
会社を辞めたら失うことを覚悟していた5つのことは、実際に失ったのか?【退職1年後の答え合わせ】
みなさんこんにちは。浮雲です。
今日は、退職前に書いたnoteの答え合わせをしてみたいと思います。
あれから1年が経ちました。
私は新卒から四半世紀、欧米系のグローバル企業に勤務し、40代後半で退職しました。
職種は営業・広報・広告・マーケティングなどを経験し、最終職位は執行役員でした。家族構成は、妻、大学生と高校生の子供2人、愛犬です。
激務とカスタマーハラスメントで、心身ともに限界を感じたことが大きなきっかけです。大型案件をやりきったあと、燃え尽きに近い状態になり、いわゆるミッドライフクライシスにも直面しました。
「会社員としてはやりきった」という感覚があったこと。
子育てもひと段落したこと。
そして相場の後押しもあり、資産が増えていたこと。
いくつかの要因が重なり、「もう無理して働かなくてもいいのでは」と思うようになり、1年前に退職を決意したのでした。
当時、退職がいよいよ目前に迫り、「辞めたら失うもの」の覚悟を決めておこうと思い、記事を書いたのでした。
今日は、1年前に書いた記事を原文のまま掲載し、1年経った今、実際どうだったかを書いていきます。
① 安定した収入
まずはこれですね。
毎月決まった日に振り込まれる給料。生きていく上で、これほどの安心材料はありません。
生活費の見直しや資産運用のシミュレーションはしているものの、「本当に足りるのか?」という不安は正直ありました。
無職が目前に迫り、どんどんケチになっていく自分がいて、それが少し情けなく感じたりもします。
何かあったとき、もう「会社」という後ろ盾はない。これは大きな変化です。
実際どうだったか
確かに安定した収入は失いました。
しかし、波はありますが、個人事業と投資による収入があります。
就職してからずっと給料をもらう働き方だったので、それを失うことに大きな不安を感じていました。家族もいますし、特に子供たちは高校受験と大学受験というタイミングでした。
でも、実際に失ってみると、個人事業と投資である程度カバーできました。もちろん収入の波は激しいですが、「下がった時はその時に臨機応変に考えればいい」という発想に変わりました。
当時は、「どんどんケチになっていく自分が情けない」と感じていました。でも、退職して1年生活を続けていると、お金の使い方にメリハリがついてきます。
「ここを節約すると幸福度がダダ下がりする。
でも、ここに少しお金を使うだけで満足度が大きく上がる。」
そんな感覚が少しずつ分かるようになりました。私は食費にはお金をかけることにしました。その代わり、外食費を減らしています。
昨今の物価高で、家族で外食をすると1万円を超えることも珍しくありません。しかも、そのメニューの多くは意外と家でも再現できます。家ならお酒も飲めますし、スーパーの食材は値上がりしているとはいえ、外食に比べればまだかわいいものです。
退職後はずっと料理を担当していますが、特売品を上手に組み合わせれば、工夫次第で十分豪華な食卓になりますし、パエリアのような今まで作ったことのない料理に挑戦するのも楽しみの一つになりました。家族の希望を聞いてメニューを決めるので家族からも好評です。
退職前は「節約=我慢」だと思っていました。
でも今は、「何にお金を使うかを選ぶこと」だと思っています。
② 肩書きと社会的信用
肩書きがなくなるということは、ある意味で「何者でもなくなる」ということ。
まだ本当の意味で隠居の覚悟が決まっていない自分にとって、これはアイデンティティの喪失にもつながりかねません。
会社員という肩書きは、説明不要の信頼を与えてくれるものでした。
義実家や親戚、近所の人からの反応も、基本的にはネガティブ。
初対面の人に「何もしていません」「隠居しています」と伝えると、「この人大丈夫かな」と思われてしまう空気があります。
ローン審査やクレジットカードの更新にも、実際に影響してきます。
実際どうだったか
業界ではそれなりに知られた外資系企業の執行役員という肩書きがなくなり「無職」になりました。
退職前の自分は、「アイデンティティの喪失」につながるのではないかと不安がっていました。
実際の感想としては、「そうでもなかった」です。
会社員時代は、肩書きが上がるほど自由が制限されていくような感覚もあったので、退職してすごく身軽になりました。
何かあったときに責任を取らなければならない、矢面に立たなければならない、というプレッシャーもなくなりました。
自分で希望して入った業界でしたし、若い頃はがむしゃらに働くことが楽しかったです。でも立場が上がるにつれて、自分が周りを引っ張り、組織を動かす役割になっていきました。
「会社員とはそういうものだ」と思って続けてきましたが、振り返ると、人の上に立ったり、組織を率いたりすることは、自分には向いていなかったと感じます。
さらにその先、出世して日本の社長となったとしても、その上にはアジア太平洋地域の社長、グローバルの社長がいます。グローバルのトップになっても、株主などステークホルダー対応に大変そうです。永遠に自由にはなれなそうだと感じました。
なので、この肩書きを失ったことに、まったく後悔はありません。
「無職」に対して周囲からネガティブな反応があったときも受け流せるようになりました。
開業届を出して個人事業主になってからは、ネガティブな反応を受けることはほとんどなくなりました。両親だけは今でも「社会保険制度がしっかりしている会社に再就職しなさい」と言ってきますが。
無職になることで世間の反応が気になる方は、とりあえず開業届を出して個人事業主になっておけばいいと思います。
「FIREしています」「投資家です」と説明すると、人によっては先入観を持たれることもあります。その点、「自営です」と伝えるのが一番スムーズだというのが、1年経った今の感想です。
社会的信用についても、失ったという感覚はあまりありません。
ただ、子どもの携帯電話を契約した時は、会社員時代ならすぐ終わった審査に時間がかかりました。
家のローンはすでに組んでいますし、今後、ローンを組むような大きな買い物をする予定もないので、今のところ特に不便は感じていません。
③ 仲間との日常的なつながり
毎日顔を合わせていた同僚たち。
ちょっとした合間の冗談、在宅中のTeamsでの軽口、たわいない雑談。
ときには悩みを相談し合ったり、笑い合ったり。
そんな日常の中に、「自分の居場所」が確かにあったのだと、離れてみて気づきます。
退職後は、放っておけば自然とつながりは薄れていく。それが、少し寂しい。
実際どうだったか
確かに、日常的に苦楽を共にした同僚たちとの関係は薄れました。
でも、それは学生時代のサークル仲間や部活仲間、地元の友達のように、「毎日会う関係」から「たまに会う関係」へ変わっただけでした。
完全に縁が切れたわけではありません。
今でも一部の元同僚や仕事関係の方とはつながっていますし、個人事業主になってから仕事を紹介していただくこともあります。
しかも、その仕事を受けるかどうかは自分で決められます。
「この人の仕事なら手伝いたい」「また一緒に働きたい」「この案件は面白そうだ」。
そんな基準で仕事を選べるので、ほとんどストレスがありません。
会社員時代は、割り振られた仕事を断ることは簡単ではありませんでした。
さらに管理職になってからは、自分がメンバー一人ひとりの特性や稼働状況、売上達成状況を見ながら業務振り分ける任務が増え、常に上司とメンバー、お客さんとの間に挟まれて気苦労が絶えませんでした。
今は、そのストレスから解放されています。
また、FIRE研究所では同じ価値観を持つ仲間と出会うことができました。
そこで「FIRE図鑑」という本を、みんなで出版することもできました。
エキストラも1年続けると顔見知りが増え、一緒に飲みに行ったり、ご飯を食べに行ったりすることもあります。
人間関係は、失うだけではなく、新しく生まれるものでもあることを実感しています。
そして、意外だったのは仕事のパフォーマンスです。
会社を辞めたら下がると思っていましたが、むしろ上がっているような感覚があります。人は自分で「やりたい」と思ったことに対して力を発揮できるのかだと思います。
会社員時代は、効率化して時間を空けると、その空いた時間にまた新しい仕事が入ってくる。まるで、自分の時間が「使い放題のサブスク」のような感覚でした。
だから、一つひとつの仕事をじっくり取り組むというより、「いかに早くこなすか」が優先になりがちでした。
今は案件の数そのものは少ないですが、その分、一つひとつ納得いくまで丁寧に取り組めます。
管理職時代は、人間関係の調整に仕事の半分以上を使っていたような感覚があります。
今は、その時間をすべて「仕事そのもの」に使えます。
その結果、この1年間で寄稿を含め9冊の本を出版することができました。
自分の内側から湧いてくる「やりたい」という気持ち、つまり内発的動機に基づいて取り組めることが見つかると結果的にパフォーマンスが上がるのではないかと思います。
とはいえ、個人でできる仕事には限界があります。
今は、自分と家族が程よく生活できるだけ稼げれば十分なので、この働き方に満足しています。
ただ、いつか「またもっと大きな仕事がしたい」と思う日が来るかもしれません。
その時は、やはり企業の方が、人・モノ・お金の規模は圧倒的です。
だから私は、企業で働くことと個人で働くことを、人生のステージや価値観の変化に応じてもっと気軽に行き来できる社会になればいいなと思っています。
会社員という働き方しか選択肢がないと思っていると、「辞めたら終わり」という感覚になりがちです。
でも、「個人でも働ける」「必要ならまた会社員にも戻れる」、そして資産形成が進めば「しばらく働かない」という選択肢まで持てるようになると、人は精神的にずいぶん楽になるのではないでしょうか。
以前、中国で4年ほど働いたことがあります。
日本で働き、中国で働き、そしてまた日本で働くという経験をしたことで、「日本でも働けるし、中国でも働ける」という選択肢を持てた感覚がありました。
実際に中国へ戻るつもりはなくても、「戻ろうと思えば戻れる」という安心感があったのです。
今感じている「会社でも働けるし、個人でも働ける」という感覚は、それに少し似ています。
そうなれば、一人ひとりが自分に合った働き方を選びやすくなり、心からやりたいと思える内発的動機に基づいて仕事ができれば、人の幸福度も上がり仕事のパフォーマンスも高まるでしょう。
結果として、日本経済の活性化にもつながるのではないか、ひいては円安物価高の解決につながるのではないか。
……などと、つい壮大なことまで考えてしまいます。
基本的には暇なので。
④ 仕事による達成感と承認欲求
難しいプロジェクトをやり遂げたときの達成感。
プレゼンがうまくいったときの高揚感。
「ありがとう」「助かりました」と言ってもらえる、その積み重ね。
こうした"承認"が、自分の存在を支えていたのだと改めて気づかされます。
これからは、自分で価値を生み出し、それを自分で届けていかないといけない。
「評価される仕組み」から自立するというのは、なかなかハードルの高いことです。
実際どうだったか
この写真は、社運をかけたプロジェクトが成功した瞬間です。

左で飛び上がってガッツポーズをしているのが私です。
普段は冷静なつもりなんですが、この時は感情が爆発しました。
会社員時代は「社命」は絶対で、気が進まない仕事もありました。
でも、やってみたら意外と面白かったり、自分に向いている仕事だと気付いたりすることもありました。
個人になると、嫌な仕事や気が進まない仕事は断ることができます。
その自由さはありますが、「やってみたら面白かった」という偶然の出会いは少なくなるようにも感じます。
人間は、ミッションを与えられ、しかも勝ち負けがはっきりするプロジェクトになると、不思議なくらい燃えるものです。ただ、それを今後も続けるのは、私には難しかったようにも思います。
今は、この写真の頃のような大きな達成感や高揚感を味わうことはありません。
その代わり、エキストラの撮影でスタッフの方に褒められたり、「助かりました」と声をかけてもらえたりすると、とても嬉しいです。
遠方で甲冑を着て戦うような体力勝負の撮影では、無事終えると心地よい達成感もあります。
noteを1年間書き続けたり、本を電子出版したり、新しい料理を作ってみたり。会社員時代ほど派手ではありませんが、小さな達成感は日常の中にたくさんありました。
そして、それらの多くは退職前から計画していたことではありません。
新しいコミュニティに入ったことも、本を出版したことも、退職してから「面白そうだな」「やってみたいな」と思ったことに、一歩踏み出した結果として生まれたものです。
退職前は、「退職したら何をするのか」を完璧に決めておかなければいけないと思っていました。
でも実際には、そこまで考えなくても何とかなります。
むしろ、心が動いたことに、小さくても一歩踏み出してみる。その積み重ねが、新しい毎日を作ってくれるのだと感じています。
なので、この心配は杞憂でした。
⑤ 朝起きる理由
目覚ましを止めて、スーツに袖を通し、電車に乗って出社する。
それは「義務」だったけれど、同時に「自分の役割」でもありました。
今は自由な分、逆に"起きる理由"を見失いがちです。
毎日をどう過ごすのか、どう整えるのか。
自由の裏側には、意外な難しさがあると感じています。
実際どうだったか
目覚ましをかけることは、ほとんどなくなりました。
それでも朝は自然と6時過ぎには目が覚めます。22時過ぎには寝てしまう生活になったからです。
犬の散歩をして、コーヒーを飲みながらじっくり新聞を読む。
そんなルーティンが自然にできました。
思っていたほど、生活はだれませんでした。
そういえば、通勤電車でたまたま座れた日に、座席でうとうとする時間は意外と好きでした。あの時間は、もう味わえません。
エキストラの撮影がある日は極端に朝が早いので目覚ましをかけますが、それ以外の日も生活リズムは崩れていません。家族と愛犬がいることも大きいと思います。
退職前は、「朝起きる理由」を失うことを心配していました。
でも実際には、「会社に行くため」ではなく、「今日という一日を楽しむため」に朝起きるようになりました。
まとめ
こうして1年前の自分が書いた文章を読み返してみると、あの頃はいろいろなものを失う覚悟をしていたんだなと思います。
実際には、確かに失ったものもありました。
毎月決まった日に振り込まれる給料。
会社員という肩書き。
毎日顔を合わせる同僚との日常。
でも、それらは別の形で少しずつ補われていきました。
収入は個人事業と投資に変わり、肩書きは個人事業主になり、新しい仲間もできました。
達成感も、会社の大きなプロジェクトではなく、noteを書き続けたり、本を出版したり、エキストラの現場や日々の暮らしの中で少しずつ得られるようになりました。
昔、YouTubeで「好きなことで、生きていく」というキャッチコピーが話題になった頃、私は「好きなことだけで生きていけるわけがない」と思っていました。
でも今は、「本当にそうだろうか」と思います。
もちろん、好きなことだけやっていれば自然と生活できるようになるほど甘くはありません。
それでも、好きなことと真剣に向き合い、試行錯誤を続けながら価値を届けていけば、仕事になっていく可能性はあるのではないか。そんなふうに考えるようになりました。
退職前の私は、「失うこと」にばかり目を向けていました。
でも、1年経って振り返ると、それ以上に「新しく手に入れたもの」がたくさんありました。
そして何より気づいたのは、人生は退職した瞬間に完成するものではなく、退職してからも少しずつ作っていくものだということです。
退職前は、「辞めた後に何をするか」を完璧に決めておかなければならないと思っていました。
でも実際には、心が動いたことに一歩踏み出してみる。その積み重ねが、新しい人生を少しずつ形にしてくれました。
もし今、退職しようか迷っている方がいるなら、不安になるのは当然だと思います。でも、その不安は、実際に経験してみると意外と小さくなるものもあります。
少なくとも1年後の私は、退職前の自分にこう伝えたいです。
「思っているより、大丈夫だったよ。」