
私が母親になった日
私が母親になったのはいつだろうか。
あかちゃんがお腹に来てくれた日?
両親学級で心を引き締めた日?
陣痛を乗り越えてあかちゃんが産まれてきてくれた日?
何度も何度も母親になろうとして、母親になって、
私は今日母親になった。
生後3日目、朝3時30分
授乳室でオルゴールの『崖の上のポニョ』が流れていたのが耳に入ったとき、ふと
『あ。私って今までポニョを聞いてたときと全く同じ私には戻れないんだ。』
という気持ちが降ってきた。
この日の夕食はあんなに楽しみにしていた、
なんなら病院の決め手にもなった『お祝い膳』だった。
しかし運ばれて来たときはタイミング悪くあかちゃんが
ギャン泣き。
いつもの夕食なら抱っこしながら食べるのもなんとか頑張れるけれど、今日はナイフとフォークが用意されている。
正直、夕食のあいだだけ預かってほしい。
でも助産師さんたちも忙しい。
母親だから私が泣き止ませないといけない。
焦れば焦るほど泣き止まないあかちゃん。
もうどうしていいかわからなくなってしまい、
結局助けを呼んで助産師さんに預かってもらった。
ゆっくり食べてくださいね、と言ってもらえたけど
なんだか『ごはんをひとりでゆっくり食べたい』
というのは私のわがままな気がして、
『……忙しいのに申し訳ないな。
早くあかちゃんを迎えに行かなくちゃ。』
私の気持ちは全部あかちゃんに向いてしまい、
お祝い膳は全然楽しめなかった。
妊娠前は誰かとご飯に行くことが大好きだった。
食べるのが大好きだった。
なのにそれよりもあかちゃんが気になるなんて
私の優先順位第1位はあかちゃんになっちゃったんだ。
というたったひとつの気づきが仕事もプライベートも
あかちゃんがいる前の自分にはもう戻れないんだという
ことを急に現実にさせた。
そういうことを全部ひっくるめて納得というか、
理解したうえであかちゃんに来てもらったのに
急に目の前にリアルな壁として見えるように立ちはだかってきて、私が私じゃないような気がした。
悲しい訳じゃないのに調乳しながら涙が止まらなかった。
午前4時、部屋に戻ってきてミルクをあげた。
いや、あげようとした。
まだ生後3日で出ない母乳を5分ずつは吸ってほしい。
そのあとにミルクをあげたい。
なのにあかちゃんは爆睡。
私のあかちゃんは寝てると母乳は飲まない。
結局吸ってくれなかった。失敗。
おなかが空きすぎても母乳を吸ってくれなくなるからと
ミルクの時間4時から逆算して私は3時30分に起きて、
調乳して、マッサージして。
万全の用意をしたのに当の本人は夢の中。
『なんて身勝手な。』
と思ったがミルクだけはあげないといけないので飲ませた。
4時30分過ぎたころ
さっき起こしても目覚めなかったのはなんだったのか。
ぱっちり目を覚まして泣き始めたではないか。
やっぱりおっぱい吸いたかったんじゃん!
でも乳頭保護器も消毒しちゃってすぐ使えない。
なんでさっき起こしたときは寝てて今なの…
とうまくいかない授乳にあーもう!と口から出たとき、
ふと思い出したのだ。
この時間帯はいつもおなかにいたときに
胎動がポコポコしていた時間だと。
日中はわかりにくくて、いつも生きてるか不安で、
でも朝5時前後になると必ずその日一番元気よくポコポコしてくれるから毎朝起きて胎動カウントしていたことを。
そう、おなかの中にいたときから気まぐれなのだ。
私がお腹を揺すっても起きてはくれない。
胎動カウントもできてるかできてないか分からない回数で動くのをやめてしまう。
キックゲームなんて参加してくれたこともない。
それがこの子の性格。
そう気づけたときに私は
「なんかわからないけど大丈夫」って思えた。
母乳練習で泣かれようがちょっとうまくいかなかろうが、私の性格上心配は尽きないけれど。
でも、なんとなく絶対大丈夫って思えた。
そうしたらいままでも可愛かったけど、心からあかちゃんが可愛くて世界で一番大切だと思った。
生まれてきてくれたことに心から感謝したいと思った。
私の世界で一番大切なものは、目の前にいるこのちいさくて可愛いあかちゃんだ。
そこから涙が止まらずこれを書き続け6時ちょっと前。
産後のむくみとは恐ろしいもので、明日助産師さんに心配
されるだろうくらい目がパンパンになってしまった。
アイマスクをして30分安静にする。
30分後私はまた息子の母親を始めるのだ。