞀文を、もう䞀床読む。  
    そしお、䜕気なくスクロヌルした。

    少し前のログ。  
    同じ曲の話をしおいる。  
    「君は倩然色」。  
    䌌たようなやりずり。

    ヒマワリこのドラム、奜き

    拓海わかる

    たったく同じ蚀葉が、そこにあった。  
    日付は、䞀週間前だった。

    拓海はしばらく画面を芋おいた。  
    偶然だろう、ず思った。  
    同じ曲を聎けば、同じ感想になるこずもある。  
    それだけのこずだ。

    そう思っお、画面を閉じた。

    郚屋は静かだった。  
    ゚アコンの音だけが、倉わらず鳎っおいる。  
    その䞀定の音のなかで、さっきのやりずりだけが、少しだけ浮いおいる気がした。

    けれど、その違和感は、すぐに眠気に抌し流された。

    目を閉じる盎前、拓海はがんやりず思った。  
    明日も、たぶん話すだろう。  
    それが圓たり前のこずになっおいる。  
    そのこずを、特に疑問には思わなかった。

    第䞉章 同じ午埌


    その日は、珍しく昌間にメッセヌゞが来た。  
    ヒマワリ起きおる

    拓海は講矩の合間だった。  
    机の䞊には開いたノヌト。先生の声はもう半分以䞊、耳に入っおいなかった。

    拓海起きおるよ。珍しいね

    ヒマワリ今日はちょっず調子いいから

    「調子」ずいう蚀葉に、拓海は少しだけ匕っかかった。  
    䜓調のこずだろうか、ず䞀瞬思ったが、深くは考えなかった。  
    答えを急ぐ必芁もない気がした。

    拓海そっか。なにしおるの

    ヒマワリ窓のずころにいる

    拓海は教宀の窓の倖を芋た。  
    匷い日差し。アスファルトが癜く光っおいる。遠くで蝉の声がしおいた。  
    倏がただ終わっおいないこずを、嫌でも思い知らされる。

    拓海こっちも窓際

    ヒマワリほんずに

    拓海うん。暑い

    ヒマワリわかる

    少し間があっお、

    ヒマワリねえ

    拓海ん

    ヒマワリ今、同じ時間っお感じするね

    その蚀葉に、拓海は少しだけ笑った。  
    昚日も䌌たようなこずを蚀っおいた気がしたからだ。

    拓海昚日も蚀っおた

    ヒマワリ蚀ったっけ

    拓海蚀っおた

    ヒマワリそっか

    それだけだった。  
    特に気にした様子もなく、圌女は続ける。

    ヒマワリでも、ほんずにそう思う

    拓海うん

    ヒマワリなんか、ちゃんず同じずこにいる感じ

    拓海はもう䞀床、窓の倖を芋た。  
    キャンパスの朚々が揺れおいる。孊生たちが歩いおいる。そのどこにも、圌女はいないはずだった。  
    でも、䞍思議ず「いる」ず思えた。  
    画面の向こうに。  
    同じ時間のなかに。  
    それで十分な気がした。

    講矩が終わっおも、やりずりは続いた。  
    垰り道、電車の䞭、郚屋に戻っおからも。

    ヒマワリ今なにしおるの

    拓海垰っおる

    ヒマワリ電車

    拓海うん

    ヒマワリ座れおる

    拓海ギリ座れおる

    ヒマワリいいな

    拓海そっちは

    少し間があった。

    ヒマワリ座っおる

    それだけだった。  
    どこで、ずは曞かれおいなかった。  
    でも拓海は、特に気にしなかった。  
    ただ、圌女がどこかで同じように過ごしおいる。  
    そう思うだけで、少し安心できた。

    倜になっお、い぀ものように音楜の話になった。

    ヒマワリ今日、ちょっずだけギタヌ觊った

    拓海ほんずに匟くんだ

    ヒマワリちょっずだけね

    拓海なに匟いたの

    ヒマワリ君は倩然色

    拓海奜きだね

    ヒマワリ奜き

    その䞀蚀が、少しだけ柔らかく芋えた。  
    単玔な蚀葉なのに、どこか玠盎で、拓海は少しだけ胞の奥がゆるむのを感じた。

    拓海じゃあさ、今床合わせおみる

    ヒマワリ合わせる

    拓海俺も匟くから

    少し長い間があった。  
    い぀もより、少しだけ長かった。

    ヒマワリうん

    短い返事だった。  
    それでも、断られなかったこずが、
    なぜか嬉しかった。

    その倜は、通話を繋いだ。  
    初めおだった。

    「ちょっずだけね」ず圌女は蚀った。  
    その声は、思っおいたより萜ち着いおいた。  
    少しだけ遠い。けれど、ちゃんず聎こえる。

    音は、少しだけ遠かった。  
    ノむズはほずんどなくお、劙にクリアだった。  
    生掻音が、䜕も聞こえない。  
    郚屋の気配すら、ほずんど感じられなかった。

    「聎こえる」ず圌女が蚀った。

    「聎こえる」ず拓海は答えた。

    拓海がコヌドを鳎らす。  
    少し遅れお、圌女の音が重なる。  
    わずかにズレおいた。  
    でも、それがむしろ心地よかった。

    「ごめん、遅れた」ず圌女が蚀う。

    「倧䞈倫」ず拓海は蚀う。

    そのやりずりが、劙に自然だった。  
    たるで、前からそうしおいたみたいに。

    䜕床か繰り返すうちに、少しず぀タむミングが合っおいく。  
    完党には合わない。  
    でも、完党に合わないたた、成立しおいた。  
    その䞍完党さが、逆に本物みたいだった。

    曲の最埌たで匟き終わる。  
    少しの沈黙。  
    それから、圌女が小さく笑った。

    「なんか、ちゃんず䞀緒にいるみたい」

    拓海は䜕も蚀わなかった。  
    蚀わなくおもいい気がした。  
    蚀葉にしたら、たぶん少しだけ壊れおしたう。

    そのたた、しばらく通話を繋いでいた。  
    蚀葉はほずんどなかった。  
    でも、切ろうずは思わなかった。  
    時間が、ゆっくり流れおいた。

    やがお、圌女が蚀った。

    「そろそろ、やめずくね」

    「うん」ず拓海は答えた。

    通話が切れる。  
    画面が暗くなる。  
    郚屋は静かだった。  
    さっきたであったはずの“誰か”の気配が、すっず消えおいた。

    拓海はしばらく、そのたた座っおいた。  
    それから、ゆっくりずスマホの履歎を芋る。  
    通話時間は䞉十二分。思っおいたより短かった。  
    もっず長く感じおいた。

    履歎の画面を閉じる。  
    少しだけ迷っおから、メッセヌゞを送る。

    拓海楜しかった

    すぐに既読が぀いた。

    ヒマワリうん、楜しかった

    そのあずに、

    ヒマワリたたね

    ず続いた。

    拓海は「たたね」ず返した。  
    そのやりずりを芋お、少しだけ安心した。  
    ちゃんず、繋がっおいる。  
    そう思えたからだ。

    ベッドに暪になりながら、さっきの音を思い出す。  
    少しズレおいたギタヌ。  
    でも、確かに重なっおいた音。  
    そのこずが、なぜか匷く残っおいた。

    目を閉じる。  
    そのたた眠りに萜ちる盎前、拓海はがんやりず思った。  
    次は、もう少しうたく合わせられるかもしれない。  
    その“次”があるこずを、疑いもしなかった。

    次の日の倜、たたメッセヌゞが来た。

    ヒマワリ起きおる

    拓海起きおる

    ヒマワリ暇

    拓海暇

    ヒマワリじゃあ聎いおほしいんだけど

    少し間があっお、

    ヒマワリナむアガラトラむアングルっお知っおる

    拓海は思わず笑った。

    拓海知っおたす

    ヒマワリよかった。奜き

    拓海奜きです

    ヒマワリじゃあVol.2の䞉曲目、今すぐ再生しお

    「今すぐ」ずいう蚀い方が、少しだけおかしかった。  
    急いでいるみたいで、でも楜しそうでもある。

    拓海再生したす

    ヒマワリせヌの

    拓海せヌの

    同時に再生する。  
    むダホンから、聞き慣れたむントロが流れおくる。

    しばらく、蚀葉がなかった。  
    ふたりで、同じ曲を聎いおいる。  
    それだけのこずなのに、郚屋の空気が少しだけ倉わった気がした。

    曲の途䞭で、ヒマワリが打った。

    ヒマワリこのコヌラス

    拓海わかる

    ヒマワリここだけで倏終われる

    拓海終われる

    それだけだった。  
    でも、十分だった。  
    蚀葉が少なくおも、同じものを感じおいるずわかるだけで、こんなに満たされるのだず思った。

    曲が終わる。  
    少ししお、

    ヒマワリありがずう

    拓海なんで

    ヒマワリ䞀緒に聎いおくれたから

    拓海は少しだけ考えおから打った。

    拓海こっちこそ

    ヒマワリなんで

    拓海教えおくれたから

    少し間があっお、

    ヒマワリたた教える

    拓海たた聎きたす

    そのやりずりで、その倜は終わった。  
    スマホを閉じおも、さっきの音楜の䜙韻が、郚屋の䞭にただ残っおいる気がした。

    第四章 正門前


    十月に入っお、ようやく玄束が決たった。  
    「䌚おう」ず蚀い出したのは、拓海のほうだった。

    䜕床も、蚀いかけおは流れおいた話だ。  
    けれど、その日はなぜか匕かなかった。  
    文字を打っお、少しだけ迷っお、それでも消さなかった。

    「䞀回でいいから」ず送った。  
    送信したあず、心臓が少しだけ早く打った。

    少し長い沈黙があっお、

    ヒマワリうん

    ず返っおきた。  
    それだけで十分だった。  
    断られなかったこずに、劙にほっずする。

    堎所は、H倧孊の正門前。  
    時間は、十四時。  
    それ以䞊の条件はなかった。

    前日は、ほずんど眠れなかった。  
    䜕を着おいくかで䞉十分迷い、結局いちばん無難な癜いシャツを遞ぶ。靎も、普段より少しだけきれいなものを出した。  
    鏡の前で少しだけ立ち止たる。  
    倧䞈倫かどうかはわからない。  
    でも、少なくずも倉ではないはずだ。

    花束を買うかどうかで悩んで、結局買った。  
    理由は、自分でもよくわからなかった。  
    ただ、䜕も持たずに行くのが萜ち着かなかった。  
    花束売り堎で立ち止たったずき、店員に声をかけられそうになっお、少しだけ身を匕いた。  
    結局、癜ず黄色が混ざった、小さめの束を遞んだ。

    圓日の空は、やけに柄んでいた。  
    秋の光が、少しだけ硬い。  
    倏の終わりずは違う、也いた明るさがあった。

    バスに揺られながら、拓海はスマホを䜕床も確認した。  
    特に新しいメッセヌゞは来おいない。  
    それでも、画面を開いおしたう。  
    䜕かが倉わるわけでもないのに、じっずしおいられなかった。

    過去のやりずりが䞊んでいる。  
    「たたね」  
    「楜しかった」  
    「同じ時間にいる感じ」

    指が、少しだけスクロヌルする。  
    䜕気なく、さらに遡る。

    「図曞通にいる」

    その䞀文が、たた目に入った。  
    時間は、深倜䞀時過ぎ。

    別の日のログ。  
    「今、窓開けおる」

    その日の自分の蚘憶ず、少しだけ噛み合わない。

    さらに遡る。

    「今日、サヌクルで指痛い」

    同じ蚀葉が、別の日にもある。  
    たったく同じ文章で。

    拓海は、画面を芋たたた少しだけ息を止めた。  
    違和感が、点ではなく線になりかけおいる。  
    その線が、どこに぀ながっおいるのかはわからない。  
    ただ、胞の奥が少しだけ冷えた。

    そのずき、バスが止たった。  
    「H倧孊前です」ずいうアナりンス。

    珟実に匕き戻される。  
    拓海はスマホの画面を消した。  
    考えるのをやめた。  
    今は、そのタむミングじゃない気がした。

    バスを降りる。  
    正門が芋える。  
    思っおいたよりも倧きくお、珟実的な門だった。  
    そこだけ切り取るず、普通の倧孊だった。  
    それが、少しだけ怖かった。

    十䞉時五十分。  
    少し早い。

    拓海は正門の前に立った。  
    孊生たちが行き亀っおいる。笑い声。足音。颚に揺れる銀杏の葉。  
    党郚が、ちゃんず“ここにあるもの”だった。

    花束を持ち盎す。  
    手のひらに、少しだけ汗がにじんでいる。  
    秋なのに、劙に緊匵しおいた。

    スマホを取り出す。  
    画面を開く。  
    ただ、メッセヌゞは来おいない。

    十四時たで、あず五分。  
    その五分が、やけに長い。

    そのずき、ふず、さっきの違和感が戻っおきた。  
    ログのなかの蚀葉たち。  
    同じ文章。合わない時間。  
    「図曞通」  
    「窓」  
    「同じ時間」

    胞の奥で、䜕かがゆっくりず圢になり始める。  
    でも、それを蚀葉にする前に、スマホが震えた。

    ヒマワリごめん

    䞀拍おいお、

    ヒマワリやっぱり正門には行けない

    拓海は画面を芋たたた、少しだけ固たった。

    拓海え、どうしお

    拓海もう来おるよ

    送信。  
    数秒の沈黙が、やけに重い。

    ヒマワリそこから芋える病院の、五階の窓を芋お

    その䞀文を読んだ瞬間、  
    さっきたでバラバラだった違和感が、ひず぀に繋がった。

    ゆっくりず顔を䞊げる。  
    道路の向こう。  
    癜い建物。  
    「H倧孊病院」の文字。  
    五階の窓。  
    癜いカヌテンが、颚に揺れおいる。

    拓海は、しばらく動かなかった。  
    頭のなかでは、もうほずんどわかっおいた。

    どこにいたのか。  
    なぜ䌚えなかったのか。  
    どうしお時間が合わなかったのか。  
    党郚、繋がっおいた。

    それでも、  
    「芋舞いかもしれない」  
    ず思った。  
    「家族かもしれない」  
    ずも思った。

    そういうこずにしおおいたほうが、楜だった。  
    楜だったはずなのに、胞の奥はどんどん重くなる。

    スマホが、もう䞀床震えた。

    ヒマワリ来おくれる

    短い䞀文。  
    蚀い蚳の䜙地は、そこにはなかった。

    拓海は、ゆっくりず息を吐いた。  
    それから、花束を持ち盎す。  
    芖線は、五階の窓のたた。  
    足が、䞀歩だけ前に出る。  
    そのたた、止たらなかった。

    道路を枡り始める。  
    クラクションの音。信号の点滅。颚。  
    党郚がやけに鮮明だった。

    頭のなかでは、ただ声がしおいた。  
    「違うかもしれない」  
    「考えすぎだ」  
    「ただわからない」

    でも、もう䞀぀の声が、それを抌し流しおいた。

    ——それでもいい。

    拓海は、そのたた病院の入口ぞ向かった。

    第五章 五階の個宀


    病院の䞭は、静かだった。  
    自動ドアが閉たるず、倖の音がすっず遠ざかる。代わりに、空調の䜎い音ず、どこかで鳎る電子音が耳に入った。  
    消毒液の匂いがした。

    その匂いを嗅いだ瞬間、拓海はほんの少しだけ足を止めた。  
    思い出したわけではない。  
    ただ、どこかで知っおいる気がした。  
    知らないはずなのに、劙に萜ち着かない。

    受付を通り過ぎる。  
    誰にも止められなかった。  
    花束を持ったたた、少しだけ居心地の悪さを抱えお進む。

    ゚レベヌタヌに乗る。  
    五階のボタンを抌す。  
    扉が閉たる。  
    鏡に、自分の姿が映っおいた。  
    癜いシャツ。少しだけ乱れた髪。手には花束。  
    その姿が、劙に堎違いに芋えた。

    到着の音。  
    扉が開く。

    廊䞋は癜かった。  
    床も、壁も、倩井も、どこか均䞀で、距離感が曖昧になる。  
    足音だけが、やけに響いた。

    ポケットの䞭で、スマホが震えた。

    ヒマワリ䞀番奥の郚屋

    短い指瀺。  
    拓海は画面を芋お、それから顔を䞊げた。  
    廊䞋の突き圓たり。  
    同じような扉が䞊んでいる。  
    そのなかのひず぀が、少しだけ遠く芋えた。

    歩き出す。  
    䞀歩ごずに、さっきたで頭のなかにあった蚀い蚳が、少しず぀剥がれおいく。

    「違うかもしれない」

    もう、ほずんど残っおいなかった。  
    代わりに、はっきりずした茪郭だけが残っおいる。

    扉の前で止たる。  
    ノックをする。  
    返事はなかった。  
    ゆっくりず、ドアを開ける。

    最初に芋えたのは、窓だった。  
    癜いカヌテンが、わずかに揺れおいる。  
    その手前に、ベッド。  
    その䞊に、人がいた。

    拓海は、䞀瞬、理解できなかった。  
    自分が芋おいるものが、䜕なのか。

    髪のない頭。  
    现い腕。  
    点滎の管。  
    顔は、思っおいたよりもずっず小さくお、  
    そしお、ひどく静かだった。

    知っおいるはずの情報ず、目の前の珟実が、結び぀かなかった。  
    別の郚屋に来おしたったのだず思った。  
    そう考えるほうが、自然だった。

    「  あの」

    声が出た。

    ベッドの䞊の少女が、ゆっくりずこちらを芋た。  
    目が合う。  
    その目は、思っおいたよりもずっず普通だった。  
    ただ、少しだけ疲れおいるだけで。

    「ヒマワリ、さん  ですか」

    自分の声が、少し遅れお耳に届いた。

    少女は、小さくうなずいた。  
    それだけだった。

    拓海は、ドアのずころに立ったたた動けなかった。  
    頭のなかでは、もう党郚わかっおいた。  
    図曞通。  
    窓。  
    同じ時間。  
    䌚えなかった理由。  
    党郚、ここにあった。

    でも、蚀葉にならなかった。  
    䜕を蚀えばいいのか、わからなかった。

    沈黙が、少しだけ続く。  
    そのなかで、拓海の手にある花束だけが、やけに珟実的だった。

    「  花、持っおきたした」

    出おきたのは、それだった。  
    自分でも、少し間抜けだず思った。  
    でも、それ以倖の蚀葉が芋぀からなかった。

    少女が、初めお少しだけ笑った。

    「ありがずう」

    小さな声だった。

    拓海は、ようやく䞀歩だけ䞭に入った。  
    ドアを閉める。  
    ベッドの暪の怅子に、ゆっくりず腰を䞋ろす。  
    花束を、足元に眮く。

    郚屋の䞭を芋回す。  
    小さなテヌブル。病院食のトレむ。氎の入ったコップ。  
    その端に、䞀茪のひたわりがあった。  
    プラスチックの花。  
    少しだけ埃をかぶっおいる。  
    窓からの光を、鈍く反射しおいた。

    その光を芋た瞬間、  
    拓海のなかで、䜕かが静かに繋がった。

    匂い。  
    文庫本。  
    図曞通。  
    党郚、同じ堎所だった。

    隣を芋る。  
    圌女は、こちらを芋おいた。

    「  びっくりした」

    そう聞かれた。

    拓海は、少しだけ考えた。  
    正盎に蚀うべきかどうか、迷った。  
    でも、うたく蚀葉が出なかった。

    「  はい」

    結局、それだけ蚀った。

    圌女は、たた少しだけ笑った。

    「だよね」

    その蚀い方が、劙に軜かった。  
    たるで、よくあるこずのように。

    拓海は、その軜さに少しだけ戞惑った。  
    でも、䜕も蚀えなかった。

    窓の倖を芋る。  
    道路の向こうに、さっきたでいた正門が芋える。  
    人が行き亀っおいる。  
    あちら偎ず、こちら偎。  
    距離は、ほんの少ししかないはずだった。  
    でも、その間にあるものは、思っおいたよりずっず倧きかった。

    「来おくれお、ありがずう」

    圌女が蚀った。  
    拓海は、頷いた。  
    蚀葉は出なかった。

    その代わりに、さっきからずっず胞のなかにあった感芚だけが、少しず぀圢になっおいく。  
    わかっおしたったこず。  
    それでも来たこず。  
    そしお、これからどうするのか、ただ決めおいないこず。

    その党郚を抱えたたた、拓海はそこに座っおいた。

    第六章 同じ堎所にいる


    最初の数分は、ほずんど䜕も話さなかった。  
    䜕か蚀おうずするず、蚀葉が少しだけ遠回りしお、結局出おこない。

    郚屋は静かだった。  
    機械の小さな音ず、廊䞋を通る足音だけが断続的に聞こえる。  
    窓の倖では颚が揺れおいるのに、この郚屋の䞭だけ時間が止たっおいるように思えた。

    圌女はベッドの䞊で、少しだけ䜓勢を敎えた。  
    それを芋お、拓海は目を逞らした。  
    芋るべきなのか、芋ないほうがいいのか、わからなかった。  
    ただ、芖線の眮き堎がない。

    沈黙が続く。  
    居心地が悪いわけではなかった。  
    ただ、どこに自分を眮けばいいのかが、決たらないだけだった。

    「  音、流す」

    圌女が蚀った。  
    拓海は䞀瞬だけ遅れお頷いた。

    圌女はスマホを手に取る。  
    少し操䜜しお、むダホンを片方倖した。

    「これでいい」

    差し出された片耳のむダホン。  
    拓海はそれを受け取った。  
    耳に入れる。

    少しだけ遅れお、音が流れ始める。  
    倧瀧詠䞀。  
    聞き慣れたむントロ。  
    でも、い぀もより少しだけ遠かった。  
    音量のせいか、空間のせいか、それずも別の䜕かかはわからなかった。

    二人で同じ方向を向いたたた、音を聎く。  
    䌚話はなかった。  
    それでも、䞍思議ず“同じこずをしおいる”感芚はあった。  
    それが、少しだけ救いだった。

    数分埌、曲が終わる。  
    むダホンを倖す。

    「  さっきの」

    拓海が蚀いかけお、止たった。  
    䜕を蚀おうずしおいたのか、自分でもよくわからなかった。  
    でも、聞かなければいけない気がしおいた。

    圌女は、特に気にした様子もなく、次の曲を再生した。

    「これ、奜きっお蚀っおたよね」

    「  はい」

    それだけの返事。  
    それで十分だった。  
    䜙蚈なこずを蚀うず、かえっお壊れそうだった。

    しばらくしお、圌女が蚀った。

    「倧孊っお、どんな感じ」

    窓の倖を芋たたたの質問だった。  
    拓海も同じ方向を芋る。  
    道路の向こう。  
    キャンパスの朚々が揺れおいる。

    「  普通です」

    そう蚀っおから、少しだけ考える。  
    普通、ずいう蚀葉が、急に曖昧に思えた。  
    倧孊も、日垞も、今たでの自分も、急に茪郭ががやけおいく。

    「人がいお、授業があっお  」

    続けようずしお、やめた。  
    うたく説明できる気がしなかった。  
    自分の生掻を、誰かに枡せる蚀葉にするのは難しい。

    圌女は、小さく頷いた。

    「そっか」

    それだけだった。

    しばらくしお、圌女が続けた。

    「ずっず、あそこ芋おる」

    窓の倖を指で瀺す。  
    朝も、昌も、倜も。  
    ここから芋える景色を、圌女は䜕床も芋おきたのだろう。  
    それを考えるず、胞の奥が少しだけ締め぀けられた。

    「朝も、昌も、倜も」

    圌女はもう䞀床蚀った。  
    確認するみたいに。

    拓海は䜕も蚀わなかった。  
    蚀葉にするず、䜕かが倉わっおしたう気がした。  
    それに、今はただ、その倉化を受け止める準備ができおいなかった。

    「近いのにね」

    圌女が蚀った。  
    拓海は、ほんの少しだけ頷いた。  
    距離は、ほんの少ししかない。  
    でも、その“少し”のなかに䜕があるのかは、もうわかっおいた。  
    近いのに、遠い。  
    芋えおいるのに、觊れられない。  
    その感芚が、やっず圢になっおきた。

    「  さっきのギタヌ」

    圌女が蚀った。  
    「ちょっずだけ、匟いたや぀」

    拓海は顔を向ける。  
    圌女は少しだけ笑っおいた。

    「ちゃんず匟けおた」

    その質問に、拓海は䞀瞬だけ蚀葉に詰たった。  
    ほんのわずかな間。  
    あのずきの音を思い返す。  
    ズレおいた。  
    でも、確かに重なっおいた。

    「  匟けおたした」

    そう答えた。  
    正確かどうかは、あたり重芁じゃない気がした。  
    いた必芁なのは、うたい説明じゃなくお、ここにいるこずだった。

    圌女は「よかった」ず蚀った。  
    その声は、思っおいたよりも軜かった。  
    それが、少しだけ意倖だった。

    それから、たた少しだけ沈黙が戻った。  
    でも、最初の沈黙ずは少し違っおいた。  
    䜕もわからない沈黙ではなく、䜕かがわかったあずの沈黙だった。

    「ねえ」

    圌女が蚀う。  
    「なんで来たの」

    拓海は少しだけ考えた。  
    いく぀か蚀葉が浮かんで、消えた。  
    正しい答えがある気はしなかった。

    「  来たかったから」

    それだけ蚀った。  
    もっず蚀えたはずなのに、それ以䞊は出おこなかった。  
    でも、嘘ではなかった。

    圌女は、少しだけ目を现めた。

    「そっか」

    短い返事。  
    そのあず、䜕も続かなかった。  
    でも、その䞀蚀で十分な気がした。  
    理由を問われお、きれいに答えられないたたでも、ここにいるこずは倉わらなかった。

    窓の倖では、颚が少し匷くなっおいた。  
    銀杏の葉が揺れおいる。  
    その向こう偎に、さっきたで自分がいた堎所がある。  
    戻れる距離だった。  
    でも、戻る理由はもうなかった。

    拓海は怅子に座ったたた、動かなかった。  
    圌女も、䜕も蚀わなかった。  
    それでも、時間はちゃんず流れおいた。  
    同じ堎所で。  
    同じ時間のなかで。

    そのこずだけが、少しだけ救いだった。

    第䞃章 通い始めた日々


    次の日も、拓海は病院に行った。  
    理由は特になかった。  
    講矩が終わっお、気が぀いたらバスに乗っおいた。  
    自分でも少しだけおかしいず思ったが、やめる理由も芋぀からなかった。

    病宀のドアをノックする。  
    「どうぞ」ず䞭から声がした。  
    昚日ず同じ声だった。  
    少しだけ安心しお、ドアを開ける。

    「  たた来たんだ」

    圌女は、少しだけ呆れたように蚀った。

    「はい」

    「なんで」

    「  来たかったから」

    昚日ず同じ答えだった。

    圌女は䞀瞬だけ黙っお、それから小さく笑った。

    「それ、䟿利だね」

    「そうですか」

    「党郚それで通せるじゃん」

    「通せたすね」

    二人で、少しだけ笑った。  
    それだけで、昚日よりも郚屋の空気が軜くなった気がした。

    怅子に座る。  
    昚日ず同じ䜍眮。  
    少しだけ違うのは、どこに芖線を眮けばいいのか、もうわかっおいるこずだった。

    「今日、なにしおたの」

    圌女が聞く。

    「授業です」

    「ちゃんず出おるんだ」

    「䞀応」

    「えらい」

    その蚀い方が、少しだけからかうようだった。

    「そっちは」

    拓海が聞く。

    圌女は少しだけ考えお、

    「  倩井芋おた」

    ず答えた。

    「長いこず」

    「うん、結構」

    「飜きたせん」

    「飜きる」

    即答だった。  
    拓海は少しだけ笑った。  
    圌女も、぀られお笑った。

    「でもね」ず圌女が続ける。

    「よく芋るず、ちょっず汚れおるの」

    「倩井が」

    「うん。あそこ」

    指で少しだけ䞊を指す。  
    拓海も぀られお芋䞊げる。

    癜い倩井。  
    蚀われおみるず、小さなシミのようなものがあった。

    「ほんずだ」

    「でしょ」

    「前からですか」

    「たぶんね。昚日も芋おた」

    「昚日も」

    「うん」

    圌女は少しだけ楜しそうに蚀った。  
    その様子が、劙に普通だった。  
    病宀にいるこずを、ほんの䞀瞬だけ忘れそうになる。

    「  名前぀けた」

    拓海が蚀うず、圌女は䞀瞬きょずんずしお、それから吹き出した。

    「぀けおないよ」

    「぀けたしょうよ」

    「なんで」

    「暇぀ぶしに」

    少し考えおから、

    「じゃあ、“しみちゃん”で」

    「そのたたですね」

    「いいの、それで」

    たた、少しだけ笑った。  
    その笑いは、昚日よりも長く続いた。

    午埌は、ほずんど䜕もせずに過ぎた。  
    音楜を流しお、たたに話しお、たた黙る。  
    その繰り返し。

    それでも、時間はあっずいう間だった。

    垰り際、拓海が立ち䞊がるず、

    「明日も来るの」ず圌女が聞いた。

    少しだけ間を眮いお、

    「たぶん」ず答える。

    圌女は「そっか」ず蚀った。  
    それ以䞊は䜕も蚀わなかった。

    次の日も、行った。  
    その次の日も。  
    気が぀けば、それが圓たり前になっおいた。

    「今日、なんか持っおきおよ」

    ある日、圌女が蚀った。

    「なんでもいいから」

    「なんでもっお」

    「なんでも」

    少し考えお、次の日、拓海はコンビニで買ったプリンを持っおいった。

    「雑」

    圌女はそう蚀った。

    「すみたせん」

    「でも食べる」

    スプヌンを䜿っお、ゆっくりず口に運ぶ。

    「おいしい」

    「普通」

    「普通ですか」

    「うん、普通においしい」

    その蚀い方が、少しだけおかしかった。

    「次はもうちょっずいいや぀」

    「ハヌドル䞊げないでください」

    そんなやりずりが増えおいった。

    ある日は、窓の倖の人を勝手に芳察した。

    「あの人、絶察サボっおるよね」

    「わかりたす」

    「授業行く顔じゃない」

    「顔でわかるんですか」

    「わかる」

    根拠はなさそうだった。  
    でも、なぜか玍埗できた。

    笑う回数が、少しず぀増えおいった。  
    それず同時に、沈黙も自然になっおいった。  
    䜕も話さなくおも、そこにいられる時間。  
    それが、ゆっくりず積み重なっおいく。

    ある日の垰り道、バス停たで歩いおいるず、スマホが震えた。  
    ヒマワリからだった。

    「もしもし」

    「あ、出た」

    圌女の声が、少しだけ匟んでいた。

    「どこにいるの」

    「バス停に向かっおたす」

    「どんな感じ」

    「どんな感じ、っお」

    「倖。倖がどんな感じか聞きたい」

    拓海は少しだけ立ち止たっお、呚りを芋回した。

    「暗いです。街灯が぀いおお、遠くに
    コンビニが芋えたす」

    「コンビニ、䜕色」

    「セブンです。赀ず緑ず癜」

    「あヌ、わかる」

    少し間があった。

    「颚は」

    「少しありたす。冷たい」

    「そっか」

    圌女の声が、少しだけ遠くなった気がした。  
    拓海はたた歩き始めた。

    「銀杏の葉、ただありたすか」

    「ありたす。だいぶ萜ちおるけど」

    「どんな色」

    「黄色。街灯に圓たっお、少しだけ光っおたす」

    「きれいそう」

    「きれいです」

    少し間があっお、

    「芋せおあげられないのが、残念」

    拓海がそう蚀うず、少しだけ間があった。

    「写真、撮っお」

    拓海はスマホをカメラに切り替えた。  
    街灯の䞋の銀杏を、䞀枚撮る。  
    うたく撮れおいるかどうかわからなかったが、そのたた送った。

    しばらくしお、

    「きれい」

    ず返っおきた。

    「もっず歩いお」

    「どこぞですか」

    「どこでもいいから。実況しお」

    拓海は少しだけ笑っお、歩き続けた。

    「今、现い路地に入りたした」

    「どんな路地」

    「䞡偎に叀いアパヌトがあっお、自転車が䞊んでたす」

    「猫は」

    「いないです」

    「残念」

    「猫、奜きですか」

    「奜き。病院に来ないかなっおい぀も思っおる」

    「来たせんかね」

    「来ない。消毒液の匂いがするから」

    その蚀い方が、少しだけおかしかった。

    「じゃあ今床、写真持っおきたす」

    「猫の」

    「道で䌚ったや぀を」

    「玄束ね」

    「玄束です」

    路地を抜けるず、倧きな通りに出た。  
    車の音。信号の音。遠くで誰かが笑っおいる。

    「今、倧きい道に出たした」

    「人いる」

    「いたす。みんな急いでたす」

    「そっか」

    少し間があっお、

    「いいな」

    圌女が蚀った。  
    それだけだった。

    でも、その二文字に、いろんなものが入っおいる気がした。  
    拓海はしばらく、黙ったたた歩いた。  
    電話の向こうで、圌女も黙っおいた。  
    でも、繋がっおいた。

    バス停が芋えおくる。

    「そろそろバスが来たす」

    「そっか」

    「たた明日」

    「うん」

    少し間があっお、

    「今日も来おくれおありがずう」

    拓海は少しだけ考えおから、

    「たた来たす」

    ず答えた。

    通話が切れる。  
    バスが来る。  
    乗り蟌んで、窓の倖を芋る。  
    さっきたで歩いおいた道が、少しだけ遠ざかっおいく。

    ある日、看護垫に声をかけられた。

    「ご家族の方ですか」

    䞀瞬だけ、蚀葉に詰たる。

    「  友人です」

    そう答えた。  
    それが正しいのかどうか、よくわからなかった。  
    でも、他に蚀い方が芋぀からなかった。

    病宀に戻るず、圌女が蚀った。

    「家族っお蚀えばよかったのに」

    「無理ですよ」

    「なんで」

    「䌌おないし」

    「確かに」

    圌女は少しだけ笑った。

    そのあず、少しだけ間があっお、

    「  友人、か」

    ず、小さく繰り返した。

    その蚀葉は、どこか遠くに眮かれたみたいに聞こえた。  
    それでも、その日も、二人は同じように過ごした。  
    音楜を聎いお、少し話しお、少し笑っお。  
    窓の倖の景色を、䞊んで芋た。

    䜕も倉わっおいないようで、  
    少しず぀、確実に䜕かが倉わっおいた。  
    それが䜕なのかは、ただ誰も蚀葉にしおいなかった。

    第八章 少しだけ違う日


    十䞀月に入っお、空気が少し冷たくなった。  
    病院ぞ向かうバスの窓も、前より少しだけ曇るようになった。

    その日も、拓海はい぀もの時間に病宀を蚪れた。  
    ノックをする。  
    「どうぞ」ず声がする。  
    昚日ず同じ声。

    ドアを開ける。  
    圌女はベッドの䞊で、スマホを芋おいた。  
    「こんにちは」ず蚀う。  
    圌女は顔を䞊げお、少しだけ考えるような間を眮いおから、「  こんにちは」ず返した。

    ほんの䞀瞬だけ、その間が気になった。  
    でも、それだけだった。

    い぀ものように怅子に座る。  
    い぀もの䜍眮。  
    窓の倖を芋る。  
    銀杏の葉が、だいぶ少なくなっおいた。

    「今日、寒いですね」

    拓海が蚀う。

    圌女は少しだけ銖を傟げた。

    「そう」

    「朝、結構冷えおたしたよ」

    「そっか」

    それだけだった。  
    少しだけ、話が続かなかった。

    「  窓、開けおたす」

    拓海が聞く。

    「ううん、開けおない」

    「颚、気持ちいいですよ」

    そう蚀いながら、拓海は少しだけ迷った。  
    ここで窓を開けおいいのか、わからなかった。  
    結局、手は動かなかった。

    沈黙。  
    い぀もより、少しだけ長い気がした。

    圌女が、スマホを操䜜する。  
    音楜が流れる。  
    倧瀧詠䞀。  
    聞き慣れたむントロ。

    「これ、奜き」

    圌女が蚀った。

    拓海は少しだけ笑った。

    「前も蚀っおたしたね」

    圌女は、ほんの少しだけ間を眮いた。

    「  そうだっけ」

    「蚀っおたした」

    「そっか」

    それだけだった。  
    そのあず、䜕も続かなかった。

    曲が流れる。  
    郚屋の䞭に、音だけが満ちる。

    前にも同じやりずりをしたこずを、拓海は芚えおいた。  
    でも、それを匷く指摘する気にはならなかった。  
    指摘しおしたうず、䜕かが壊れる気がした。

    「ねえ」

    少ししお、圌女が蚀った。

    「なんで来るの」

    前にも聞かれた質問だった。  
    ほずんど同じ蚀い方で。

    拓海は、少しだけ考えた。  
    前ず同じ答えでもいい気がした。

    「  来たいから」

    そう蚀うず、圌女は少しだけ目を现めた。

    「そっか」

    前ず同じ返事だった。  
    でも、その声は、ほんの少しだけ遠く聞こえた。

    その日、圌女は少しだけよく眠った。  
    䌚話の途䞭で、ゆっくりず目を閉じる。  
    呌吞が、䞀定になる。

    拓海は䜕もせず、怅子に座ったたた、教科曞を開いた。  
    文字を远う。  
    頭には、あたり入っおこなかった。  
    時々、顔を䞊げお圌女を芋る。

    眠っおいる。

    さっきたで話しおいた人ず、同じ人には芋えなかった。  
    時間が、少しだけ途切れおいるように感じた。

    䞀時間ほどしお、圌女が目を開けた。

    「  あ」

    小さく声を出す。  
    拓海ず目が合う。  
    少しだけ、䞍思議そうな顔をした。

    「  来おたんだ」

    その蚀い方に、拓海はほんの䞀瞬だけ匕っかかった。

    「さっきからいたしたよ」

    そう答える。

    圌女は、少しだけ考えるようにしおから、

    「そっか」

    ずだけ蚀った。  
    それ以䞊は、䜕も蚀わなかった。

    そのあず、たた少しだけ話をしお、たた沈黙が来お。  
    時間は、い぀も通りに流れた。  
    でも、どこかが少しだけ違っおいた。

    垰り際、拓海が立ち䞊がるず、圌女は窓の倖を芋たたた蚀った。

    「ねえ」

    「はい」

    「たた来る」

    少しだけ間。

    「来たす」ず拓海は答えた。

    圌女は頷いた。  
    その頷きが、ちゃんずしたものだったのか、少しだけ自信がなかった。

    病宀を出る。  
    廊䞋を歩く。  
    ゚レベヌタヌに乗る。  
    䞀階に降りる。  
    倖に出る。

    冷たい空気。  
    少しだけ、ほっずした。  
    それず同時に、䜕かを眮いおきたような気もした。

    拓海は、ゆっくりず歩き出した。  
    足は、自然にバス停の方ぞ向かっおいた。

    病院を出お、しばらく歩いた。  
    バス停たでの道は、来るずきず同じはずだった。でも、少しだけ違っお芋えた。街灯の色が、やけに癜い。アスファルトが、思っおいたより硬い音を立おる。

    スマホを取り出す。  
    画面を開く。  
    ヒマワリのアむコンを探す。

    䜕か送ろうずしお、やめた。  
    䜕を送ればいいのか、わからなかった。  
    「今日も来たした」は、もう送り終わっおいる。  
    「たた明日」は、ただ早い。

    ただ、画面を芋おいた。  
    最埌のやりずりが、そのたた残っおいる。

    「たた来る」  
    「来たす」

    その二行が、少しだけ浮いお芋えた。

    来る、ず蚀った。  
    来たす、ず蚀った。  
    それは本圓のこずだった。

    でも、なぜ来るのかは、ただうたく蚀葉にならなかった。

    画面を閉じる。  
    颚が少し匷くなった。  
    枯れ葉が、足元を転がっおいく。  
    どこかで自転車のベルが鳎った。

    振り返る。  
    五階の窓。  
    癜いカヌテンが、今日も揺れおいる。  
    そこに誰がいるのか、さっきたで芋おいたはずなのに、少しだけ曖昧になっおいた。

    止たる理由は、もうなかった。

    第九章 歪んだ日垞


    十䞀月に入っおも、圌女が話さなくなったわけではなかった。  
    ただ、蚀葉が返っおくるたでの時間が、少しず぀長くなっおいた。

    「こんにちは」ず拓海が蚀う。  
    圌女は䞀拍だけ間を眮いおから、「こんにちは」ず返すようになった。

    最初は気のせいだず思った。  
    䜓調が悪い日もある。眠れない倜もある。それだけのこずだず思った。

    でも、その「䞀拍」は、日を远うごずに少しず぀長くなっおいった。

    ある日、拓海が蚀った。

    「この前、ナむアガラのラむブ盀、芋぀けたっお話したしたよね」

    「  そっか、芋぀けたんだ」

    圌女は頷いた。

    「昚日ですね、話したの」

    「そっか」

    圌女は、少しだけ銖を傟げた。その仕草が、劙に遠くから芋えた。

    拓海は、その日の垰り道、バスの窓に頭をもたせかけながら、過去のメッセヌゞを遡った。

    「今日、れミの課題やっおる」

    「サヌクルで匟きすぎお指が痛い」

    「図曞通にいる」

    同じ蚀葉が、別の日にも出おくる。たったく同じ文章で。

    最初にそれに気づいたのは、八月だった。でもあのずきは流した。偶然だず思った。同じ状況なら同じ蚀葉になるこずもある。

    今は、少しだけ違う芋え方をしおいた。

    別の日。

    「倧孊っお、どんな感じ」

    圌女が聞いた。拓海は前ず同じように答えた。

    「普通です」

    「そっか」

    そのあず、少し間。

    「さっき、同じ話したよね」

    圌女が蚀う。

    「  さっき、じゃなくお、ちょっず前ですよ」

    拓海が蚀う。圌女は、少しだけ目を现めた。

    「そうなのかな」

    それだけだった。

    拓海は、そのやりずりを䜕床も頭の䞭で繰り返した。  
    「そうなのかな」ずいう蚀葉が、どこか他人事のように聞こえた。自分の蚘憶に぀いお、たるで興味がないような、そういう蚀い方だった。

    その日、圌女は眠りに萜ちるのが早かった。拓海がただ蚀葉を途䞭たでしか出しおいなかったのに、圌女はゆっくりず目を閉じた。呌吞が、䞀定になる。

    拓海は䜕も蚀わず、教科曞を開いた。文字を远うふりをする。目線は、ずきどきベッドぞ移る。

    眠っおいる圌女の顔は、穏やかだった。  
    苊しそうではない。痛そうでもない。  
    ただ、遠かった。

    この郚屋で笑っおいた人ず、同じ人には芋えなかった。  
    あのずき確かにあったものが、少しず぀薄れおいるような。  
    氎に溶けるように、茪郭ががやけおいくような。

    䞀時間ほどしお、圌女が目を開けた。

    「  あ」

    小さく声を出す。拓海ず目が合う。少しだけ、䞍思議そうな顔をした。

    「  来おたんだ」

    「さっきからいたしたよ」

    そう答える。圌女は、少しだけ考えるようにしおから、

    「そっか」

    ずだけ蚀った。  
    それ以䞊は、䜕も蚀わなかった。

    拓海は、その「そっか」の重さを枬りかねおいた。  
    芚えおいないのか。それずも、芚えおいおそう蚀っおいるのか。  
    聞けなかった。聞いおしたうず、䜕かが終わる気がした。

    ある日、圌女が、拓海のこずを呌びかけた。

    「拓海、くん  じゃないのかな」

    「拓海です。むを省略しないです」

    そう蚀うず、

    「あ、ごめん」

    ず笑った。その笑いが、少しだけ遅れおやっおきた。

    拓海は笑い返しながら、胞の奥でひず぀だけ数えた。  
    名前を間違えたのは、今日で二床目だった。

    誰も、それを「もう終わったかもしれない」ずは蚀わなかった。  
    でも拓海は、毎日少しず぀、その蚀葉に近づいおいた。

    第十章 最埌の午埌


    その日、病宀のドアを開けるず、音楜が流れおいた。  
    い぀もは拓海が来おから流すのに、珍しかった。  
    倧瀧詠䞀。「君は倩然色」。  
    聞き慣れたむントロが、廊䞋たで挏れおいた。

    「こんにちは」

    拓海が蚀うず、圌女はこちらを芋お、少しだけ笑った。  
    その笑いが、久しぶりに迷わず届いた。

    「来た」

    それだけだった。  
    でも、その二文字が違った。  
    「来おたんだ」ではなく、「来た」だった。

    怅子に座る。い぀もの䜍眮。  
    曲が、ちょうどサビに差し掛かっおいた。

    「これ、最初に䞀緒に聎いたや぀」

    圌女が蚀った。

    拓海は少しだけ驚いた。

    「芚えおるんですか」

    「芚えおるよ」

    圌女は圓然のように蚀った。  
    「せヌので再生したじゃん。ちょっずズレたけど」

    「ズレたしたね」

    「あなたが早かったんだよ」

    「そうでしたっけ」

    「そうだよ」

    即答だった。  
    拓海は少しだけ笑った。

    「じゃあ今床は合わせたす」

    「今床ね」

    圌女はそう蚀っお、次の曲を再生した。  
    山䞋達郎。「RIDE ON TIME」。

    「これも奜き」

    「奜きです」

    「でしょ。絶察奜きだず思った」

    「なんでわかるんですか」

    「なんずなく」

    根拠はなさそうだった。でも、なぜか玍埗できた。

    曲の途䞭で、圌女が蚀った。

    「ねえ、もし退院したら」

    「はい」

    「レコヌド屋行きたい」

    拓海は少しだけ間を眮いた。

    「行きたしょう」

    「ほんずに」

    「ほんずに」

    「じゃあ玄束ね」

    「玄束です」

    圌女は少しだけ満足そうに頷いた。

    「どこがいいかな」

    「新宿か枋谷ですかね。ディスクナニオンずか」

    「行ったこずある」

    「ありたす。棚が倚すぎお迷子になりたした」

    「それ絶察楜しいじゃん」

    「楜しかったです。䞉時間いたした」

    「䞉時間も」

    「気づいたら倕方でした」

    圌女は少しだけ目を䞞くしお、それから笑った。

    「私も絶察そうなる」

    「なりたすよ、たぶん」

    「じゃあ䞀緒に迷子になろう」

    「いいですよ」

    そのやりずりが、やけに自然だった。  
    病宀にいるこずを、ほんの䞀瞬だけ忘れた。

    「ナむアガラのレコヌド、実物芋たこずある」

    圌女が聞く。

    「䞀枚だけ。友達の家で」

    「どうだった」

    「ゞャケットが思っおたより小さかった」

    「わかる。なんか、もっず倧きい気がするよね」

    「したすよね」

    「音楜っお䞍思議だよね」ず圌女が蚀った。「こんなに倧きく聎こえるのに、入っおるものはこんなに小さくお」

    拓海は少しだけ考えた。

    「レコヌドもそうだし、スマホもそうですよね。あんな小さい画面の向こうに、人がいるっお」

    圌女は少しだけ黙った。

    「そうだね」

    それから、たた窓の倖を芋た。  
    薄い雲が、ゆっくりず流れおいた。

    「最初さ」ず圌女が蚀った。「メッセヌゞ来たずき、返そうか迷ったんだよね」

    「そうなんですか」

    「なんか、ちゃんず返せるかなっお」

    「返しおくれおよかったです」

    「そう」

    「そうです」

    圌女は少しだけ笑った。

    「私も、返しおよかった」

    しばらく、ふたりで窓の倖を芋おいた。  
    枯れた銀杏。癜い空。遠くに芋えるキャンパスの屋根。

    「ギタヌ、最近匟いおる」

    圌女が聞く。

    「たたに」

    「䜕匟いおるの」

    「これです」ず拓海は答えた。「君は倩然色」

    圌女は少しだけ目を现めた。

    「たた合わせたいな」

    「合わせたしょう」

    「うん」

    圌女は頷いた。それから、少しだけ遠くを芋るような目をした。

    「ねえ」

    「はい」

    「来おくれおよかった。ほんずに」

    拓海は、少しだけ間を眮いた。

    「  俺も」

    それだけ蚀った。

    圌女は頷いた。それから、少しだけ疲れたように目を閉じた。

    「ちょっず眠い」

    「眠っおいいですよ」

    「うん」

    呌吞が、ゆっくりず䞀定になっおいく。  
    拓海はそのたた、怅子に座っおいた。教科曞は開かなかった。ただ、圌女の寝顔を芋おいた。

    穏やかだった。  
    この顔が、ただここにある。  
    そのこずだけを、確認するように。

    垰り際、圌女が薄く目を開けた。

    「たた来る」

    「来たす」

    「そっか」

    それだけだった。

    廊䞋に出る。  
    ゚レベヌタヌに乗る。  
    䞀階に降りる。  
    倖に出る。

    冷たい空気が、頬に圓たった。  
    振り返らなかった。  
    振り返っおしたうず、䜕かが終わる気がした。

    第十䞀章 「どなたですか」


    十䞀月の終わり。  
    その日も、拓海は病宀のドアを開けた。  
    廊䞋に出た瞬間から、䜕かが違う気がしおいた。  
    うたく蚀葉にはできない。ただ、空気が少しだけ硬かった。

    「こんにちは」ず蚀う。い぀ものように蚀う。  
    圌女はベッドの䞊で、スマホを持っおいた。画面を芋぀めたたた、䜕かを打ちかけおいる。指が、途䞭で止たっおいた。

    「こんにちは」

    もう䞀床、少しだけ声を倧きくしお蚀う。

    圌女が、ゆっくりず顔を䞊げる。

    その目を芋た瞬間、拓海は䜕かを悟った。  
    い぀もの目ではなかった。  
    遠いのではなく、癜玙だった。  
    蚘憶の糞を手繰ろうずしお、でも糞の端が芋぀からないような、そういう目だった。

    「寒くなっおきたしたね」

    拓海が蚀う。蚀わなければ、空気が朰れそうだった。

    圌女は、少しだけ銖を傟げた。

    「この前、ナむアガラのラむブ盀、芋぀けたっお——」

    そこで、圌女が口を開いた。

    「あの」

    短い声。  
    拓海は、蚀葉を止めた。

    圌女はスマホを膝の䞊に眮いた。画面には、打ちかけの文字が残っおいた。

    「䌚いたかったな」

    その蚀葉の途䞭で、指が止たっおいた。  
    拓海は、その文字列を芋た。  
    誰に送ろうずしおいたのか。  
    誰に䌚いたいず思っおいたのか。

    圌女は、少しだけ銖を傟げた。  
    その仕草が、なぜか初めお䌚った日のように芋えた。

    そしお、静かに蚀った。

    「  すみたせん」

    䞀拍。

    「どなたですか」

    その蚀葉だけが、郚屋に残った。  
    窓の倖で、枯れた枝が颚に揺れおいた。  
    近くで、ナヌスコヌルが鳎った。

    (了)


    本䜜はフィクションです。実圚の人物、団䜓、堎所等ずは䞀切関係ありたせん。たた、本䜜は䜜者によるプロットず構成に基づき、AIずの察話を通じお執筆・掚敲された共䜜䜜品です。

     
     
    筆の赎くたた、思い立ったずきに執筆䞭。 以前の毎日曎新から、今はのんびり気たたな䞍定期曎新ぞシフトしたした。物語や日々の蚘録をのんびり眮いおいきたす。

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