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小説君、恋し

    あらすじ
    他人の過去ず未来が芋える少幎・祥生。ある日圌は、意識䞍明の少女・未倢ず、心に深い傷を抱えた青幎・節の運呜が亀差しおいるこずを知る。䞉人を繋ぐ鍵は「倢」ず「意識」。やがお祥生は、自らの限られた時間の䞭で、二人の人生を倉える“ある蚈画”を動かし始める――。倢か珟実か、死ずは䜕か。すべおが揺らぐ䞭で、それぞれが蟿り着く答えずは。
     
                   

     君、恋し 


          侀
     
    緑豊かな山々に囲たれた小さな田舎町にある校舎は静たり返っおいお、぀いさっきたで忙しなく啌いおいた小鳥たちの声すら聞こえなくなった。空を芋䞊げるず灰色の厚い雲がい぀の間にか山や町を飲み蟌むように広がっおいお、午前䞭たではくっきりずした茪郭を芋せおいた校舎の圱は、消えるように薄くなっおいた。
    人圱のないその高校の生埒昇降口から䞍意に登堎した柳田(やなぎた)節(あ぀し)は、唇を曲げながらズボンのポケットに手を突っ蟌み、母の薄緑色のダむハツ・タントに乗り蟌んで助手垭のドアを閉じるず、巊肩の䞊からシヌトベルトを乱暎に匕っ匵っお右腰のホルダヌにセットした。
    圌の埌を远うように急いで出おきた母は、慌おおハンドバッグの䞭からスマヌトキヌを取り出し、真っ盎ぐ車に向けおドアロックを解陀しおいた。
    圌女は、むラむラしながら出発を埅぀息子の様子に気が぀くず、少しだけ埅たせたい衝動にかられ、あえおゆっくりずドアを開けお運転垭に座り、「ふう」ず倧きく溜息のように䞀呌吞぀いおみせた。
    二人の間にはいく぀もの䞍快芁玠が重なっおいる䞊に、曇倩が䜜り出すどんよりずした空気ず蒞し暑さも手䌝っお、銖筋から汗が流れるのを感じた圌女は、シヌトベルトをしお゚ンゞンスタヌトボタンを抌した盎埌に゚アコンのスむッチを入れた。同時にチュヌナヌのスむッチを入れるず、二人の雰囲気ずは察象的にケラケラず甲高く笑うラゞオパヌ゜ナリティの声がラゞオから飛び出し、車内に反響した。
     
    『 さあ、リスナヌからの質問です。クむズかな これは。ペンネヌムサッチヌさんから。さんが脳腫瘍になり助かるには脳移怍しかありたせん。その時ちょうど亀通事故で亡くなったさんの脳を移怍できるこずになりたした。さお、無事手術が成功しさんの脳がさんに移怍されたした。麻酔から目芚めたこの方は、自分はだずいうのかそれずもだずいうのでしょうか 』
    節は、圌の気分にそぐわないパヌ゜ナリティの声に顔をしかめながら無蚀でラゞオのスむッチを消すず、せっかく効き始めた゚アコンの涌やかな空気を倖に捚おるように助手垭の窓を党開にした。
    隣で運転する母の、舌打ちず溜息ずが䞀緒になったような音が聞こえおきた。
     
    車の䞭ではお互い䞀蚀も話さないたた自宅に到着するず、節はそのたた二階の自宀に入り、手に握っおいた『進路遞択に぀いお』ず曞かれたプリントを机の䞊に攟り投げおベッドに寝そべった。
    節の頭の䞭には、今たで䜕床も聞かされおきた進路を決める時期や曞類の提出期限のこず、母の困惑する顔、明確な意思を瀺さない圌に察しお冷たく芋攟したような態床をずる担任の様子が浮かんできた。
    「フン」
    進孊かそれずも就職かずいう二択を迫る孊校ず芪に察し、明確な意思衚瀺をしない態床を取り続けおいた節の楯突くような態床は、高校䞉幎生になった六月たで続いおいた。
     
    「節、どこかから、䜕か届いたわよ」
    母が倧きな声で呌んだ。通垞は無芖するか生返事だけで動かないかのどちらかなのだが、節は母の声に飛び跳ねるように反応するず、階䞋たで走り降りおきた。驚いお振り返った母の手には五〇センチ四方で䞉センチほどの厚みのある薄いダンボヌル箱が握られおいお、節はその荷物を少し匷匕に取るず、即座に階段を駆け䞊がった。
    そしお郚屋のドアを閉めお机の䞊に攟り投げたプリントの䞊にダンボヌル箱を眮いた。『柳田節様』ず蚘茉された宛先ずネットショップ䌚瀟のロゎを芋ながらミシン目に沿っお開梱しおいくず、䞭から透明なプラスティック容噚に入った黒い専甚ケヌス付きのサバむバルナむフが珟れた。圌はプラスチックを逞りナむフずケヌスを取り出すず切れ味を詊すようにダンボヌルずプラスティック容噚を现かく切断しながらゎミ箱に捚おた。そしおナむフをカチッずケヌスに収容しおから机の抜斗(ひきだし)を手前に倧きくスラむドさせ、その䞀番奥にナむフを仕舞った。机の䞊には切り裂いたダンボヌルのカスが散らばり、その䞋に『進路遞択に぀いお』のプリントが斜めになっおいるのがちらりず目に入った。
     
    六月に入り明埌日の月曜日には進孊するのか就職するのかを決めお芪の承認のサむンが蚘入された曞類を提出しなければならない。高校二幎生になった時、どちらの進路でも遞択できるように進孊するずいう意思を䌝えおはいたが、䞉幎生になっおからはその二択以倖に他の遞択肢は無いのかず毎日むンタヌネットで調べおいた。しかし進孊ず就職以倖には留孊や個人事業䞻になるずいうもの、たたは起業するずいう遞択肢を䌝えおいるむンタヌネットサむトが少しあるだけで、節が興味を惹かれるその他の遞択肢は䜕も芋぀からないたただった。
    「ない。䜕も、したいこずなんかない 」
    䜕䞀぀いい考えなど思い浮かばなかった。ずっず䞀人で悩み、考え、答えを探しおきたが、未だに自分の将来など䜕も芋えないたた、考える気力さえなくしおいた。
    しかし二日前、節はようやく第䞉の遞択肢があるこずに気が぀いた。
     
    節が䜏む珟圚の自宅は、節が小孊校に䞊る盎前に、祖父ず父がこの堎所に建おたものだった。それたで䜏んでいた堎所ずの距離は䞀キロメヌトルほど離れおいたが校区に倉曎はなく、生掻環境はより䟿利になったようだったが、近所に䜏む䞊玚生たちに問題があった。
    新しい自宅の近所に䜏む子䟛たちは二歳幎䞊かそれよりももう䞀、二歳幎䞊の子䟛ばかりで、節の同玚生も䞋玚生の子䟛もいなかった。䞀人っ子の節は、遊びに出かける床に圌らにいじめられお毎日泣きながら垰っおきた。圌らはみんな仲良しであるかのように装いながら、節をいじめのタヌゲットにしお遊んだ。おそらくそれが圌らにずっお䞀番楜しい遊びだったのだろう。集団登校のずきには前を歩く䞊玚生が急に立ち止たり、その䞊玚生に節がぶ぀かるず振り返っお「ぶ぀かっおきた」ず蚀っお節の頭を叩いた。たた同時に埌ろを歩く䞊玚生が節を突き飛ばし、勢い䜙っお前を歩く䞊玚生にぶ぀かるず、そい぀はたた振り返っお節を叩いた。毎日毎日このようなこずが繰り返された。䞊玚生たちは毎日笑い転げながら登校しおいた。遊びに行くず最初は仲良くビデオゲヌムをしおいるのだが節が有利になっおくるず電源を切ったり目隠ししたりしおくるのだった。そしおい぀も幎䞋の節がいじめのタヌゲットにされた。二幎生になる頃にはこの近所に䜏む䞊玚生たちずはたったく遊ばなくなったが、同時に遊ぶ堎所もなくなり、倖に出お遊ぶこずもなくなった。
    比范的平穏だった日々を過ごしおいた四幎生のある日、野球が倧奜きだった節は、同玚生たちず䞀緒に昌䌑みに䜓育通に集たっお野球を楜しんでいた。そこに近所に䜏む二぀䞊の䞊玚生ずその仲間数人が䜓育通ぞず入っおきた。その䞊玚生たちは倖野の守備に぀く節に難癖を぀けおきた。それは節にずっお党く身に芚えがないもので守備に぀いおいた節はそれを無芖しおいた。圌らはし぀こく䜕床もでっちあげの件で節に謝眪を芁求しおきた。節はそれを無芖し続けた。するず突然䞊玚生の䞀人が節を矜亀い締めにするずそのたた数人掛かりで䜓育通の床に抌し倒した。そしお䞡手䞡足を抌さえ぀けるず、手に持ったドッゞボヌルのボヌルを節の顔面に目掛けお投げ぀けたのだ。そしお䜕床も節の顔面にボヌルを叩き蟌んだ。
    いきなり始たったこの乱暎な行為に、同玚生たちもただ唖然ずしお芋おいた。節は痛さで泣き、自分の錻血を芋お泣いた。するず隣のクラスのサチオが走っおきおボヌルを構える䞊玚生に䜓圓りした。
    「お前ら䜕やっおんだ。節が䞀䜓䜕した あっちにいけコラ。先生に蚀うからな」
    サチオの䞀蚀で䜓育通の䞭で遊んでいた党員が䞀斉にその䞊玚たちを睚んだ。䞊玚生たちは呚囲の癜い目に晒されるず、身の眮きどころがないこずを理解し、そのたた䜕も蚀わずに䜓育通から出おいった。
    「倧䞈倫か、節。なんだよ、あい぀ら、節が䞀䜓䜕したっおいうんだ」
    サチオはそう蚀いながら圌を匕き起こすず、䜓育通の隅に重ねられお敷いおあるマットの䞊に座らせた。節はそのたた暫く泣き続けおいた。このこずが圌の倧きな心の傷ずなり圌はそれ以来野球には参加しなくなった。そしおそんな圌を誰も気に止めるこずはなかった。
    サチオは転校生だった。い぀から隣のクラスにいたのか知らなかったが、その埌圌が他校ぞず転校しお行ったこずも、節は暫く知らなかった。圌はたった䞀孊期だけこの孊校に居たようだった。みんなが『サチオ』ず呌んでいた圌の苗字も、思い出せないでいた。
    節は二぀䞊の䞊玚生が卒業したあず、割ず萜ち着いた小孊校生掻を過ごしたが、あの小孊四幎生のずきの出来事から、知らない人ず話すのも集団や団䜓の䞭に入るこずも極端に苊手になっおいた。䞭孊生になるず䜓が人䞀倍倧きく成長したが、人芋知りでおどおどキョロキョロするようにい぀もビクビクず呚囲を気にするようになっおいた。
    やがお節にずっおあのずきのサチオの勇姿がたった䞀぀の倧切な思い出ずなっおいた。節にずっお、サチオはヒヌロヌだった。
    『たたい぀かどこかでサチオに䌚いたい』
    それが節の䞭孊生の時に持った初めおの将来ぞの垌望だった。
    しかしその垌望ず同じくらい倧きな空癜が心のなかを占めた。それは、『もう誰も僕を助けおくれる者はいない』ずいう諊めだった。そしお益々サチオが誰よりも偉倧なヒヌロヌだず思うようになった。節は孀独を奜むタむプではなかったが、䜓の特城や仕草をバカにされるなら同玚生ず仲良くする必芁はないず思っおいた。
    䞭孊䞉幎生になった節は、ある日䞀人で電車に乗っお街に出掛け、映画を芋に行ったこずがあった。圓然䞀緒に映画を芋に出掛けたいず思う同玚生はいなかったが、仮に誰かを誘えばみんな倧げさに嫌がっおみせるこずは容易に想像できた。そういう同玚生の反応は決しお芋たくないものだった。
    『おい、節が映画行こうっおさ。誰か行く人、手を挙げお 誰もいないぞ、ワッハッハッハハヌ 節 誰もいないっおよ』
    そうなじられるのが怖かった。傷぀けられる蚀葉を聞くのが䜕よりも蟛かった。
    『たた誰かが僕の悪口を蚀っおいる』
    節は他人よりもかなり倚くの嫌なこずを知っおいた。そのため䜕が自分を傷぀けるのかを即座にキャッチできるアンテナを持っおいた。そのアンテナに匕っかかるモノを避けるようにしお生きるこずが、節にずっおの孊校生掻を無事に乗り切る方法だった。
     
    今ずなっおはもうその時わざわざ䞀人で出かけるほど芋たかった映画のタむトルさえ芚えおいないが、進孊か就職以倖の第䞉の遞択肢にたどり着いた倧きな芁因が、この日䞀人で映画を芋に行ったこずで起きた出来事にあった。
     
    映画を芋終えた節は、ハンバヌガヌを食べながら歩いおいた。普段から䌑日など孊校倖で顔芋知りの同玚生には遇いたくないず思っおいたので、碁盀の目のようになっおいる街の䞭心街を䞀区画ごずに右ぞ巊ぞず階段状に歩きながら駅に向かった。昭和時代たでは栄えおいた駅前䞭心地のアヌケヌド商店街は、今では人通りの殆どない寂れた堎所になっおしたい、降ろされたたたのシャッタヌのほうが圧倒的に倚かった。圌はそんな寂れた街を眺めながら区画ごずに巊右に曲がりながら歩き、行き圓たったゲヌムセンタヌ裏の駐車堎に、䞭孊生の男女数人が溜たっおいるのが芋えるず足が止たった。
    そこには他校の男女数人がいお、その䞭心には䞀人の女子生埒がおり、この䞀人の女子生埒を数人の男女が尋問しおいる様子が䌺えた。節が半分ほど霧ったハンバヌガヌを持぀巊手がだらりず䞋がるず、力の抜けた手からハンバヌガヌが地面に転がり萜ちた。無意識のたたハンバヌガヌを持っおいた指が動くず、手の䞭で包み玙がクシャッず音を立おた。
    女子生埒を取り囲んでいる䞀人のダンキヌ女子が、その嚘の髪の毛を掎んで倧きな声で怒鳎った。別のダンキヌ女子もその嚘の髪の毛を掎んで匕っ匵った。するず髪の毛を掎たれた女子生埒の背埌に居たダンキヌ男子がその嚘のお尻を蹎るず、その嚘は前のめりに膝を぀いお倒れた。倒れた嚘を取り囲むダンキヌの䞀人が膝を぀いた女子生埒を蹎るず皆次々ず蹎り始めた。女子生埒が腹を肘でガヌドしながら䜓を䞞くした。するずダンキヌ女子が掎んでいた髪の毛を匕っ匵りダンキヌ男子もその嚘の䞡足を匕っ匵るず女子生埒をう぀䌏せに倒した。そしお集団で倒れたその嚘を蹎り始めた。蹎られおいる女子生埒の悲鳎が聞こえおきた。
    節の頭の䞭に、あの時䞊玚生に抌し倒され䜕発もドッゞボヌルを顔面にぶ぀けられた映像が鮮やかに蘇っおきた。
    『クッ゜、お前ら䜕やっおんだ。節が䞀䜓䜕した あっちにいけコラ 先生に蚀うからな』
    突然背埌からサチオの声が聞こえた。
    「サチオ」
    振り返ろうずした瞬間、サチオが節の䜓を突き抜けお走り出した感芚があった。節はたるでサチオに抌されるように走り出しおいた。自分の顔があのずきのサチオの顔ず重なりながら険しくなっおいた。そしお倧きく錻から息を吞った。
    「クッ゜、お前ら䜕やっおんだ。その子が䞀䜓䜕した あっちにいけコラ」
    突然裏から出珟した倧きな男が、鬌気迫る勢いず怒鳎り声を発しお走っおくる姿に、ダンキヌ連䞭は床肝を抜かれたようだった。
    「ダバい 逃げろ」
    誰かが叫ぶず同時に皆䞀目散に散らばるように走り出した。
    「コラ、お前ら」
    節は地面にう぀䌏せになっお倒れおいる女子生埒に近づくず背䞭を揺すっお声をかけた。
    「はあ、はあ、はあ、はあ  おい、おい、倧䞈倫か」
     䜕床か声をかけおもこの嚘は反応しなかった。頭から血が流れおいお、地面にも血糊が溜たっおいるのが芋えた。節は「ハッ」ず声を䞊げるず、助けを呌がうず呚りを芋枡したが呚囲には誰もおらず、駐車堎から出おぐるりず回り蟌むようにしおゲヌムセンタヌの䞭に飛び蟌むず、そこで働いおいた埓業員に助けを求めた。
    「すいたせん。手を貞しおください。そこで、駐車堎で  」
    ゲヌムセンタヌの䞭から出おきた埓業員は、駐車堎に倒れおいる女子生埒を確認するずすぐに救急車を呌んだ。随分長い間埅たされたような気がした。ようやく到着した救急車に収容された圌女は病院ぞず運ばれおいった。同時に譊察が駆け぀け、節は䞉人の譊察官に取り囲たれながら珟堎怜蚌が始たった。そしお今朝目が芚めおから今たでどこで䜕時に䜕をしおいたのかずいう質問を䜕床も䜕床も蚊かれた。
    「よし、状況はわかった。それじゃあ、䞀緒に車に乗っお。眲に行っおもう少し詳しく蚊くから」
    節はパトカヌに乗せられるず、譊察眲に連れお行かれ、譊察眲の䞭で事情聎取が続けられた。䞀䞃時を過ぎるず「今日はずりあえずここたでだな」ず取り調べおいる譊官が蚀い、圌は車に乗せられお自宅たで送り届けられた。玄関先では䞡芪が譊察官ず䜕か話しをしおいた。圌は黙っお郚屋に行くず、䞡芪にも䜕も蚀わずにベッドの䞭に朜り蟌んだ。
    翌日の月曜日の朝、孊校ぞ行く準備をしおいるず玄関チャむムが鳎った。母が玄関を開けるず、スヌツを着た二人の男が立っおいた。
    「今日も䞀日よろしくお願いしたす」
    「  はい」
    母の声が聞こえるずダむニングテヌブルで新聞を読んでいた父が「節」ず声をかけながら千円札を枡した。このお金の意味がわからなかった節は、黙っおそれを受け取りポケットに抌し蟌むず、その他は䜕にも持たずに制服姿にシュヌズを履いお倖ぞず出た。二人の男は節をグレヌのセダンの埌郚座垭に乗せるず、節を挟むようにしお䞡端のシヌトに乗り蟌んだ。
    「孊校ぞはこちらの方から連絡しおおいたから、心配ないからね」
    節は無蚀のたた少しだけ銖を動かした。
    譊察眲では昚日ず党く同じ質問から始たった。䜕床も䜕床も、同じこずを繰り返し蚊かれた。それが䞀通り終わるず再び節が目撃したずいう集団のこずを蚊かれた。節はその堎にいた連䞭のこずを誰も知らない䞊、女子生埒を取り囲んでいた集団の顔も正確な人数も芚えおはいなかったので玠盎にそう答えたのだが、譊察はし぀こく「君の蚀う集団はどこの䞭孊生だった 䜕人だった 名前は」ず同じ質問を繰り返した。そしお同じように、䜕床も、頭から血を流しおいた女子生埒の名前ずか面識を蚊かれたが、節には党く䞍知のこずで答えようがなかった。刑事たちは䞉人で亀替しながら同じこずを䜕十回も蚊いおきた。
    「氎か䜕か  、飲み物をもらえたせんか」
    節が蚀うず「わかった」目の前にいる刑事は答えた。しかし䜕床もそう繰り返しながら氎が運ばれおくるこずは䞀床もなく、そのたた尋問が続けられた。同じこずを蚊かれ、同じこずを話した。
     
    「オむ いい加枛、正盎に吐けよ お前以倖の誰かがあそこに居たずいう蚌蚀も、あそこに䜕人かの集団がいたっお目撃者も、䜕ひず぀、出ねヌんだよ」
    䞀番若そうな顔の刑事が突然キレたように激昂しながら叫んだ。この時節は初めお自分が犯人扱いされおいるこずに気づいた。この刑事は䞀床キレだすずその埌もずっず同じようにキレ続けた。圌は口を固く閉じた。この刑事は、自分の激しい口調に合わせるように机を叩き出した。圌はそれでも固く口を閉じおいるずたた別の刑事が郚屋に入っおきた。
    「オむ、お前よ、孊校で嫌われおいるそうじゃんか。クラスのみんなは、お前が嫌いだっおよ。お前、孊校で盞圓評刀悪いらしいな。バむキン扱いされお、クラスの生ゎミなんだっおな」
    節はその蚀葉に反応するように刑事を睚み぀けた。
    「おう いいぞ、ようやく思い出したようだな。孊校で評刀悪いから、みんなに腹を立おおいたんだろ たたたた芋かけたか匱い女子䞭孊生に恚みを被せるように殎り倒しおみたら、気絶したもんだから慌おお倧人を呌んだ。違うかヌ」
    悔しくお、目から涙が溢れおきた。泣き始めた節を芋るず、尋問しおいた刑事がニコッず笑っお立ち䞊がった。
    「山さん、お願いしたす」
    山さんず呌ばれお登堎した癜髪亀じりの初老の刑事は、ゆっくりず郚屋に入っおきお右手を机の䞊に乗せるず巊手で節の背䞭を撫で始めた。
    「倧䞈倫、倧䞈倫だよ」
    刑事はそう蚀いながら立ったたた暫く節の背䞭や肩を擊るように撫でおいた。そうしお机の向こう偎に眮かれたパむプ怅子を節の隣に運んで腰掛けた。そしお節を䞡膝で挟み蟌むように倧きく股を開いた。
    「柳田節くん、人生はいろいろ蟛いものだ。私も小さいずきはずっずいじめを受けおいた。でもい぀かきっずそんなこずもなくなるんだ。いじめを受ける方もする方も、みんな成長しお、い぀かそれが駄目なこずだず、悪いこずだず気づくんだ。しおしたったこずはもうどうしようもないけど、これから倧人になるためには、自分がした過ちをしっかりず認めお、もう䞀床出盎すしかないんだよ。わかるね」
    節はこの話を聞かされた時、頭のどこかのスむッチがになったようで、人生で二床目ずなる倧声を匵り䞊げおいた。
    「だから、䜕床も話したでしょヌ 僕はやっおない この声で叫んだんだ。『お前ら䜕やっおんだ。その子が䞀䜓䜕した あっちにいけコラ』 そう蚀ったんだ 䜕床も蚀っおんだろ、いい加枛にしろよヌ」
    山さんず呌ばれおいた刑事は、突然の節の倧声に、虚を突かれたように目を点にしおキョトンずなったたた動かなくなった。その埌すぐに別の二人の刑事が取調宀に入っおくるず山さんを連れお䞉人䞀緒に出おいった。そしお四〇分ほど䞀人で取調宀に残された。その埌、今床は制服を着た譊官がやっおきた。
    「今日は、これで終了したす。自宅たで送るから、準備しお」
     
    翌日もたた譊察がやっおくるのかず思ったが譊察は来なかった。
    節は少しホッずしお孊校ぞ行った。しかし節が日頃の腹いせに芋ず知らずの他校の女子生埒を殎り倒したずいう噂は党校生埒に流れおいた。その日から節は誰にもちょっかいをかけられるこずもからかわれるこずもなくなったが、誰䞀人圌ず䌚話する者もいなくなった。教垫でさえも圌を敬遠しおいるように感じた。たるで無蚀を貫き通す修行僧のように誰ずも話すこずのないたた䞭孊時代の最埌の時間が過ぎた。
    高校に入孊するず、最初のうちは初めお出䌚う同玚生たちず普通に䌚話をしおいたが、䞀ヶ月ほど過ぎた頃にはあの噂が孊幎䞭に蔓延した。節が同玚生に話しかけおも逃げるように避けられた。こうしおたた無蚀の修行が始たった。二幎生になれば進路を決める倧きな決断を迫られたが、節は䜕も考えるこずができないでいた。ずりあえず進孊ずいう遞択をしたが、どこの倧孊に䜕のために行くのかずいうこずが、党く思い描けなかった。それは就職に眮き換えおも同じで、このたた瀟䌚人になるこずに倧きな抵抗があった。
    『進孊か、それずも就職か。どうしおこんな究極の遞択を迫られなければならないのだろう。こんな䞋らない説明しかできない高校に、䜕の䟡倀もない』
    節はその他の遞択肢はないのかずむンタヌネットを䜿っおいろいろず怜玢するず、それらしく曞かれたサむトがいく぀かヒットした。しかしそのどれもが劙にポゞティブに曞かれおいお、その遞択の前にあるはずの『なぜ高校を卒業したら倧孊ぞ行くか就職しなければならないのか』ずいう根本的問いに答えおくれるサむトは芋぀からなかった。
    『そうか、それにいちいち答えるのっお、䞀人ひずりの悩みに答えるこずず同じになるよな。だからそんなサむトはないんだな 』
    自分がした質問に自分で答えを出しおしたうず、悩みに答えおくれる人が誰もいないずいう諊めず虚しさだけが心に残った。節は進路の遞択から意識を離すず、たったく別の遞択肢を探そうず頭の䞭をぐるぐるず回転させた。
     
    そうしお高校䞉幎生になり、六月になった。
    「 明埌日は䞉者面談で、それたでには進路を決めないずいけない  」
    ずっず悩み続けおいた節は、やがおようやくひず぀の答えを導き出すこずができた。
    『自殺』
    この蚀葉が頭に浮かんだ瞬間、『クラスの生ゎミ』ず蚀ったあの刑事の顔が蘇っおきた。
    『その生ゎミもなくなれば、党郚きれいになるのかもしれない』
    「自殺」
    声に出しおこの蚀葉が意味するものを思い描いおみた。
    「もしかするず枅々しいかも 。すっきりするな、自殺すれば。党郚なくなる。党郚なくなれば、悪いこずは䜕も起きない 」
     
    ベッドにひっくり返りながら進路に悩み続けおいたこずを䜕床も繰り返し考えおいた。そしお自殺ずいう遞択肢に、劙な安堵感を芚えおいた。
    気づかない内に蟺りは薄っすらず暗くなっおいた。
    「節 ちょっず䞋に降りおきおごらんよ」
    䞀階から母の呌ぶ声が聞こえおきた。ずっず同じ䜓勢で寝転んで背䞭がしびれおいたこずず、ようやく第䞉の遞択肢にたどり着いた劙な安堵感に促されるように起き䞊がるず、背䌞びをしながら制服を脱いで私服に着替えお階段を降りた。
    「ちょっず、こっちに来お、倖に出おみなよ」
    母が居間の奥にあるサンルヌムから庭に出るスラむドドアの向こう偎に立っお手招きしおいた。
    「なに、どうしたの」
    サンダルを匕っ掛けおスラむドドアをくぐっお庭先に出るず、自宅の前に広がる田んがには癟匹ほどのホタルが乱舞しおいるのが芋えた。
    「  、すごいな  」
    西の空にはピンク色から茜色に倉化する矎しいグラディ゚ヌションが芋え、東の空には雲がなく吞い蟌たれそうな深い矀青色の䞭に茝き始めた星が芋えおいた。リビングから差し蟌む光が届かない倜の垳に足を螏み入れるず、たくさんのホタルの幻想的な光がよりはっきりず目に映り、蚀葉を倱った。
    「私の小さいずきの蚘憶では  昔はもっずいっぱい飛んでいたんだけど、でも、今幎はこんなにいっぱいホタルが 」
    ひず月前に田怍えをされおただ背の䜎い皲葉の先に぀いた露が、たくさんのホタルの光でキラキラず茝いおいた。
    䞍意にサチオが珟れお背埌に立ち肩を揺すられたような感芚を芚えるず、あの時のサチオの声が聞こえた。
    『倧䞈倫か、節』 
    節はその声に唟を飲み蟌みながら二、䞉床軜く頷いおいた。
    「節 あんた、結局どっちにすんのよ、進孊 それずもどっかに働きに出る぀もりなの」
    突然母が倧きな声で進路に぀いお蚪ねた。
    「し、進孊する 」
    「そう じゃあ、今からでも、しっかり勉匷しなさいよ。東京じゃ䞀人暮らしよ。誰もあんたのこずなんか知らないから、誰もあんたの面倒なんか芋おくんないわよ。しっかりしなさい」
    『誰も、僕を、知らない     』
    節は䜕床も母の蚀った蚀葉を頭の䞭で繰り返した。
    『誰も僕を知らない。誰も、僕を、知らない  そうか   その手があった』
     
    節は進孊に決めたずいうこずを口に出したず同時に、第䞉の遞択肢はい぀の間にか頭の䞭から消えおいた。そしお進孊の先に芋えた新しい垌望の皮を発芋した。
    『そもそも根も葉もない噂から逃げるこずが出来ない状況だった。䞭孊䞉幎生のずきに起きた譊察の取り調べで節が眪に問われるこずはなかったが、譊察が孊校の同玚生に事件ずその容疑者が節だずいうこずを吹聎した所為(せい)で、党校生埒から無芖されるこずになった。事件の事など䜕も知りはしないが、党校生埒から完党無芖の状態は高校に入孊しおからもずっず続いた。もし僕を知る誰かず同じ倧孊に入れば、たた同じように噂が広がる。でも、僕のこずを誰も知らない堎所に行けば、僕はたた新しい人生を発芋できるかもしれない。それに、もしかしたら倧孊に行けば、そこでもう䞀床サチオに䌚えるかもしれない』

          二
     
    進孊する決心をした節は担任に自分の思いを䌝え、決しお誰かず受隓する倧孊が被らないように少しず぀倧孊を絞り蟌んだ。進孊を目指す同玚生は倧孊に入孊しお䜕をしたいのかずいうこずよりも少しでも偏差倀の高い倧孊に入孊するこずだけを目指しおいた。そしお少しでも偏差倀の高い倧孊に入孊するこずこそがいちばん倧事なこずだず考えおいるようだった。節はあたり勉匷もしおいなかったので、今の成瞟で入孊できそうな倧孊を同玚生ず被らないように担任ず盞談しながら受隓勉匷を再開した。
    そしお翌幎、節は興亜倧孊の門をくぐった。
    集団の䞭にいるこずが苊手な節は、入孊匏や履修芁綱のずきなど居心地が悪く、無意識に呚囲を芋枡しながら䞀九〇センチある背䞈ず䞀〇〇キロもある倧きな巚䜓でキョロキョロ゜ワ゜ワしおいた。そんなカリキュラムを組む䜜業が終わるず、倧孊から必修科目ず䞀般教逊の時間割が送られおきた。
    「来週の月曜日、四月䞀六日から授業が始たる 」
     
    新入生の最初の授業はみんな真面目に出垭するので、教宀に入るのが遅ければ空いおいる座垭は最前列しかない。授業開始盎前に教宀に入っおきお、空いおいる座垭はないかず慌おふためくように探す節の挙動䞍審な様子を、どこかの䞍良厩れのような連䞭は芋逃さなかった。䌑み時間に圌らずすれ違うず圌らが節を芋お笑い、䜓の特城や仕草をバカにする声が聞こえるようになった。節は再び怯え始めおいた。
    ある日孊食で人目を避けるように遞んだ䞀番奥の端の空いたスペヌスに座っおランチを食べおいるず、あの䞍良厩れの連䞭が近づいおきた。
    「おい、せっかくここ空いおいるず思ったら、誰かいやがるぜ」
    「でっけえ䜓しお䜕だよ、あのおどおどした顔」
    「団䜓様が来おも垭を譲るっおいうマナヌもないらしいな」
    連䞭は節の垭を取り囲むように座るず文句や嫌味のようなこずを蚀い始めた。 
    「普通、どこかの店でも䞀人客が団䜓甚テヌブルにいたら、『どうぞ』っお蚀っおカりンタヌ垭に移るよな」
    「俺、今芋おいるこの光景が信じられないんだけど」
    「いったいどんな神経しおんだろ」
    「そういえば履修芁綱の説明の時も、倉なダツがいなかったっけ」
    「いたいた、俺も芋た。劙に䜓がでかいくせにおどおどしながら倧汗かいおいるや぀」
    「そうそい぀だ。しかもその顔、たるで迷子になったガキみたいに、今にも泣きそうな顔しお、ようやく最前列に座ったよな あれでも本圓に倧孊生かよ。情けねヌな」
    「履修芁綱の説明のずきだけじゃなく、授業䞭も同じ顔でキョロキョロしおやがんだよ。そんなの普通は気にならないけど、でかい䜓しおそれされちゃったら目立っおしょうがないじゃん。気になっお授業に集䞭できないんだよね」
    「そい぀に授業料支払っおもらわなきゃ合わなくない」
    「そうだな、ハッハッハッハヌ」
    連䞭は節を取り囲み、その堎から逃げられないように怅子でバリケヌドを䜜るず倧声で節を䟮蔑し始めた。
     
    「ちょっずいい さっきから聞いおりゃ、䞀人客は団䜓客に垭を譲るべきだずか、他人の容姿に぀いおあれこれ蚀っおいるけど、あんたらも呚り芋なさいよ 座る堎所の空きを探しおトレヌ持っおいる人が䜕人もいるのに、なんであんたら隣の怅子に自分の荷物眮いおんのよ あんたらの自分勝手な銬鹿な䞻匵、呚りのみんなが聞いお呆れおるわよ あんたらだけで空いおいる五぀の怅子に荷物眮いおんのよ」
    突然珟れた嚁勢のいい女子倧生の的を射た発蚀に、孊食にいるみんなが『そうだそうだ』ず蚀わんばかりの芖線で䞍良厩れ達を芋おいた。
    「人の容姿がどうこう蚀う前に、あんたのそのセンスのない真緑色の髪の毛、芋おいお気持ち悪いわ。鏡芋たこずある 貞したしょうか か・が・み」
    圌女の嚁勢のいい態床ず䞍良厩れたちを芋事に暡写する衚珟に孊食がドッず湧いた。突然態勢が䞍利になった連䞭は逃げるように孊食から立ち去った。圌女はトレヌを持ったたた、空垭を探しおいる数人に手招きしお呚りに呌び寄せるず節の前にトレヌを眮いお怅子に腰掛けた。
     
    「ごめんね。隒いだりしお」
    節は黙っお銖を暪に振った。
    「ああいうの、私が最も嫌いなタむプだわ」
    圌女は䞍機嫌そうにスプヌンにカレヌを掬っお口に運んだ。
    「倧孊にもああいうのが居るのね。アむツら瀟䌚人になっおも同じこずするのかな バカみたい」
    圌女は節に向かっお独り蚀のようにしゃべるず、圌のランチをじっず芋぀めた。
    「今日の日替ランチも矎味しそうね。私もそれにしたかったんだけど、もう売り切れおたの。次は端然(ちゃん)ず日替わりランチにあり぀きたいわ。金曜の二時限目が長いのよ だから毎週金曜日はカレヌになっおしたうのね。暪須賀の海䞊自衛隊みたいね、フフフ 」
    圌女はそう蚀いながらカレヌをペロッず食べ終えお「じゃ、たたね」そう蚀っお孊食から消えた。節は圌女が喋っおいる間ほずんど手を動かさずに圌女の話を聞いおいた。圌は圌女が消えたあず、ただトレヌの䞭に食べ終えおいない日替わりランチがあるのを思い出したようにゆっくりず食べ始めた。
     
    節は翌週の月曜日も孊食の隅っこに腰掛けおひずりで日替わりランチを食べおいるず、たたあの圌女がやっおきた。
    「おはよう」
    「あっ、どうも」
    「今日も䞀人 私もだけどね」
    そう蚀うず圌女はトレヌに入った日替わりランチを自慢気に節に芋せ぀けるように食べ始めた。
    「やっぱりこれがコスパナンバヌワンね」
    「味も、悪くないず思うけど 」
    そう蚀った瞬間、節は家族以倖で話した同玚生ずの最埌の䌚話を思い出そうずした。しかしどこたで遡っおも蚘憶は蘇っおこなかった。䞭孊の卒業匏でも高校の卒業匏でも誰ずも蚀葉を亀わさなかった。そんな぀たらない思い出だけが脳裏をかすめるように浮かび䞊がっおきた。
    「ねえ、あなた、名前は 私は有村(ありむら)、有村未倢(みう)」
    「がく、僕は柳田節」
    圌女は倧きな笑顔を䜜るず「ありがずう」ず蚀った。節には圌女の蚀った『ありがずう』が䜕を意味したのかがよくわからなかった。もしかしたら単に聞き間違えたのかもしれないず思った。『ありがずう』では䌚話が成立しない。節は「えっ」ず、時間差で聞き返したが圌女は節の蚀葉が聞こえなかったように別の話を始めた。
    「私、入孊しおね、先週の金曜日に初めお誰かず話したの。それがあの倧声だったなんお 」
    「えっ 嘘 」
    「ねえ、それより私たち二床も䞀緒にランチ食べたよね。私たち友だちになった」
    圌女のあっけらかんずした雰囲気に飲み蟌たれるように節は銖を瞊に振っお答えた。頭の䞭に『ずもだち』ずいう死語に近い銎染のないフレヌズがこだたした。
    『ずもだち・ずもだち・ずもだち 』
    どこか懐かしい響きを持぀この蚀葉に、節はずっず昔から憧れおいた䜕かをがんやりず思い出すように『ずもだち』ず頭の䞭で繰り返した。ゆっくりずサチオの顔が頭に浮かんできた。
    『サチオがあのたた転校しないでいおくれたら、僕の人生はもう少し違うものになっおいたかもしれない。結局あの時以倖サチオず話したこずはなく、圌は知らない間にどこかに転校しおいった』
    節にずっおこの『友達』ずいう蚀葉は、叶わぬ倢のような蚀葉だった。
    『友達・ずもだち・トモダチ、どのように曞いおも矎しい響きを持぀蚀葉だ』
    ずっず、ずっず探しおいた宝物のような蚀葉が、今この瞬間目の前に提瀺されたようだった。
    それから二人は毎日孊食でランチを楜しんだ。䞍思議なこずにあの䞍良厩れたちはあれ以来たったく芋かけなくなった。孊生の倚くはアルバむトで生蚈を立おおいる。もしかしたら連䞭も授業よりアルバむトの方が忙しいのかもしれない。
    圌女の登堎で暗雲が挂い始めた倧孊生掻の危機を脱するこずが出来た。それず同時に節は教宀やキャンパスなどで、同玚生ず䌚話するこずができるようになっおいた。
     
         䞉
     
    入孊しおからあっず蚀う間に䞀ヶ月が経ずうずしおいた。ある日節は自転車に乗っお東小金井駅近くにあるアパヌトぞ垰る途䞭、埌ろから走っおきたトラックに撥ねられた。病院で目が芚めお驚いたのは、実に事故から䞉日間も意識䞍明だったず聞かされたこずだった。トラックに撥ねられた事故の蚘憶はたったくなかった。
     
    「 どう具合は」
    目芚めおはたたすぐ眠るずいうのを数回繰り返しながら、ようやく䞉日目に意識がはっきりしおくるず、ベッドの隣に眮かれたパむプ怅子に腰掛けおいる有村の姿が芋えた。
    「あれっ、 有村  䜕しおるの」
    「良かった、気が぀いお。君が亀通事故にあっお救急車で運ばれたっお、倜のニュヌスに流れおいたのよ。『䞀八歳の倧孊生柳田節さんが亀通事故で意識䞍明の重䜓』っお蚀っおたわよ。びっくりしちゃったわ。トラックの運転手の脇芋運転だっお。私、慌おお䞀䞀九番で入院先を聞いたのよ。病院ではに入っおいお面䌚謝絶。翌日も意識戻らず。そしお今日ようやく意識が戻ったのよ。䞀時はどうなるかず心配したわ。どこか痛いずか䞍郜合なずころずかないの 倧䞈倫 これちゃんず芋える」
    有村はそう蚀うず節の顔の前で手を振っおみせた。
    「うん、今のずころ手足も動くし頭も正垞なようだし、逆に䜓が 軜くなった気がする」
    「そう、それじゃあ回埩も、きっず早いわね」
    䞉日間も意識がなかったずは信じられないこずだったが、䜓も打撲皋床の怪我で枈み、十日で退院するこずが出来た。十日間も寝たきりでおたけにお粥ばかりの病院食のお陰で䞀〇〇キロあった䜓重が䞃五キロにたでに萜ちおいた。倪っお倧きいずいう䜓圢からひょろ長い䜓型に倉わった。䜓が軜くなったこずが圱響しおいるのか、䜓䞭からパワヌが挲っおくるようだった。
     
    「よし、なたった䜓を鍛えなおそう」
    有村に䜓の䞭から力が湧いおくるようだず話すず、圌女は「リハビリを兌ねたトレヌニングを始めるぞヌ」ず拳を突き䞊げお意気蟌んだ。そしお二人で攟課埌や䌑日を利甚しお近くにある小金井公園でトレヌニングを始めた。
    「たずは走るこずから」 
    有村はそう蚀うず節の背䞭を抌すように二人でゞョギングをスタヌトさせた。二日目には走るのにも慣れ、䞉日目からはスピヌドアップしお走った。有村が「぀いおいけない」ず蚀っお途䞭で走るのをやめるず、今床は節の走るタむムを蚈り始めた。
    距離を蚈枬しお䞀五〇〇メヌトルを䞭心に䞀〇〇メヌトルの短距離たでプランニングした陞䞊郚のようなトレヌニングが始たった。有村は陞䞊郚のマネヌゞャヌさながらに節の走りに泚文を぀けながら、圌のマネゞメントを開始した。
    日曜日の気持ちよく晎れた小金井公園は家族連れなどで賑わっおいた。二人はい぀ものように走り蟌み、むンタヌバルで䞀息぀いおいるず、キャッチボヌルを取り損ねた軟球が有村の足元に転がっおきた。圌女はそれを拟うず節に枡した。
    「私じゃ届かないから、君に任せた」 
    節は受け取った軟球をじっず芋ながら握りしめるず「懐かしいなあ」ず呟いお五〇メヌトル以䞊離れた先からグロヌブをこちらに芋せおボヌルの返球を埅぀人の先にいる圌のキャッチボヌル盞手に向かっお、むチロヌ遞手さながらのレヌザヌビヌムでボヌルを返球した。『パシヌン』ず倧きく響く音に、キャッチボヌルをしおいた二人は驚きの衚情を浮かべた。
    「野球やっおたの」 
    䞍思議そうに聞く有村に、「いや」ずひずこず吊定の蚀葉を返し、そしお少し間を眮いお「ずっず昔  諊めた」ずボ゜ッず付け加えた。同時に、孊校で毎幎行う䜓力枬定のボヌル投げだけが、唯䞀誰よりも成瞟が良かったこずを思い出した。
     
    五月の最終日曜日、この日は倧孊の䜓育祭が行われる日だった。䜓育の授業の出垭皌ぎず成瞟にも加算されるこずで、二人は東京郜西倚摩郡にあるグラりンドで開催される䜓育祭に参加した。応揎垭では䜓育䌚の様々な郚掻動の団䜓が旗を掲げお応揎しおいた。䜓育祭は色分けや団䜓枠の競争ではなく、すべお個人戊で行われた。節は䞀〇〇メヌトル走ず四〇〇メヌトル走、䞀五〇〇メヌトル走の䞉皮目に゚ントリヌし、有村は䞀〇〇メヌトル走ず二〇〇メヌトル走に゚ントリヌした。
    それぞれの競技の䞉䜍たでに入れば豪華な景品がもらえるので、その堎で゚ントリヌ可胜なムカデ競争などの皮目にも積極的に参加しながら、二人は䜓育祭を楜しんだ。
    節は高校たでスポヌツはおろか運動らしい運動などしたこずがなかったが、入院による思わぬ枛量ず有村ず䞀緒にした䞀ヶ月間のトレヌニングのお陰で、随分䜓が動くようになっおいた。そのため䞀〇〇メヌトル走ず四〇〇メヌトル走はいずれも䞀䜍でゎヌルするず党䜓のタむムでも野球郚やその他の運動郚を差し眮いお䞀䜍で総合優勝した。サッカヌ郚や野球郚の遞手たちは䜓育䌚にも入っおいない名の知らない䞀般孊生が優勝するこずなど考えられないず蚀っお悔しい衚情を滲たせいた。
    しかし䞀五〇〇メヌトル走では陞䞊郚が衚地台を䞃䜍たで独占した。興亜倧孊の陞䞊郚は箱根駅䌝を目指しお組織されおおり、名前は陞䞊郚だったが郚員はすべお駅䌝遞手だった。箱根駅䌝に向けおのトレヌニングは䌊達ではなく、実業団䞊みの遞手たちが揃っおいた。しかし節はこの䞀五〇〇メヌトル走でも八䜍に入った。有村は䞀〇〇メヌトル走で䞉䜍に入り景品を手にしお倧喜びしおいた。
    倧いに盛り䞊がった䜓育祭も䞀五時になるずすべおの競技が終了した。䞀〇〇メヌトル走ず四〇〇メヌトル走で総合優勝した節のもずに、サッカヌ郚が勧誘をかけおきた。
    「  僕は足でボヌルを蹎るのは党く苊手でダメなんです。ですので 」
    思わぬ勧誘から逃げるのに時間を取られ、垰り支床が遅れた二人は、ようやく曎衣宀たでたどり着いた。着替え終えた節が埅ち合わせ堎所で有村を埅っおいるず、グラりンドの向こうでは野球郚員らが出おきお緎習をし始めた。ようやく着替えが終わっお節のずころに駆け寄っおきた有村の足元に、飛んできたボヌルが転がっおきた。有村がボヌルを拟い䞊げお節に手枡した。
    「これは、君に任せた」
    節はボヌルを受け取るず「これが硬球か 初めお觊った 」ず呟きながら返球先を探したが誰䞀人こちらを芋おいなかったのでバックネットフェンスを目掛けお思いっきりボヌルを投げた。ボヌルはたっすぐ䞀盎線のレヌザヌビヌムの軌跡を描き、バックネットフェンスに突き刺さった。
    カッシャヌン
    遠投した距離は軜くを超えおいた。グランドにいた野球郚員党員の芖線が節に向けられた。
     
    興亜倧孊硬匏野球郚の優勝ず箱根駅䌝の優勝は、倧孊の経営戊略で最も力を入れおいるこずのひず぀だった。興亜倧孊は党囜優勝の実瞟のある匷豪校で、毎幎䜕人もの遞手がプロ野球のドラフト䌚議で指名されおいた。野球郚員はグラりンドに䜵蚭されたセミナヌハりスの隣りにある専甚の寮で、党寮制の合宿生掻を送っおいた。シヌズン䞭の郚員たちは倧孊の授業には参加しない。逆に教授が倜に寮たでやっおきお授業を行う埅遇ぶりだった。たた、高校時代に甲子園などで掻躍した遞手たちをスカりトしお孊費免陀で入郚させるケヌスもあり、それ故入孊匏盎埌から始たる郚掻動ぞの勧誘などは䞀切なく、䞀般の孊生ず顔を合わせるこずもないたた、日の出町にある寮に寝泊たりしながら野球挬けの生掻を送っおいた。このこずから途䞭から入郚するケヌスなど今たではなかった。しかし完党ノヌマヌクの名前も聞いたこずがない䞀般孊生に、䜓育祭の䞀〇〇メヌトル走ず四〇〇メヌトル走で野球郚のお株を奪われ、そしおこの遠投を芋せられれば、野球郚ずしお節を勧誘するこずは自然の流れだった。しかし節はサッカヌ郚同様入郚を固蟞した。生たれおから今たでずっずスポヌツも運動もしおこなかったのだ。しかし野球郚の勧誘はサッカヌ郚のそれずは比范にならないほど匷匕でし぀こかった。圌は孊食で頭を抱えながら有村に盞談した。
     
    「どう思う 僕が野球郚でやっおいけるず思う いい加枛぀きたずうのやめおほしいよ」
    「あら、どうしおそんなに意地になるほど拒吊するの」
    「だっお、今たで䜕もしおこなかったんだよ。できるわけないじゃん」
    「そうかしら」
    「悩むたでもないよ。䜓育祭でのこずはたたたたです。た・た・た・た」
    「ねえ、そういえばさあ、節はどうしお倧孊に進孊しようず思ったの」
    「えっ  」
    思いがけない有村の質問に、節の脳裏に庭先の田んがに光るホタルの光景が䞀瞬浮かんだ。そのホタルでいっぱいの田んがの光景にゆっくりずサチオの顔が重なった。
    「どうしお」
    もう䞀床聞く有村に、節は思い口を開くず、いじめられおいた小孊校時代の話ずその時助けおくれたサチオの事を圌女に打ち明けた。
    「ふん、そのサチオくんが節のヒヌロヌなんだね。玠敵じゃない、その話。いたサチオくんはどこで䜕しおんの」
    「わからないんだ。どこかに匕っ越しお行っお、それっきりだよ。居堎所もわからない。でもヒットしないんだ」
    「でも、圌に䌚えるかもしれないず思っお、倧孊に来たわけでしょ 圌は興亜倧孊にはいなかった。でももしかしたら、圌もどこかの倧孊で倧奜きな野球、しおいるかもね」
    「えっ」
    「だっお、もしホタルがいなくおその時圌の顔が浮かばなかったら、君はどこかに就職しおいたんでしょ もしそうなれば、どこか遠くぞ匕っ越した圌ずは、再び出䌚う機䌚はほがなくなっおたんじゃない。同じ倧孊にいないこずがわかったら、今床は出䌚うチャンスを広げる努力をすればいいんじゃないかしら」
    「出䌚うチャンスを広げる」
    「そう、圌も野球が奜きだったなら、仮に野球をしおいなくおも、野球の蚘事が新聞に出れば、それをどこかで芋るんじゃないかしら」
    「぀たり 」
    「もし君が野球郚に入っお、察戊盞手にサチオくんがいるかも知れないし、いなくおも野球郚が優勝すれば、スポヌツ新聞にでかでかず茉っお、きっずサチオくんにも届くんじゃないかしら」
    『サチオが  僕の姿を芋る   サチオに 、䌚えるかもしれない 』
     
    キンコンカンコン 
    昌䌑みが終わるシャむムが鳎った。節は立ち䞊がるずトレヌを持っお返华口に向かっお歩き出した。そしお前を歩く有村に向かっお話した。
    「さっきの有村の蚀葉   正盎、胞が熱くなった。確かにチャレンゞする機䌚があっお、それが僕の目的ず合臎するのであれば、怖いけど、その䟡倀はあるのかもしれない。怖いけど、少しだけその気になったよ。もう䞀床蚀うけど、怖い。でもこの怖さを克服するにはもう䞀぀だけ野球郚に入郚するための条件を出したいんだ」
    「なに、条件っお」
    「有村、君にマネヌゞャヌをしおほしいんだ。僕は、たたたった䞀人になるのが怖いんだ」
     
    節は東小金井垂にあるアパヌトを出お日の出町に匕っ越すこずになった。勧誘に来た人に「入郚の条件ずしお有村をマネヌゞャヌにしおほしい」ず頌んだら「幎䞭募集しおいるのでちょうど郜合がよかった。䞀床に二人もスカりトできたよ」ずふた぀返事で了解の蚀葉が返っおきた。
    「せっかく倧孊に来たんだったら、ここでしか出䌚えないチャンスは倧切にしなきゃね」
    節は、有村が『マネヌゞャヌなんかしない』ず蚀うず思ったが、有村が同意する意思を瀺したこずで、この恐ろしいプロ集団の䞭に飛び蟌む芚悟を決めなければならなくなっおしたった。
    「よっし」
    気合を入れ腹筋に力を蟌めた時、サチオの笑顔が頭をよぎった。

         四
     
    六月䞭旬、野球郚ぞ入郚するこずになった節は、野球郚の寮で生掻する事になった。野球郚員は総勢䞀〇〇名近くおり党員日の出寮で生掻をしおいる。マネヌゞャヌは男女合わせお䞀二名いお、基本的にマネヌゞャヌの䜏む堎所は自由だったが、䞻務ずその他数名の男子マネヌゞャヌが郚員たちず䞀緒に寮生掻をしおいた。その他のマネヌゞャヌが歊蔵匕田駅そばにある倧孊指定のアパヌトで生掻する堎合は、アパヌト代が野球郚持ちになる特兞が付いおいた。
     
    節は近所の床屋に行っお頭を䞞刈りにしたあず、レンタカヌを借りお東小金井のアパヌトを匕き払い、続けお有村の䜏む䞉鷹垂のアパヌトに行っお圌女の荷物を車に積み蟌んだ。有村は䞞刈りにした節の頭を凝芖しながら郚屋の荷物をレンタカヌに運び入れた。
    「ずうずう野球郚員になったのね」
    助手垭に乗った有村が節の頭郚をしげしげず芋぀めながら独り蚀のように呟いたが、節は倏前の湿気が挂う時期にさっぱりず刈り蟌んだこのヘアヌスタむルを気に入っおいた。
    「頭が軜くお気持ちいいよ。荷物、たったこれだけ」
    圌は䞞刈りにした自分のヘアヌスタむルよりも有村の荷物の少なさに関心を寄せた。
    「そうよ、私はあたり荷物が倚いほうじゃないの。それに、入孊で匕っ越しおきたばかりだから」
    「ふん、そうなんだ  、じゃあ、行こうか」
     
    節はレンタカヌを運転しお東八道路を西に向かっお進み新府䞭街道に出お南に向かい甲州街道ぞ、そしお新奥倚摩街道から拝島ぞ玄䞀時間半かけお歊蔵匕田駅そばにあるアパヌト『カヌサ日の出』に到着した。レンタカヌの荷台から数箱のダンボヌルずその他小物類が入った箱を取り出すず有村の郚屋に運び入れた。
    「䞉鷹のアパヌトず比べるず広いし日圓たりも良くお、なかなかいいじゃない」
    「そうね。思ったよりも広くおきれいで、家賃も無料(ただ)だし。でも倧孊に通うのに少し時間がかかるわね」
    「そうだな   マネヌゞャヌになれっお蚀ったけど、ここからじゃあ、ちょっず倧倉だな。なんだか悪い事しちゃったな」
    「平気、平気よ。そんな心配ご無甚よ。それよりそっちの荷物、早く運がうよ」
    「ああ、僕の荷物も倧したこずないから、䞀人で行っおくるよ。有村は自分の荷物を敎理しながら埅っおおよ」
     
    レンタカヌを運転しお寮に向かう途䞭、野球郚のグラりンドが芋えおくるよりも先に、たるで吶喊(ずっかん)するような叫び声が響き枡っおきた。走る車の䞭から芗き芋た野球郚の緎習颚景は、ノックを順番に受ける野球郚員たちの姿ず応揎郚䞊みの倧声を匵り䞊げる姿で、その姿に節は䞀瞬で圧倒された。緎習颚景を暪目に寮に到着するず、車から荷物を出しお玄関脇に積み䞊げた。
    「こんにちは どなたかいらっしゃいたすか」
    「はい」
    奥から男性の返事が聞こえるず、パタパタ走りながらゞャヌゞ姿の坊䞻刈りの男性が玄関口にやっおきた。
    「あの、柳田ず申したすが」
    「ハむハむ、お埅ちしおおりたした。今日から我が野球郚に入郚された柳田節さんですね」
    男性はかなりの早口でしゃべった。
    「はい、よろしくお願いしたす」
    節がただぜんぶ蚀い終わらないうちに、この男性は恐ろしく早口で「よろしくお願いしたす」ず蚀った瞬間、ものすごい速さで節に向かっお最敬瀌した。
    人圢みたいな盎線的な動きをする圌を芋おキョトンずしおいるず、「荷物はただありたすか」ず聞かれたので「いえ、これだけです」そう答えた瞬間、圌はダンボヌルを二぀積み重ねお持ち䞊げるず「぀いおきおください」ず蚀っお歩き出した。節も慌おおダンボヌルを二぀積み重ねお持ち䞊げるず圌の埌を远いかけた。
    「䞀幎生は基本的に二幎生ず同郚屋です。柳田さんず同郚屋の二幎生は䜐藀暹(い぀き)くんずいう我が野球郚で䞀番ナニヌクな人物です。䞀九時頃に緎習が終わるのでその埌この郚屋で挚拶すればいいでしょう。もしかしたら倕食のずきに自己玹介の時間があるかもしれないので  、そうだ、今日は倕食たでには戻っおこられたすか もちろん柳田さんの倕食はこちらで準備しおいるのですが 」
    「ハむ。倕食たでには戻っおきたす」
    「荷物の開梱は、その埌寮宀で、䜐藀くんの指瀺で行っおください」
    圌はそこたで蚀っお去ろうずしたので、「あの」ず蚀うず、「倱瀌したした。私はマネヌゞャヌ䞻務をしおおりたす䞉幎生の蟻盎人です。マネヌゞャヌなので緎習には参加したせんが、野球郚党般の運営のお手䌝いをしおいたす。よろしくお願いしたす」
    蟻は『よろしくお願いしたす』を早口のようにしゃべるず先皋ず同じように玠早い最敬瀌をしお去っおいった。
    節は残りの荷物を党郚寮宀ぞ運ぶず、レンタカヌに乗り蟌み、野球郚の緎習颚景を暪目で芋ながらカヌサ日の出ぞ向かった。
     
    「有村、どう 捗(はかど)っおる」
    「うん、あたり荷物もないから。あず䞀五分もあれば終わるかな。そっちはどうだった」
    「ああ、なんか今になっおドキドキしおきたよ。あの緎習颚景芋たら」
    「たあ、ただ始たっおもないわよ。頑匵っお」
    「今日の倕食から寮で食べるみたいなんだ」
    「あら、私もさっきマネヌゞャヌさんから連絡があっお、倕食は寮で準備しおるっお」
    「そうなんだ。それじゃあ  遅刻したらたずいから、すぐにレンタカヌを返しに行っおくるよ」
     
    倕食のいい匂いが立ち蟌める食堂で、二人はマネヌゞャヌの指瀺に埓い、郚員たちが来るのを背筋を䌞ばしお持っおいた。
    「倱瀌したす」
    倧きな声ず同時にクむック最敬瀌をしお次々ず郚員たちが食堂ぞず入っおきた。そしお各々垭に着くず無蚀のたた党員が揃うのを埅った。最埌に監督がやっおくるず蟻が「起立」ず倧きな掛け声をかけ「お疲れさたです」ずいう合図ずずもに党員䞀緒に「お疲れさたです」ず蚀っお着垭した。
    「新入郚員の玹介」
    監督の呟くような号什で、蟻が食堂の䞭倮のスペヌスに駆け足で移動するず、倧きな声で叞䌚を始めた。
    「今日から䞀名、我が興亜倧孊硬匏野球郚に、そしおもう䞀名、女子マネヌゞャヌに入郚する者を玹介したす」
    節は固唟を飲み蟌むずそろそろず前に出おきた。そしお倧きく息を吞っお真っ赀な顔をしながら倧きな声を匵り䞊げた。
    「柳田節です。よろしくお願いしたす」
    同時に郚員党員がすっず立ち䞊がり、声を揃えるように「よろしくお願いしたす」ずクむック最敬瀌をした。有村もたた同じように挚拶するず郚員たちも同じように返事を返した。
    監督が、「飯(めし)」ず䞀蚀いうず、四幎生が立ち䞊がり順番にそれぞれトレヌを持っお、きれいに䞊べられおいるおかずやご飯を取っお垭に぀いた。そしお䞉幎生が同じようにしお、二幎生、䞀幎生の順番に料理の入ったお皿をトレヌに入れた。蟻は二人に食堂での䜜法を説明しながらみんなず同じように食事の列に付くず、「今日は私たち䞉人で食べたしょう」ず蚀っお空いおいる垭に誘導した。
    「いただきたす」
    掛け声ず同時にみんな䞀斉に食事を食べ始めた。節はお寺の坊䞻䞊みに無蚀で食べるのかなず想像したが、みんなわいわいがやがや隒ぎながら楜しそうに食事を食べる姿を芋るず、少しだけ気持ちに䜙裕が生たれたように感じた。
    「柳田くんはどこの高校野球郚出身」
    「いえ、あの、僕、野球は   あの、実は、野球の経隓がないんです」
    蟻はかき蟌んだご飯が口から出るほど倧きく目を芋開いお驚いた。節は申し蚳なさそうに䞋を向きながらロヌスカツを箞で突(぀぀)き、有村はそんなこずは䞀切気にするこずもなく、かなりボリュヌムある食事を䞀心䞍乱にガツガツず食べおいた。
     
    食事が終わるず食べ終えた者から順番に食堂を出お行くのだが、ここでも䞀人ひずり「今日も矎味しくいただきたした。ありがずうございたした」ず倧きな声でお瀌を蚀いながら、あのクむック最敬瀌をしお食堂から出おいった。
    蟻は二人に察し先茩ず同じ所䜜をするように指導した。
    「埌は同宀の䜐藀くんから指瀺があるからそれに埓っお」
    そしお有村にはその堎でマネヌゞャヌの仕事の抂芁説明を始めた。節は有村に軜く目で合図し、蟻に䞀瀌しおから寮宀ぞ向かった。
     
    寮宀のドアを開けた節は䞭に䞉人の先茩たちがいる姿を芋お少し驚いた。䞉人は寮宀のドアの方を向いお正座をしながら節が来るのを埅っおいたようだった。蚀葉を飲み蟌んだように䞉人を芋おいるず真ん䞭に座る先茩が口を開いた。
    「ようこそ、興亜倧孊野球郚ぞ。私は柳田くんず同宀になる二幎生、䜐藀暹ずいいたす」
    そしお䜐藀は右隣に座る先茩に掌を䞊に向けお指し瀺し「こちらが四幎生のキャプテン猪瀬肇(はじめ)先茩、そしおこちらが䞉幎生の次期キャプテン䌊藀優倪先茩です」
    「柳田節ず申したす」
    自己玹介が終わるず先茩方は足を厩しお軜い雑談を始めた。
     
    「  それじゃあ、頑匵っおくれ」
    「よろしくな、いく぀か厳しい芏則があるけど、䜐藀からよく聞いおくれ」
    二人の先茩が去った埌、荷物のダンボヌルもそのたたにその堎に正座したたたで䜐藀からたくさんの芏則を教えられた。しかし口頭で説明された芏則はうたく頭にむメヌゞするこずが出来なかった。節はろくに理解できないたた「はい」ずわかったような返事を繰り返しおいた。起床時間は䞃時だったが、䞀幎生の起床時間は六時半ずなっおいるようで、そこでたた改めお同孊幎から䜕をするのか聞くこずになった。途䞭で足を厩させおもらったが、䜐藀からの説明をたっぷり䞀時間以䞊受けた埌、ようやく節はダンボヌルを開梱しお服などの私物を備え付けのロッカヌに仕舞うず早々ず垃団の䞭に入った。
     
    翌朝、同孊幎からゎミの出し方や掗い堎に残ったコップなどの食噚の片付け、敷地内の出入り口にある受付の郵䟿ボックスから新聞を取りに行くなどの雑甚を教えられた。みんなの話によるず野球郚に関するすべおの所䜜や芏埋に関しおの指揮官は監督であり、芏則を砎ったこずが監督に芋぀かれば叱られるのは四幎生で、四幎生が䞉幎生を叱り䞉幎生が二幎生を叱る。そしお二幎生が察象の䞀幎生を盎接叱るずいうシステムずなっおいるようだった。぀たり、䞋が出来ないのは䞊が悪いずいう考え方だった。その他孊幎単䜍での連垯責任など现かい分け方で連垯責任ずいう名のペナルティがあるず教えられた。
     
    䞃時の朝瀌は党員食堂に集合しお行われた。前列は四幎生、次に䞉幎生ず順番に䞊び、䞻務の蟻が誰か䞀名を指名する。指名されたものはダッシュで前に立ち、倧きな声で『郚蚓』なるものを独唱させられるのだった。
    蟻がすっず前に立った埌、「おはよヌ、䜐藀」ず蚀うず、䜐藀は間髪入れずに「はい」ず返事をしおダッシュで前に出おきた。
    「倱瀌したす。『郚蚓』 䞀぀、孊生の本分を尜くすこず。䞀぀、瀌節を重んずるこず。䞀぀、努力の粟神を逊うこず。䞀぀、血気の勇を戒めるこず。䞀぀、先茩の呜を重んずるこず。『野球郚教(きょう)æ—š(し)』 極めお意矩ある野球郚を目指し、同矩に基づく深遠なる理想を掲げ、努力粟進する。我々は高邁(こうたん)なる品性、高貎なる人栌を身に぀けるべく野球道を教育の䞀方法ずしお遞び、熱意を持っお成し遂げる。以䞊です、倱瀌したす」
    䜐藀はそう倧きな声で宣誓するように独唱するずクむック最敬瀌をしお列に戻った。
    「あの郚蚓、噛むずダキだから気を぀けろ」
    隣に立぀同玚生がそっず教えおくれた。その埌朝食を食べお緎習着に着替えるず八時から党員でグラりンド敎備が始たった。䜐藀は垞に節ず䞀緒に行動しなければならないようで、ひず぀ひず぀䞁寧に野球郚のしきたり(・・・・)を説明指導した。
    「興亜倧孊のグラりンド敎備は、あの甲子園園芞よりすごいっお蚀われおるんだ」
    「すごくきれいですよね。僕も正盎驚きたした」
    「グランド敎備は毎日の日課だけど、緎習メニュヌは毎日同じではなく倩気によっおも倉わるし、季節によっおも倉わる。でも䞀番倉わるのは 、監督の気分だな  、特に詊合に負けたずきは  」
     
    節は野球郚に所属した経隓がなくグロヌブさえ持っおいなかったが、先茩のお叀を分けおもらい緎習着やスパむクなど必芁なものは既に準備されおいた。
    準備䜓操は野球郚の䌝統的な創䜜䜓操で、手先の角床やかがむ角床を「党員ピッタリず合わせろ」ず監督に怒鳎られながら、䜕床も同じ箇所をやり盎しさせられた。たるでアむドルグルヌプのダンスのように「合わせろ」ず遞手党員が監督からダメ出しをされた。その埌は走り蟌みずサヌキットトレヌニングが始たった。
    走り蟌みにも沢山の皮類があるようでこの日は䞀五〇〇メヌトル走を䞀〇本走らされた。走るのは節の埗意分野で、有村ず䞀緒にトレヌニングしたこずが功を成し、毎回誰よりも早くゎヌルした。
    サヌキットトレヌニングには別名が付けられおいた。『やりがい』ず呌ばれるその蚀葉通り、やりがいのあるハヌドなトレヌニングだった。これも䞀五〇〇メヌトル走同様、党䜓緎習ずしお行われるもので、手抌し車、肩車、ぎょんぎょん手を頭の埌ろに組み䞡膝ず䞡足を付けお前に飛ぶりサギ跳びのようなもの、自分の足銖を掎んで走るアヒル、カ゚ル飛びず呌ばれるスクワットゞャンプこれには浅く、䞭くらい、深くの䞉皮類ある、これらをグラりンドではなく䜓育祭で䜿甚した陞䞊トラックで行った。
    䞀〇〇名の郚員が党員これを行うので、これだけで午前䞭が終わっおしたう。䞀二時に午前䞭の緎習が終わるず昌食埌は䞀䞉時から緎習が始たった。
    午埌からの緎習は軜いキャッチボヌルから始たった。二人䞀組になり䞀〇メヌトルくらいからはじめ、埐々にお互い距離を離しながらキャッチボヌルで肩を慣らしおいく。節は䜐藀ず䞀緒にキャッチボヌルを始めた。
    パヌン
    「柳田、䜓育祭の時お前が投げたのを芋お、ちょっずびっくりしたんだけどさ、お前、本圓に野球郚に入っお野球した経隓がないの」
    パヌン
    「はい、運動郚に入るのも初めおです」
    パヌン
    「うそヌ」
    パヌン
    「ホントです」
    パヌン
    「よし、少し距離䌞ばすぞヌ」
    パヌン
    「もっず離れおいいですか」
    パヌン
    「えっ、これ以䞊いくの」
    䜐藀の心配をよそに、節は䞀〇〇メヌトルの距離をずるず、䜐藀目掛けお匷めのボヌルを送球した。
    パシヌン
    䜐藀の口が倧きく開いた。他の遞手たちも節の遠投を暪目で芋おいた。
     
    「肩匷いなヌ。プロ以䞊だな。よしわかった。問題は  」
    䜐藀はそう蚀うず監督の元に行き別メニュヌの指瀺を䟝頌した。しかし監督は䜐藀の䟝頌に銖を暪に振っお答えた。
    「みんなず䞀緒だ。みんなず同じメニュヌだ、バカダロヌ。䜕蚀っおんだ、みんなず同じように出来なきゃダメだろヌ」
     
    この日の午埌はバッティング緎習から始たった。投げるのはもちろんピッチャヌで、力を抜いお打たせるように投げるのだが、この打たせるように投げたボヌルを打ち仕損じるず守りに぀いおいる野手党員から倧声で野次られる。そしお即バッタヌ亀代ずなるのだった。バッタヌが打ったボヌルは野手党員が必死で远いかける。少しでも気の抜いたプレヌを芋せるず監督が怒鳎り぀けた。
    「おい お前、どこ芋おんだ、バカダロヌ 亀代 倖呚走っおこい」
    ペナルティはグラりンドの倖呚玄四〇〇メヌトルを党力で走らなければならない。この走りに手を抜けばさらにもう䞀呚远加させられた。このように入れ替わりながらバッティング緎習が続いた。野手は「さあこい」「思い切っおいけヌ」などずずっず声を出しっぱなしで叫び続けおいた。
    節はバッティングをほずんどしたこずがなかったので、最初の頃はなかなかボヌルに圓たらなかったが、毎日怒鳎られ野次られながら次第にコツを掎むずストレヌトのボヌルに関しおはしっかりバットに圓おお打ち抜くこずができるようになった。
    『これに倉化球やチェンゞアップなどが組み合わさるこずでタむミングが合わなくなるのか』
    節はバッティングの難しさずいうものを身に沁みるように感じおいた。
     
    バッティング緎習埌にはシヌトノックが始たった。興亜倧孊野球郚のシヌトノックは次々にノックが繰り出され、ボヌルをキャッチする野手同士の目が回るような連続プレヌは芋おいる方たで圧倒される。
    たずフェアグラりンドの倖偎に䞀旊集合するのだが、そこにはキャッチャヌ䞉名、ファヌスト䞉名、セカンド䞉名、ショヌト䞉名、サヌド䞉名、そしおラむト六名、センタヌ六名、レフト六名がそれぞれ䞀たずたりずなっお守備䜍眮たで䞀斉にダッシュする。䜍眮に぀くずすべおの野手がノックする監督を芋お「ワヌ、ワヌ、ワヌ」ず動物が嚁嚇するように腹の底から倧声で叫んだ。
    「倧声を出すこずで阿呆になれる。阿呆になるず無心になれる。元気のなかった者も萜ち蟌んでいる者も䞀発でそれが吹っ飛ぶ。自分に付いた邪気を払えるんだ」
    節は倧声に圧倒されながら口を半開きにしおシヌトノックを芋おいた。
    「この倧声は近所でも有名なんだ。でも、この声が隒音ずか煩(うるさ)いず苊情になったこずはないんだ。地元のみんなは党囜倧䌚で優勝する䞀流の野球郚の緎習颚景に、憧れを持っお芋おくれおいるんだ」
    シヌトノックが䞀巡するず、今床はキャッチャヌがサヌドぞ送球する。サヌドがボヌルをキャッチしサヌドベヌスを螏んでセカンドぞ送球、セカンドはボヌルをキャッチするずセカンドベヌスを螏んでファヌストぞ送球し、ファヌストはボヌルをキャッチするずファヌストベヌスを螏んでキャチャヌぞ送球する。たずこれを䜕床か繰り返す。
    続いおキャッチャヌがファヌストに送球するず、ファヌストがボヌルをキャッチしファヌストベヌスを螏んでセカンドぞ送球、セカンドがサヌドぞ送球し、サヌドがキャッチャヌぞ送球する。同じように数回繰り返される。
    次は監督がサヌドぞノックする。サヌドがボヌルを捌いおファヌストぞ送球、そのプレヌが完了しおいない間に監督は続けおサヌドぞノックするず、埅機するもうひずりのサヌドが同じ動きをする。同じようにサヌドぞノック。続けお今床はショヌトにノックするず、ショヌトがボヌルを捌きファヌストぞ送球する、同じように䞉人分行う。続けお同じように䞀、二塁間にスタンバむするセカンドぞノックし、セカンドがボヌルを捌きファヌストぞ送球するのも䞉人分行う。立お続けにファヌストぞノック、ファヌストがボヌルを捌くず同時にピッチャヌがファヌストぞ走りファヌストからの送球を受けながらファヌストベヌスを螏む。  
    それが終わるず監督がバントの芁領でファヌストラむンに沿っおボヌルを転がす。キャッチャヌがすぐそのボヌルを远いかけお拟いファヌストぞ送球する。続けおサヌド偎に転がされたボヌルを別のキャッチャヌがサヌドぞ送球、同様にセカンドぞ。
    その埌はサヌドぞノックしショヌトぞノックし、セカンドぞノックしファヌストぞノックする。 キャッチャヌの足元にボヌルを転がしたたサヌドぞ  。これが繰り返される。同時にセンタヌ、ラむト、レフトぞのフラむず返球が立お続けに行われる。
    芋おいおも目が回るような連続ノックず連続プレヌが倧声を出しながら延々行われた。
     
    䞀般的な倧孊の野球郚は、党員で必死にボヌルに食らい぀くようにプレヌする高校野球ずは違い、自分が関わるプレヌ以倖のずころでは力を抜いた䜙裕のある緎習方法をずっおいるずころが倚かったが、興亜倧孊野球郚に関しおは気の抜くようなプレヌは即ペナルティが䞎えられる。倧声で叫び続け必死になっおボヌルに食らい぀かなければ監督の眵声ずずもに亀代させられる。そしおペナルティの倖呚ダッシュだった。緎習時間の長さであれば他の倧孊のほうが長いずころもあるが、䞀瞬䞀瞬䞀切気を抜くこずができない興亜倧孊野球郚の緎習は、緎習の質ずいう面で倧きな効果を䞊げおいた。
    少なくずも野球郚員党員がそう信じおいた。
     
    緎習埌には敎理䜓操が行われた。初めお緎習に参加した節は䜐藀ずずもにチヌムを倖れ、䜐藀の解説を聞きながら敎理䜓操を芋孊した。
    たずは行進から始たった。先頭四列、四幎生を内偎に䞉幎生、二幎生、䞀幎生ず瞊に䞊んで四列隊圢が組たれた。
    「気を぀けヌ 䌑め。気を぀け 䌑め」
    この号什を二䞉床繰り返しながら前埌巊右の隊列を敎えおいく。 
    「前倣え 盎れ 足螏み、はじめ」
    「前ぞ、進め」 
    この合図でグラりンドの倖枠に沿っお行進が始たった。そしおそのたた倧きく倖呚を䞀呚回った。
    「駆けあし、進め」
    そしおその隊圢のたた掛け声ず同時にレンゞャヌ行進で䞀斉に走りだした。
    「䞀(いち)、䞀、䞀二(いちにい)、 䞀、䞀、䞀二 䞀二、䞀二、䞀二  」
    グラりンドの呚囲に割れんばかりの声が響き枡った。グラりンドを半呚ほどするず掛け声ずずもにグラりンドの真ん䞭にダッシュで集合し敎列、党員右手で垜子を取るず気を぀けの姿勢をずった。そしお驚いたこずに、ここから挚拶緎習が始たった。 
    「おはようございたす お疲れさたでした」
    党員倧声で怒鳎るように挚拶をしお、間髪入れずクむック最敬瀌をするのだった。
    続いお指揮者の号什のもず、興亜倧孊の校歌を合唱した。
    「集うは、興亜、おお、興亜」
    「新しき䞖玀に立ちお 新しき時代を創る  」
    「フレヌ フレヌ 興亜、フレヌ、フレヌ、興亜  」
    倧声で校歌合唱した埌、䞡腕を腰に回し倧きく䞡足を広げおのけぞるような姿勢で倧孊の応揎をしお緎習が終了した。たるでラグビヌオヌルブラックスのハカのような倧迫力だった。
    「これが䞖間で蚀われおいる軍隊匏野球、興亜倧孊の硬匏野球郚だ」
    あっけにずられおいる節の暪顔を芋ながら、䜐藀がニダッず笑った。
     
    倜䞃時ごろにようやく緎習が終わるず、䞀幎生の埌片付け担圓になっおいる者以倖党郚の䞀幎生が足早に寮ぞず戻った。節もそれに埓い寮に戻るずシュヌズを脱いで玄関に入り、党員次々に正座を始めた。䜕が䜕だかよくわからないたた皆を真䌌お正座をするず、隣の同玚生が「これも芏則だよ」ず教えおくれた。䞀幎生は䞊玚生の垰りを正座しながら埅぀。監督や䞊玚生が戻っおくるず䞀幎生党員で「お疲れさたでした」ず倧きな声で挚拶した。
    その埌四幎生から順番に颚呂に入るのだが䞀幎生が颚呂に入る頃には颚呂のお湯が泥で真っ黒になっおいた。
    そしお八時過ぎに倕食になる。倕食は早く来た者から順番で食べる事になっおいたが、圓然先に颚呂から䞊がった監督や四幎生から食べ始めおいる。そしおその埌に毎日必ずしなければならないのが掗濯だった。
    「これは少し昔の話だけど、䞀〇〇名の郚員が毎日する掗濯なのに、たった䞉台の掗濯機しかなかった時代があったんだ。前の監督が『莅沢しなくおいい』ずいったようだけど、プロになった卒業生から盞圓数の寄付があっお、今では掗濯に䞍自由するこずはなくなったんだ」
    「それず、俺もあんたり奜きじゃなかったんだけど   寮宀から先茩が出お先茩が寮宀に戻るずきには正座をしお埅っおいなければならない   昚日郚屋で芋たようにな」
    節は䜐藀から聞かされた芏則をなかなかむメヌゞできなかったが、このようにひず぀ひず぀芋ながら教えられるず、芏則ずいうものを理解できるようになった。しかしその厳しさは想像以䞊で、同時に冗談で蚀ったんじゃなかったんだず溜息が挏れきた。
    䜕もかもが初めお尜くしの長い䞀日の䞭で、バッティングず守備のシヌンが頭の䞭に匷烈に焌き付けられた。それでも垃団の䞭に入るず䞀瞬で眠りに萜ち、そしおあっずいう間に次の日の朝がやっおきた。
     
    倧孊の野球郚には終日䌑日ずいうものが殆どなかった。日曜日でも監督の䞀声で緎習が始たった。節は今たで運動もしたこずがないのによく緎習に぀いおいけおるなず自分でも感心するほどだった。時折緎習がき぀くお挫けそうになったずきは有村に電話をしお愚痎を聞いおもらった。月に䜕床かある䞭途半端な䌑みの日は圌女のアパヌトぞ出掛けお圌女に愚痎を聞いおもらいながら圌女のマッサヌゞを受けおいた。
    「敎䜓垫の資栌でも持っおるの」
    有村に背䞭を螏たれながら蚪ねるず、圌女は埗意そうな衚情を浮かべた。
    「私はね、プロスポヌツ遞手のトレヌナヌになるのが倢だったの。敎䜓に぀いおは本でしか読んだこずはないけど、こんなふうに実物に觊れなければ具合がいいのか悪いのか、わからないからね、ちょうど緎習盞手がいおよかったわ」
    「マネヌゞャヌっお、毎日䜕しおるの」
    「興亜倧孊は垝郜倧孊野球連盟に所属しおるの。そこの連盟の事務所に入っお連盟の仕事をさせられおるわ。リヌグ戊などの準備や運営は圓然だけど、女子マネヌゞャヌは堎内アナりンスを担圓しおいるし、䞀郚リヌグから四郚リヌグたであるから各倧孊のマネヌゞャヌが入り乱れおいるの。興亜倧孊は䞀郚リヌグだから私たちは錻が高いのよ。その他にも連盟に察する協賛を集めたりずか野球郚を卒業した遞手を雇甚しおくれる䌁業ずの぀ながりを匷化したりずか、䞀般瀟団法人ずしお掻動する瀟員の党般的なお手䌝いね」
    「なんか、そっちのほうが忙しそうだね」
    「結構やるこずが倚くお忙しいわよ。連盟の仕事が重なるず出垭できない授業もあったりしお、結構倧倉ね。通うのも倧倉だから、䞭倮線䞊の二䞉区のどこかに無料のアパヌトを建おおくれないかしら」
    「通う定期代が高そうだね」
    「それはもちろん野球郚持ちよ。だから倧孊たで通う時間を陀けば殆どネックになるこずはないわ。䜙蚈な支出がないから生掻が助かっおいるずいったほうが良いかも。バむト代でもくれればもっず良いのにね、フフフ 」
     
    興亜倧孊野球郚の芏則のいく぀かには䞍満があるものの、䜙蚈なこずは考えずに毎日倧声を匵り䞊げお緎習に取り組んだ。足の速い節は詊合でバッタヌボックスに立぀チャンスこそ䞎えられなかったが、代走ずしお起甚される機䌚を䞎えられるこずが倚くなった。バッティングや守備の技術も段々ず仲間たちに近づいおいった。そしお䞀幎生でベンチ入りするこずができるたでに成長した。
     
    四幎生が匕退した十䞀月初旬、東京䜓育倧孊からの申し出があり緎習詊合が組たれた。はるばる日の出グラりンドたでやっおきた東京䜓育倧孊野球郚にセミナヌハりスを貞し出しお曎衣宀ずシャワヌルヌムが提䟛された。詊合開始時間は䞀䞉時からだったが䞀〇時過ぎに日の出グラりンドに到着した東京䜓育倧孊野球郚は、セミナヌハりス内に䞀旊荷物を運び入れるずシャツず短パン姿でグラりンドに珟れた。圌らの姿を芋おあっけにずられる興亜倧孊野球郚員を暪目に、圌らはそのたたの姿でグラりンドの倖呚を走り始めた。アップで走る者もいればシャツ短パン姿のたたでキャッチボヌルを始めるものもいた。この完党自由スタむルの東京䜓育倧孊野球郚の姿を芋た䜐藀は、節の隣に来おボダくように蚀った。
    「あんな奎らに、負けおたたるかよ」
    䞀瞬のスキも芋せるこずが出来ない地獄の特蚓ず寮での厳しいしきたり(・・・・)を凌いでいる興亜倧孊野球郚員にずっお、おしゃれなテニス郚のような感芚でアップを始めた東京䜓育倧孊野球郚の軜い雰囲気は、䜐藀を始めずするレギュラヌ陣のみならず、䞀緒に寮生掻をずもにするマネヌゞャヌも含めた興亜倧孊野球郚関係者党員の闘志を燃え䞊がらせた。
     
    詊合が始たるずベンチに入った党員がベンチから片足をグラりンドに乗せながら倧声で応揎を始めた。通称ベンチワヌクず呌ばれるこの応揎スタむルは詊合䞭ずっず『あずワンアりトで優勝だ』ずいうような勢いでプレヌする遞手たちを応揎するこずになっおいる。
    ずころが詊合開始から間もなく、東京䜓育倧孊のヒットずバントで䞀点を先取された。䞉回にも远加点を献䞊するず、六回には連続タむムリヌヒットを打たれお二点が奪われた。
    監督の機嫌が急加速で悪くなった。監督は䞉幎生の新キャプテンの䌊藀を呌び付けるずベンチ裏で圌を怒鳎り぀けながら䞡頬を二、䞉発ひっぱたいた。ベンチ裏から戻っおきた䌊藀がベンチワヌクをする䜐藀を呌んだ。
    「䜐藀、お前、悪いけど、監督の隣に行っお倧声で声揎を送っおくれ。監督の機嫌、最悪だ」
    䜐藀は「えっ」ず䞍満そうな衚情を残しながら枋々監督の隣に行った。
    「おっかしいな 䞊玚生が䞋玚生を匕っ匵るんじゃなかったっけかな」
    䜐藀は、監督に聞こえるようにわざらしくずがけるようにボダいた埌、倧声を匵り䞊げおチヌムを応揎した。しかし状況は䞀向に改善せず、ヒットさえなかなか出なくなっおいた。やがお䜐藀の声揎がだんだんず味方に察する野次に倉化した。
    「ほヌら、あヌ あれだけ緎習したっお、バット振らなきゃ、圓たるもんも圓たんねヌぜ」
    「だからヌ、ホラッ バット振んなきゃ、ああ」
    「バット振れ、バット ああ、いったい䜕回芋逃しおるんだろうな」
    䜐藀のダゞはベンチの䞭で応揎する誰の声よりも倧きく響いた。近くにいた節も『倧䞈倫かな たた監督に殎られるんじゃ  』ず心配しおいた。
    「ああ、たた䞉振かよ 監督、あんなシャツず短パン姿の奎らに負けおしたうんだったら、明日からりチもシャツず短パン姿で緎習したしょうか」
    興亜倧孊の攻撃がたったく空回りしおいるこずず、声揎するはずの味方の声が段々ず野次のようになるのを聞きながら、監督の唇が青ざめお䜓がブルブルず震え始めた。
    「ピンチヒッタヌ 䜐藀」
    八回の裏、この監督の采配に䜐藀はニンマリずした顔で「キタヌ」ず倧きな声を䞊げお笑うずベンチから飛び出し履いおいたスパむクのヒモを結び盎し始めた。この図倪い態床を芋た䞉幎生が倧声で䜐藀を怒鳎った
    「䜐藀 䜕やっおんだ、早く、早く行け」
    怒鳎られた䜐藀はその声もたったく耳に入らない様子で、膝を曲げアキレス腱を䌞ばしながら準備䜓操を始めた。
    「慌おない、慌おない。ここはひず぀、俺のタむミングで、バッタヌボックスに入らせおもらおうかな」
    そしおようやくバットを持぀ず、今床はベンチの前で玠振りを始めた。
    「䜕やっおんだ、䜐藀 いいかげんにしろよ 早く行け」
    ベンチの䞭にいる䞉幎生たちに怒鳎られながらようやく䜐藀がバッタヌボックスに入った。盞手ピッチャヌは䞀五〇キロ近い速球ずカヌブ、そしおチェンゞアップを織り亀ぜながら巧みにバッティングのタむミングを倖すのが埗意の投手だった。そのため、打垭に立ったバッタヌは芋逃し䞉振を取られるケヌスが目立っおいた。
    「二ストラむク二ボヌルからの次のボヌルは  、ストレヌトだ」
    カヌン
    ラむト線に飛んだボヌルはラむトの頭䞊を超えお走者䞀掃のタむムリヌツヌベスヒットずなった。䜐藀は打った瞬間ベンチに向かっお「こうやっお打぀んだよヌ」ず拳を突き䞊げお倧声で飛び跳ねながら二塁たで走塁した。この䜐藀の䞀振りで東京䜓育倧孊から二点を返すこずができた。
    しかしその埌のバッタヌはアりトになり、九回の裏の最埌の攻撃もたった䞉人でシャットアりトされ、結局詊合は四察二で負けた。
     
    東京䜓育倧孊の䞀、二幎生数十人が䞊半身裞になっお、セミナヌハりスの前で倧孊の䌝統応揎スタむルを盛倧に披露した。そしお興亜倧孊野球郚党員は隊列を組み、倧型バスの暪に䞊んで東京䜓育倧孊の芋送りに立った。ニコニコ笑顔を浮かべながらシャツず短パン姿でバスに乗り蟌む東京䜓育倧孊遞手たちを、たるで葬儀の参列者のように無衚情で芋送るず、監督は関係者党員をグラりンドに集合させた。
    「倧集合だヌ」
    郚員ずマネヌゞャヌずコヌチなど党員が揃ったずころで前に立った監督がたったひずこず蚀い攟った。
    「二幎生の、玄䞀名に、倧きく勘違いしおいるや぀がいる。䞉幎生 救急車で運ばれない皋床に気合を入れおおけ」
    寮に垰った埌、䜐藀は䞉幎生に呌び出されるずボコボコにされお郚屋に戻っおきた。節は䜐藀の姿を芋おバケツに氎を汲んでタオルを浞しお䜐藀の顔に濡れたタオルを圓おた。
    「悪いな、柳田。俺もあんな事は蚀いたくなかったんだけど、あたりにも情けなくなっおよヌ、むテテテ。お前はどう思っおいるかアレだけど  」
    䜐藀は切れた口の䞭が痛むのか、それ以䞊は話さずに垃団の䞭に入った。
     
    東京䜓育倧孊の自由な緎習颚景ずその東京䜓育倧孊に負けたこず、監督の指瀺ずはいえ、詊合に出堎した遞手たでもが詊合で掻躍した䜐藀をボコボコにしたこずで、䞀幎生の間に今たでの厳しいペナルティや悪臭の意味がわからず玍埗できないでいた䞍満ず䞍信感が砎裂した。野球初心者の節にずっおバッティングの䞊達ず守備の䞊達が明確な目暙だったので、その他の走り蟌みややりがい(・・・・)などは苊にはならず䞍満もなかった。しかしながら、同孊幎の遞手たちの䞭には緎習以倖の自由時間やプラむベヌトが無意味に奪われるこず、そしお理䞍尜な暎力ず悪習の数々にずうずう気持ちが折れた者があらわれた。この緎習詊合のあった日の倜、寮から䞉名の䞀幎生が申し合わせたように逃げ出した。
    野球郚では郚員が倜逃げするのは昔からよくあるこずのようで、監督などは倜逃げの報告を受けおもたったく意に介さない様子だった。
     
    有村のアパヌトを蚪れた節は、圌女のマッサヌゞを受けながら野球郚の悪習の実態に぀いお愚痎をこがしおいた。
    「東京䜓育倧孊ずの緎習詊合の埌、同玚生が䞉人䞀床にいなくなったよ。厳しい緎習は仕方ないけど、シゎキのような無意味な緎習が未だ残っおいるのはどうかな。僕も䞀切笑顔のない同玚生や二幎生の顔を芋おいるず息が詰たるよ。厳しい緎習は良いけど意味のない悪習は、どうだろう   悪習がこれ以䞊続けば、僕も逃げるかも  」
    有村は節から聞かされた野球郚の無意味な緎習方法ず寮の悪習の話を想像しながらマッサヌゞをしおいた。
    「その悪習っお、どうしお今も残っおいるの」
    「さあ、プロ野球で掻躍する遞手が倧孊に゚ヌルを送っお、倉にやる気になった監督や四幎生が悪習を矎化しお、それを続けおいるような気もするけど」
    「぀たり、そのプロ野球に蚀った人たちが、暗に厳しさを乗り越えれば俺のようになれるぞっお、そう蚀っおいるずいうこずかな」
    「そんなふうに芋えるけど」
    「そう 」
    有村に盞談しおも答えなど出るはずもなく、その先を考えれば最終的に野球郚に残るのか蟞めるのかずいう遞択になる。厳しい緎習ずは別に、囚人のように扱われる悪習に粟神的限界を感じ始めおいた節は、圌女のアパヌトから寮宀に戻るず、倜逃げをした同玚生ず悪習に぀いお䜐藀に尋ねた。
    「䜐藀先茩、昚日䞉名が逃げた件ですが、自分も逃げた同期ず半分同じ気持ちです」
    「そうか、お前も逃げる準備はできおいるずいうこずか」
    「ただ準備たでしおいるわけではありたせんが、この状況が続けば自分も同じ様になるだろうず思いたす」
    「  䜕床か監督からブリキ軍団の話を聞いたず思うけど、その意味をお前に話しおおくよ。そもそもお前以倖のほずんどの遞手は小孊校から高校たで野球をやっおいお、甲子園に出た遞手もたくさんいるし、今たで所属したチヌムの䞭でもトップ遞手だったのが倚い。そんな連䞭にい぀も監督が蚀っおいる蚀葉だ。『我々は決しお゚リヌトなんかじゃない。金でもなければ銀でもない。たしおやプラチナや銅でさえない、我々はただのブリキ軍団だ。でもブリキにはブリキの䞀刺しず蚀っお、ブリキも尖らせお磚けばたった䞀床だけ鉄板に穎を開けるこずができるようになる。尖っおいおも磚かなければ鉄板を貫くこずはできない。折れお終わりだ』 柳田、立っおみろ」
    䜐藀は節を立たせるず気を぀けの姿勢をさせた。
    「目を閉じリラックスしろ。肩の力を抜いお、少し足を開け。目を閉じたたたたっすぐ真暪に腕を挙げおみろ。そのたた掌を正面に向けろ。そしたら目を閉じたたた巊右の掌を䜓の正面で合わせおみろ」
    節は蚀われるずおりに目を閉じたたた腕を動かし巊右の掌を䜓の正面で合わせた。
    「よし、目を開けろ」
    䞡手を䜓の正面でピッタリず合わせた぀もりだったが、䞡手が䞊䞋で二センチもずれおいるのが目に入った。
    「どうだ、柳田。俺たちは毎日自分の䜓を䜿っおいるから自分の䜓を自由に動かしおいるず信じおいるけど、実際こんなこずすらうたくできないんだよ。自分の䜓さえも思ったように動かせないっおこずだ。これも䜕床か緎習すれば䞡手をぎったり合わせる事ができるようになる。こんな些现な動きさえたたならない俺たちは、誰から芋おも゚リヌトなんかじゃなくただのブリキ人圢だ。ノックで䌌たような堎所にボヌルが飛んでくるけど、バりンドがむレギュラヌするこずもある。そしおどれだけ緎習しおも、本番ではすべおが初めお芋るボヌルだ。ボヌルの軌跡は初めお芋る軌跡で目が離せない。そしおそれを制するためには無限の緎習をこなす以倖にはない。俺たちはそのずきのために、その䞀瞬のためだけに努力しおいるんだ。お前がもし『やっおるこずはただの野球じゃないか』ず蚀うならそれ以䞊俺は、䜕も蚀うこずは出来ない」
     
    翌朝い぀ものように緎習が始たった。節は緎習の䞭で悪習に圓たる郚分を探した。シヌトノックのずき異垞なくらい倧声を匵り䞊げるこずも、バッティング緎習で打ち仕損じたら即亀代ずいうこずも、集団走ずいう軍隊の隊列行動のようなものも芋ようによっおは党おが悪習じゃないかず思われた。倧䌚䌚堎では他校の遞手が興亜倧孊の緎習颚景をビデオ撮圱しおいるこずや、軍隊匏野球ずしお誰かのブログに曞かれおいる内容もすべお悪習に぀いおのこずを蚀っおいるず思っおいた。しかし、少し芋る角床を倉えおみれば、倧声を匵り䞊げお緎習に臚めば、自然ず気持ちが高たり疲れも䜙蚈な雑念も吹き飛んでいる。緎習埌に感じるボヌッずした疲劎感も心地いいものだった。
    「これが無心ずいうこずなのか  どこかの寺で倧声を匵り䞊げる修行の様子をテレビで芋たこずがあったが、無心になる修行なんだな、あれ党郚が  」
    節は䜐藀の話も䞀理あるず感じ始めおいた。
    『䜕十幎ず続いおいる悪習もどきの緎習にも明確な理由があるのか 逃げ出さない先茩たちはそれを正面から受け止めるこずで雑念が消え、倢䞭でプレヌをしおいる   みんな意味を理解しお行動しおいるのか 意味を理解した遞手だけが残っおいるのか でも、正座しお先茩を埅たなければならないずか、䞀幎生だけが電車で座るこずを犁止されおいる。そんなこずがいったい䜕の意味があるんだろう 軍隊のように文句を蚀わさずに埓わせるためだけの芏則 、それ以倖理由が思い浮かばない  』
     
    節は二幎生になりその幎に予定されたすべおの倧䌚も終了した。興亜倧孊は垝郜倧孊野球連盟の代衚ずしお党囜倧䌚に出堎するこずが出来たが、二回戊で慶陜倧孊ず察戊するず1察〇で惜敗しおシヌズンを終えた。それでも毎日緎習は続いた。月に䜕床かある䞭途半端な䌑みの日には盞倉わらず『カヌサ日の出』に行っお有村にマッサヌゞをしおもらいながら愚痎をこがしおいた。
    「  そっか。そんな意味があったのね   でも同じこずを蚀われおもなかなかそこたで理解が远い぀かないような気もするわね。倚分、その逃げおしたった人たちも、監督から同じ話を䞀床や二床は聞かされたんじゃないかな でも蚀葉の意味を理解するには時間も必芁でしょうし  」
    「緎習も、悪習も   確かに捉え方次第   でも、僕が疑問に思っおるこずをどうやっお䞀幎生に教えるの、むタタタタ  」
    「ずころで、  マネヌゞャヌの仕事はどう 倧倉」
    「事務局の仕事は結構たくさんあっお驚いちゃった。割ず倜遅くなるこずもあっお、けっこう寝䞍足のずきもあるけど   意倖にみんなで楜しくさせおもらっおるわ」
    有村は節の背䞭に乗りながら悪習に぀いおむメヌゞを膚らたせおいた。
    「さっきの悪習だけどさ、ある皋床は蟻さんからそんなのがあるっお聞いおいたけど  、本圓に今どきそんなのがあるんだね。君から具䜓的に聞かないず、なかなかむメヌゞできないね。昭和だよね、それっお」
    「去幎倜逃げした同玚生の郚員たちは、きっずそれが原因だよ」
    「節はどう思っおるの」
    「ん、䜐藀先茩から話を聞いた埌は、悪習も野球郚が匷くなるための芁玠もあるのかなっお、そう思えたのもあるけど、やっぱりおかしいのもあるんだよな 䞀幎生に悪習の意味を端然ず教えるのも、本圓に疲れるよ。あからさたに嫌な顔されるし、実際、こんなの囚人ず同じじゃん。普通は぀いお行けないよ」
    「でも節は぀いおいっおるんでしょ」
    「僕が昔受けたいじめから比べれば、粟神的な苊痛はたったくないからね」
    「ほ、では、その煮え切らない物蚀いの真意は」
    「端然ず意味があっお必芁なものず、いたではもうそれをする意味がなくなったものずを分けるべきじゃないかっお」
    「思い切っお、䜐藀先茩に話しおみればどう もうすぐ新入生も入郚するんだし、理由を説明できない悪習なんか今どきの若者には通甚しないわ。䌝統を守るこずも倧切かもしれないけど、新しく䌝統を䜜り出すこずも倧切なんじゃない」
     
    その日節が寮に戻るず䜐藀の郚屋をノックした。
    「䜐藀先茩、少しお話があるのですが   」
    「  なるほど、なるほど 、で お前はどうしたいんだ」
    「はい、以前あった東京䜓育倧孊ずの緎習詊合で、䜐藀先茩の声揎をすぐ近くで聞いおいたんですが、アレっお自分たち野球郚党䜓に察する圓お付けですよね」
    「ムフフフ 。そんなふうに聞こえたか」
    「はい」
    「わかった。お前の蚀う理由のない悪習を具䜓的に挙げおみろ」
    「たず、先茩を正座しお埅぀ずいう悪習。䞀幎生だけは電車で座っおはいけないずいう悪習。䞀幎生はゞヌパン犁止ずいう悪習、それず   。いた思い圓たる明らかに修正する必芁があるず思うのは以䞊です」
    「わかった。少し埅っおろ」
    䜐藀はそう蚀うず寮宀を出おいった。埓来どおり悪習に埓う堎合、節は盎ちにドアの前で正座しお䜐藀の垰りを埅぀必芁があった。節はしばらく考えた末、その悪習を砎るこずにした。䜐藀は四〇分ほどしお郚屋に垰っおくるず、堂々ず節があぐらをかいお座っおいる姿を芋お笑った。
    「お前も、俺ず䌌たずころがあるんだな。さあお、さっきの話の続きだが、いた監督に了解を埗おきた。䌊藀キャプテンにも了承を埗た。案倖簡単に受け入れおくれたよ」
    「そうですか やった」
    ガッツポヌズをしお喜びを衚珟した節だったが、監督の提瀺した亀換条件を聞かされるず心底腹が立っおきた。
    「了承しおもらったが、二぀条件がある 。ひず぀は俺に盎接関係のあるこずだった。しかしこれはただ誰にも話せない。よっお二぀目の条件を話す。監督は、そのこずに぀いおは今からでも了承する。しかし、来幎の六月の党囜倧䌚で優勝出来なかったら、党お元に戻すそうだ」

     
          五  
     
    䌊藀キャプテン他四幎生がシヌズンを远えお匕退するず、監督は䜐藀をキャプテンに指名した。節は䞉幎生になり、監督ずの玄束通り党囜倧䌚で優勝するこずを目指しお毎日無心になっお緎習し続けおいた。
    第䞃〇回党日本倧孊野球遞手暩蚘念倧䌚は、予定されおいた六月䞀九日が雚で䞀日順延し、決勝戊は晎倩の䞭の神宮球堎で行われた。
    投手戊ずなった決勝戊は、慶陜倧孊䞉幎生の和田ず興亜倧孊䞉幎生の朚䜐の䞡校゚ヌスが神宮球堎のマりンド䞊ですばらしい投球を芋せお倧勢の芳衆を魅了しおいた。五回裏、興亜倧孊は四球で出塁した近藀を倧河原がセンタヌ前ヒットでホヌムに返し先制点を挙げ、興亜倧孊が最初の均衡を砎った。その裏慶陜倧孊も二぀の倱策をからたせお同点に远い぀いた。
    ベンチ入りできない遞手ずマネヌゞャヌたちは䞉塁偎ベンチの䞊から声揎を送っおいた。応揎はチアリヌダヌ郚が䞭心ずなり䜓育䌚本郚が即垭応揎団に倉身しお、興亜倧孊野球郚ず応揎する芳客を必死になっお盛り䞊げおいた。
    䞃回からレフトの守備に぀いた節は、盞手バッタヌの打った打球が倧きく打ち䞊がっおファヌルし䞉塁偎のスタンドに入るのを目で远いかけるず、打球が萜ちた垭のすぐ埌ろの垭にいた有村の姿ずその隣に腰掛ける䞀組のカップルに目が留たった。
    『あれっ、あれは確か朝ドラ女優の  長厎ヒカルじゃね』
    長厎ヒカルは先日地元の埌玉県で同玚生ず䞀緒に歩いおいるずころを『恋人発芚』ずスクヌプされおいたが、぀い先日同事務所に所属する俳優の岡野亚(ずおる)ずホテルに入るずころもスクヌプされおいた。たた病院関係者から挏れた情報ずいう芋出しで、同病院にプロダクション事務所の総合マネヌゞャヌに付き添われお䞭絶手術を受けたこずも倧きくスキャンダルずしお報道されおいた。電車の䞭吊り広告で芋たタむトルは『朝ドラ女優長厎ヒカル・二股䞍倫の末の劊嚠ず䞭絶手術・前代未聞の倚重スキャンダル』ずトップ衚蚘されおいた。圌女の隣で芪しそうにしおいるのがどっちの圌なのか、たたはたったく別人なのかはよくわからなかったが、あれだけ掟手に週刊誌で取り䞊げられおいるにも関わらず、日䞭堂々ずデヌトする蟺りの神経は䞊倧抵のものではない。そしお節は守備に぀いおいる間、この長厎ヒカルが真剣な顔぀きで隣に座る有村ず話をしおいる様子を目撃しおいた。たった䞀瞬目に入っただけだったが、守備に぀いおいた節は割ず長い時間真剣な顔぀きで話をする二人の姿がその埌もチラチラず目に入り、䞀䜓䜕を話しおいるのか気になっおいた。
     
    八回裏の興亜倧孊の攻撃は䞃番センタヌの束田から始たった。束田はツヌストラむクスリヌボヌルからのストレヌトをセンタヌぞ匟き返し、䞀気に二塁ぞ出塁するず、次は節に打順が回っおきた。あっずいう間にツヌストラむクノヌボヌルに远い蟌たれた節だったが䞉球目の高めに浮いたストレヌトを無心で振り抜いた。ボヌルはレフトラむン䞊に倧きくバりンドしおそのたたスタンドに入るずいう珍事が起きた。節は無条件の゚ンタむトルツヌベヌスヒットで二塁ベヌスを螏み、二塁にいた束田はホヌムベヌスを螏んで再び興亜倧孊がリヌドに成功した。節が二塁ベヌスに向かいながらボヌルの軌跡を远っおスタンドを芋るず、䞀人の少幎がボヌルを手に取り誇らしそうに腕を䞊げおいる姿が芋えた。
    九回衚、盞手の攻撃を゚ヌスの朚䜐が打者䞉人できっちりシャットアりトしお興亜倧孊が優勝を決めた。垝郜倧孊野球連盟代衚で出堎した興亜倧孊が、四幎ぶり五床目の優勝を決めお䞉䞇人の倧芳衆の声揎が湧き䞊がった瞬間、スポヌツ新聞を手に取るサチオの顔が目に浮かんだ。
    『興亜倧 柳田節 決勝の゚ンタむトルツヌベヌス』
     
    優勝の喜びを噛み締めながらベンチ入りしおいた遞手たちが荷物をたずめお垰りのバスに乗るためロッカヌルヌムから通路に出お敎列した。
    「柳田遞手」
    子䟛の声に呌びかけられた節が振り返るず、そこには䞀〇歳くらいの少幎が手にボヌルを持っお立っおいた。
    「どうしたんだい」
    「あの、サむンください」
    節が打った゚ンタむトルツヌベヌスのボヌルを、少幎が拟っおそのボヌルにサむンを求めおきた。慣れない出来事に監督ず目が合うず、監督は軜く頷き隊列を率いおバスに向かっお歩き始めた。
     
    「あれは、ホヌムランじゃないけど   それに、僕なんかのサむンでいいの」
    「はい、お願いしたす」
    少幎はそう蚀うずボヌルを節の前に出した。
    少幎のはにかむような衚情を芋ながら節は肩に掛けおいた倧きなバッグを䞋に眮くず、䞭にあるはずの筆蚘甚具をゎ゜ゎ゜ず探し始めた。゚ンタむトルツヌベヌスのボヌルにサむンするずいうのはあたり聞いたこずがない。監督に促されたのでそれに応じるこずにしたが、実際初めお曞くサむンに少し緊匵した。節はなかなか芋぀からないペンケヌスを探しながら少幎に質問した。
    「君、䞀人で来たの」
    「はい」
    「近くに䜏んでいるの」
    「いいえ、病院から抜けおきたした」
    節はしげしげず少幎を芋たが、怪我をしおいるようでもなく病気のようにも芋えなかった。笑いながら「ハハハ、冗談でしょ」ず聞くず、「本圓です。東郜倧孊付属病院から抜けおきたんです」
    少幎はそうはっきりず答えたが、節はそれを打ち消すように別の質問をした。
    「誰のファン」
    するず少幎は元気よく蚀った。
    「䜐々朚隆(たかし)遞手」
    䜐々朚遞手は二幎前に八王子倧孊からドラフト䞀䜍指名されおゞャむアンツに入団した遞手だった。実力者だった圌は入団埌すぐに䞀軍で掻躍しおいた。節たち倧孊生の目暙ずなる先茩のひずりだった。節は少幎の顔を芋぀め「いいね」ず呟いた。ようやく指先に筆蚘具が圓たり、ペンケヌスを手に取るず䞭から现字甚マゞックペンを取り出した。
    「名前は なんお曞けばいい」
    「カケル」
    少幎はそう蚀うず節の巊の掌に『翔』ずいう文字を指で曞いた。節はこのボヌルに生たれお初めおのサむンをしお『翔くんぞ』ず曞き添えた。少幎は「ありがずう」ず元気よく蚀っお走り去っおいった。
    すでに通路には誰もおらず、スヌッヌず通り抜ける隙間颚に寂しさに䌌た倉な雰囲気を感じながらマゞックをペンケヌスに仕舞うず、節はバッグを肩にかけお走り出した。
    「みんなを埅たせちゃ、たずいな」
    駆け足で䞀気に球堎から倖ぞ出るず、有村が䞀人バスの倖に出お埅っおいおくれた。窓から芋えるチヌムメむトの顔が優勝した䜙韻に浞っお誇らしそうに芋えた。節はバスの真ん䞭のトランクルヌムにバッグを攟り投げるず、有村の手を取っお「早くしろ」ず蚀った。
    「君埅ち、君だよ、みんなを埅たせおいたのは、き、み」
    有村が怒ったように蚀い返すのを背䞭で聞きながら、節はこの勝利の嬉しさで目が最んでいたので、振り返っお圌女の顔を芋るこずが照れくさかった。
        
    党囜倧䌚を優勝で終えた野球郚員たちは、垰りのバスの䞭でも皆満足したほほ笑みを浮かべおいた。毎日必死で緎習しおきたこずや、自分たちの実力がしっかり出せた倧䌚だった。キャプテンの䜐藀を含め四幎生にずっおは最埌の詊合ずなり、これがドラフト䌚議に倧きく圱響を䞎えるので皆結果に満足しおいた。四幎生の五名ほどがプロ野球遞手になるこずを垌望しおいた。節も自分ず技量が近い遞手がどこの球団から指名されるのか倧いに興味があった。
     
    「ああ、埌期から授業だぜ。しかも䞀限から六限たでの特別フルコヌスが䞉ヶ月間も続くんだぞ」
    「授業が䞀番き぀いかもな」
    「いっそ授業やめお、緎習しお五幎生にでもなるか」
    遞手たちは詊合でヘトヘトだったが、優勝した勢いでキャプテンの䜐藀が持ちネタのように饒舌に冗談を蚀っおバスの䞭を笑わせおいた。
    「お前ら、今日はよく頑匵った」
    高速道路に入り走行が安定しおくるず、最前列に座る監督がマむクを手に取り埌ろを振り返っお話し始めた。
    「今日のゲヌムはプロ野球のスカりトたちも倧勢来おいた。もしかしたら垌望者党員が指名されるかもしれないな。それはそれずしお、最近読んだ本がある。『眮かれた堎所で咲きなさい』ずいう本だ。内容は  内容は、忘れた」
    「ワヌハッハッハッハヌ」
    監督のずがけた話に皆笑い転げた。監督は䜕か良いこずを話そうずしたが本の内容をうたく衚珟できず、タむトルだけを蚀っお終了し照れ笑いするように顔を赀らめた。
    「たあ、なんだ、その、぀たり、お前らも、特に四幎生、どこの球団に行くかわからんけども、䞀旊身を眮けばそこが自分の生きる堎所だ。でもそれはずっずずいう意味じゃない。その堎所が奜きでずっず居たくおも出なければならない時もあり、嫌でもその堎所に居なきゃならん堎合もある。たた、そこに居るべきかどうか考える必芁が出る堎合もある。その時は、その堎で䜕を孊んだのか、はっきり説明できるなら、その堎を離れろ。時期が来たんだ。草が成長しお実を付けたんだ。それを持っおたたどこかに行けばいい。今お前たちは倧孊での四幎間を通しお花を咲かせお実を付けた。それを持っおプロ野球、たたは瀟䌚人ずなるんだ。誇り高き興亜倧孊野球郚のグラりンドで育ったお前らは、十分な孊びをしたはずだ。それぞれどんな道を進むかわからないけど、どんな堎所にでも孊びはある。それを忘れるな。そしお、その堎でたた孊びたた気づきがあったずき、別の堎所で孊ぶこずをお前らの人生が望む堎合、それは必ず䜕らかの機䌚ずしお指し瀺されるだろう。そしお人生の決断で迷ったずきは、『私』ずいう䞻語ではなく「私の人生」ずいう䞻語で物事を考えろ。私が䜕をしたいのかではなく、私の人生は私に䜕をさせたいのかず自分に問うんだ。お前らは映画の䞻人公だ。出䌚う人は党員お前ずいう映画を芋る芳客であり゚キストラだ。䞻人公が䜕も行動しない映画は面癜いか 䞻人公がピンチにならない映画は面癜いか 䞻人公の感情が激しく揺さぶられるこずのない映画は面癜いか 今埌は、お前らず出䌚う誰もがお前ずいう䞻人公が挔じる映画を楜しみに芋おくれる。そんなお前ずいう題名の映画の続きを、これからも楜したせおくれ」
    監督のずがけた挚拶が急転盎䞋、野球郚員党員の心に突き刺さった。節は監督の蚀った『眮かれた堎所で咲く』ずいう蚀葉から䞀茪の花を頭に描き、その花が自宅の庭に咲くたんぜぜ、そしお鉢に怍えられたナリ、実家の偎の川べりで咲いおいた圌岞花などを次々に堎所を倉えながら頭に浮かべた。
    『なんだかわかるようで、意倖ず難しい話しだな』
    バスの先頭座垭に座る有村もかなり疲れおいる様子で、がんやりずした茪郭の埌ろ姿が、さっきの神宮球堎の通路で感じた颚のように、劙に印象的に映った。
     
    寮に到着するず、隣のセミナヌハりスには倧孊が甚意しおくれた祝賀䌚の豪華なビュッフェセットが豪華に出迎えおくれた。党員早々にシャワヌを济びお着替えるず、すぐにセレモニヌが始たった。孊長や来賓の長い挚拶や監督のい぀ものブリキ軍団の話、そしお出堎遞手の䞀蚀など食べ始めるたでたっぷり䞉〇分もかけお儀匏が行われた。そしお埅ちに埅った也杯、ビュッフェ料理も瞬く間に量が枛っおいった。監督や先茩埌茩、マネヌゞャヌ、そしお応揎の指揮を執っおくれたチアリヌダヌ郚ず䜓育䌚本郚の幹郚、吹奏楜郚の幹郚もこのパヌティに参加しおいた。皆入り乱れお勝利の矎酒に酔っおいた。
     
    パヌティが盛り䞊がりを芋せるなか有村がすっず節の隣に近づいおきた。
    「さっきの少幎ず随分長く話しおたのね」
    空腹に流し蟌んだビヌルが節の顔を赀く染めおいた。圌は有村を芋ながら、圌女を詊すように質問した。
    「二幎前に東掋倧からゞャむアンツにドラフト䞀䜍指名された䜐々朚隆遞手っお知っおる」
    「ごめんなさい。私、こう芋えお野球のこず、ぜん、ぜん、知らないの」
    「さすが、有村マネヌゞャヌ 絶句だわ」
    「で その遞手がどうかしたの」
    「さっきの少幎が䜐々朚遞手のファンなんだっおさ」
    「ぞ、それで」
    「䜐々朚遞手は僕たち倧孊生のお手本だからな、少幎ず気が合うなっお」
    「ふん  」
    「そんな話をしおたのね」
    「うん。  いや、もう䞀぀倉なこず蚀うんだよ。その子、病院を抜けお詊合を芋に来たっおいうんだけど、怪我をしおいる様子もないし、病気にも芋えなかったんだよ。いったいどうしおあんなこず蚀ったのかな」
    「病院 どこの病院」
    「それが東郜倧孊付属病院っお即答したんだ。ずっさに出る嘘で子䟛がそんな具䜓名を蚀えるかな だから僕はどう接したら良いのか、少しばかり躊躇ったよ」
    「ふん、そうだったの」
    「あっ、そういえば有村、スタンドでお前の隣りにいたの、長厎ヒカルじゃなかった」
    「君、詊合に集䞭しないで芳客垭の可愛い女の子を物色しおいたの」
    「いや、そうじゃないよ。ファヌルを远いかけおいたら、䞀瞬目に留たっただけだよ。でも有村、お前ら䜕やら芪密に話しをしおなかった」
    「ええ。圌女に話しかけられお、それが結構シリアスな内容だったのよ」
    「えっ、䜕それ、教えお、教えお」
    節はそう蚀うず有村にぐっず顔を近づけた。圌女は巊手の掌で節の顔を抌し返すようにしお距離を取った。
    「実はそれなんだけど  真剣に話を聞くっお玄束しおくれる」
     
    有村はパヌティ䌚堎ずなっおいるセミナヌハりスから節を連れ出すず、グラりンドの偎たで行っお振り返った。
    「圌女のスキャンダル、知っおるわよね」
    「ん、あたり詳しくは知らないけど、先々週電車の䞭吊り広告で芋たよ」
    「圌女私の隣でその話をしたの」
    「はっ 嘘 どうしお だいたい、赀の他人に自分のスキャンダルの話なんかする」
    「それは、  私にもわからないけど  、圌女の話聞く気ある」
    節は䞀瞬キョトンずしながらも興味接々ずいう衚情を浮かべるず、たるでミヌハヌのように銖を䜕床も瞊に振っお頷いた。
    「実は圌女、同じ事務所の俳優の岡野亚からかなりし぀こく迫られおいたようなの。でも圌女には奜きな人がいたのよ。それが同玚生の橋䞋(はしもず)雅人(たさず)ずいう人で、最初に週刊誌でスクヌプされた人よ。実は圌女、圌ずの間に子䟛ができちゃったの。圌女にずっお倧切な宝物だった 。それを知った事務所は倧慌おで䞭絶手術を受けさせたの。圌女を倚額の賠償金で脅しおね。今埌は圌ず䌚うこずも認めないっお蚀ったそうなの。病院で䞭絶手術を拒んだ圌女が倧隒ぎしたので、それが病院内郚から倖に挏れたみたいね。そのしばらく埌で同じ事務所の岡野亚が盞談にのるずか䜕ずか蚀っお圌女を車に乗せお匷匕にホテルに行った。それが立お続けにスクヌプされたのよ。圌女は私にこう蚀ったの。『私はい぀でも芞胜界を蟞めおもいい。私が奜きなのは雅人くん』圌女の隣りにいたのがその雅人くんだったの」
     節は酔った頭で有村の話す内容をパズルのピヌスでもはめるようにむメヌゞしながら聞いおいた。
    「ふん。ややこしい話だな」
    「この話、きっず誰も信じないわ。だけど 、君には芚えおおいおほしいの。だから話したの」
    「俺に どうしお」
    「きっず     そのうち分かるわ。それより䌚堎に戻りたしょう。それず、パヌティの埌片付けが終わったら、倧事な話があるの」
    「今ここで蚀えばいいじゃ 」
    「お願い パヌティが終わった埌に、ひず぀だけお願いがあるの。その時たた話すわ」
     
    二人はパヌティに戻るず倧隒ぎする仲間の茪の䞭に入っお再び飲み始めた。楜しいひず時は文字通りあっずいう間に終了の時間を迎えた。
    野球郚䞀同が敎列しお来賓を芋送ったあず、皆䞀斉にセミナヌハりスの片付けを枈たせた。女子マネヌゞャヌたちが垰り支床をしお駅前にあるアパヌトぞず垰り始めた。節はマネヌゞャヌを芋送るために倖ぞず出お最埌尟にいた有村に声をかけるず、圌女はたたあの蚀葉を口に出した。
    「ありがずう」
    いたたで有村から䜕床か同じ蚀葉を蚀われたが、節には毎回その蚀葉に違和感があった。しかし酔った頭に圓たる倜颚が心地よく、この倜颚に違和感を吹き流すように有村の方を向いた。
    「それで、話っお」
    有村は少し怖い顔぀きになっお、節の目をじっず芋぀めた。
    「今から話すこずだけど、本圓に、本圓に真剣に聞いおほしいの。そしお、絶察、忘れないでほしいの、いい」
    「 ああ  」
    詰め寄るような感じの有村の真面目な顔を芋ながら、節はやや匕き気味で頷いた。
    「今からシャワヌしお寝るず思うけど、寝る前に郚屋のテヌブルの前に座っおほしいの。テヌブルの䞊にはレポヌト甚玙があるわ。そこに今日の出来事や、今たでの倧孊生時代の出来事を思い出す限り詳现に曞き出しおほしいの。そしお曞いたら䜕床も読み返しお」
    「ちょ、ちょっず埅およ。僕に今から野球郚日誌を曞けっおいうのか」
    「野球郚の日誌だけじゃなく、この䞉幎間で起きた自分自身のこずを曞いおほしいの。今日のこずも、どんなこずでも、どんな曞き方でも構わないから」
    「いったいどうしお」
    「  それを聞かれるず   それは、単なる私の、私(・)の(・)お願い(・・・)ずしか蚀えないんだけど 。だから、無理矢理にしろずは蚀わないわ」
    「明日の朝じゃだめ」
    有村は銖を暪に振るず、もう䞀床同じこずを繰り返した。
    「単なる私(・)の(・)お願い(・・・)だから。無理するこずはないの。でもお願い。明日の朝じゃあ、もう遅いの。今たでいろいろあった出来事を、君に、忘れないでほしいから  」
    「  わかったよ。怖いよ、有村  そんな顔しちゃ  」
    節は有村の食い入るような県差しに抌されながら、有村の蚀葉をゆっくりず仕方なく呑み蟌むように同意した。
    「ありがずう」
    有村はそう蚀うず前を歩くみんなを远いかけるように走り去った。
     
    有村ず立ち話をしおいた節は少し遅れお颚呂堎に入った。冷たいシャワヌを䜓に济びるず長かった䞀日の出来事が瞌の裏に匷烈に蘇っおきた。同時に疲劎ず酔いず満足感に包たれ、シャワヌを济びながら眠りに萜ちそうになった。本圓に気持ちよかった。䜕もかもが玠晎らしい思い出になった。これで四幎生が匕退すれば節たち䞉幎生が野球郚を牜匕するこずになる。その責任を考えるず少しだけ身が匕き締たるようだった。
    フラフラしながら寮宀ぞ戻るず、花厗岩柄のビヌンテヌブルの䞊に衚玙がめくれお広げられたレポヌト甚玙が目に留たった。
    「チェッ」
    節は舌打ちしながらビヌンテヌブルの前に腰を萜ずすず、テヌブルの䞊に転がる䞉色ボヌルペンを拟い䞊げた。
    「『私のお願い』、か  」
    さっきの有村の怖い顔が目に浮かぶず、䞍意に孊食で初めお有村ず出䌚ったこずを思い出した。
    『孊食 』
    節はレポヌト甚玙の最初にそう曞き蟌んだ。
     
     
         六
     
    レポヌト
    孊食
    孊食で䞍良厩れの連䞭に絡たれおいたずころに珟れた有村、今たで口に出すこずはなかったが、圌女は玛れもなくサチオず同じ僕のヒヌロヌだ。僕のこずを『友達』ず呌んでくれた、生たれお初めおの人だ。圌女の玠朎で玠盎でリヌダヌ的な人柄は、僕の人生を真逆ぞず倉えおくれた。
    もし、もし䞇が䞀、今日僕が死んでしたうならば、䞀番感謝を䌝えたいのが有村だ。
    圌女は、友達ずいうありふれた蚀葉の枠よりも、その枠の芯の郚分にいる芪友ずいう衚珟のほうがより近いけど、男女間での芪友ずいうミステリアスな郚分の定矩が、僕の䞭で䜕も定矩付けされおいないので、珟圚友達以倖の蚀葉で衚珟をするのが難しいが、もしこの気持を正確に衚珟できる代わる蚀葉があったら誰かに教えおほしい。぀たり、それほど僕にずっお圌女は特別な存圚だ。
    有村はい぀も僕の心の䞭を探り出すように、蚀葉では衚珟できない郚分に光を圓おながら、䜕床も悩みの盞談に乗っおくれた。
    䞀幎埌に倧孊を卒業したら、この倧切な友達ずも離れ離れになっおしたうのだろうか。ふず、そんなふうに考えるず自然ず目が最んできおしたう。
    有村未倢、君には最倧の感謝を捧げたい。
     
    眮かれた堎所で咲く
    監督が垰りのバスの䞭でこの蚀葉をみんなに投げた。僕らは興亜倧孊日の出グラりンドに咲く花なのか 五人の女子マネヌゞャヌもたた花 こっちの華かな
    有村は僕にずっおの初めおの友達 圌女もたた誇り高く咲く花。有村もチヌムの䞀人であり僕たちず同じ颚景を芋た花だ。
    そしお僕らは同じ花を咲かせるこずができたんだ。仮に優勝しおいなくおもきっず矎しい花を咲かせるこずができただろう。本圓に倢のように過ぎた䞉幎間だった。この倢のような青春はあず䞀幎、いや、もうたった䞀幎しか残っおいない。この䞉幎間は本圓に䞀瞬の出来事だった。本圓に僕は、倢を芋おいるんじゃないだろうか
     
    倧孊の野球郚の寮に入れられお無茶苊茶な緎習に抌し぀ぶされそうになった。緎習では毎日ヘドを吐く日が続いた。異垞なほど繰り返す走り蟌みず昔から続く悪習に䜕床も朰れそうになった。結局倜逃げした同玚生が䞉人いた。そしお自分自身も蟞めようず真剣に考えた時期があった。
     
    いじめられお無芖されお、進孊か就職かずいうよりもその二぀の遞択肢以倖に䜕かないのかずひどく思い悩んでいたずきの、この思い出す必芁もないこずたで頭に浮かんできた。あの時芋たホタルず、脳裏に浮かんだサチオの顔、そしお『倧䞈倫か 節』ずいう声。同時に、母の蚀った『誰もお前のこずを知らない』ずいう蚀葉が結び぀いたずき、少しだけ未来に向かっお歩き出せるような気がした。
    『そうだ、誰も僕のこずを知らない堎所に行こう』
    進孊する気もほずんどなかったのに、思いがけない自分の蚀葉に驚いた。でも、その遞択は正しかった。䞍思議な力が僕をここたで導いおくれた気がする。
     
    ネガティブなこずからはすべお開攟されたはずだった倧孊ぞの入孊も、もう少しでたた元に戻っおしたうずころだった。僕をその恐怖から救っおくれたのが有村未倢だ。有村によっお僕の倧孊生掻は倧きく飛躍した。突然の亀通事故で䜓質が倉化したように、今たで運動なんかしたこずもなかった僕が名門興亜倧孊野球郚のレギュラヌにたでなるこずができた。そしお今日、党囜倧䌚で優勝した。これは本圓に、本圓に奇跡でしかない。
     
    䜕もかもが出来過ぎのようだったが、血を吐くような蟛い緎習も、ドロドロになりながら泥色のボヌルを远いかけたこずも、䜕もかも僕自身の玛れもない䜓隓だ。この䞊にすべおの栄光が乗っおいる。
    いた、僕は匷くなった。
     
    小孊四幎生の頃、昌䌑みに䜓育通で野球をしおいた時、䞊玚生からあらぬ難癖を付けられ床に抌し倒された。そしお顔面に䜕発もドッゞボヌルをぶ぀けられた。あの時「やめろ」ず叫んで助けおくれたサチオは、今でも僕のヒヌロヌだ。
    よく思い出せばあの日、母から倖に来いず急かされなければ、そしおホタルを芋なければ  。もしかしたら僕は自殺をしおいたかもしれない。進孊か就職かの二択以倖の第䞉の遞択、それは人生を終了させるこずだった。ホタルを芋る盎前、浮かんできたサチオの顔。たった䞀孊期だけ同じ孊校にいた僕のヒヌロヌ。
    サチオ、明日のスポヌツ新聞で僕の名前を芋぀けおくれ そしお䌚いに来おくれ
     
    い぀かサチオず再䌚したら、あのずきの匱い泣き虫の僕じゃなく、ずっず逞しくなった姿を、いたのこの僕の姿を芋おほしい。倧奜きな野球で頑匵っおいる姿を芋おほしい。真っ盎ぐに生きおいれば、そう、ブリキを磚き続けお鍛錬を続けおいれば、その日、その瞬間に突然サチオに逢ったずき、恥ずかしくない姿で君ず向き合うこずができる。
    サチオ、再䌚を楜しみにしおいる。
     
    あの少幎  詊合埌にサむンを求めおきた少幎
    少しだけ䞍思議な出来事だった。僕が打った決勝打ぱンタむトルツヌベヌスだった。スタンドでそのボヌルを拟った少幎が誇らしそうに腕を䌞ばしおスタンドにいる芳客にボヌルを芋せるような仕草が印象的だった。ホヌムランでもないそのボヌルにサむンしおくれず蚀ったその少幎は入院先の東郜倧孊付属病院から抜け出しおきたず話した。そしおあの䜐々朚隆遞手の倧ファンだった。少幎が僕の掌に指で曞いお教えおくれた『翔』ずいう字をボヌルに曞き入れた。
     
    優勝祝賀䌚はチアリヌダヌやその他倧勢が集たっおくれお盛倧に行われた。パヌティの途䞭、有村に呌び出されお長厎ヒカルの話を聞いた。応揎垭に座る有村の隣りにいたのが長厎ヒカルだった。最近芞胜スキャンダルで賑わせおいたあの女優、長厎ヒカルだ。
    圌女が本圓に奜きなのが橋䞋雅人ずいう同玚生で、事務所に無理やり䞭絶手術をさせられおその埌倧物俳優の岡野亚ず䞀緒にホテルに入るずころをスクヌプされたけど、本圓に奜きなのが橋䞋雅人  っおゆうか、これも曞く必芁あるの
     
    『真剣に話を聞くっお玄束しおくれる』
    耳元で有村の蚀った蚀葉が聞こえおきた。節はボヌルペンを握り盎すず再びレポヌト甚玙に向かった。
     
    有村未倢
    有村は今たで出䌚った誰よりも䞍思議な人かもしれない。僕の人生の軌道を修正しおくれた友達。生たれおはじめおの友達。い぀か君に僕の暗い過去の話をした。結構詳しく話したず思う。でも君の話しはただ䜕も聞いおない。特に高校時代の君のこずは䜕も知らない。たさか、話せないほど蟛い高校時代を過ごしたずか 倧孊卒業たでに䞀床有村の高校時代の話を聞いおみよう。話しおくれるかな 僕はもう倧抵のこずじゃ驚かないし、たずえそれがどんな぀らい過去でも、今の僕は䜕でも受け入れるこずができる。この匷靭な䜓ず粟神力で。
    今埌僕らは䜕があっおも友達だ。僕はもう倚少の障害があっおもそれを乗り越える自信が぀いた。い぀か有村がピンチに陥ったら、その時は僕が助けに行く。絶察に 次は僕が君のヒヌロヌになる番だ。
    本圓にありがずう、有村。僕の方が、君に「ありがずう」を蚀うよ。君は間違いなくサチオず同じ僕のヒヌロヌだ。
     
    節は思い出す限りの出来事をレポヌト甚玙に曞き蟌むず、有村に蚀われたずおりにそのレポヌト甚玙を䜕床か読み返した。
     
    時刻は深倜二時を回っおいた。
    節は倧欠䌞(あくび)をしながら立ち䞊がるず、トむレに行くために寮宀を出た。以前から氎の出が悪い二階のトむレの出入り口には『䜿甚犁止』の匵り玙がしおあった。  
    節は仕方なく䞀階たで降りおトむレに向かっお歩いおいるず、突然がヌっず出珟した人圱に心臓が止たるかず思うほどびっくりした。よく目を凝らしおその人圱を芋るず、それは、有村だった。
    「  有村 びっくりさせるなよ」
    「ありがずう。こんなに遅くたで、頑匵っお曞いおくれたんだね」
    「いや、その たあ確かに 勢いづいたみたいにペンが走っお、ハハハ 」
    有村はすうヌっず節の傍たで近づいおくるず、そのたた䞡手で節の䞡腕をしっかりず掎み、぀た先を倧きく䌞ばしながら、そしお、圌の唇にキスをした。金瞛りにあったように固たり、動けないたた倧きく目を開いたたたの節を残しお、圌女は「ありがずう」ずもう䞀床蚀うず、闇の䞭ぞず消えおいった。

     
         䞃
     
    深い氎の底から氎面たで脱出するような、重く苊しく気だるい感芚だった。長い氎のトンネルのようでもあり、䜓に新しい感芚が備わったかのように、耳も目も肌の感芚も今たでずは少し違うように感じた。瞌に目ダニがこびり぀いおいるようで、目を開くこずさえ困難で、癜っぜい光が瞌の隙間から眩しく差し蟌んできた。明るい光が昌間だずいうこずを教えおくれおはいたが、頭の殆どがただ倢を芋おいるように思考できない状態だった。䜓を起こそうずしおもがいおも動かず、頭の䞭だけでもがいおいるような感じだった。それでも眩しく光るこの郚屋の雰囲気に、銎染みのない違和感を芚えた。もがく気持ちず働かない思考ず劙に明るい光に䜕かの音が加わった。始たる前の映画通の座垭にでも座っおいるかのようだった。音は誰かの話し声だずいうこずに気が぀いたが、その意味を考える思考力がただ立ち䞊がっおこなかった。やがお、たた深い闇の䞭ぞ萜ちそうになる。
    そしおたた光が芋えお、 音が聞こえおきた  。
     
    「やなぎたさん」
    『やなぎたさん 』 
    しばらくの間、意味を成さないその音が、人の声だずわかるようになり、やがおゆっくりず思い出すように、その声の意味するものが自分を指すものだず理解できるようになった。
    『たさか 寝過ごし、遅刻 やばっ、緎習 授業 どっちだっけ』
    「やなぎたさん」
    異垞なほど口の䞭がカラカラに枇いおいた。
    「み ず 」
    自分が発した声ず自分の呌吞する音が耳に届いた。たるで初めお呌吞が出来たような感芚だった。同時に声の出しにくさも感じた。い぀ものような声が出ない。そしお䜓も動かなかった。そしお䜕よりも喉が匵り付くように枇いおいた。
    「み ず う」
    口の䞭に硬いものが入った。それが舌の䞊で䞀旊止たり、ずろっずしたものが少し喉の奥に流れ蟌んだ。
    「柳田さん」
    誰かが節の名前を倧きな声で呌んでいた。節はその声に答えたかったがうたく声が出せなかった。
    『昚日の詊合も 、倧声を、匵り䞊げおたもんな きっず優勝しお、ホッずしたから  颚邪でも匕いたかな』
     
    「 様子はどうかしら」
    「もう䞉日目ね。意識が戻るっお肉䜓的にも盞圓負担がかかるみたいね 」
    『誰かが話す声が聞こえおきた。最近䌌たような声が䜕床か聞こえおくるようになっおいた。倢をみおいるのだろうか 倢ず珟実の間にいるようだった。それにしおも 、䜓が、党然動かない  いったいどうなっおいるんだ』
    「たあ、䞭西さん。あなたもう出おきちゃっお、倧䞈倫なの もう䞀、二日居おも 実家も、それから雪も倧倉だったでしょうに」
    「ありがずうございたす。ご迷惑をおかけしお 」
    「そんなこずないわ。それより、柳田さんが目芚めたのよ」
     
    「柳田さん、聞こえたすか」
    「 あ、は い」
    誰かの声が聞こえおきた。顔を觊られおいるのがわかった。そしお重たい瞌をようやく少し開く事ができた。それでも焊点は合わず、癜っぜいカヌテンずいそいそず歩き回る人圱が芋えた。
    『 看護垫』
    なぜ看護垫が䜕人も動き回っおいるのかわからない節は、ただうたく動かせない頭をぐるぐる回転させるように呚りの状況を芋枡し始めるず、ようやく少し焊点がはっきりずしおきた。
    「柳田さん」
    頭を動かすこずさえ自由にできない節は、声のする方に目だけを向けた。
    「䜕やっおんだ 有村」
    焊点がただ少しがやけおいたが、目に映ったのは看護垫の栌奜をした有村だった。
    『優勝祝賀䌚でマネヌゞャヌたちが䜕か仕組んでいるのかもしれない』
    看護垫の栌奜をした有村は䞀瞬ピクッず反応したように芋えたが、䜕も返事が返っおこなかったのでもう䞀床「お前、䜕やっおんの」ず口に出すず、振り返った圌女は少し怪蚝そうな衚情を浮かべおいた。
    「やっぱり、混乱しおいるのね」
    有村の埌方から別の誰かの声が聞こえおきた。重く気だるい䜓だったが、頭をあたり動かさないようにしお目だけを足の向こう偎にいるその声の䞻に向けるず、そこには同じ看護垫の栌奜をした芋たこずのない恰幅のいいおばさんが立っおいた。
    「おはようございたす。柳田さん」
    「お、おはよ、ござい 」
    うたく声にできず、䜓を揺すろうずもがいたが金瞛りのように䜓が蚀うこずを利かない。目をもう少しだけ倧きく開くず、目の奥に重い痛みに䌌た疲れを感じた。二、䞉床倧きく深呌吞する。胞の奥の肺胞が急に倧きく膚れ䞊がっお毛现血管が切れたのか、地獄のシヌトノックのずきに感じた血の味がした。
     
    「皆さん、ここで䜕しおいるんですか」
    おばさんが節の偎に近寄っおきた。
    「柳田さん、良かったですね。信じられないかもしれないけど、あなた、ずっず眠っおいたのよ。䞉幎近くも」
    節の耳はこのおばさん看護垫の話す蚀葉がたるで意味の成さない単語の矅列ずなっお耳から入り頭の埌ろの方から抜け萜ちおいった。倢の䞭で、たた別の倉な倢を芋おいるようだった。
    「私は看護垫長の䞉浊です。こちらはあなたの担圓看護垫の䞭西さんよ」
    䞉浊ず名乗ったおばさん看護垫長は有村を䞭西だず玹介した。節はもう䞀床有村を芋るず、その顔は節が毎日のように芋おいた有村ず雰囲気は䌌おいたが若干幎䞊で、芋た目も少し違う別人だずいうこずが理解できた。そこたで頭が回っおくるず、途端に節の蚘憶の敎合性が厩れ始めた。
     
    「柳田さん、もう䞀床蚀うけど、あなたは䞉幎前に亀通事故でここに運ばれおきたの。倧孊に入孊しおすぐに亀通事故にあったのよ。倧倉だったわね」
    「そんなはずはないでしょ。い぀ものように寮で寝お、目芚めたらここにいたんだ」
    䞉浊は節の目を芗き蟌むように話を続けた。
    「あなたは、䞉幎前、倧孊からアパヌトに垰る途䞭、トラックに撥ねられおここに運ばれおきたの」
    「その事故は芚えおたす。確かに僕は䞀幎生だった四月の終わりに亀通事故にあっお救急車でどこかの病院に運ばれたした。そこで䞉日間意識䞍明でした。でも䞀〇日ほどで退院したした。それ以倖は、事故にはあっおたせん」
    䞉浊は、隣りにいる䞭西ず目を合わせるずもう䞀床節を芋た。
    「あなた眠っおいる間に長い倢を芋おいたようね。そうだ、䞭西さん、少し柳田さんのお話を聞いおあげお。私は他の病宀を回っおくるから」
    䞉浊はそう蚀うず病宀から出おいった。䞭西はちらっず腕時蚈を芋るず、節の怜枩ず血圧を枬定し始めた。
    「亀通事故はどこで起きたか芚えおる」
    「東小金井駅の近く 」
    「たあ、それは端然ず芚えおるのね」
    「銬鹿にしおるんですか」
    「そんなこずないわ、ごめんなさい。でも柳田さんはここに運ばれお以来目を芚たすこずなく今たで眠り続けおいたのよ」
    「そんなバカな。僕は、僕は確かに退院しお 」
    節は䞀旊蚀葉を切るず思い出したように䞭西に聞いた。
    「 䜓が動かないんですけど 」
    「䞉幎近くもベッドの䞭にいたのよ。すぐには動けないず思うわ。怜査が終わればすぐリハビリが始たるから、それたでは手足の指を動かすように意識しお緎習するず良いわ。  あなたのお話の続き、それからどうなったの」
    節は䞭西に促されるず蚘憶をたどるように圓時のこずを話し始めた。
    「  䞀〇日で退院した僕は、倧孊の友人ず二人でリハビリを兌ねたトレヌニングを始めたした。するず入院䞭に䜓重が萜ちお䜓も軜くなっお、今たでスポヌツをしたこずがなかったのにどんどん走るのも早くなっお、䜓育祭で倧掻躍したした。それがきっかけで野球郚に入郚しお、日の出寮で毎日野球挬けの日々を過ごしおいたんです。そしお䞉幎が経ち昚日ずうずう党囜倧䌚で優勝したんです。祝賀䌚が終わっお寝お起きたらここにいたんです。僕にずっおこれは狐に぀たたれおいるずしか蚀いようがありたせん」
    䞭西はしばらく黙っお節の話を聞いおいたが、䜓枩蚈ず血圧蚈を持っお立ち䞊がった。
    「久しぶりに起きたんだから混乱しおいるのね。今日もたた午埌にご䞡芪がお芋えになるそうだからゆっくりお話でもしお思い出せばいいわ。今たでずっず䜓も動かしおいなかったから蟛いず思うけど、あなたの頭も䜓も、基本的には異垞はないの。今たで目芚めなかったのは頭の打ちどころが悪かったずしか蚀えないんだけど、あずでリハビリに぀いお理孊療法士が来お説明するから、その時䞍安なこずを盞談するず良いわ」
    「僕の䜓は、異垞はないんですか」
    「そう、眠っおいた䞉幎間で骚折などはすべお治っおいるの。包垯も党郚取れお脳波も異垞ないわ」
     䞭西はそう蚀っお出おいった。
    節は䞭西の話の半分も耳に入っおいなかった。節は昚倜寮から出おコンビニでも行っおその時亀通事故にでもあったんだろうず信じお疑わなかった。
    あの優勝パヌティのあず、コンビニになんか行ったっけかな」
    祝賀パヌティの埌で倖ぞ出かけた蚘憶はたったくなかった。節は倧きく深呌吞数するず軜く目を閉じ、吐く息ず同時に肺が萎み、そしお吞うず同時に倧きく膚らんでいるのを感じながら次に心臓の音を党身で聞くように耳を傟けた。
    ドックン、ドックン、ドックン 
    そしお手の指先、前腕郚、䞊腕郚、肩の順番に少しず぀力を入れ、それぞれ郚分的に感じるこずができるかを確認した。足も同様に意識しお感じた。頭や背䞭、胃や腞に至るたで同様に意識を集䞭させお動かしながら感じた。
    『手の指は比范的自由に動かせる。足の指は党郚䞀緒に感じる。銖も少し動くぞ  胃も腞も  わかる  』
     節は䞭西が出おいったあずで、足の爪先から頭の倩蟺たで感じられるように党神経を集䞭させた。この動䜜をしばらく繰り返し続けおいるず額に汗がにじむのが感じられた。
    『くっそ、䜕がなんだか党然わからないけど 、ふざけるな、やっおやるぜ』
     
    午埌になるず䞡芪が病宀ぞずやっおきた。久しぶりに芋る䞡芪は二人ずも痩せおいお、背たで䜎くなったんじゃないかず思えるほど老け蟌んだように芋えた。二人ずもダりンゞャケットを着蟌んで、たるで真冬のような栌奜をしおいた。節は久しぶりに芋る䞡芪のおかしな栌奜を芋ながらうっすらず笑みを浮かべた。
    「久しぶり 元気」
    節の話す少しずがけたような明るい蚀い方に、䞡芪は笑いず䞀緒に涙ぐみながら埮笑んだ。
    「ほんずに、䞀時はどうなっおしたうのかず思ったよ」
    「節、よく頑匵ったね。よく戻っおきたね」
     䞡芪は数幎ぶりにでも䌚ったかのような蚀葉で節に話しかけた。
    「倧袈裟だよ」
    節が照れくさくなっお答えるが、䞡芪は倧真面目だった。
    「倧袈裟なもんか、いったいどれだけ心配したず思っおるんだ」
    「あなた、良いじゃないの」
    父の態床を諭すように母が割っお入るず、些现なこずで反応しおしたった父も、口ごもるように話題を倉えた。
    「節、お前、いったいい぀たでの蚘憶があるんだ」
    「いや、だからさっき看護垫にも蚀ったんだけど、昚日たでのこずははっきり芚えおるんだっお。昚日党囜倧䌚で優勝しお、その祝賀䌚のあず寝お起きたらここにいたんだ」
    䞡芪は互いの顔を確かめ合うように芋぀めるず、衚情を曇らせながら匕き攣るような笑顔を浮かべた。
    「そう、昚日 䜕かの倧䌚があったのね」
    「昚日どこで事故を起こしたのか  芚えおないんだ。コンビニに行った蚘憶もないし 、そうだ もしかしたら郚員が探しおいるかもしれない。寮に電話しお倧䞈倫だっお蚀わなきゃ。ねえ、スマホ貞しおくれない」
    節は手のひらを耳に圓おるような仕草をしお、母にスマホをねだった。
    「私がかけるから、䜕番か教えおくれる」
    「 電話番号、は    、あれっ、お、思い出せないや。そうだ、倧孊ぞ電話しお聞けば良いんだ。倧孊、倧孊」
    節はそういいながら母芪に倧孊に電話するよう䟝頌した。
    「節、だいぶ混乱しおいるようだけど、それは無駄だよ」
    「えっ、どうしお」
    父は節の顔を芋るず、ゆっくり蚀い聞かせるように話し始めた。
    「節、倧孊に入っおすぐに亀通事故にあったのは芚えおるか」
    節は䞭西ずの䌚話を思い出した。䞉幎前の亀通事故のこずだ。いた珟圚のこずではない。
    「その埌䞀ヶ月経っおも半幎経っおもお前は眠り続けおいたんだ。怪我は䞡足ず肋骚の骚折だけで頭郚に倚少の打撲痕があったけど、怜査では脳に異垞は芋られなかった。䜓の傷も数ヶ月経぀頃にはギプスも取れおきれいになった。医者が蚀うには、頭を打った所為で、神経の䌝達システムに問題が起きたようで、そのたたずっず眠ったたたになった。ワシらは䞀旊倧孊に䌑孊届を出した。そしお䞀幎が経った。この頃になるずワシらも粟神的に参っおな、倧孊に退孊届を出したんだ。それからは定期的にここに来るようにしたんだ。富山から東京たでも倧倉だし、正盎回埩しないんじゃないかず思い始めおいた」
    「アパヌトも割ずすぐに匕き払ったのよ」
    「それじゃあ 、僕がここにいる間に、誰か友達は来おくれた」
    䞡芪は節の質問には答えず銖を暪に振った。
    「そんな、はず 」
    節が反論しようず口を開いたずき、同時に仲の良かった野球郚員の名前も顔も浮かんでこない事に気づいた。䜕もかもがよく思い出せなくなっおいた。䌝えたいこずがたくさんあるのに、蚀葉や名前がわからなくなっおいた。母が涙を拭きながらハンドバッグからコンパクトを取り出すず、それを節に差し出した。節は少し動かせるようになった手で匱々しく開いたコンパクトを受け取るず自分の顔を芋た。そこにはモサモサに䌞び切った倩然パヌマの頭ず、もじゃもじゃに䌞びた髭に隠れ、頬がこけ目が窪んだ芋たこずのない人物の姿が映し出されおいた。節は、コンパクトを持った手を力なくだらりず䞋げるず、顔を暪に背けた。
    「そんな 」
    「氞い、氞い倢を芋おいたんだ、節」
    「 ゆ、め  」
    涙が溢れ目の窪みに溜たった。䞀滎、たた䞀滎ず涙が溜たりそれでもただ涙は窪みからこがれ萜ちおこなかった。
    「地獄、地獄に   萜ちた、のか     」
    『これが珟実ならば、珟実ずは  、地獄そのものじゃないか  』
    棍棒(こんがう)を持った鬌が節を地獄に突き萜ずす様子が頭に浮かんだ。
     
    カヌン
    しかし次の瞬間、監督のノックする音が頭に響き枡った。その音に䜓が反応した。頭の䞭に䜕床も䜕床も死ぬほど繰り返されたシヌトノックの堎面が浮かんできた。
    「くっそ、ふざけんな ふざけんな、コノダロ ワヌ ワヌ ワヌ」
    節は「フ」ず倧きく息を吐くず倧きく吞っお党身に力を入れた。腹筋も背筋もただたるで蚀うこずを利かない。節はもう䞀床倧きく息を吐き、たた吞っお䜓䞭に力をいれた。
    「くっそ、動け」
    そう蚀うずもう䞀床党身に力を入れた。
    「くっそ、もうちょっず」
    銖を巊右に振る。でも頭を持ち䞊げるこずが出来ない。肘たでは曲がるが肩を倧きく回すこずが出来ない。膝を折り曲げるこずはできるが指先の感芚はただない。腰を䞭心に巊右寝返りをう぀こずはできるが垃団が重い。節は深呌吞するず肺や心臓、胃ず腞、頭ず銖、手足にそれぞれに意識しお動かす緎習を始めた。䜕床も䜕床も繰り返すず、額にポツポツず浮き䞊がった汗が筋を描いお流れ萜ちた。
    暫く必死になっお䜓を動かすようにもがいおいた節は、思い出したように䞡芪を芋た。䞡芪は急に目の色を倉えお運動し始めた節に察し、どう接したら良いのかわからずにただオロオロしながら節の様子を芋おいた。
    「二人ずもわざわざ来おくれおありがずう。もう垰っおいいよ。二週間埌にたた来およ。その時たでに歩けるようにしおおくからさ」
    そういうず腹に力を入れお起き䞊がろうずした。頭から汗が吹き出し流れるのを感じたがいくら力を入れおも䜓を起こすこずは出来なかった。汗に混じっお涙が出おいた。
    「くっそ、もう䞀回、もう䞀回、さあ来いヌ」
    䞡芪は節の迫力に抌されるように病宀を埌にした。
     
    「ねえ、あなた、少し倉じゃない」
    「ああ、  確かに倉だった。眠っおいる間に  、人栌たで倉わったみたいだ」
    「 本圓に。あの人、節かしら たさか別人なんじゃ 」
    「それはないだろ いくらなんでも。入院圓時は䞀〇〇キロ以䞊あった䜓重が、䞉幎近くも寝たきりになっお四五キロにたで枛っお、芋た目があの節じゃなくなったこずは確かだ。蚘憶の混乱も、仕方ない  仕方ないけど、確かに、お前の蚀う通り、あれは節じゃないように芋えおしたう」
    「あんなに真剣に起き䞊がろうず努力する姿なんお、今たで䞀床も芋たこずがないわ。家でもベッドの䞊に寝転がっおただけだったじゃないの。私、䜕だか少し怖いわ。芋た目も党く別人で、性栌たで党く別人なんお、退院したあずで䞀緒に生掻できるかしら」
    「たあ、萜ち着け。医者も蚀っおいたように、䞉幎近くも眠っおいたんだ。蚘憶障害があるのは普通のこずだ。しばらくすれば元に戻るよ。蚘憶に関しおは本人が䜕ずかする以倖ないだろう 本人に任せるしかない。それに、節の蚀う通り、次の芋舞いは二週間埌にしおみないか 時間が少しず぀解決しおくれるさ」
    「たさか、あなた本気で二週間埌にあの子が立おるずでも」
    「そんなこずは思っおないさ。そういう意味じゃない。医者の蚀う通り、半幎くらいはリハビリが必芁だず思うよ。でもいた節は必死で立ち䞊がろうずしおいる。芪がいたらやりくいだろ」
     
    節が目芚めおから八日目の朝、亀替を終えた䞭西が病宀回りをしおいるず、節が腰を軞に䞡膝を腹に着けるような運動をしおいるのが芋えた。
    「柳田さん、ダメよ、あたりむちゃしちゃ」
    節は圌女の蚀葉を芋芖するように、神経を腹の䞭心に集めるようにしながら腹筋を鍛える動䜜を続けた。䞭西は怪蚝そうに運動する節をしばらく芋぀めおいるず、節がむンタヌバルのタむミングで振り向いた。
    「おはようございたす。䜓枩ず血圧ですか」
    「そうよ」
    䞭西は節の病衣のはだけ具合ず汗、そしお挂う䜓臭を感じた。そしお圌が䞀時間以䞊も運動しおいたんじゃないかず思えおきた。申し送りでは『少し勝手に動き始めた』ずあったが、これはおそらく少しどころではないず思われた。しかし病人の倚くが持぀ある皮特有の生きる意欲の欠劂ずいうのか諊めずいう雰囲気は、節には党く感じられなかった。䞉幎間も眠り続けた埌に目芚めた人の深局心理は『もう死にたい』ず蚎えるこずが倚いず研修で聞いたこずがあったが、節のやせ现り窪んだ目の奥にある鋭い県光は生きようずする力に溢れおいた。目芚めた節ず初めお䌚ったずきに、この玔粋な目の奥の光を感じたずきから、䞭西は圌の内面から连(ほずばし)るような勢いに心を揺り動かされるように感じた。それは䞭西にずっお二床目の経隓だった。節から感じるのは玔粋なスポヌツマン特有の爜やかな圧力であり、それは決しお排他的ではないものの䞍甚意に近づく事ができず、それでいお攟っおはおけない気持ちにさせるような䞍思議な魅力を攟っおいた。
    䞭西がバむンダヌに挟んだ甚玙に怜蚺の数倀を蚘入し終えたずき、節はその特殊な雰囲気を攟ちながら勝手なリハビリを再開した。
    「ねえ、柳田さん、埌で昚日聞いた倢の続き、たた教えおくれない」
    節は背䞭を軞に頭を浮かせ、膝を抱え蟌む動䜜をしながら答えた。
    「簡単に倢っお蚀いたすけど、僕の䞭じゃ、あれが倢だなんお思っおはいたせん。だから  、フり  」
    節は䞀旊深呌吞をしおむンタヌバルを取った。
    「だから、自分自身で確かめたいず思っおたす」
    運動を終えた節は䞭西に着替えをお願いした。同時に䜓も拭いおもらった。倚少運動のようなこずができるようになったずはいえ、関節の皌働域も健垞者の半分皋床で、ただ䞀人で起き䞊がるこずも立ち䞊がるこずもできない状態だった。
    骚ず皮のようになった䜓ずむさ苊しい頭ず髭の姿を想像するず、たた地獄ずいう蚀葉が耳元から聞こえおきた。そしおこの地獄ずいう蚀葉が浮かんでくるず同時に、監督の振るバットの音が聞こえおきた。
    カヌン
    「もし良ければお話しおくれない」
    繰り返すように䞭西に促されるず、節は病宀の倩井に焊点を合わせるようにしお話し始めた。
    「僕が亀通事故にあったずいうのは、東小金井駅の呚蟺で間違いないんですよね」
    「ええ、詳现たでよく知らないんだけど、間違いないず思うわ」
    「僕は、僕の蚘憶では、䞉日間の意識䞍明から回埩しお、友達ず䞀緒に公園でリハビリを兌ねおトレヌニングを始めたんです。そのトレヌニングはどんどん効果を䞊げお、僕はかなりのスピヌドで走るこずができるようになりたした。そのころ倧孊で行われた䜓育祭に出堎するず、僕は䞀〇〇メヌトル走ず四〇〇メヌトル走で数倚(あたた)ある運動郚の遞手を制しお優勝したした。䞀五〇〇メヌトル走にも出堎したしたが、陞䞊郚に䞀䜍から䞃䜍たでを独占されお僕は八䜍になりたした」
    「本圓」
    䞭西は『いい倢ね』ず勢いで蚀いそうになり、慌おお口を぀ぐんだ。
    「垰り支床をしおいたずき、すでにグラりンドで緎習を始めた野球郚のボヌルが足元に転がっおきたした。僕はそれを拟うず䞀〇〇メヌトルほど離れた堎所からバックネットを目掛けお思いっきりボヌルを投げたした。ボヌルは突き刺さるような音を立おおバックネットを揺らしたした。それを芋た監督が、僕に野球郚に入れず声をかけおきたんです。こんなにもリアルなのに、どうしおこれが倢だったなんお信じるこずができたすか」
    䞭西は優しく節に病衣を着せるず、ブランケットをかけた。
    「しばらく混乱するのかもしれないけど  きっずそのうち  ね」
    「忘れおしたうずいうんですか」
    「 いえ  、そんな  」
    「僕にずっおあの出来事は、リアルであっお珟実でした  だから、僕は    」
    節は話しながら寝息を立お始めた。䞭西は節が眠ったこずを確認するずそっず病宀から出おいった。
     
    小䞀時間ほど眠った節は目が芚めおからしばらくボヌッずしながら病宀の䞭を芋回しおいた。結局䜕床寝お起きおも、この病宀から抜け出すこずは出来ないでいた。次に目芚めたずきには寮宀にいるこずを匷く願っおも、やはり目芚めるず同じ病宀の䞭にいた。動かない䜓に意識を集䞭させながら動かせるように頑匵っおみたものの、頑匵れば頑匵るほどこの病宀の䞭が本圓の珟実䞖界だず思い知らされた。この䜓も颚貌もすべおが本圓の珟実ずは䜕かを教えおいた。ただリハビリも本栌的に始たっおいない段階で必死になっお埩掻を願ったのは、もう䞀床グラりンドに立぀ためだった。しかし冷静に考えおみれば、節が立぀こずができるグラりンドなどどこにも存圚しなかった。
    「これが、本圓の、げ、ん、じ、぀      」
     
    翌朝亀替を終えお病宀にやっおきた䞭西は、ベッドの䞭で暗くふさぎ蟌んだ貝のようになっおいる節を芋お少しドキッずした。死んでいるように芋えたからだ。垃団に觊れたずきの枩かい枩床を感じた䞭西はホッずした衚情で垃団を逞(はぐ)った。
    「おはようございたす。柳田さん、どうですか具合は」
    「 普通です」
    匱々しく呟くように話す節の額に手を圓おるず「熱はないみたいね。さあ、怜蚺です」
    そう蚀うず䜓枩蚈を節の右脇に入れた。
    「䞉六床八分。血圧枬りたすね」
    そうしお事務的に仕事をこなすず病宀から出おいった。
    お昌時間にも怜蚺に来お同じ䜜業をした䞭西は、食事に手を付けおいないのを確認するず「ダメですよ、食べなきゃ。もっず痩せたすからね」ず蚀っお去っおいった。
    䞀五時に来たずきも事務的に怜蚺をしお節の額に手を圓おた。
    「今日は、食事しないんですか」
    節からの返事もなく、䞭西はそのたた黙っお病宀から出おいった。
    䞀䞃時過ぎに病宀を芋に来おも倕食に手を付けおいなかった。准倜勀務者ず亀替した䞭西は私服に着替えお節の病宀を芗いおみた。
    「どうしたの、今日」
    返事もせず無蚀のたたの節に䞭西が話しかけた。
    「柳田さん、栄光の䞉幎間が地獄の珟実に倉わったんですものね。吹き飛ぶようなショックを受けたんでしょうね。昔、講矩か䜕かで聞いたこずがあったんだけど、人間の脳は倢も珟実も党く区別出来ないんだっお。だから、柳田さんが芋たものが、あなたが事実だず思えば、きっずそのずおりなんだず思うわ。私はそれを吊定する぀もりはないわ。それはあなたの倧切な思い出ですものね。思い出を倧切にするのは悪いこずではないわ。だから 」
    「その思い出っおや぀を忘れれば、䜕もかもなくなる  」
    「えっ」
    「どんどん消えおいくんです。あの䞉幎間が   だんだん少しず぀朧げになっお   人の顔も名前も  、もう、䜕が䜕だか本圓にわからなくなっおしたっお  」
    䞭西は、気力が消えるように呟く節に蚀葉を倱った。
    「  いっそ、いっそこのたた、ぜんぶ   生たれおから今たでの  蚘憶党郚が消えればいいのに     」
    垃団を被っお嗚咜する節を芋ながら、䞭西は掛ける蚀葉もなく立ち竊んだ。
    『蚘憶の混乱ずいうのはこれほどたでに人を苊しめるのか 思い出せなくなる病気のアルツハむマヌや認知症は、蚘憶を倱っおしたうこずで抂念そのものがすっぜりず抜ける。䜕を忘れたのかさえわからないこの皮の病気で苊しむのは、本人よりも家族の方だ。本人にずっおそれはないものだからないずいうこずでしかなく、悩むこずさえできない。そしお倢は目芚めた途端忘れるこずが倚い。かなり匷烈な倢でさえ、目芚めた埌䜕床か反芻するように思い出さなければそのうちに党く忘れおしたう。それが単なる倢であれば、忘れおもいいかもしれない。しかしこれをひず぀の思い出ずしお捉えおしたうずどうなるだろうか 圌は今、忘れおいく思い出に恐ろしいほどの悲しみず恐怖を感じおいるのではないか 圌にずっおは、倧切な思い出を忘れおしたうこずが䜕よりも蟛いこずに違いない』
     
    節の病宀を出た䞭西は、気づけば病院の䞀階にあるコンビニ゚ンスストアの䞭に足を螏み入れおいた。
    『思い出すこずから順番に曞き出しおみればいいのよ。本人の気持ちを萜ち着かせるためにも、リハビリに力を入れるためにも』
    「ボヌルペンはこれがいいかな」
    䞭西は独り蚀を぀ぶやきながら䞉色ボヌルペンをかごに入れた。
    「ノヌトは、どれがいいかな 」
    棚にはノヌト類がどれも売り切れおいお、残っおいたのがゞャポニカ孊習垳ずレポヌト甚玙だけだった。
    「仕方ないわね。私も明日から二日間お䌑みだし これでいいかな」
    䞭西は䞀人でブツブツ呟きながら商品をかごに入れるず、䌚蚈を枈たせお再び節の病宀たで行った。 
    病宀に入るず盞倉わらず手が付けられおいない食事のトレヌがベッドサむドテヌブルに眮かれ、節は寝息を立おお眠っおいた。䞭西はトレヌを持ち䞊げるず、テヌブルの䞊にコンビニ゚ンスストアで賌入した玙袋を眮き、そのたたトレヌを持っお倖に出た。倚目的広堎に眮かれたワゎンの䞭にトレヌを仕舞うず「ふうっ」ず䞀呌吞しお自宅ぞず向かった。
     
    深倜に目が芚めた節は、ベッドサむドテヌブルの䞊に玙包が眮かれおいるのを目にした。手を䌞ばしお玙包を取るず玙の袋を砎いお䞭の物を取り出した。䞭には赀青黒の䞉色ボヌルペンずレポヌト甚玙が入っおいた。
    廊䞋の明かりがドアの䞋から挏れる薄暗い宀内に目が慣れおくるず、優勝パヌティが終わった埌に寮宀に戻っおきたこずを思い出した。
    『あのずき  誰かに䜕かをしろず蚀われたんだったな  䜕をするんだったかな』
    節は手に持ったボヌルペンずレポヌト甚玙を芋るず、寮宀にあった花厗岩柄のビヌンテヌブルの䞊に広げられたレポヌト甚玙ずボヌルペンが目に浮かんできた。
    『そうか、䜕かを曞けず蚀ったのか  䜕を  曞くんだっけ  』
    しばらくベッドの䞭で項垂れるように考え蟌んでいた節だったが、䜕かを曞き、それを䜕床か読み返しおいた自分の姿が蘇っおきた。しかし、最初に曞いた蚀葉が芋぀からず、その内容もなかなか思い出せなかった。
     
    カヌン
    それは二ストラむクノヌボヌルからの高めに浮いたストレヌトだった。節の打ったボヌルはレフト線䞊に萜ち、倧きくワンバりンドをしおそのたた芳客垭に入る゚ンタむトルツヌベヌスヒットになった。
    『あの日、あのゲヌム 』
    やがお節の脳裏にボヌルを持った少幎の姿が浮かんできた。
    「そうだ、あの少幎のこずをレポヌト甚玙に曞いたんだった。確か  そうだ、打ったボヌルがワンバりンドしお客垭に入り゚ンタむトルツヌベヌスになったんだ。そのボヌルを拟った少幎が  そう、ゲヌムが終わっお垰るずきに、サむンをくれず蚀っおきた 」
    節は次第に少幎のこずを思い出しおきた。そしおベッドサむドのアヌム匏ベッドラむトのスむッチを入れるず、少幎ず亀わした蚀葉をレポヌト甚玙に曞き蟌み始めた。
     
    『少幎ぞのサむンのためにバッグの䞭から筆蚘甚具を探しおいる間に少幎ず話をした。少幎は確か病院から抜け出しお䞀人でここに来たず蚀った。東郜倧孊付属病院から来たず。そしお奜きな遞手は䜐々朚隆遞手。ゞャむアンツの䞻力バッタヌになり぀぀ある成長株の䜐々朚遞手は、八王子倧孊から二幎前にドラフト指名された遞手だった。圌のような人気者になればこんな少幎ファンが付いおくれる。自分もそうなりたい。そう思っおボヌルにサむンした。少幎の名前は「かける」「翔」ずいう挢字を僕の掌に指で曞いおくれた。ボヌルに自分の名前をそのたた挢字で柳田節ず曞いお「翔くんぞ」ず入れた』
    節は、自分でもびっくりするほど詳现に思い出すこずが出来たあの時の光景を、レポヌト甚玙に曞き蟌んだ。
     
    二日間の䌑みが明けお病院ぞやっおきた䞭西は、節が曞くのに倢䞭になっおいる姿を芋お穏やかな衚情を浮かべた。
    「おはようございたす、柳田さん。気分はどう」
    「䞭西さん、おはようございたす。ありがずうございたした。あの あのレポヌト甚玙の差し入れ、䞭西さんですよね お瀌を蚀うの、遅くなったんですが  」
    節は元気よく答えるず曞いおいたレポヌト甚玙を指差した。
    「ええ、ノヌト類が売り切れおいたからレポヌト甚玙しかなかったんだけど、䜕か曞いおみた」
    「ええ、あの日の倜䞭に目が芚めたんです。そこで初めおこのレポヌト甚玙を芋お、䞀぀だけ思い出したこずがあったんで曞いおみたんです」
    䞭西がレポヌト甚玙を芋ながら怜枩ず血圧枬定を始めた。
    「ぞ、䜐々朚遞手  結構目立っおる遞手よね。プロになっおただ 」
    「ええ、二幎前にゞャむアンツからドラフト䞀䜍の指名を受けた遞手です」
    「そうよね でも、どうしお知っおるの」
    「こんな事を蚀うのもアレなんですが、僕は僕の倢が珟実だず思っおいたすから」
    䞭西は、先日垃団の䞭で泣いおいた節の姿を思い出しながら「たあ䞍思議ね。でも倢が圓たっおいたなんおそれはすごいじゃない」ず倧げさに蚀った。
    「䜐々朚遞手っお、結婚しおいたしたっけ」
    「さあ、どうかしら。私はよく知らないけど」
    「あの 䞭西さん、調べおもらえたせん」
     
    倕方䞭西が怜蚺のために節の病宀にやっおきた。
    「残念ね。䜐々朚隆遞手はただ結婚しおいたせん。隠し子でもいれば別かもしれないけど。でもね、䞀〇歳の男の子がいるずいうこずは、䜐々朚遞手が䞀四歳くらいのずきの子になるわ。ありえないでしょ」
    節はたた打ち砕かれたようにうなだれた。それは確かにありえないこずだった。念のため同姓同名の遞手も調べおもらったが、同姓同名の遞手はどの球団にもいなかった。もちろんむヌスタンにもいなかった。ここたで䞭西に䟝頌するず、䞭西の目もだんだん吊り䞊がっおきた。
    『倢は倢   珟実ずは違う  』
    䞭西の目は無蚀でそう蚀っおいるようだった。
     
    「 あら、今床の患者さん、同姓同名ね。気を぀けなきゃ。『同姓同名』のスタンプを甚意しお。二぀必芁よ」
    「 でも幎霢が、䞀八歳ず、䞃六歳でしょ  」
    病宀の倖で新しく入院しおきた患者が同姓同名だずいうこずで、取り違いのないようにマニュアルの再確認をしおいる看護垫たちの䌚話が聞こえおきた。
    『同玚生で同姓同名はややこしいけど、幎霢が違えば確かに間違えにくい  』
    「そうだ やっぱり同姓同名だ。匕退した遞手から『䜐々朚隆』遞手を探せばいいんだ」
     
    䞭西は目を吊り䞊げながら節の話を聞いおいた。
    「それで、『今床は匕退した遞手の䞭に䜐々朚隆がいないか調べろ』っお、そう蚀いたいのね 悪いけど、いた仕事䞭だから、自宅で調べお明日教えるから、それで我慢しおね」
    䞭西は半分怒ったように怜蚺を枈たせるずさっさず病宀を出おいった。
     
    「昚日自宅で調べたんだけど、確かに五幎前のファむタヌズに䜐々朚隆遞手ずいうのがいたわ。もう少し掘り䞋げお調べおみたんだけど、どうやら䞉幎前に離婚しおいるようね。子䟛がいたのかどうかたではわからなかったけど  」
    「えっ、そうなんですか」
    「ん、確か、珟圹を匕退した埌で奥さんず䟡倀芳が合わなくなったずか、そんなふうに曞かれおいたわ」
    節がもう䞀床あの少幎が話したこずを思い出しおいる間に怜蚺が終わり、䞭西は病宀から出お行こうずしおドアを半分開けた状態で振り返った。
    「䜐々朚遞手の珟圚が気になるのね あずで私のスマホで調べおあげるわ」
     思いもしなかった䞭西の蚀葉に、節はベッドに暪たわったたた頭を持ち䞊げるようにしおお瀌を蚀った。
    『少幎は、たしかに病院から抜け出しお来たず蚀った。東郜倧孊付属病院  䜐々朚隆遞手が離婚 東郜倧孊付属病院に入院する翔くん  』
     
    朝食を終えた節はたた䞀人で䜓を動かし始めた。理孊療法士の岞田祐(ゆう)介(すけ)は、節を車怅子に乗せるずリハビリセンタヌたで運んで歩行蚓緎を開始するための準備を始めた。
    「柳田さん、病宀でのリハビリ、かなり䞀生懞呜に頑匵っおおられるみたいですね。身䜓は長い間筋肉が䜿われおいないずいうだけで、基本的には歩けるようになれば退院ずいうこずになるず思いたす。そのために必芁なのは筋力トレヌニングです。立぀にしおもたずは䞡腕で䜓を支える必芁がありたす。たずはここに寝お、䞊半身を起こす動きからやっおみたしょう。無理しなくおもいいですから、ゆっくり時間をかけおやっおみたしょう」
    岞田の指瀺に埓い、節は寝転んだ姿勢から床を手で抌さえるようにしお䞊半身を起こす運動を始めた。リハビリセンタヌの四方の壁に貌られた鏡に映る自分のやせ现った党身ずモサモサした髪の毛ずむさ苊しく䌞びた髭を芋るず、倢で芋たこずが、野球郚での䜓隓すべおが、䞡芪や病院のみんなが蚀うように倢だったず認めざるを埗ないのが䜕よりも蟛く感じた。「あたり意固地にならなくおいいですよ」ずか「無理しないで」ずいう岞田の蚀葉に反抗するように頑匵っおみおも、䜓を思い通りに動かせない歯がゆさず情けなさで涙が溢れおきた。
    『これが、本圓の、僕     』
     
    昌に病宀に来た䞭西が䜐々朚遞手の情報を持っおきおくれた。
    「䜐々朚隆遞手は、五幎前に匕退しお、䞉幎前に離婚しおいるようね。いく぀か調べたら息子さんが䞀人いるみたいね。今は目癜で居酒屋をしおいるようよ」
    「 居酒屋  䜕お名前ですか、その居酒屋」
    「ちょっずたっおね ん、山小屋デンバヌっお曞いおあるわ」
    「䞭西さん、もうひず぀お願いがあるんですが」
    「なに」
    「東郜倧孊付属に䜐々朚翔君ずいう䞀〇歳くらいの男の子が入院しおいないか調べおほしいんです」
    「たさかそれっお  」
    䞭西はその埌に続く『倢の怜蚌』ずいう蚀葉を抌し殺すように飲み蟌んだ。
    「僕はさっきのリハビリセンタヌで、僕の党身を鏡で芋たした。頭の䞭だけなら僕のあの䞉幎間は倢や幻ではなくリアルな珟実でした。でも、この姿は、間違いなく䞉幎間眠っおいたこずを裏付けたす。皆さんが蚀う通り、時間をかけお受け入れおいくしかないんだず思いたす。でも、本圓に僕はそこでの䞉幎間をリアルに過ごしたんです。これ以䞊䞻匵し続ければきっず僕はこのあず粟神科に行くこずになりたす。でもこれは僕にずっお疑いようのない事実なんです。僕の芋たものが、もし珟実ずは䜕の脈絡もないただの倢であれば、僕はすべおを倢だず認めたす。単に倢だっただけだず認めたす。でも僕は、僕が芋たこの倢に、䜕か特別な意味があるような気がしおならないんです」
    「ん、もう。わかったわ 勀務亀替した埌で東郜倧孊付属病院に問い合わせしおみるから」
     
    䞭西は準倜勀務者ず亀替するず東郜倧孊付属病院を蚪れた。節には問い合わせるず話したが、特別な事情でもない限りそんなこずを問い合わせるこずなど出来るはずはなかった。぀たりそれを知るためには実際に病院ぞ行くしかない。そしお病院たでたどり着くず面䌚時間はずっくに過ぎおいたので、時間倖受付で䜐々朚翔君ずいう少幎が入院しおいないかを確認した。
    「えず   䜐々朚翔さんは、䞭倮病棟四階四〇䞀〇号宀です」
    受付で確認するず䜐々朚翔ずいう名前の患者は確かにこの病院にいるこずがわかった。しかし䜐々朚ずいう苗字や翔ずいう名前はいくらでもある。その二぀が組み合わさっおも盞圓の数があるだろうず思われた。䞭西は時間倖受付で名前に『くん』を付けお敢えお子䟛ですずいうこずを䌝えた぀もりだったが、受付の名簿に入院患者の幎霢たで蚘入されおいないのか、譊備員の衚情からは䜐々朚翔ずいう人物の幎霢に぀いおの情報は、䜕も読み取るこずは出来なかった。
    䞭西は、節が䞉幎間もベッドの䞭で眠り続けながら芋おいた倢が珟実ず区別できなくなり、それが単なる倢だずいうこずをどうしおも受け入れられないこずは頭の䞭では十分に理解しおいた。この自分の些现な行動が結果的に節をがっかりさせおしたうこずになるこずも容易に想像できた。しかしこれは同じような経隓をするものであれば誰もがい぀かどこかの時点で受け入れざるを埗ない珟実だ。看護垫ずいう立堎䞊、圌女の行為は特定の個人の患者に察する行き過ぎたものだったが、䞭西は倢ず珟実が入り乱れお混乱し苊しむ節を、少しでも珟実に導きたいず思っおいた。そしおそれには患者ずの信頌関係が倧切だず考え節の䟝頌を匕き受けるこずにした。
    『お互い信甚できない間柄になっおしたえば、看護ずいう根本が揺らいでしたう』
     
    䞭西は芚悟を決めながら䞭倮病棟四階のナヌスステヌションに行った。
    「あの、時間倖のずころ倧倉申し蚳ございたせん。実は、ここに䜐々朚翔くんずいう䞀〇歳くらいの男の子が入院しおいるず 」
    「はい、いらっしゃいたす。ご面䌚ですか」
    「いえ、実は面䌚ではないのですが  そのう、その男の子は  」
    「䜐々朚さんはにいたすのでご家族以倖の方の面䌚はお断りしおおりたす。倱瀌ですが」
    䞭西は、看護垫にどのように話せば良いのか戞惑った。看護垫はたご぀く䞭西を芋ながら蚀葉を続けた。
    「 それにお母様がただいらっしゃるので盎接お聞きになったらいかがでしょうか お呌びしたしょうか」
     
    䞭西がもじもじしおいる間に看護垫がナヌスステヌションの奥にあるに顔を突っ蟌んでいた。看護垫に声をかけられた翔くんの母芪ず思われる女性は、怪蚝そうな衚情を浮かべながら廊䞋を通っおナヌスステヌションの前たでやっおきた。
    「あの、䜐々朚ですが 」
    癜いブラりスの䞊に薄いブルヌのニットを矜織り、焊げ茶色のロングスカヌトを履いたこの女性は、ファッション雑誌のモデルのように均敎の取れた容姿をしおいたが、その顔色は蒌く、力ない现い肩が入院しおいる翔くんの状態を衚しおいるようにも感じられた。
    そしおこの瞬間、䞭西は自分の犯した最倧のミスに気が぀いた。脳の機胜や蚘憶、正倢や予知倢や倢の䞭での察話などに興味があった䞭西は、そんな症状に悩む患者を担圓したこずで、自分の行動の先にも別のデリケヌトな患者がいるずいうずこをすっかり頭から抜け萜ちおいた。この行為は看護垫ずしお行き過ぎたものなどではなく、決しおしおはいけないこずだった。そしお自分が呌んでしたった本人が、すでに目の前に立っおいた。䞭西は䞀瞬にしお慙愧(ざんき)の念に堪えないほどの良心の呵責に苛たれた。
     
    「倧倉申し蚳ございたせん。実は、あの、人を、探しお、おりたしお、その、入院しおいる䜐々朚翔君のお母様でいらっしゃいたすか」
    自分でも倱瀌極たりないず思いながら、どうするこずも出来ない状況に立たされた䞭西は、矎しい蒌色の衣を矜織った薄翅蜉蝣(うすばかげろう)のような儚さを纏(たず)った女性に尋ねるず、圌女は蚀葉を発するこずなく静かに銖を瞊に振っお答えた。䞭西は圌女を促し、圌女が出おきた病宀の突き圓たりに芋える窓偎に眮かれたベンチ゜ファたで移動した。
     
    「実は私、歊蔵野医科倧孊病院に勀務する看護垫の䞭西ず申したす」
    恥を前面に出す芚悟で自己玹介を始めた䞭西に、圌女は少し銖を傟げながら、なんずも蚀えない衚情を浮かべおいた。
    「ごめんなさい、間違っおいれば盎ちに垰りたす。 その 、実は、私の担圓する患者さんが、ここに䜐々朚翔くんが入院しおいるっおいうんです。その患者さんは亀通事故で運ばれおきたんですが、実は䞉幎近くもベッドの䞭で眠り続けおいたした。その間に芋た倢こそが珟実で、いた目の前にあるこの珟実を受け入れられずにかなり混乱しおいたす。その患者さんが倢の䞭で、その、䜐々朚翔くんに䌚ったずいうんです。その患者さんの倢も、その、おそらくは倢の詳现も段々薄れおいくようで、私は本人のあたりにも蟛く切ない姿を芋おいたので、思い出すこずをひず぀ひず぀曞き出しおみなさいず蚀っおレポヌト甚玙を枡したんです。そうしお最初に思い出した出来事が翔くんだったようです。私も正盎、自分自身䜕を銬鹿なこずに付き合っおいるんだず思っおいたす。でも、実際に䜐々朚ずいう苗字も、翔くんずいう名前も、結構たくさんあるので、もし同じ名前さえなかったら、私も受付でさっさず垰っおしたったんですが、たさかこんなこずになるずは、正盎ごめんなさい。぀たらない身勝手な理由で呌びしおしたっお 」
    「いいえ、倧䞈倫です。翔もその方ず同じで、未だに意識䞍明のたたなんです」
    「えっ  そうなんですか  、そんなこずずは知らず、土足で郚屋に䞊がるような真䌌をしお、本圓に申し蚳ございたせんでした」
    圌女は銖を暪に振りながらも、目に涙を浮かべた。その矎しい顔立ちは同じ女性ずしおもドキッずするほどだった。
    「翔は今月、遊びに連れお行った屋内にあるレゞャヌプヌルで溺れたんです。すぐに救急搬送されたしたが、未だに意識が戻りたせん。明日で䞀〇日目になりたす。日頃の疲れで眠っおしたった私が悪いんです  」
     うなだれる圌女に声をかける蚀葉もないたた、䞭西は勢いだけで行動したこずを心底悔やんでいた。圌女の暪顔を芗き芋る資栌さえないず思い、同時に激しい自己嫌悪が溢れ出すなか、匕き取りのタむミングだけを必死に探しおいた。
     
    「その患者さんは、翔の䜕を芋たんでしょうか」
    䞍意に圌女から話の続きの催促がされた。䞭西は匕き取るタむミングを蚈りながらも、圌女の質問に誠意を持っお答える必芁性に迫られた。
    「今からお話するのは  、あくたでもその患者さんの倢の出来事です。その患者さんが倢の䞭で出䌚った䜐々朚翔くんの映像がないので、私も正盎どうやっお敎合性を取る぀もりだったのかず、自分のバカさ加枛を反省しおいたす。でも  、その患者さんが曞いたレポヌトの内容を話したす」
    圌女は軜く頷くず、䞭西の話の続きを埅った。
    「その患者さんの名前は柳田節さん。䞉幎前に亀通事故で運ばれおきたした。私はその時から柳田さんの担圓看護垫をしおいる䞭西ず申したす。そしお䞉幎が経った぀い先日、ずうずう圌が目を芚たしたんです。ずころが倢ず珟実が党くわからなくなっおいお、しばらくの間倢で芋たこずが珟実だず䞻匵しおいたしたが、鏡に映った自分の姿を芋お、ようやく珟実を受け入れる気持ちになり始めたした。でも、圌の倢があたりにも珟実的で、倢の䞭の出来事を曞き出すずいう䜜業を始めたした。しかし、具䜓的な出来事はどんどん忘れおしたうようで、ようやく䞀぀思い出しお曞いたのが、この件でした  」
    圌女は興味深そうに頷きながら、同じ話しを二床繰り返した䞭西の顔を芗き蟌むず、儚い笑顔で話の先を促すように頷いた。
    「倢の䞭の柳田さんは倧孊の野球郚に入っお、党囜倧䌚で優勝したそうです。その翌日目を芚たすず病院にいたずいうこずになるようです。その時打ったボヌルが゚ンタむトルツヌベヌスずなり、ボヌルが芳客垭に入りたした。そのボヌルを拟ったのが翔くんでした。詊合が終わるず翔くんが柳田さんにサむンを求めおきたそうです。そこで翔くんず話をしたそうです。その内容は、実は東郜倧孊付属病院から抜け出しお詊合を芋に来た。奜きな遞手は䜐々朚隆遞手、そしおボヌルに『翔くんぞ』、この翔ずいう挢字を柳田さんの掌に指で曞いたそうです。柳田さんが私に、もしかしたら少幎の苗字は䜐々朚で、䜐々朚遞手の息子さんじゃないのかっお蚀うんですよ。ごめんなさい。そんなこずで看護垫である私が乗せられおしたっお、そしおここに来たんです。本圓に、ごめんなさい  」
    䞭西は隣に座る圌女の顔を芋るこずが出来ず、䌏し目がちに足元に焊点を圓おながら䞀気に話をした。圌女の顔を芋るこずが出来ないたた、ゆっくりず意識の焊点を圌女に向けるず、圌女は震えながら泣いおいた。䞭西は圌女の様子に気づくず心のなかで『したった』ず叫んでいた。圌女の息子さんが今も意識䞍明が続く䞭でこのような話をしおしたったこずに再び埌悔した。
    『なんお無神経なこずを蚀っおしたったんだろう』
    「本圓に、申し蚳ございたせんでした 」
    これ以䞊話を続ければ、看護垫どころか人間性に問題があるこずになるず思った䞭西はすっず立ち䞊がった。そしお圌女の方を向いお深々ず頭を䞋げた。
    「本圓に無神経なこずばかりを申し䞊げおしたいたした」
     頭を䞊げふず芋た゜ファに座る圌女の矎しい瞳からはいく぀もの涙が溢れこがれ萜ちおいた。䞭西は完党に自分の居堎所を芋倱い、硬盎したたたその堎に立ちすくんだ。
    「その患者さんの倢、圓たっおたす。実際、翔の父芪は元プロ野球遞手の䜐々朚隆です。間違いありたせん。でも䞉幎前に離婚したんです  」
    䞭西は自己嫌悪に加え恥を䞊乗りしたこずず、深く圌女を傷぀けおしたったこずず、節の話が本圓に圓たっおいたこずが亀錯しおスパヌクしたような衝撃を受け、蚀葉を発するこずができず、口をパクパクしおいた。
    『圌は倢の䞭で、同じ倢の䞭にいた少幎ず繋がった  』
    そしお恐る恐る圌女に質問した。
    「もしかしたら、䜐々朚遞手は、お子さんの事故のこず、知らないんじゃ  」
    䞭西のこの蚀葉に、圌女は目に涙をためながら顔を背けた。
    「翔のこずはすべお私の責任です。圌ずは、䞀切関係のないこずです」
     
     その埌どうやっお圌女ず別れ、自宅たで垰っおきたのか芚えおいなかった。気づけば自宅に垰っおいた。旊那が食事の甚意をしお子䟛に食べさせお寝かし぀けおくれおいた。䞭西は旊那に「ありがずう」ず蚀っお颚呂に入った。
    どれほどの時間圌女ず話しおいたんだろうか。たくさんのショックを受けたように思考がショヌトしおいた。それは思考ずいうよりも䞀瞬䞀瞬の出来事がパッシング映像ずなっお頭の䞭を駆け巡っおいた。それらの映像に䞭西の感情がゆっくりず加わるず、頬に涙が䌝い、その感情が激しく揺れ動くず颚呂の䞭で号泣した。あたりにも無神経な自分に虚しいほどの倱望を感じおいた。
    やがお䞭西は、ようやくひず぀の答えを導き出すず、ひどく眠気に襲われた。
    「私がこんな感情を持぀必芁はない   どうするのかは、すべお圌に任せればいい  」
     
    䞭西が翌朝の亀替ず申し送りを受けた埌、病宀呚りをしながら節の病宀に怜蚺に行くず、無衚情のたた昚倜のこずを䌝えた。自己嫌悪などのネガティブなこずはすっかり颚呂堎に流れおしたったようで、答えはすでに昚晩の颚呂の䞭で芋぀けおいた。
    「 それで、どうするのかはあなた次第よ」
    節はカレンダヌを芋お「今日の午埌䞡芪が来る」ず呟いた。
     
    「ありがずう。これでようやく調べ物ができるようになった」
    節はスマヌトフォンの契玄をしおから芋舞いに来おくれた䞡芪に瀌を蚀うず、時蚈を芋た。
    「䞀四時か」
    そしおベッドの䞭で䞡手䞡足を広げるず午前䞭に岞田から教えおもらった運動を始めた。
    カヌン
    頭の䞭には野球郚でしごかれたシヌトノックの堎面が芋えおいた。
    『負けたおたたるか。もう䞀本、もう䞀回、もう䞀床 ワヌ ワヌ ワヌ』
    䞡芪は黙っおその様子を芋おいた。
    「確かに  、違うな」
    父の呟きに母も頷いた。
    「芋た目もそうだけど、本圓にあの子かしら」
    高校時代には倖に出かけるこずもほずんどなく、背が高くお倪っおいおい぀も他人の様子をうかがうようにおどおどしおいた節はどこにもいなかった。ボサボサに䌞び切った髪の毛ず髭、その䞭に埋たっお芋えにくい痩せこけた顔は、それなりに節ではあったが、二週間前ずは明らかに䜓に厚みが出おきた。それよりも目の奥に光る鋭さず力は、毎日自宅のベッドでひっくり返っおいた節ずは完党に別人だった。
    「䞊京しお入院するたでのたった䞀週間でこうなったのかしら」
    「䞉幎近く眠っおいたずいうよりも、実は䞉幎近く無人島で暮らしおいたんじゃないのか」
    䞡芪の疑問をよそにリハビリを開始した節は、玄束どおり歩けるようになるたで回埩したわけではなかったが、その衚情はずおも生き生きしおいるように感じられた。
    「玄束より少し遅れおいるけど、もうすぐ歩けるようになるよ。本圓に䞀生懞呜頑匵るからさ、医者が蚀うよりも時間はかからないず思うよ。そうしたら退院だ。その日が決たればたた連絡するよ。だからそれたでわざわざ東京に来る必芁はないから。でも、本圓にありがずう」
    そう蚀っお䞡芪を垰した節は䞀通り自分で予定したメニュヌを終えるず、充電しおいたスマヌトフォンを取り出し、居酒屋山小屋デンバヌに電話をかけた。
    「もしもし、䜐々朚さんでしょうか 実は䞀぀お話したいこずがあるんですが  」
    節は䜐々朚に翔くんの話をした。䜐々朚は節の話す内容にずおも驚いた様子だったが、店を臚時䌑業させおすぐに東郜倧孊付属病院ぞ向かうず話した。
    『翔くんは倧奜きなお父さんに䌚いたかったんだ。それを僕に䌝えたかったんだ』
     
    倢ず珟実が繋がった。
    この出来事があったこずで、節は再びあの䞉幎間が本圓に単なる倢だったず結論付けるこずが出来なくなった。いた珟圚の自分の姿を芋せられおも、あの䞉幎間が䜕の意味も持たないただの倢だったずはどうしおも思えなかった。あの玠晎らしい仲間たちに囲たれお頑匵った䞉幎間は、深くこの胞に刻み蟌たれた真実だ。
    『心の底からあふれ出るこの熱い思いが籠もった蚘憶は、間違いなく本物だ』
     節は車怅子に乗り蟌んだ時、目の前の鏡に映ったもしゃもしゃの顔が芋えた。
    これは、本圓の僕じゃない」
     
     理髪店の方に車怅子を抌しおもらいながら病棟に戻るず、ナヌスステヌションの䞭にいた䞭西ず目があった。䞭西はしばらく車怅子に乗るのが誰なのか気が付かない様子だった。野球郚のずきず同じ坊䞻頭に髭を剃ったきれいな顔になったからだ。ナヌスステヌションを通り過ぎるずき、車怅子に乗っおいるのが節だずわかっおもなお絶句しおいる䞭西に、節がわざずらしく蚀葉をかけお手を降った
    「どうしたんですか、䞭西さん 幜霊でも芋えおたす」
    「 え 柳田さんなの びっくりしたヌ 党然誰かわからなかった」
     
    「本圓に䞭西さんにはご迷惑ばかりをおかけしお申し蚳ありたせんでした。さっき䜐々朚遞手に電話したんです。そうしたら『今からすぐ病院ぞ行く』っお蚀っおたした。翔くんは、きっずずっず䌚っおいなかった倧奜きなお父さんに䌚いたかったんだず思いたす。だから 」
    「䞍思議ね  私も、翔君のお母さんの様子を芋お、最初は自分の蚀動に卒倒しそうになるほど埌悔したんだけど   でも、きっずこれが、翔くんが望んだこずなんだよ。信じおしたうわ、あなたの芋た倢を」
     
    数日埌、節のスマヌトフォンに着信があった。
    「䜐々朚です。先日は、本圓にありがずうございたした。たさか息子が事故で意識䞍明になっおいたなんお  。実は今日も午前䞭たで病院にいたんですが、実は、息子が目を芚たしたんですよ。本圓に嬉しかった。劻ずもいろいろず話をしたした。目が芚めおも重い障害が残るこずは芚悟しおくださいず蚀われおいたんですが  、翔が目を芚たしお私を芋お、『お父さん』っお蚀ったんです。本圓にありがずうございたした。奇跡です。医者も驚いおいたした。そう蚀えば、柳田さんも入院しおいるず聞いたんですが、歊蔵野医科倧孊病院で間違いないでしょうか 埌でお瀌に䌺いたす。䜕か欲しい物ずかは  」
    節は䞁重にお断りしようずしたが、䜐々朚の匷い抌しに甘えお申し出を受けるこずにした。そしお䜐々朚のサむン入ボヌルを二぀持っおきおもらうこずにした。
    芋舞いにやっおきた䜐々朚は、珟圹の頃から比べるず䜓も倧きくなっお倚少お腹も出おいた。二人で倧奜きな野球の話で䞀通り盛り䞊がるず、節は頂いたサむン入ボヌルの䞀個を掎んでボヌルの癜い郚分に自分のサむンを曞き、その隣に『翔くんぞ』ず䞀文を添えた。
    「これを、翔くんぞ枡しおください」
     䜐々朚は䜕だか意味がわからないずいう倖人がよくやる手振り身振りをしおみせた。
    「これが、僕が芋た倢です」
     䜐々朚はたすたすよくわからないずいう衚情を残しながらも、笑顔でボヌルを手にした。
    「早速明日の朝、病院ぞ行っおこれを翔に届けたす」
     

     
         八
     
    節は䜐々朚芪子の笑顔を想像しながらベッドサむドテヌブルの䞊に眮いたレポヌト甚玙を取るず、自分の曞いた文字をもう䞀床読み始めた。
    「あの日、球堎で、少幎に䌚った。確かに䌚ったんだ」
     そう口に出しおみるず、『この話  君には芚えおおいおほしいの』ずいう声が聞こえおきた。
    「誰だっけ これはいったい、誰の声だっけ」
    そう蚀いながら、再びあの日のゲヌムを思い出そうず倧きく深呌吞しながら目を閉じた。
     
    䞃回からレフトの守備に぀いた。
    そしお倧きく䞊がったレフトフラむをキャッチした。ワンアりト、チアリヌダヌや䜓育䌚本郚の倧きな声揎が聞こえた。次のバッタヌが打った打球が倧きく打ち䞊がっおサヌド付近のスタンドぞ入った。そのボヌルを目で远いかけおいるずボヌルが萜ちた座垭シヌトの盎ぐ偎に長厎ヒカルが座っおいた。
    「長厎ヒカル」
    䞀瞬目に留たった芳客垭に座る長厎ヒカルは、圌氏ず䞀緒に芳戊に来おいた。節の頭には『スキャンダル』ずいう蚀葉ず電車の䞭で芋た䞭吊り広告、週刊誌の䞀面トップの文字が浮かび䞊がっおきた。
    『朝ドラ女優長厎ヒカル 劊嚠・䞭絶・二股 倚重スキャンダル』
    ネットニュヌスやでも倧隒ぎしおいた人気朝ドラ女優のスキャンダルは、瞬く間に日本䞭を駆け巡った。普段テレビなど芋ない野球郚員のなかでも話題になるほどだった。節はスキャンダラスな圌女が、真っ昌間から圌氏を連れお球堎に来おいた事に驚いおいた。
    『確かにそれは驚きだったけど、誰かから圌女の話を聞かされたんだよな 』
    この長厎ヒカルの事を思い出す必芁性に若干の疑問を感じた節だったが、倢だず䞀蹎されたあの匷烈な䞉幎間の出来事の蚘憶が急速に薄れおいくのに必死になっお抵抗するように、長厎ヒカルのこずを思い出そうず蚘憶を蟿った。
    『倢は目芚めれば忘れるもの。それを認めおしたうこずはあの䞉幎間ずいう出来事すべおが無意味な倢物語だったずいうこずを意味するが、その倢の力によっお今たでコ゜コ゜隠れるように生きおきた人生から、倧奜きな野球を本栌的に始めるずいう人生初の倧決断ずそれに䌎う地獄の特蚓、そしお遂に党囜倧䌚で優勝を勝ち取ったずいう誇りがこの魂に刻み蟌たれおいる事実は、僕以倖いったい誰が蚌明できるずいうのだ この倢ず蚀われるものが䟋え倢であっおも、それを僕自身が認めおしたえば、本圓に単なる倢に終わっおしたう。でも僕がそれは玛れもない魂の蚓緎だったず信じるこずで、それは氞遠に僕自身の経隓ずしお僕の䞭で生きるはずだ 䟋え鍛えたはずの肉䜓は歩けないほど痩せおいおも、この魂は、あのずきグラりンドに立っおいた僕の魂ずたったく同じものだ』
    節はもう䞀床倢で経隓したどんな些现な出来事でも思い出したいず匷く意識を集䞭させた。次第に寮宀で曞いたあのレポヌトにも長厎ヒカルのこずを曞き出しおいた蚘憶が蘇っおきた。節の倧切な思い出が薄れゆくなか、なぜ長厎ヒカルのこずなんかを思い出すのか倚少理解に苊しむずころではあったが、些现な出来事から他の䜕かを思い出すかもしれないず、積極的に長厎ヒカルのこずを思い出そうず努めた。
    「そうだ、その誰かが『だけど君には芚えおおいおほしいの』ず蚀ったのが長厎ヒカルのこずだった」
    節は倧きく深呌吞するず瞑想するように長厎ヒカルに焊点を合わせた。
    『 誰かが、誰かが僕に蚀った 。圌女が本圓に奜きな人は高校時代の同玚生の  。最初にスクヌプされた人。その時すでに圌女のお腹の䞭には圌の子䟛がいた。でもそれを事務所に盞談した盎埌、匷制的に䞭絶手術を受けさせられた。それもどこからか挏れおしたっお、事務所も隠しきれなくなった。そこぞ同じ事務所の岡野亚が近づいおきお圌女を車に茉せホテルに入るずころをスクヌプされた。圌女は同玚生の  のこずが奜き  』
    節はもう䞀床あのずき誰かから聞いた話を思い出そうずした。
    「誰かが長厎ヒカルず芪しげに話しおいた。本圓に奜きな人は同玚生の圌。事務所が匷制的に䞭絶手術をした。それもスクヌプされ䞖間からバッシングされた。すべお終わっおしたった。せめお圌には真実を䌝えたい 」
    䜕床か繰り返し同じシヌンを思い出そうずしたが、聞いたはずのその同玚生の圌氏の名前がどうしおも思い出せなかった。
    スマヌトフォンのブラりザを起動させお『長厎ヒカル』を怜玢するず『劊嚠ず䞭絶に加え二股䞍倫・前代未聞の倚重スキャンダル』ずいう文字が飛び蟌んできた。『今床のお盞手は俳優で同事務所先茩の岡野亚』で『劻子持ち』ず曞いおある。『長厎ヒカル、赀信号を無芖しお亀差点に突っ蟌みトラックず衝突しお意識䞍明の重䜓』ずいう蚘事が芋぀かった。そしお『プロダクション事務所が圌女ず契玄を打ち切った』ずいう蚘事もあった。
    『倢の䞭ではスキャンダルで倧きく報じられた長厎ヒカルが本呜の圌氏ず䞀緒に球堎に来お、僕の友達にその事を話し、その友達が僕にそれを䌝えた  しかし珟実では圌女は事故を起こしお意識䞍明の重䜓で、事務所も契玄を打ち切ったずある。圌女が圌に䌝えたいこずは、圌女が奜きなのが同玚生の圌だったずいうこず  そしおおそらく 』
    節はしばらく悩んでいたが、倧きく深呌吞するずスマヌトフォンを取り出しプロダクション事務所の電話番号を調べおダメ元で問い合わせを詊みた。ずころが事務所は、すでに長厎ヒカルずの契玄を終了させおいたこずで以倖にあっさりず圌女の入院しおいる病院を教えおくれた。
    「ああ、その件ですか。圌女はあおば台総合病院に入院しおいたす。はい、それ以䞊申し䞊げるこずは䜕もありたせんので、ご自由に」
     プロダクション事務所の察応は冷たいものだった。節はネット䞊に流れおいる情報を远った。チャンネルや誰かのブログなどいく぀か調べおいくず、同玚生ずいう人物が誰なのか、人物を特定しようずする動きが芋えおきた。しかしたた別のサむトでは、『この人知っおる』ず勘違いした人が、間違った人物を䞊に挙げたこずで、その間違えられた人が䞊で誹謗䞭傷を受ける状況も確認できた。
    『これじゃあ、本人も間違えられた人も、倧倉だ ネット䞊でこれだけ犯人探しみたいのが起きおいお、しかも停情報がこれだけあるのか 参ったぞ、これは』
     
    コンコン
    ドアのノック音がしお看護垫が怜蚺のために入っおきた。
    「柳田さん、怜蚺です。具合の方はいかがですか」
    「お陰様で蚘憶以倖は絶奜調です。次の䞭西さんの勀務はい぀かご存知ですか」
    「明埌日の准倜だったず思うけど」
    「そうですか、ちなみに看護垫さんはネットずかパ゜コンずか埗意ですか」
    「人䞊みよ。でももう今じゃぁ、キヌボヌドアレルギヌの人の話は聞くこずはなくなったわね。みんな普通にパ゜コンで䜜業するし、でも今の若い子たちはパ゜コンよりもスマホかな 柳田さんもそう」
    「いえ、実はちょっずだけ知恵をお借りしたいんですけど、実は蚳あっお人を探しおいるんです。どうやっお探したらいいかわかりたす」
    「そうねえ、知りたいのは名前」
    「はい、そうなんです。でもどうやっお調べたらいいのか  」
    「  そう、出身高校ずかは」
    「それは調べればわかるず思いたす」
    「高校の友人や担任の先生に聞いおみるずか」
     
     怜蚺に来た看護垫のアドバむスでりィキペディアを䜿っお長厎ヒカルを調べるず出身高校が出おいたので早速高校に電話をかけた。
    「もしもし、私は二幎前の卒業生ですが、実は同窓䌚を䌁画しおおりたしお  はい、その、実は名簿をなくしおしたったので電話したのですが、はい、私長厎ヒカルちゃんず同じクラスだったんですけど、担任の先生は今そちらにいらっしゃるでしょうか はい、実はその、担任の先生の名前が出おこなくお あ、はい、あ、はい    」
    長厎ヒカルのスキャンダルは圓然高校にも倧きく圱響しおいた。ネットで同玚生の恋人探しが行われおいたほどの出来事だった。圓然孊校もおかしな電話をかけおくる茩に察しお譊戒をしおいた。孊校関係者の情報は誰であれ簡単に教えるこずなどなかった。節の怪しげな話し方で、圌の嘘はすぐにバレおしたった。
     
    節はその日の倕方の亀替盎埌怜蚺に来た准倜の看護垫を捕たえるずたた同じこずを尋ねた。
    「ん、難しいわね それっお。フェむスブックで同じ孊校の生埒を探しお友達申請しおみるずか、その誰かの䜏所や職堎などがわかればそれを远っかけおみるずか。もちろん誠意を蟌めおね」
    節はダメ元で長厎ヒカルの同窓生を探し始めた。フェむスブックから同窓生を探し出すず、その党員にトモダチ申請をかけおみたが誰からも承認されるこずはなかった。節自身フェむスブック登録したばかりだったこずで、ただ誰もトモダチがおらずそれが原因で怪したれたのだろう。節は病宀に入っおくる病院関係者に片っ端から声をかけた。
    「フェむスブックでトモダチ申請するから了承ボタン抌しおください。お願いしたす」
    その甲斐あっお、どうにか五人の看護垫ずトモダチになるこずができた。節は自己玹介の欄が空欄になっおいたのでこの欄も埋める必芁があるず思った。しかし、節自身自分の出身高校以前の履歎を公衚しおしたうこずに抵抗があった。少し調べるずフェむスブックの蚭定ずプラむバシヌから自分のプロフィヌルを芋るこずができる人を蚭定できるこずがわかり、出身小孊校、䞭孊校、高校ずそれぞれ蚘茉した。倧孊も興亜倧孊ず堂々ず蚘茉したが、野球郚ず曞くべきかどうかに぀いおは非垞に悩たしいずころだった。
     
    あたりに長く悩み続けお疲れおしたい、䞀旊蚭定を䞭断するず、病宀に䞭西がやっおきた。
    「そうか、でもヒカルちゃんの圌氏の居堎所がわかった埌、フェむスブックはどうする぀もり」
    「そうですね、そのたたにしおおいおもいいですけど、僕はあたり趣味じゃないんですよ、こういうっおいうや぀は」
    「そう。なら野球郚っお曞いおもいいんじゃない。だっおあなたずトモダチではない誰かがあなたのプロフィヌルを芋るこずは出来ない蚭定なんでしょ それに、あなた自身自分が野球郚だったこずを認めおないの」
    節は䞭西の鋭い指摘を受けるず、もう䞀床自分自身に蚀い聞かせるように呟いた。
    『僕は、興亜倧孊野球郚だった  。この魂は間違いない  』
    節はスマヌトフォンを手に持ち、震える指で『第䞃〇回党日本野球遞手暩蚘念倧䌚』ず怜玢した。そこには『優勝 慶陜倧孊』ずなっおいお興亜倧孊は準決勝で城南孊院倧孊に砎れおいた。節はしばらくの間そのたた固たったように動けなかった。
    「怜蚺です」
    䞭西が目の焊点の合っおいない節を芋お「さあ、䜓枩を枬っおください」ず蚀っお䜓枩蚈を枡した。ボヌッずしたたたの節が巊手にスマヌトフォンを持ったたただったので、䞭西はそのスマヌトフォンを取り䞊げたずき画面に『第䞃〇回党日本野球遞手暩蚘念倧䌚は慶陜倧孊が優勝』ず衚瀺されおいるのが芋えた。
    『圌にずっおの倧切な思い出のひず぀が、たた消えおしたった』
    䞭西はそのたた黙っお怜枩しようずしたずき、節の目から倧粒の涙が溢れおいた。圌女は無蚀で節の巊腕に血圧蚈のカフを巻き぀け送気球を握った。怜蚺を終え、バむンダヌに数倀を曞き蟌むず、もう䞀床節の顔を芋た。そしお悲壮な衚情を浮かべる圌にかける蚀葉もなく病宀を出た。
     
    数日埌、䞭西が節の病宀を蚪れるず節はレポヌト甚玙に䜕やらせっせず忙しく曞き蟌みをしおいた。邪魔しないように無蚀で䜓枩蚈を枡すず曞く手を止めた節が顔を䞊げた。
    「䞭西さん、長厎ヒカルの圌氏の名前がわかりたした」
    「えっ、本圓 いったいどうやっお芋぀けたの」
    「僕のフェむスブックの自己玹介欄に野球郚っお曞いたんです。珟圚怪我をしお入院䞭なのでどなたか僕の盞手をしおくださいっお曞きたした。トモダチ申請のずきのメッセヌゞにも同じこずを曞いたんです。そうしたら長厎ヒカルの同玚生䞉人ずトモダチになれたした」
    あたりにもあっけらかんずしお話す節の顔を芋ながら、䞭西は『躁鬱病にでもなったのかしら』ず内心疑った。
    「そう  それはすごいわね  」
    「僕、友だちになった圌らにダむレクトに聞いたんですよ。『メッセヌゞ』を䜿っお。長厎ヒカルちゃんの圌氏っお誰っお。そうしたらその䞭のひずりが教えおくれたんです。橋本マサトくんだっお。でもそこからが少し倧倉でした。僕は最初に文字通りの『橋本マサト』さんを探したした。でも人違いだったんです。幎霢も出身校も違いたした。もしかしたら挢字が違うのかなっお思ったんですが、それもたるで雲を掎むようで  」
    「でもどうやっお怜玢したの」
    「『橋本マサト』っお教えおくれた人から、サブ情報をもらったんです。本人が千葉県䜐倉垂にあるむタリアンレストランで芋習い修行しおいるっお。そしおネットで長厎ヒカルず䜐倉垂むタリアンで怜玢したら䞉件のレストランがヒットしたした」
    「その䞉件に電話しお  」
    「そうです。『本日ハシモトマサトさんはいらっしゃいたすか 実は芋習い料理人の方向けに有名料理人による無料講挔䌚を予定しおいたす。ご案内のダむレクトメヌルを送付したいのですが、お名前の正しい挢字を教えおほしいんです。ハシモトマサトさんはどのような挢字をお曞きになるのでしょうか』っお」
    「ぞ、よくわからないけど、君、なかなか頭がいいのね。ちょっずびっくりしちゃったわ。ふん、でもたどり着いお良かったわね」
    䞭西は節の笑顔を芋お肩の力が抜けたようにホッずした。
     
    その二日埌、圓盎で節の郚屋を蚪問した䞭西は、二日前に高評䟡したばかりの節をもう䞀床地獄に投げ入れおやりたい衝動に駆られた。
    「䞭西さん」
    「ん、䜕」
    䞭西は䞊機嫌で節の顔を芋た。
    「ひず぀お願いがあるんです。実は、先日から手玙を曞いおたしお、その盞手は橋䞋雅人さんなんですが、長厎ヒカルさんの代筆だずいうこずで曞いたんです。倢の䞭で僕の友達が僕に話しおくれた通りの蚀葉を思い出しお、できるだけそのずおり正確に曞いた぀もりです。この手玙を  」
    「あら、いいわよ。お安い埡甚よ。ポストに投凜すればいいんでしょ」
    『いえ違うんです。実は  その、そのレストランに行っお食事しおきおほしいんです』
    「は 食事 どうしおわざわざそんな  」
    䞭西は『どうしおわざわざそんなこずたでしなきゃならないわけ』ず旊那ず喧嘩するずきのい぀ものセリフを抌し殺しながら目を吊り䞊げお節を睚んだ。
    「これは、その、最終的にその橋䞋さんが本圓に圌氏なのかは、本人に確認しない限りわからないこずです。電話で聞くこずも出来ず、こればかりはどうしようもないこずなんです。もし店に行っお食事しお、圌ず䞀蚀二蚀話すこずができれば、その時『長厎ヒカルさんの代筆ずしお曞いたものですが 』ず蚀っお枡したずき、受け取っおもらえるかどうかで刀断できるず思ったんです。だから  そのう  」
    「だから、私にその手玙を持っお、わざわざ千葉たで行っお、お金を払っお、そのレストランで食事しお来いっおいうわけね」
     
    数日埌、䞭西は節から蚗された手玙をハンドバッグに入れるず、い぀もよりしっかりずメむクした。昚幎賌入しおただ䞀床しか着おいないマリンブルヌのボりタむブラりスずサックスブルヌの现いプリヌツの入ったスカヌトを履いた。節には嚁圧するような態床で党身から怒りのオヌラを発しお脅しをかけおみたものの、たたにはリフレッシュのために少し遠出しおみようず思い、少し遅めに起きお少し遅めのランチを楜しむこずにした。
    䜐倉垂にあるむタリアンレストランアクアフレスカは、パステルむ゚ロヌを基調ずしたいわゆる䞀軒家レストランで、栌子の入った癜い朚圫のドアを開けるず、来客を知らせるベルの音が『カラリン、コロリン』ずリズミカルな音を奏でた。
    「いらっしゃいたせ おひずりさたでしょうか」
    明るく人圓たりの良い雰囲気のホヌルスタッフは、ただ䞀〇代ず思しき小柄な可愛らしい女の子で、䞭西を奥のテヌブル垭たで案内しおくれた。座垭の殆どの堎所から厚房が芋えるように配眮されたテヌブルは、味に自信ありずいう雰囲気を醞し出しおいた。厚房の手前に宙吊り掛けで䞊べられたたくさんのワむングラスがあり、管理された透明なワむンセラヌの䞭には、たくさんのワむンが癜い玙に包たれお保管されおいた。厚房の奥には䞈の長い垜子をかぶったシェフが料理を䜜っおおり、䞭西の姿が目に入るず「いらっしゃいたせ」ず倧きな声で挚拶をした。同時に奥にいるず思われる別の料理人も「いらっしゃいたせ」ず透明でよく通る声で挚拶した。
    䞭西は、奥の四人がけテヌブルに案内されるず、女の子がメニュヌをテヌブルに広げ、氎の入ったタンブラヌを眮くず䞀旊奥ぞず䞋がった。
    客は䞭西の他二組がテヌブル垭で談笑しおいた。
    䞭西は今曎ながらこれを匕き受けおしたったこずを埌悔しおいた。先日の東郜倧孊付属病院での出来事は結果こそ良かったずはいえ、同僚にさえ決しお打ち明けるこずの出来ない愚かな行為だった。そしお再び節からの䟝頌を受けお、のこのこ千葉たでやっおきおしたった。
    䞭西の趣味が食べ歩きだったこずが最終的な刀断だったが、それ以䞊思い浮かべるず、レストランの䞭で鬌のような感情が顔に出おしたいそうで、小さく深呌吞しながらタンブラヌに入った氎を口に含んで、ふ぀ふ぀ず湧きそうになる怒りの気持ちを鎮めようず努めた。
    「お決たりですか」
    先皋の圌女が泚文を䌺いに来たので「今日のおすすめは䜕ですか」ず蚪ねおみた。
    「圓店では、䞻に東京湟で捕れお千葉枯に氎揚げされた新鮮な魚介類を䞭心にした自家補生パスタをおすすめしおいたす。本日はワタリガニのトマトクリヌム゜ヌス・タリアテッレがおすすめです」
    「そう、矎味しそうね。じゃあ、それをひず぀お願いしたす」
    「ハむ、かしこたりたした。しばらく 」
    「それず、こちらに橋䞋雅人さんはいらっしゃいたすか」
    「ええ、奥の厚房におりたすが、お呌びしたすよ。お知り合いの方でしょうか」
    「いえ、垰り際に声をかけるから、今はいいわ、ありがずう」
    「かしこたりたした。それではしばらくお埅ちくださいたせ」
    圌女はそう蚀うず五〇〇ミリリットルほど入る小さなガラスのりォヌタヌピッチャヌをテヌブルの䞊に眮いた。
    食べ歩きが趣味の䞭西にずっお、このレストランの味はお䞖蟞抜きにかなり䞊䜍に入る味だった。東京湟の新鮮なワタリガニずトマトクリヌム゜ヌスの組み合わせはうっずりするほど濃厚で矎味しかった。そこに生パスタのタリアテッレが至犏の゜ヌスを絡めお匟力のある麺を噛むたびに錻から抜けるワタリガニの颚味が、行ったこずのないむタリアのシチリア島を連想させた。
    『平日じゃなかったら、旊那ず子䟛を連れお䞀緒に来かかったな』
    䞭西が食べ終わるタむミングを芋蚈らうようにしおフロアスタッフの女の子がやっおきた。
    「あの、橋䞋をお呌びしたしょうか」
    䞭西は䞀瞬ギクッずしたが、談笑しおいた二組の客はすでに垰っおいお、圌女の申し出に「えヌっず、はい、お願いしたす」ず现い声で答えた。
     
    「はい、橋䞋ですが  」
    䞭西の前に立ったこの青幎は、身長䞀八〇センチくらいあり、顔は陜に焌けガッチリした䜓栌の青幎だった。圌女の看護垫ずしおの目で芋る圌のただ成長しきれおない顔立ちの県の奥には、鈍く光る猜疑心を挂わせた少し萜ち着きのない瞳が確認でき、その䞭には深い心の傷があるように感じられた。そしおその衚情に䞭西に察する譊戒心が芋お取れた。䌞びた髪の毛をどう凊理しおいいのかわからないたたヘアワックスをたっぷりず付けおいる雰囲気は、孊生時代の運動郚で坊䞻刈りだったこずを想像させた。
    「あの 私に䜕か」
    呌びかけに反応しない䞭西に、もう䞀床同じ蚀葉を繰り返す圌の口調からは、䞍信感を募らせるような苛立ちも感じられた。
    「ごめんなさい、急に呌び぀けたりしお  少しだけお時間あるかしら」
    「えっ だ、倧䞈倫ですが  」
    蚀葉ずは反察に、ずおも抵抗感のある返事が返っおきた。
    「ごめんなさい。実は少しややこしい話なんだけど、ある人に䟝頌されお来たの。私は東京で看護垫をしおいる䞭西ず申したす。あなたは橋䞋雅人さんで間違いないかしら」
    「ええ  」
    圌の深くガヌドするような雰囲気を感じた䞭西は、ストレヌトに話しをするこずに決めた。
    「実は私の患者さんに䞉幎近くも意識䞍明で寝たきりの方がいたした。その方は぀い最近目芚めたんですが、その間に氞い倢を芋おいたようなんです。その方が話す倢の䞖界は驚くほど矛盟がなくはっきりずしおいお、それを聞いた医者も驚くほどです。ですが、それはあくたで倢の䞭のお話で、実際は珟実ずのギャップがありたす。私は圌の担圓看護垫ずしお圌のギャップを埋めおあげたいず 」
    「あの、それず私ずどういう関係が」
    「その患者が曞いた手玙を持っおきたした。橋䞋雅人さん、その患者があなたに曞いた手玙です。でもそれは、患者の 」
    蚀いかけた䞭西はこれ以䞊説明するずたすたすややこしくなるず思い、話を途䞭で切り䞊げるず、ハンドバッグの䞭から䞀通の手玙を取り出しお橋䞋に差し出した。
    「䞖の䞭にはハシモトマサトずお読みする氏名を持っおいる方が倧勢いらっしゃるず思いたす。この手玙の裏をご芧になっお、もし人違いであなたが該圓者でなければそのたた手玙を私に返しおください」
     橋䞋が怪蚝そうに眉間に皺を寄せながら手玙の衚面を芋るず、そこには『橋䞋雅人 様』ず曞かれおおり、手玙をひっくり返しお裏を芋るず『柳田節長厎ヒカル様の代筆』ず蚘茉されおいた。手玙の裏を芋た途端、圌の顔色がみるみる倉化しおいった。圌が狌狜えるような声で「読んでも 、いいですか」ず聞くず、䞭西は「あなた自身が読む資栌があるずお考えになるのならばどうぞ、そしおこの堎でお読みください」ず答えた。
     
    『前略 突然このような圢で手玙を曞く倱瀌をお蚱しください。この手玙は圌女、぀たり長厎ヒカルさんの代筆で曞いおいたす。さお、実は私は亀通事故で郜内の病院で䞉幎近くも意識䞍明になっおいたした。そしおひず月ほど前に目芚めたばかりです。私はその䞉幎の間に氞い倢を芋おいたした。しかしこの倢は、私にずっおかけがえのない珟実でした。倢の䞭の私は興亜倧孊の野球郚に入郚し、䞉幎生のずきの党囜倧䌚で優勝したした。その決勝戊のずきスタンドにいたのが長厎ヒカルさんず隣に座る橋䞋雅人さんでした。そしお圌女の右暪には私の友達が座っおいたした。この二人は初察面のはずなのに䜕やら真剣に長い話をしおいたした。
    詊合の埌、その友人は私に「君には芚えおおいおほしい」そう蚀っお長厎ヒカルさんず二人で話した内容を私に話しおくれたした。その内容を以䞋に蚘茉したす。
    「私が本圓に奜きな人は同玚生の橋䞋雅人くん。あのデヌトがスクヌプされおすぐに劊嚠したのがわかりたした。でもそれは私にずっお倧切な宝物でした。私は芞胜界を蟞める぀もりでマネヌゞャヌに劊嚠を盞談したら、すぐ瀟長たで話が飛んでそのたた病院に連れおいかれたした。抵抗する私でしたが、膚倧な契玄違反金のこずで脅されお無理やり䞭絶させられたした。病院で私がずおも抵抗したので倧隒ぎになり、話が蔓延しお結果的に倖郚に挏れるこずになりたした。こうなっおしたえば女優の生呜線は絶たれたも同然です。そんな時、同じ事務所の岡野亚が盞談に乗るず蚀っお無理やり私をホテルに連れ蟌みたした。そこもたた芞胜蚘者にスクヌプされたした。そしおそんな事が続いた埌、私は呆然ずしながら車を運転しお事故を起こしたのです」
    これが、私の友人が私に打ち明けた長厎ヒカルさんの真実の話です。目芚めた私はむンタヌネットなどを駆䜿しお橋䞋さんの居堎所を突き止め、倢を思い出しながらこの手玙を曞きたした。䞉幎間の倢から芚めるず、倢ずは違う珟実に混乱したしたが、私は倢の䞭で長厎ヒカルさんの倢ず亀錯したんじゃないかず考えたした。倚分圌女は、橋䞋さんにずおも䌚いたいず思っおいるず感じたした。圌女は東京郜枯区にあるあおば台総合病院で今も意識䞍明のたた入院しおいたす。できれば圌女の手を握っおあげおください。䜙蚈なおせっかいをしたこずをお蚱しください。 早々』
    橋䞋は震える手でこの手玙を読んで涙を流した。
    「その手玙は差し䞊げたす。私の圹割はここたでです。ごちそうさたでした。でもここのパスタは絶品だったわ。今床家族ず䞀緒に来たすね」
    䞭西は䌚蚈を枈たせお倧きな声でお瀌を蚀うず、ただその堎から動かずに呆然ず立぀橋䞋の前たで戻った。
    「埌は、その手玙を読んでどうするのかは、あなたに蚗したわ。私はこれ以䞊䞖話を焌かないから。どうするかは自分で決めなさい」
     
     
         九
     
    䞭西はあの二぀の説明できない䞍思議な出来事に関わったこずで、倜もよく眠れない日々が続いおいた。
    『私自身が柳田さんを幻想から救っおあげたいず考え、レポヌト甚玙ずボヌルペンを枡した。そしお圌は忘れ消えゆく倢の䞭の出来事を思い出そうず必死になった。やがおひず぀の出来事を思い出した。圌からその倢の䞭で出䌚った翔くんの調査を䟝頌された時、私は圌の気が収たるのであればず思い、圌の思い通りに動いた。あれは、単なる偶然なのだろうか しかしそのこずを深く考えれば、圌の倢の䞭で同じく倢の䞭にいる翔くんが、自分の願いを䟝頌したものず考えおしたう。そしお次に圌が思い出した出来事は、人気女優の長厎ヒカルだった。圌女もたた意識䞍明で入院しおいお、その心䞭は蚈り知れないほど傷぀いおいただろう。圌女もたた倢の䞭で柳田さんに働きかけたのだろうか しかし、仮にそうであれば、二人は圌が目芚めるこずを知っおいたずいうこずになる。そしお自分自身は自分の力で目芚めるこずが出来ないずいうこずもわかっおいたずいうこずなるが、珟実的にそんなこずがあり埗るのだろうか そんなバカな  』
    寝返りを打った䞭西の脳裏に、看護孊校時代に受けた脳に関する講挔䌚でのこずが浮かんできた。それは確かコンピュヌタ科孊の有識者であり倧孊の教授でもあり、さらに超垞珟象を科孊するずいう研究もされおいる方の特別講挔䌚だった。
    『  蚘憶が䜜られるずき、空想ず珟実が混ざるず困りたす、ですから脳は、「これは珟実のできごずではない」ずいう刀定ラベルのようなものを付けおきっちり区別するんですね。もしもあなたが寝がけおいたり、亀通事故や䜕かで脳がダメヌゞを受けたりするず、このラベルが剥がれる堎合がありたす。そうなるず脳は幻芚ず珟実の区別が぀かなくなりたす。たずえばこんな話を聞いたこずはないでしょうか 医者が死亡刀定した人、たたは蘇生掻動が遅延した堎合、瀕死たたは法医孊䞊死亡ず蚺断された方が、ごく皀に生き返っおしたうこずがありたす。その方々は呌吞が止たり、心臓が止たり、やがお生物孊䞊の死ずいう時間を肉䜓的に経隓したす。そういう方々のこずを臚死䜓隓者ず呌んだりしたすが、圌ら臚死䜓隓者がお花畑や䞉途の川を芋おきたず語るのを、皆さんもテレビか䜕かで芋たこずがあるず思いたす。科孊的芋解でそれを説明する堎合、それは脳が仮死状態ずなり「幻芚ずいうラベル」が぀かないたた、もしくは剥がれた状態で蚘憶されたずいうこずになりたす。だから臚死䜓隓者はこのお花畑を「珟実」ず感じおしたうんです。たた私はこんな話を聞いたこずがありたす。脳梗塞から回埩したあるゞャヌナリストの話です。圌は脳梗塞によっお脳の䞀郚が壊れおいたずき、トむレの戞をあけるず䟿噚に巚人が座っおいるずいう幻芚をはっきりず芋お、それを珟実ずしお受け入れるしかなく、筆舌に尜くしがたい恐怖を味わったず蚀っおいたした。面癜い話ですよね 巷でよく聞く金瞛りも、半分寝がけお脳が朊朧ずしおいるずきにはうたく䌝達されない神経が麻痺状態のようになっお、それを䜓に起きた異倉ず捉えたす。「金瞛り」ずいう蚀葉が埌付され䞖に知れ枡るこずで、これがよりリアルな珟象ずしお認知されおしたうんです。修行僧や新興宗教の信者が荒行ず称する眠らない修行䞭に神の声を聞いたり、明るい光に包たれたりしたず口を揃えおいうのも、たた脳のラベルに起因するのかもしれたせん。私は、超垞珟象の党郚を吊定はしたせんが、それは脳のラベルが䞀時的に倖れたんでしょう。そのように考えれば、以倖に説明の぀くこずがたくさんありそうですね  』
    䞭西は科孊的根拠ずいう抂念を理解し぀぀も、そこにある皮の疑問があるこずに気が぀いた。
    『科孊は垞に珟象を理論立おお説明しなければならない。しかし、自分自身の実䜓隓でないこずを赀の他人である孊者が、いったいどうやっお説明するずいうのだろう 実䜓隓ずいう出来事を些现ないく぀かの蚀葉を前提に枠組みしおしたうこずで、すでにその蚀葉ず実䜓隓はたったく別のものになっおいるのではないのだろうか 実際の䜓隓者が話したずされる䞀文をだけを抜き取り、それを前提条件ずいうこずにしおそこから考えられるこずを無理矢理科孊的に説明しようずしおいるだけで、䞍思議䜓隓をしおいない者にずっおは、孊者が説明した科孊的芋解は「なるほど」ず思えるのかもしれないが、䞍思議䜓隓をした者がもしあのような講挔を聞けば、「そんな取っお付けた様な説明はおおよそ芋圓違いの説明だ」ず蚀うかもしれない  』
     
    「キャヌ」
    深倜の病棟に鳎り響く悲鳎は、圓時䞀緒に圓盎しおいた看護垫の声だった。圌女は昚日亡くなった患者さんの幜霊を芋たずいっお震えおいた。このようなこずは看護垫であれば誰もが経隓しおいる。医療ずいう科孊的根拠を甚いた仕事に携わるなかで、これら䞍思議な非科孊的ず呌ばれる出来事を真正面から吊定する看護垫がいないのもたた事実だ。
    䞭西は特に䞉幎近くも眠ったたただった節が、倢の䞭で特殊な䜓隓をしおいたずしおも䞍思議ではないず考えおいた。その倢の䞭に集合した人物たちの意識が、やがお節が目芚めるこずを知っおいお、圌に垌望を蚗したずいうこずも、あるいはあるのかもしれないず考えた。
    『圌が思い出した二぀の出来事が、その蚌明なのでは  』
     
    『亀通事故で意識䞍明の長厎ヒカル、䞀ヶ月ぶりに目を芚たす』
    千葉たで出向いおから䞀〇日が過ぎた。ネットニュヌスに曞かれた小さな蚘事に䞭西自身が驚きに包たれおいた。節の曞いた手玙を読めば節の話したこずが事実であり、節の芋た倢での出来事もたた事実であるこずがわかる。長厎ヒカルも節の倢を通しお圌女の思いを蚗したのかもしれない。圌がした倢の䞭の䜓隓によっお䞀〇日間も意識䞍明だった翔くんが目芚め、䞀ヶ月も意識䞍明だった長厎ヒカルが意識を回埩した。
     
    䞭西は二぀の奇跡的な出来事を思いながら、吊が応でも効のこずを思い出さずにはいられなかった。䞭西には぀い最近たで効がいた。圌女は脳挫傷で長い間意識䞍明になっおいた。圓時ただ看護孊校に通っおいた䞭西は、毎日効の回埩を祈り続けた。やがお䞉幎が経ち正看護垫になっお病院で働いおいたある日、ラグビヌのリヌグ戊が地元で開催されたが、䞭西はそのゲヌムで靭垯を損傷しお運ばれおきた地元出身遞手の看護を担圓する事になった。䞭西ずしおは他の患者同様に接しおいた぀もりだったが、その患者に芋初められ、もうすぐ退院する頃にこの遞手から突然結婚を申し蟌たれた。断るにしおもどのように話せばいいのか悩み続ける圌女の倢枕に効が珟れた。
    『お姉ちゃん、本圓は嬉しいんだよね でも䜓裁や䞖間䜓ばかりが気になっお、本圓の気持ちずは党く別の理由で断ろうずしおいるんでしょ』
    『だっお、もしかしたら冗談かも』
    『でもお姉ちゃん、䞭西さんが本気だっお知っおるじゃない。どうしお自分にそんな嘘぀くの』
    『でもおかしいじゃない。私に、こんなこずっお』
    『あら、結構あるんじゃない。それに、本圓は、私が足かせになっおるんでしょ 結婚すれば富山から東京に行かなきゃならないんだし』
    『そんな蚀い方ないでしょ。家族が䞀番倧切なのに決たっおるじゃない』
    『じゃあ聞くけど、もし私が健康で、でもずおもお嫁に行けそうもない怪獣みたいな顔だったずしお、その私がお姉ちゃんだけ結婚するなんおズルいず蚀ったら、お姉ちゃんどうする』
    『䜕を蚳のわからない 』
    『いいえ、この二぀は二぀で䞀぀の質問よ。さあ、どうなの』
    『  』
    お姉ちゃん、チャンスは䜕床もないよ。チャンスが来た瞬間に行動できるかどうかは、䞍断の努力ずニュヌトラルな姿勢や心の圚り方で決たるのよ。折角やっおきた機䌚を逃せば、次の機䌚は盞圓遅くなっおしたうわ』
     
    倢の䞭で効は、折角やっおきたオファヌを断らないでいれば、い぀か必ず良いこずがあるず蚀っおその申し蟌みを受けるようにず促した。目芚めおもその倢がたるで実䜓隓のように鮮やかに芚えおいるのが䞍思議だった。それにしおもかなり迷ったが、圌の『諊めたせん』ずいう誠意ある蚀葉もあっお、そしお䞡芪も『爜(さや)花(か)ちゃん、あんなに枅々しい奜青幎は、そうそういないわよ』そう蚀っお結婚を埌抌しした。そしお腹を決めなければならない時、再び倢枕に効が登堎しお『お願い、私のためにも』ず祈るように蚀った。 
    効が倢枕に登堎するこずは他にもあった。東京に移䜏しおから再び看護垫の資栌を生かしお勀務する病院を探しおいたずき、『この病院が良いず思う』ず効に教えられたのが珟圚勀務する歊蔵野医科倧孊病院だった。
    しかし、結局効の容態は回埩するこずはなかった。医孊的に芋おも脳の半分が脳死状態だった。自発呌吞があるので完党に脳死ずいう刀断ができない状況だった。そしおその機胜しおいた郚分の脳も次第に掻動をやめた。䞭西にずっおこの意識䞍明の患者ほど献身的に察応しなければならないず思わされるものはなかった。幞い節に関しおは、目を芚たさない理由が䞍明ずいうだけで、肉䜓的な問題はなかった。
    圌が䜓隓した二件の出来事は、同時に効のこずを思い出させ、䜕よりも人の脳、たたは意識ずいうものが倢の䞭で繋がるこずがあるずいう蚌明ずなった。そしおこれらを考察に加えるず、それらは単なる倢や幻想ではなく、すべお珟実のものだず考えざるを埗なくなるのだった。
    しかし䞭西が効のこずを思い出すずき、同時に悔しさも蟌み䞊げおきた。効は孊校の成瞟もよくスポヌツも埗意だった。加えお吹奏楜郚の郚長もしおいお、毎幎党囜倧䌚でも䞊䜍に入賞しおいた。圌女は文化祭実行委員長ずしお䞭孊䞉幎生最埌の文化祭で䜕をするかに぀いお実行委員䌚で話し合っおいた。圌女の通う䞭孊校は䞭西が通っおいた䞭孊校ず同じ孊校だったが、圓時から颚玀が乱れ気味で校内暎力ずいう問題も目立っおいた。文化祭実行委員の委員䌚出垭率もあたり良くはなかったず聞いおいた。効は実行委員長ずしお間近に迫る文化祭の䌁画を出垭するメンバヌだけで組立おおいた。䌁画も決たっお準備を始めた頃に、今たで出垭しなかったメンバヌが出おきたず思ったら、勝手な発蚀をし始めた。効が䞭心になり圌らの意芋を华䞋しお予定通りの䌁画で文化祭を開催した。これに腹を立おた連䞭が効を呌び出しお暎行を加えた。効を抌さえ぀け頭に石を投げたのだった。その結果効は脳挫傷を起こし意識䞍明の重䜓ずなった。い぀か必ず目を芚たすず毎日祈り続けたが、結局は叶わぬ倢ずなった。機胜しおいた脳がゆっくりず機胜を停止し自発呌吞が止たり人工呌吞に切り替えるのかどうかを家族に刀断しおもらうずき、実家の䞡芪は効に人工呌吞を付けるこずを拒んだ。
    それ以埌効は䞀床も倢枕には立っおくれない。それが䜕を意味するのかはわからないが、䞭西自身が感じる悔しさの正䜓は、『どうしお効だけに奇跡が起きなかったの』ずいうこずだった。䞭西にずっお倢が倢でも、仮に倢ずいうものが珟実に関わっおいおも、そんなこずはどっちでも良かった。効にだけ奇跡が起きなかったのだ。いくら献身的に患者を看護しおも、䞭西が䞀番奇跡を望んだ効が死んだずいう事実が、耐え難い陰鬱ずなっお柱のように心の底に沈殿しおいた。
     
     
         䞀〇
     
    節のリハビリ蚓緎は順調に進み、リハビリから二ヶ月が経った頃、遂に車怅子から降りお束葉杖を䜿った歩行蚓緎が開始された。やせ现った倪腿の筋肉は䜓を支えるにはただ䞍十分だった。束葉杖で立぀こずができるようになれば同時に倪腿の筋力トレヌニングにもなる。午前䞭のリハビリセンタヌでは平行棒を䜿った歩行蚓緎を繰り返した。腰から䞋の神経に脳からの指什がただ十分に届かないようで、䞋半身の指先にたで力が入らなかった。
    「柳田さん、ちょっずむンタヌバルしたしょう」
     理孊療法士の岞田は機転の効くクレバヌな人だった。負けず嫌いの節に察し䌑憩ずいう蚀葉を遣えば『ただただ』ずいう返事がくるこずを理解しおいた。぀たりむンタヌバルずいう蚀葉で誘導し、無理な蚓緎をさせないように調敎しおいた。節もこの緎習方法は野球郚の緎習ず䌌おいるず思っおいた。だから岞田に信頌を寄せお圌の出す指瀺に忠実に埓っおいた。
    「あずもう䞀回で今日の蚓緎は終了です。午埌は病宀で腕ず腹筋のトレヌニングをしおください。するなず蚀っおもやりそうですけど」
    二人で倧きな声で笑うず、他のリハビリの方が蚓緎で䜿甚しおいた盎埄二〇センチほどのゎムボヌルが転がっおきた。岞田がさっず立っおボヌルをキャッチしお転がすように返球したずき、節の脳裏に䞊玚生に抌さえ぀けられながら顔面にボヌルを叩き蟌たれたシヌンず救っおくれたサチオの顔が浮かんできた。
     
    病宀に戻った節はすぐにレポヌト甚玙を手に取るずサチオのこずを曞き始めた。そしお倢の䞭で誰かにサチオの話をしたこずがあったこずを思い出した。この些现な蚘憶のフィラメントを手繰り寄せるようにレポヌト甚玙に曞き蟌んだ。
    『これは倢なんかじゃない、実際の出来事だ。サチオのこずは忘れない。䞊玚生たちに抌し倒され顔面にボヌルを投げ぀けられたずき助けおくれた僕のヒヌロヌだ。でもそれ以埌話をするこずもないたたどこかに転校しおいった。サチオは䞉幎間の倢の䞭にも出おこなかった。そしおサチオの手がかりも䞀切なかった。苗字も未だ思い出せないたただ。小孊四幎生の䞀孊期だけいた圌は卒業アルバムにも茉らず、同玚生にサチオの苗字を聞いたこずもあったが、誰も芚えおはいなかった。難しい苗字ではなかったのでどこかで同じ苗字を芋ればそれだずわかる自信はあったが  、これたで同じ苗字の人に出䌚ったこずがなかったのか それずも、単に僕の蚘憶違いなのか  』
     
    「どうしたの 今日はあたり元気がないみたいね」
    䞭西が病宀に来お怜蚺の準備をしながら節に声をかけた。
    「これは倢の䞭の出来事ずは違うんですが、もう䞀぀重芁なこずを思い出したんです。僕が小孊生のころ、僕はいじめられっ子でした。その時助けおくれた転校生がいたんです。名前はサチオ。苗字は  、よく芚えおいないんです」
    「サチオっおどんな字」
    「実は、それさえわからないんです。でもどうしおも圌に䌚いたいず思ったので、僕は野球郚に入ったんです。優勝したずきの翌日のスポヌツ新聞を芋お、サチオが連絡をくれないかなっお、ずっおも期埅しおいたのに 」
    圌女は垃団をはぐるず、匱々しく答える節を暪目に看護垫の冷静な雰囲気を醞しながら事務的な態床で接した。
    「そう、ゆっくり手がかりを思い出せばいいじゃないの。さあ、リハビリ、リハビリ。午埌のリハビリ、党然しおないんじゃないの」
    圌女は節に気合を入れるず䜙蚈なおしゃべりはせずにさっさず病宀から出おいった。
     
    䞭西は昚倜もよく眠れず䞀晩䞭モダモダしながらいろいろなこずを考えおいた。そしお節の長い倢が誰かず繋がっおいるず考えるこずは自然なこずだず結論付けおいた。䞭西もたた倢の䞭で効ず繋がっおいたず信じおいたからだ。
    『倢の䞖界がどうなっおいるのかはわからないが、助からなかった効のこずを考えるず、どうしおも私の関わったこの二件の奇跡を手攟しで喜ぶこずは出来ない』
    䞭西は自分の心の底に朜むドロドロした柱をはっきりず感じおいた。そしお、節の倢の䞭での䜓隓にこれ以䞊深く関わるのは、看護垫ずしお間違っおいるかもしれないず思い始めおいた。
    『奇跡は二床も起きた。しかし、起きなかった奇跡もあった。本圓は、ただそれだけのこずなのだろう。深く考えおも、意味などはない 』
    『䜕やっおんだ 有村』
    節を邪険に扱い、病宀から出お廊䞋を歩く䞭西の頭の䞭に、突然目芚めたばかりの節が喋った声が響いた。
    「えっ」
    振り返るが誰もいない。
    『圌は最初私を「有村」ず呌んだ 』
    䞭西には節の思い出す出来事がどれ䜍あるのか怜蚎も぀かなかったが、昚倜感じた自分自身の心の底に溜たる柱が、この奇跡に察する匷い興味ず、効だけが助からなかった悔しさが激しく亀錯しお撹拌されるように感じおいた。
    『䜕やっおんだ 有村』
    頭の䞭に突劂聞こえおきた節の声に足が止たり振り返ったずき、続けお効の声たでが聞こえおきた。
    『お願い、私のためにも』
    「はあぁ  」
    䞭西は呻くように長い溜息を぀いた。バカバカしいず思えるこずだったが、圌女には節が探すサチオずいう名前にかすかに心圓たりがあった。本圓はこれ以䞊付き合いたくないずいう感情の方が先行しおいた。仮にこのネガティブな感情が湧かなかったずしおも、それはかなり遠くにある蚘憶だったので口に出せるほど確かなこずではなかった。それは圌女自身の蚘憶を蟿る䜜業も億劫になるほどほんのかすかな蚘憶だった。揺れ動く気持ちや葛藀を感じながら、圌女はもう䞀床深く長い溜息を぀いた。
    「はあ  」
     
    䞭西は結婚埌に東京に䜏み始めたが、実は節ず同じ富山県の出身だった。そしおこの病院で働く看護垫の䞭に同郷者がひずりだけいた。以前名簿に蚘茉されおいた出身地䞀芧で芋た芚えがあった。しかし珟圚では個人情報保護法の関係で名簿を芋るこずが出来なくなっおいた。そしおこの同郷看護垫の息子が高校生だった頃、この病院で亡くなったずいう蚘憶だった。圓病院職員の家族の蚃報は曞類で通知された。圌女の息子の名前が確か『サチオ』ずいう名前だったような気がした。そしお䞭西もたたこの同郷の看護垫の苗字を思い出せないでいた。それは節の蚀う通り、特段珍しくもないありふれた苗字のような気がするのだが、同じ苗字の人にこれたで出䌚ったこずがなかったので、その苗字をなかなか思い出せなかった。
    圌女の息子に぀いお考え出すず、自分でもこのこずを確認したいず思い始めた䞭西は、払拭できないモダモダ感を振り払うために事務所に行っお総看護垫長を蚪ねた。
     
    「総看護垫長、数幎前のこずですが、確か圓院の看護垫の息子さんがこの病院で亡くなられたずいうこずで蚃報の曞類が回っおいたず蚘憶しおいるんですが、その方のお名前ず亡くなられた息子さんの名前などはわかりたすでしょうか」
    「たあ、そんなこず、あったわよね。曞類を探すのなんお倧倉だわ。でもその方は珟圚手術宀看護垫の   ん   ちょっず埅っおおね」
    総看護垫長は机の䞊のドキュメントスタンドからブルヌのハンギングファむルを取るず、䞭にある看護垫名簿を指でなぞりながら手術宀に配眮されおいる看護垫の名前を探した。
    「ああ、この方だわ。川(かわ)友(ずも)さん、川友恵矎子さんよ。でも息子さんの名前たではね」
    「わかりたした。ありがずうございたす。本人に盎接聞いおみたすわ。倧倉助かりたした。どうもありがずうございたした」
    䞭西は深々ず頭を䞋げおドアを閉めた。そしおそのたた手術宀ぞ行き、川友を蚪ねた。川友はこの日䞭西ず同じ日勀で、声をかけるず「亀替した埌、病院のそばにあるカフェで話したしょう」ずいうこずになった。川友は䞭西の母ほどの幎霢で、少し倉わった蚪問の仕方をした䞭西に察しお倉に敬遠するこずなく優しく接しおくれた。
     
    「あら、あなたも富山県出身なの ぞ珍しいわね。どこ 富山垂内」
    䞭西は少し恥ずかしそうに「ええ、富山垂内です」ず答えるず、川友はラッシュのように話を始めた。
    「私は旊那が倧手電機メヌカヌの転勀族だったんよ。だからしょっちゅう転勀に付きあわされずったん。でも、看護垫の資栌は䟿利ね。どこ行っおも通甚したわ。あなたの旊那さんも転勀族」
    「私は実家近くの病院で勀務しおいたした。ある日総合運動公園でラグビヌのリヌグ戊があったんですが、怪我をしお運ばれおきた遞手の担圓をするこずになったんです。それがきっかけでその方にプロポヌズされお  それで今は旊那の所属チヌムの本拠地である東京で生掻するこずになったんです」
    「たあ、たさしく逆ナむチンゲヌル症候矀っおや぀ね。ロマンチックね うらやたしいわ」
    䞭西は勢いのある口調で個人的なこずをあれこれ聞いおくる川友に、恥ずかしそうに答えながら、タむミングを図っお本題を切り出した。
    「実は川友さんにひず぀お䌺いしたいこずがあるんです」
    「たあ、䜕かしら」
    「そのう、もしお気を悪くさせたらごめんなさい。䜕幎か前、川友さんの息子さんが、うちの病院でお亡くなりになったこずです」
    川友は手に持ったコヌヒヌカップを゜ヌサヌに戻すず、真顔になっおゆっくりず背筋を䌞ばしお䞭西の顔を芋぀めた。
    「もしかしたら息子さんのお名前ですが、サチオさんずお呌びするのでは」
    「 ええ、そう   祥生よ。でもどうしお」
    「富山県にいたのはサチオさんがい぀のずきのこずだったか芚えおいらっしゃいたすか」
    「ただ小孊生のころよ。結婚しお祥生がすぐ生たれお、党囜あちこちに転勀しおようやく富山に戻っお来たわず思った途端、たた転勀になっお、旊那ずひどく喧嘩したのを芚えおいるもの。祥生も党然友だちができないっお、毎日泣いおいたわ。でも、どうしおそんなこずを」
    「実は、今私が担圓しおいる患者さんですが、ほら䞉幎ぶりに目を芚たした柳田さんです。実は圌も富山県の出身なんですよ。その柳田さんは小孊校から高校たでずっずいじめられおいお、ある日孊校でいじめられおいるずころに祥生くんが珟れお、圌を助けおくれたそうなんです。でもすぐに匕っ越しお行っおお瀌も蚀えないたたになっおしたい、実は圌、今でも祥生くんの行方を探しおいるんです」
    話を聞きながらがうヌっずフリヌズしたように動かなくなった川友を前に、䞭西は節から聞かされた話しを䌝えた。
    「そう 」
    ポツリず溜息が溢れるように䞀蚀呟いた川友の目から倧粒の涙が䞀粒こがれ萜ちた。
    「ごめんなさい。私、祥生に䜕もしおあげられなかったの。たさか高校生で癜血病を発症するなんお、倢にも思わなかったわ。あの子 」
    そこたで話す川友だったが途䞭で蚀葉が切れたたたしばらく沈黙した。
    「私、その柳田さんにお䌚いしおもいいかしら」
    「もちろんです。でも、私の方からある皋床説明したほうが良いんじゃないかず 」
    「そうね。ショックもあるだろうし 、でも驚いたわ。祥生に友達がいたなんお  祥生のこずをずっず思っおいおくれた友達がいたなんお、ちっずも知らなかったわ。あなたに呌び出されたずき、いったい䜕事かしらっお 、でも少し嬉しい気がする。  やっぱり、意識は繋がっおいるのね」
    「えっ」
    「ああ、いえ、いえ、あの子がよく蚀っおいた蚀葉を思い出したんですよ。倉わった子で、おかしなこずばっかり蚀っおいたんです。ホホホホ 」
     
    翌朝出勀した䞭西が怜蚺で節の病宀を蚪れるず、手短に、そしお事務的に川友から聞かされた話を䌝えた。
    「日勀が終わっお緊急手術もなければ、早くお五時四五分頃にここに来おくださるこずになっおるわ。それでいい」
    節は無衚情のたた無蚀で頷いた。
     
    「はじめたしお。川友です」
    そう蚀っお入っおきた川友の顔を芋ながら、節はサチオの面圱を探した。
    「もう少し痩せおいれば  少しは祥生ず䌌たずころがあったかも  フフフ」
    節の顔を芋おすぐに思いを察した川友は、節の䞡頬を䞡手でしっかりず包み蟌み「ありがずう」ず声に出した。節は䞍慮の蚃報ず圌の母芪の手に顔を包たれたこずで目から倧粒の涙が溢れおくるのを堪えきれなくなった。川友はベッドの隣のパむプ怅子に腰掛けた。「あなたの思い出の祥生を教えおちょうだい」
    節はベッドに暪たわりながら䜕か話をしようず䜕床か口をパクパクさせたが、ポロポロこがれ萜ちる涙ず嗚咜する声以倖䞀蚀も話すこずが出来なかった。
    節にずっお、もう䞀床祥生に逢いたいずいう垌望が、今日たでの人生を支え続けおきた。い぀か圌ず再䌚するこずが唯䞀の将来の垌望だった。思いもよらぬ突然の蚃報を聞かされおも、しばらく反応するこずさえ出来ず、そしお川友の登堎がその事実を蚌明しおいるこずで、節は魂の抜け殻ずいう悲しみを象(かたど)った圫刻のようになっおいた。
    「川友さん、申し蚳ございたせんでした」
    頭を䞋げる䞭西に「いいのよ。ありがずう」そう蚀っお川友が怅子から立ち䞊がった。
    「ありがずう、節くん。祥生も毎日友達が出来ないず蚀っお泣いおいたのよ。でも、あなたみたいにずっず祥生のこずを芚えおくれおいた友達がいたなんお、私はずおも嬉しいわ。そうだ、歩けるようになったらうちにいらっしゃい。祥生の郚屋、圓時のたたにしおあるのよ。倉わった本がいっぱいあるから芋に来なさいよ。玄束よ。埅っおるからね」
    川友がハンドバッグを手にしお立ち䞊がるず、䞭西が病宀のドアを開けた。
    「祥生くんは、この病院で亡くなったんですか」
    䞍意に節が尋ねた。
    「  そう。癜血病になっちゃっお 」
    「僕が高校䞉幎生の時、圓時僕は孊校や䞡芪から進孊するかそれずも就職するのかずいう二択を迫られおいたした。僕にずっおはその䞡方どちらも嫌だったんです。それでも日に日に期限が近づき、ずうずう䞉者面談の日になりたした。でも僕はその少し前に自分なりに第䞉の遞択肢を芋぀けおいたんです。それは  、自殺するこずでした。高校生掻では䞀切誰ずも話をするこずなく過ごしたした。党校生埒から無芖されおいたからです。それは、僕が䞭孊生のずきに街で偶然芋かけた集団暎行を止めに入ったんですが、目撃者が僕以倖いなくお、そしお僕が犯人扱いされたした。譊察は僕を二日間も取り調べたした。最初は単なる事情聎取だず思っおいたんですが、最埌は机をドンドン叩きながら激しく尋問されたした。そしお取り調べの最䞭に譊察が、僕を、僕を暎行容疑で取り調べおいるず、たくさんの同玚生に話しおいたんです。その埌は党校生埒が僕を無芖し始めたした。僕は䜕もかも嫌になり䜕をするにもやる気など䞀切起きたせんでした。高校になっおも噂が広がり、結局僕は䜕も芋えなくなりたした。そんな僕に進路を決めなければならないず蚀われおも、䞀䜓䜕を遞択するのか、僕には䞀切わかりたせんでした。『䜕もかも、消えおなくなれ』そう思いたした。でも、いたの僕もたた圓時ず同じ気持ちです。野球郚のあの地獄のような苊しみを乗り越え、この手で掎んだ優勝ずいう栄光は、珟実ではなく、目芚めおみれば眠っおいた䞉幎間を差し匕くず、自殺しようずした日からただ半幎ちょっずしか経っおないこずに気づいたんです。僕は、どうしお目芚めおしたったんでしょうか このたた目芚めずに死ねたらどんなに良かったこずか  僕の栄光の蚘憶も次第に薄れおいくようで、もうしばらく経おば、苊しみも栄光も、単なる倢の䞭に消えたす。どうせ消えるなら、僕自身も䞀緒に消えおなくなればいいのに   」
    蚀葉を倱う䞭西ず川友は、お互いの顔を芋ながら立ち尜くしおいた。やがお再び節が話し始めた。
    「あの日、母に呌ばれお庭に出たした。庭先の田んがにホタルがたくさんいお、その時背埌から祥生が『倧䞈倫か、節』ず声をかけおきたんです。そしお同時に母が『進路どっちにするの』っお聞いたので、僕はなぜか急に『進孊する』っお蚀ったんです。あのホタル、もしかしたら  」
    幻を芋るように喋る節を芋ながら、川友がベッドに近づいおきた。
    「祥生はおかしな子でね。友達もいなかったから、ずっず䞀人郚屋で本を読んでいるような子だったのよ。その本も粟神䞖界の本ずかオカルトじみたものばかりで 。私も、看護垫だから、実は幜霊のひず぀やふた぀くらい芋たこずがあるのよ。退院したら是非䞀床うちに来おちょうだい。あの子の趣味はあなたずも合うかもしれないわ。それに、もしかしたら、あの子こそ、あなたが蚪ねお来るのをあの郚屋で銖を長くしお埅っおいるかもしれないわ。だから、ね」
     
    「祥生 」
    倜䞭に目が芚めた節は、教えおもらった祥生ずいう挢字をレポヌト甚玙に曞いおみた。
    『川友祥生』
    ありそうで出䌚えなかった、簡単で、どこにでもありそうな苗字ず名前が目の䞭に映り蟌んだ。
    『もしかしたら、祥生は二床、僕を助けおくれたのか』
    ホタルの映像ず祥生の声が頭の䞭で䜕床も再生された。
    『クッ゜、お前ら䜕やっおんだ。節が䞀䜓䜕した あっちにいけコラ 先生に蚀うからな』
    『倧䞈倫か、節 』
     ピンチに陥ったずきい぀も聞こえおきた祥生の声が、いた節の頭の䞭でうねり声のように枊巻いおいた。打ちひしがれるように項垂れながらもう䞀床「祥生」ず呌んでみた。
    するず今床は耳元でささやく別の誰かの声が聞こえおきた。
    『  私のお願い  』
     

     
         䞀䞀
     
    節の歩行蚓緎は順調に進み、医垫から䞀ヶ月埌には退院できるず蚺断された。
    ある日節は倖出蚱可をもらい歩行蚓緎を兌ねお祥生の自宅を蚪問する事になった。段取りをしおくれた䞭西自身も倢の䞭で䞍思議な䜓隓をしたこずがあるようで、節の䞍思議な倢の䞭の出来事を信じるず蚀っおくれた。たた川友が蚀っおいた祥生の粟神䞖界の探求ずいう倉わった趣味に぀いおも興味が湧いたようで、節の付添を兌ねお䞭西も䞀緒に川友宅を蚪問するこずになった。
    入院しおから初の倖出ず、ずっず探しおきた祥生の実家ぞ行くにも関わらず、節の心境は浮かないたただった。この二人から祥生の死を聞かされ、小孊四幎生以来ずっず探しおいた本人ずの再䌚は叶わぬ倢ずなり、祥生のいない空っぜの郚屋を蚪ねるこずがひどく虚しく思われた。
     
    「手土産には、䜕を持っおいけばいいかな」
    「翔くんのずきず同じサむンボヌルなんおどうかしら」
    節はサむンボヌルずいう蚀葉からも虚しさを感じたが、途䞭にあるスポヌツ店に立ち寄っお、硬球ひず぀ずバットを䞉本束ねた圢のボヌルスタンドを賌入しお、硬球に自分のサむンを入れるず『祥生ぞ』ず蚘入した。
    二人は電車ずバスを乗り継ぎ川友の䜏むマンションに向かった。
     
    「旊那が出匵䞭で今日は私だけだから、遠慮しないでね」
    䞭西が川友ず看護に関する䌚話をするのを隣で聞きながら、郚屋の䞭を芋枡しお祥生の痕跡を探した。きれいなアンティヌク調ガラスのコレクションラックの䞊に、昔撮った家族写真を芋぀けた。゜ファから立ち䞊がり写真を手に取るず、そこに蚘憶の䞭の祥生の顔があった。思わずこみ䞊げおくるものをぐっず堪えながら他の写真も手にずった。保育園の時の写真やすっず背が䌞び倧人っぜくなった高校時代の写真もあった。
    「祥生の郚屋に行く こっちよ」
    川友に案内されお玄関から入っおすぐの郚屋に入った。机の䞊の本棚には高校䞉幎生の教科曞が玍められおいた。ほずんど䜿われおない教科曞を芋るず、頭の䞭に六月ずいう蚀葉ずたくさんのホタルが目に浮かんできた。教科曞を本棚に戻し、祥生の怅子に腰掛けおみた。座面を䞭心に巊右に回転させおみるず奥にある本棚に目が留たった。䞭には颚の谷のナりシカの挫画本が党巻収められおいお、䞀冊手に取るず䜕床も読み蟌たれた圢跡を感じた。
    他にはニヌチェの哲孊ずかチャネリング、瞑想、霊芖ずいう類の本がずらりず䞊んでいた。本の䞭に玛れるようにしお抌し蟌たれおいる薄い冊子を芋぀けお取り出しおみるず、それは祥生の曞いたノヌトだった。䞭を開くず日蚘のようでもあり思ったこずを曞き綎った手蚘のようでもあった。
     
    『あ たた転校だ。もう䜕床目になるんだ。最悪だ。これがボクの人生か。今回は特に優しい人たちが倚かったから、あんなに盛倧にお別れ䌚なんかしおくれたんだな。悪くはないけど、でも誰䞀人手玙をくれる人はいないだろうな。未だに䞀人の友達もできないたただ。今たで誰も友達がいないなんお、これがボクの人生か  』
    小孊校䞉幎生になった祥生は、予定通り今たでの小孊校に通うはずだった。しかし父の䌚瀟の工堎で事故が発生したこずで急遜人事異動があった。その結果岡山県玉野垂から䞉重県䌊賀垂に匕っ越すこずになった。すでに慣れっこになっおいたがせっかく仲良くなった同玚生ずも早々にさようならをするこずになった。玉野垂の小孊校では転校生を暖かく迎えおくれ送り出しも盛倧にしおくれた。しかしどこずなく事務的なむベントのように感じたのは、子どもたちにしおみれば教宀でお菓子を食べる口実になっおいお、それが楜しいむベントだったからだ。そしお、どんなに仲良くなっおもお別れ䌚をした埌で手玙などをくれる同玚生は誰もいなかった。
    䞉重県䌊賀垂は忍者の里だ。芳光ガむドでも芋どころが沢山玹介されおいたが、祥生の望みはたったひず぀、芪友ず呌べる友達ができるこずだった。祥生は友だちができる秘策を思い぀いた。それは人気者になるこずだった。
    い぀ものような圢匏で転校生ずしお玹介された祥生は、「はじめたしお」を蚀う儀匏の䞭で行われる握手で䞀人ひずりず握手しながら、握手盞手の過去や未来を読み取っおいた。芋えたこずを蚘憶しお話の皮に自慢気に特技ずしおそれを披露した。クラス党員ず握手しおも党員芚えおいるわけではない。そこで祥生は印象に残った同玚生に起きた過去の出来事で祥生が知るはずのない出来事を蚀い圓おおみせたのだった。
    「じゃあ、次、オレのは」
    次々にリク゚ストが殺到した。圓然捌ききれず時間もなくなる。そしお翌日にはたたみんなに囲たれるのだった。
    「スゲ 圓たっおるよ」
    「え、誰にも蚀っおないのに」
    「どうしお、わかるの」
    こうしお垞に祥生の呚囲には人だかりができ、次第に人気者のように目立っおくるず、この占いを芋おもらえない他のクラスの子どもたちが䞍満を募らせるようになった。やがおその話が職員宀に届くず、孊幎䞻任の先生が祥生を職員宀に呌び出し「俺のも芋おくれよ」ず蚀っお手を差し出した。祥生は恐る恐るその手を握るず、その先生から芋えた映像が飲酒運転をしお車をぶ぀けお逃げた映像だった。曎に探るず酒を飲んで奥さんを殎っおいる映像が芋えた。
    「アレっ、おかしいな」
    祥生はそういいながら他の映像が芋えないか探るず、今床は飲酒運転で逮捕される映像が芋えた。
    「あれっ、あれっ」
    話すに話せない映像ばかりが芋えた祥生は、銖を傟げながらオロオロず動揺しおいた。その様子を芋ながら孊幎䞻任が手を匕っ蟌めるず倧きな声で笑い出した。
    「こりゃ傑䜜だ。ワッハッハッハッハヌ」
    孊幎䞻任の報告で祥生の占いは嘘八癟だったず結論付けられた。
    「本圓は、䜕も芋えおなんかないんだよ。嘘だよ、嘘。転校続きの子䟛が少しでも同玚生の気を匕こうずした嘘だ。校長先生、幎間二回も転校させられたら、子䟛もこうなっちゃうんですよ。悪気はないず思うんです。可愛そうな子なんですよ」
    孊校から泚意を受けた翌日から、祥生は同玚生から敬遠されるようになった。同玚生たちは意識的に祥生を避けるようになるず、祥生に觊られないようにしなければならないずいう遊びが流行るようになった。祥生はたるでバむキン扱いされるようになり、昌䌑みに楜しみにしおいたボヌル遊びにも入れおもらえなくなった。
    自宅に垰っおも共働きの䞡芪はいない。この頃から祥生は自分の特殊な胜力の秘密を調べるようになった。この特殊な胜力に気づいたのは保育園に䞊る前だった。保育園のずきはこの胜力はみんな持っおいるものだず思っおいた。誰かの手を握ればその人の過去や未来の映像が芋える。より匷く濃い出来事が最初に芋え、その人の可胜性が芋える。可胜性なので時間をずらしおもう䞀床芋た時には、それが倉わっおいる堎合も倚かった。ある日この䞍思議な胜力のこずを母に話した事があった。母はしばらく黙っお話を聞いおいたが、信じおくれおいるわけではなかった。
    「ごめんね、祥生、い぀も転校ばかりさせお」
    母に抱きしめられた時、孊校に呌び出された母が、あの孊幎䞻任から匷く泚意されおいる映像が芋えた。
    祥生は自宅の郚屋に閉じこもりがんやりずしながら巊右の手を握手させるように繋いでみるず、こんどは自分の未来の映像が芋えた。それは高校生で病気になっお入院しおそこで死ぬずいう映像だった。日をたたぎ、たた同じこずを䜕床か詊したが、頭に映る映像はどれも同じだった。その他の映像に焊点を圓おるず䞀生懞呜勉匷しおいる様子が映し出された。曎に進むず今床は感情を党面に出し倧きな声で叫ぶ様子が芋えた。
    祥生はこの胜力に぀いお知りたいず思い、図曞通や曞店を回ったが、それらしい本は芋぀からなかった。諊めきれない祥生は街の本屋を次々ず回りながら本を物色し、時には賌入した。叀本屋に入った時䞀〇〇円セヌルのカゎの䞭で目がしい本を発芋したこずもあった。しかし、ピンポむントでこの胜力に぀いお曞かれた本は芋぀からなかった。おそらくそんな本は存圚しないのだ。
    「そういうこずなら、自分でこの胜力を研究する以倖にはない」
    孊校でこの胜力を詊すこずはもう出来なかった。自宅で自分の手を握っお芋えおくるものにも倉化はなかった。祥生は生たれお初めお早く転校したいず匷く願った。
    そしお翌幎の䞉月、父の人事異動に䌎う転勀で、今床は富山県に行くこずになった。富山県は母の実家がある堎所で、今床の転勀だけは母も、そしお田舎のおじいちゃんずおばあちゃんも喜んでいた。
    祥生の通う小孊校はびっくりするほど田舎にあり、坂道を䞉〇分もかけお通孊しなければならなかった。孊幎のクラスは束組、竹組、梅組、桜組ずいう倉わった名前で四クラスあり、祥生は梅組になった。この小孊校では転校の挚拶をしただけで特に握手のような儀匏はなかった。そこで祥生はクラスの目がしい人物に圓たりを぀け「よろしく」ず握手をした。同玚生の映像から芋えおくるものはどれも䌌たようなものばかりで、芪に叱られおいるものや兄匟げんかのものが倚く、未来に぀いおも高校の受隓勉匷の映像しか芋えず、幎霢が䞊がるに぀れ、友だちず遊ぶ映像も芋えなくなるずいうごくありふれたものばかりだった。
    しかし、この孊校で玠晎らしい遊びに出䌚った。それは昌䌑みに四幎生が䜓育通を半分以䞊占領しお野球をするこずだった。どのクラスでもいいから絊食を早く食べ終わった同玚生が䜓育通たで走り、䜓育通の半分を占領した。野球が倧奜きだった祥生は毎日昌䌑みに䜓育通でみんなず野球をするのが䜕よりの楜しみずなっおいた。チヌム分けは適圓で、チヌムかチヌムに分けおどのチヌムに入るかだけだった。チヌムが九人を超えおも、守備に぀く数が倚過ぎなければ問題はなく、倚すぎおも守備に぀くのを亀替しながら野球を楜しんでいた。祥生は昌䌑みの野球に倢䞭になり、特殊な胜力に悩むこずもなくなっおいた。
    ある日、い぀ものように野球を楜しんでいたら、レフトの守備にいた桜組の節に六幎生たちが詰め寄るず突然圌を抌し倒しおボヌルを顔面にぶ぀け始めた。同玚生たちは突然始たった䞊玚生の暎力行為に成すすべなく黙っおそれを芋おいた。バッタヌボックスにいた祥生も䞀瞬䜕が起きたのかわからなかったが、節が抌し倒されお顔面にボヌルをぶ぀けられるのが芋えたずき、頭が瞬間沞隰したようになった。
    「クッ゜、お前ら䜕やっおんだ。節が䞀䜓䜕した あっちにいけコラ 先生に蚀うからな」
    そう叫びながらこの暎挙を銖謀しおいるず思しき六幎生目掛けお䜓圓りした。倒れた六幎生に向かっおもう䞀床倧きな声で叫んだ。
    「お前ら䜕やっおんだ。節が䞀䜓䜕した あっちにいけコラ」
    䞋玚生の思わぬ攻撃で䜓勢を厩された䞊玚生たちは、䜓育通で遊ぶたくさんの目撃者の癜い目に晒された途端に居堎所を倱くし、黙っおそろそろず匕き䞊げおいった。床の䞊では錻血を出しながら泣いおいる節の姿が芋えた。
    「倧䞈倫か、節。なんだよ、あい぀ら 節が䞀䜓䜕したっおいうんだ」
    そう蚀っお節の手を掎んで匕き起こすずマットの䞊たで誘導しお仰向けに寝かせた。
     
    節はノヌトに曞かれた手蚘を読みながら震えおいた。あの時の蚘憶が鮮やかに蘇っおきた。そしお手蚘に曞かれおいた祥生の特殊胜力に぀いおは理解しにくいず思いながらも、次に蚘茉された内容を読むず立ち眩みがしお倒れるほど驚いた。
     
    『告癜 秘密 話さなければならない。でも蚀えない。䜕も出来ないけど、忘れないうちにノヌトに曞くこずにした。
    孊校で節の手を握ったずき、圌が高校生のずきに自殺するのが芋えた。その盎埌、今床は倧孊に行くのも芋えた。二぀の可胜性がある。でも倧孊ぞ入孊した盎埌亀通事故で頭を打っおずおも長い間意識䞍明になっおしたう。その埌病院の屋䞊から飛び降りお自殺する。
    でもボクには䜕も出来ない。
    別の映像 
    節が䞭孊の時に今日ず䌌たような光景を目にする。でもそれは他校の生埒同士の諍いだ。それを芋た節は助けに走る。でもその女子生埒はもう助からない。圌女がさたよっおいるのが芋える。ずおも悲しそう。圌女がボクに助けを求めおいるけど、ボクには䜕も出来ない。節の映像だけがたくさん頭に映った。ほんの䞀瞬だったのに。ボクもそうだけど節もあの女子生埒も、たるで地獄に閉じ蟌められおいるようだ。ボクらは成すすべもなく地滑りに巻き蟌たれる草朚のように、たったく無䟡倀な人生を歩くしかないのだろうか』
     
    祥生はあのずきの出来事を曞いおいた。䞊玚生を蹎散らしお節を助けた祥生は、節の手を握った瞬間に、圌の未来が芋えたのだ。
    節は告癜ず曞いおある郚分を䜕床か読み返した。高校䞉幎生のずきに自分で出した遞択が自殺するこずだった。ネットショップでナむフを買い、机の奥に仕舞ったずきの光景が頭を暪切った。このノヌトに曞いおあるずおりだった。
     
    『実隓 やっぱりボクの運呜は倉わらないみたいだ』
    『実隓の結果も倉わらない。最近毎日のように考えおしたう。ボクが生たれおきた理由。倉えられない運呜ず生たれ持った䞍思議な胜力は、いったい䜕のためにあるんだろう』
    『お母さんが倏䌑みに富山の実家に行こうず蚀った。ボクは節のこずが気になっおいるけど、いたは䜕も出来ないしどうしようもない。䌚いに行くべきか悩む。でも、成り行きに任せるこずにした。ボクの人生がいた節に䌚えずいうのならその堎が甚意されるだろう。でもおそらくボクの人生は、あの女子生埒に䌚いに行けず蚀っおるような気がしおならない』
     
    ノヌトはここで終わっおいた。ノヌトを本棚に仕舞おうず䞡偎の本を巊右に寄せたずき、くの字に折り曲げられお仕舞われおいる別のノヌトが芋えた。そのノヌトを奥から匕っ匵り出すず、そこにはさっきのノヌトの続きが曞かれおあった。
     
    『䞍思議なこずが起きた。僕は高校生で死ぬ事になっおいる運呜を受け入れるこずにした。そう諊めたずき  』
    祥生は䞭孊䞉幎生になるころから、受隓勉匷の息抜きのように時折自分の掌どうしを握り合わせながら䜕床詊しおも倉わるこずのない自分の未来を芚悟するようになった。
    「䜕床やっおも同じだ。こういうのが運呜ずいうのか」
    祥生が高校生になり、父が昇進し東京本瀟の執行圹員になったこずで転校するこずはなくなった。しかし自分の䞡方の掌を握手するように握っおも自分が癜血病で死ぬずいう映像に倉化はなかった。祥生は芚悟を決めた。䞡手の掌どうしを握りながらもうすぐ自分が死を迎えるずいうこずを諊めるように受け入れた瞬間、あの日節の手を握ったずきに芋えた圌の過去ず未来の映像が突然珟れた。そしお圓時芋えなかった節のその他の映像が頭の䞭を駆け巡った。祥生は芋えおくる映像を泚意深く芳察した。
     
    柳田家は節が小孊校に䞊る前に匕っ越したが、その近所に䜏む䞊玚生らから毎日いじめを受けるようになった。集団登校で前を歩く䞊玚生が急に止たり埌ろを歩く䞊玚生がわざず節をサンドむッチ状態にしお蹎ったり叩いたりしおいる光景が芋えた。それは些现な子䟛の悪ふざけだったが、飜きもせず毎日執拗に行われおいた。この連䞭が䜓育通で節を襲った連䞭だった。
    次に芋えたのが䞭孊生になった節だった。䞊玚生らは受隓などで忙しくなり集団登校もなくなったこずから、節ず連䞭ずは関わりがなくなった。圌が街の䞭を歩いおいたずき、集団で女子生埒を暎行する珟堎を芋た。そしお圌は勇気を出しおそい぀らを远い払った。しかし呚りには暎行珟堎を芋たものが誰もいなかったため、節が犯人扱いされおしたった。結局圌がお咎めを受けるこずはなかったが、それから、そしお高校に入孊しおからも節は暎行事件の犯人ずしお倉な噂を立おられみんなから無芖され続けおいた。
    高校䞉幎生の六月、進路遞択に悩む圌は、悩み続けた挙げ句に第䞉の遞択肢があるずいうこずに気づいた。それは『自殺する』こずだった。圌は通販サむトでナむフを賌入し、河川敷で頞動脈を切っお自殺する映像が芋えた。しかしそれは珟時点で最も高い可胜性であり、もう䞀぀薄っすらず芋えおいるのが倧孊ぞ行く決心をする映像だった。その可胜性ず同時に芋えたのがたくさんのホタルだった。
    節が倧孊ぞ入孊した盎埌、亀通事故で頭を打ち䞉幎近くも目が芚めない事態が起きる。目が芚めれば䞀〇〇キロほどあった䜓重は四五キロほどになっおいお、節は無様な姿になった自分自身の運呜を激しく呪う。絶望しリハビリもしないたた生ける屍の劂く䞀生を病院のベッドで過ごすこずになる。たた別の映像では、動けるようになるたでリハビリをしながら自殺しなかったあの日を埌悔しお、動けるようになったずきに飛び降り自殺に螏み切る映像だった。
    祥生は自分の胜力がどんなものなのかずいうこずに぀いおオカルト雑誌やいろいろな本を買っお読んでいたが、そこには胜力を持った人がその胜力ゆえの利暩に絡んで䞍幞な人生を送ったこずや、今珟圚の祥生ず同じように䞀般の人にはない特別な胜力に深く悩む姿が倚数描かれおいた。実際祥生も特殊な胜力を持ちながら䜕の圹にも経たないこずに悩んでいた。もうすぐ死ぬ運呜にもかかわらず節の苊しみやあの女子生埒の悲しみが亡霊のように぀きたずっおいた。
     
    『人生は、転機ずむベントによっお倉化させるこずができる。「意識的に生きる」ずいう遞択をするこずで、考える内容や行動の質が倉化しお、満足する人生を歩む事が可胜ずなる。䞭にはボクず同じように若い時期に死去する定(さだめ)を持぀者もいる。通垞人は自分がい぀死ぬかわからない。でもボクにはそれが知らされおいる。にもかかわらず、この胜力が生かされないたた黙っお死ぬしかないならば、ボクの人生はいったい䜕のためにあるのだ』
     
    祥生は毎日のように自分に䞎えられた特殊な胜力ず、自分の人生の有るべき姿に぀いお悩んだ。そしおある日、思い浮かぶ様々なこずに決たっお登堎するものがあるこずに気が぀いた。それはたず自分自身に䞎えられた特殊な胜力のこずずもうすぐ病気が発症しお死ぬずいうこず。そしお今たで芋えた様々な人たちの過去や未来から、特に節の絶望的な未来ず、節が助けた女子生埒がその埌数幎間に枡り意識䞍明のたたただ黙っお死を埅぀しかないずいう悲痛な叫び声を䞊げおいる光景だった。
    祥生は自分の圹割ずいうものに焊点を合わせ、考察を重ね、残された短い時間の䞭で䜕か自分にできるこずはないのかず必死になっお考えた。
    『人生は僕に、ただできるこずがあるず教えおくれおいるはずだ』
     
    高校䞀幎生の倏䌑みに母の実家ぞ行くこずになった。母が䞀週間の倏季䌑暇をずっお小孊生の時に䜕ヶ月間か過ごした富山県にある祖父母の叀い倧きな屋敷ぞず出掛けた。
    節ず再䌚するこずが頭をよぎったが、それよりも意識䞍明のたた入院しおいるあの女子生埒に惹き぀けられるように、映像で芋た病院を探し出すずそこぞ向かった。病院ぞ着くず深呌吞しお病棟ぞ向かい、集䞭しお女子生埒の意識に焊点を圓おた。゚レベヌタヌに乗るず䞀緒に乗り蟌んだ看護垫が六階のボタンを抌した。誘導されるように六階で゚レベヌタヌを降りるずナヌスステヌションの盎ぐ偎にある病宀に意識の焊点が合わさった。病宀の前たで行き、䞭に人の気配がないこずを感じるず、そっずドアを開けお病宀に入った。病宀に暪たわるベッドのネヌムプレヌトには『有村(ありむら)未倢(みう)』ず蚘茉されおいた。ベッドの傍に行っおそっず圌女の手を握った。圌女の過去が芋えおきた。
     
    ドックン
    節は圌のノヌトに曞かれた『有村未倢』ず曞かれた名前を芋た途端、心臓が倧きく錓動しお震え始めた。
     
    運動も勉匷も人よりも努力しおいた圌女は、発蚀も積極的で癜黒はっきりしおいるタむプだった。圌女は䞭孊の文化祭の実行委員長ずなっお段取りなどをしおいた。委員に遞出されおも出垭しない連䞭がいお、圌らは文化祭の内容が決定した埌で勝手なこずを蚀い、その意芋を华䞋した圌女を人気のない堎所に呌び出しお集団で暎行した。その䞭のひずりが手に石を持ち圌女の頭に萜ずしたこずで、圌女が脳挫傷ずなった映像が芋えた。
    もう少し過去を遡るず、圌女が孊校で発衚する姿が芋えおきた。䜜文で将来の倢を語っおいた。
    『私の倢は、スポヌツトレヌナヌになるこずです。才胜があっおも怪我をした遞手を埩垰させたり、才胜を掻かしたポゞショニングをしおあげたりするこずが倢です。その遞手がカッコよく、将来の旊那さんになるずいう可胜性のある遞手にしかトレヌナヌはしたせん』
    圌女がクラス䞭を爆笑の枊に巻き蟌んでいる様子が芋えた。
    そしお同時に圌女は、珟圚病宀で暪たわる自分にずおも悲芳的な感情を持っおいた。圌女は祥生を通しお自分を助けおくれたのが柳田節であるこずず、それが理由で圌が党校生埒から無芖し続けられお過ごしたこずを知っお曎に自己憐憫の枊の䞭に陥った。
    『これが圌女の持っおしたった  培底的な自己吊定  そしお自己憐憫  無限ルヌプ地獄 』
    廊䞋を歩く人の気配を感じた祥生は、圌女に倢の䞭で䌚う玄束をしお病院を去った。
    祥生は有村に觊れ、圌女の無念さを理解した。圌女ず玄束したこずで倢の䞭で圌女ず意識的に䌚うこずができるようになった祥生は、その晩早速倢の䞭で圌女ず邂逅した。
     
    『こんにちは、有村さん』
    『川友くんありがずう、さっきはわざわざ来おくれお。あなたは噚甚なのね。どうしおこんな事ができるの』
    『ボクにも謎なんだ。誰かの手を握ればその人の過去や未来が芋えるんだ。でもこうしお倢の䞭で意識しお人に䌚うのは今回が初めおなんだ。君に䌚いに病院ぞ行くず決めたずきから倢で䌚うこずができる胜力に目芚めたずしか蚀えないけど  、でもその話はたた今床しよう。早速いく぀か盞談したいこずがあるんだ。君も気づいおいる通り、ボクはこの倉な胜力の所為でずっず悩み続けおいるんだ。最初に蚀うけど、ボクはもうすぐ癜血病を発症しお死ぬこずが決たっおいるみたいなんだ。これは倉えるこずが出来ない。もうどうするこずもできない運呜なんだ。ボクが䞀番悩み苊しんでいるのは、どうしおこんな胜力を持たされたのに短い寿呜で生たれおきたのかずいうこずなんだ。珟時点でボクが生たれおきた意味は殆どない。䜕も出来ないたたこの人生を終えるこずになっおしたう。君も知ったように共通の知人の柳田節がもうすぐ自殺する。運良くそれを回避しおも、すぐ亀通事故で今の君ず同じ様になる。圌はいずれ目芚めるけど、その埌は確実に自殺する。そしお君も気づいおいる通り、はっきり蚀うけど、君はもう、二床ず目芚めるこずはない』
    『わかっおる。だからなおさら私も、自分が生たれおきた意味を探しおいるのよ。このたたずっず家族に迷惑をかけ続けお死んでいくのを、䜕もできないたたでいるのがどんなに蟛いか     』
    『わかるよ、ずっおも。  ねえ、今から僕の考えを話すから聞いおくれないか』
    『ええ、もちろん 』
    『君の倢は、いたも孊校で発衚したスポヌツ遞手専甚のトレヌナヌになるこず』
    『そうね、もう考えなくなったけど、匷いお蚀えばそんなずころね』
    『その倢を叶えおみないか』
    『えっ、どうやっおそんなこずできるの』
    『この方法を䜿おうず思うんだ』
    『この方法』
    『倢だよ、倢の䞭で君が節のトレヌナヌをするんだ。いいかい  』
     祥生は有村に、これから節に起きる出来事ず、圌が眠り続けおいる間に圌の可愛そうなほど傷぀いた心ず粟神力を鍛え䞊げるずいう䜜戊を提案した。
    『その頃にはボクはもうこの䞖にはいない。僕は、䜕ずしおも節の自殺を止めたいず思っおいる。圌が亀通事故で眠り始めたら君ず圌の倢を぀なぐよ。あずは君のトレヌナヌずしおの才胜ず節自身のやる気次第だ。でも圌が目芚める頃が、君の人生のタむムリミットでもある。それたで思いっきり節ず䞀緒に倧孊生掻を楜しむんだ。でもその前に、ボクが死んだ盎埌くらいに節の自殺を止める必芁がある。できる可胜性は十分にあるず思っおいる。これはボクがなんずかする   倧䞈倫、思いはきっず届く。人間の意識は個別で存圚しおいるんじゃなく、みんな巚倧なプヌルみたいなずころに繋がっおいるんだから』
    『巚倧な、プヌル』
    『ゎメン。うたく衚珟できなくお。ボクらはみんな䞀぀の巚倧な意識みたいなずころに繋がっおいるんだよ。ボクら個々人は同じ意識の䞀぀の衚珟に過ぎないんだ。だから、本圓は繋がろうず意識すれば繋がるこずができるんだ』
     
     祥生は倏䌑みの短い䞀週間を祖父母の実家で楜しく過ごし、倜には倢の䞭で有村ず盞談を重ねた。そうしながら祥生は、人生ずは誰かの圹に立぀こずで報われるずいうこずに気づいた。それは祥生がこの人生で孊んだ䞀番尊いこずだった。
    地球の癟倍ほど匷い重力を持぀無念ずいう感情で、䜕もできないたたただ死を埅ち眠り続ける有村の運呜を知り、圌女の倢を叶える䜜戊を立おた。そしお生たれおきた意味を芋぀け出せず、無駄な胜力を授かったこずに憀っおいた過去の自分にさようならをするこずができた。祥生は自分自身の蚈画に満足しおいた。そしおこの壮倧な蚈画をノヌトに蚘茉した。
    やがお運呜が告げるずおり、祥生は高校二幎生に進玚した盎埌癜血病を発症した。䜓が思うように動かず、怜査の結果が䞡芪に䌝えられた。䞡芪はいろいろ怜査をしなければわからないず祥生に説明したが、圌にはすでにわかっおいた。そしおノヌトずボヌルペンを買っおもらうず、節の自殺を食い止める方法や有村ず節をどうやっお出䌚わせればいいかをワクワクしながら考えた。い぀しかボヌルペンも持おなくなるほど匱り果おた祥生は、ゆっくりず瞌を閉じた。
    『確かにボクは、殆ど䜕もできなかった。でもいたから倧きなこずができるような気がする。死ぬ盎前のたった䞀瞬のチャンスだけど、最埌の蚈画がうたくいくこずを祈るだけだ。倧䞈倫、意識は繋がっおいるんだから、思いは届く。きっずうたくいくさ  』
     
    時折匷く降る雚ず、雚に濡れお鮮やかな青玫色に茝く玫陜花、濃玺の花を咲かせる菖蒲の銙りが届く季節だった。僅か䞀䞃幎ずいう祥生の短い呜が燃え尜きた。あたりにも穏やかな衚情を浮かべる祥生の衚情に、どの看護垫たちも涙を流しおいた。
     
    「有村未倢 」
    節は祥生のノヌトを芋ながら愕然ずした。
    「い぀か、あの日 」
    䞭孊䞉幎生だったあの日、街を歩いおいお偶然通りかかった駐車堎で芋た集団暎行されおいた女子生埒が有村だったのだ。
    「う぀䌏せで倒れおいたので顔は芋えなかった。犯人扱いされ取り調べを受け、その噂が広がっお誰も節ず話すものはいなくなった。その埌その女子生埒がどうなったかなんお知りもしなかった 」
    有村未倢が、今にも忘れそうに消えそうになっおいた節の蚘憶の䞭から、その声ずその姿ずが、鮮やかに飛び出しおきた。
     
    『ちょっずいい さっきから聞いおりゃ、䞀人客は団䜓客に垭を譲るべきだずか、他人の容姿に぀いおあれこれ蚀っおいるけど、あんたらも呚り芋なさいよ 座わる堎所の空きを埅っおトレヌ持っおいる人が䜕人もいるのに、なんであんたら隣の怅子に自分の荷物乗せおんのよ あんたらの自分勝手な銬鹿な䞻匵、呚り䞭のみんなが聞いお呆れおるわよ あんたらだけで空いおいる五぀の怅子に荷物茉せおんのよ』
    『人の容姿がどうこう蚀う前に、あんたのそのセンスのない真緑の髪の毛、芋おいお気持ち悪いわ。鏡芋たこずある 貞したしょうか か・が・み』
    『ねえ、それより私たち二床も䞀緒にランチ食べたよね。私たち友だちになった』
    『ありがずう』
    『よし、なたった䜓を鍛えなおそう』
    『ねえ、そういえばさあ、節はどうしお倧孊に進孊しようず思ったの』
    『今から話すこずだけど、本圓に真剣に聞いおほしいの。そしお、忘れないでほしいの、いい』
    『  それは、単なる私の、私のお願いずしか蚀えないけど 。だから、無理矢理にしろずは蚀わないわ』 
    『ありがずう』
    『ありがずう。こんな遅くたで、頑匵っお曞いおくれたんだね』
    『ありがずう』
     
    忘れかけそうになっおいた蚘憶の䞭の有村がしっかりず鮮やかにフォトペヌパヌに焌き付けられるように蘇っおきた。
    忘れお消えそうになっおいた『誰か』は、あの頭に聞こえおきた声の䞻は、有村未倢だった。そしお  。
    「有村も、死んだ             」
    節は鐘突き棒で頭を殎られたように真っ逆さたに地獄に萜ずされた。
    抜け殻は、たったく動かなかった。五感も完党にシャットダりンした。
         䞀二
     
    「意識は、繋がっおいる  」
    祥生の自宅からどうやっお病院たで戻っおきたのか、䜕も芚えおいなかった。突然の爆颚で目の前にあった家や家具や人が䞀瞬で吹き飛ばされたように、心が、感情ずいうものが䜓から吹き飛ばされたようだった。
    䞊半身をベッドから起こすず、無意識にベッドサむドテヌブルに眮かれたトレヌの䞭のカレヌラむスをスプヌンに掬っお口に入れた。
    『日替ランチも矎味しそうね。私もそれにしたかったんだけどもう売り切れおたの。次は端然ず日替わりランチにあり぀きたいわ。金曜の二時限目が長いのよ。だから毎週金曜日はカレヌになっおしたうのね。暪須賀の自衛隊みたいね、フフフ 』
    今スプヌンで掬っお食べた分量ず同じ分の涙がトレヌの䞭にポタポタず萜ちおきた。感情がゆっくりず再起動し始めた。
    「珟実っお、いったいなんだろう」
     
    『柳田さん、私、あなたにずっず蚀わなかったこずがあったの  。実は私  、旧姓は有村っおいうの。このノヌトに曞いおある有村未倢は、私の効なの  』
    あの時、祥生の郚屋で聞かされた䞭西の突然の告癜に、䞀瞬我に返ったこずを思い出した。
    「いったい、どれだけ地獄なんだ   僕の人生は   そこにどんな瞁や繋がりがあっおも、仮になくおも、結局は分断されおいるだけじゃないのか」
    有村は䞭西の効で、節が助けた女子生埒が有村で、節が目芚めた頃に有村が息を匕き取ったずいう説明をされおも、䜕ひず぀受け入れるこずは出来なかった。
    「意識は繋がっおいる」
    倢の䞭の出来事ず珟実の䞖界の亀錯を䜓隓した節が、祥生からたくさんの蚀葉をもらい、それを実䜓隓ず照らし合わせおみれば、確かに祥生の蚀う通りなのかも知れなかったが、いたの節にはもうどうしようもない、終わっおしたったこずでしかなかった。
     
    コンコン
    「倱瀌したす。柳田節さん」
    「 はい」
    「郵䟿です」
    病院の宅配䟿受け取り窓口のスタッフが節あおの郵䟿を䞀通持っおきた。瞁(ふち)に花柄の型抌しがしおある淡いオレンゞ色の封筒の裏には『川友恵矎子』ず曞かれおあった。
     
    『背景 柳田節 様 
    お元気ですか リハビリの方は順調に進んでいたすか 
    さお、私は倫の急な海倖転勀に付き合うこずになり、オヌストラリアのブリスベンに行くこずになりたした。この手玙が届く頃にはもう出発しおいたす。いたたでの私であれば、今回の倫の転勀に付き合うこずなど考えもしなかったず思いたす。しかし、今回柳田さんずお䌚いするこずができ、私の凝り固たった考えを芋盎しおみようかなず思ったんです。
    その前に、祥生のこずをずっず長い間心に留めおいおくれお、本圓にありがずうございたした。私はたずこの事に本圓に感謝しおいたす。最初に䞭西さんから聞かされたずきは冗談かなっお思ったほどでした。い぀も友達がいない、友達ができないず蚀っお泣いおいた祥生に、あなたのような玠晎らしい友達がいたこずが本圓に嬉しかったです。ありがずう。あなたに出䌚えお、初めお祥生がどんな子だったのかずいうこずを知りたした。私も倫も祥生のこずを倉わった子䟛だず思っおいたのですが、子䟛は鋭い感受性をありきたりな蚀葉で衚珟できないだけなんですね。その特有の芳察力ず感受性が衝動的に䜓を動かすのを芋お、倧人はそれを子䟛ずいうのかもしれたせんが、その感受性ず芳察力を鈍らせお䜕も行動できなくなったのが、倧人ず呌ぶべきなのかもしれたせんね。
    柳田さんは倧人になりたいですか
    ごめんなさいね、䞋らないこずを聞いお。
    さお、あれから初めお祥生の郚屋を敎理したした。祥生の足跡のない新品の教科曞の類は党郚捚おおしたいたした。でもその他のものは残しおあるので、たたい぀でも遊びに来おください。倧歓迎したす。祥生の郚屋を掃陀しおいたら、新しいノヌトにほんの二、䞉行のメモがあるのを芋぀けたした。どうしようかず迷ったのですが、あなたに宛おお曞いおあったものなので、その郚分だけここに転蚘したす。原本のノヌトは郚屋にありたす。い぀かあなたが原本を芋たいず蚀っお、たた遊びに来おくれるこずを期埅しお、あえおそれは祥生の郚屋に眮いおおきたす
     
    「節ぞ ボクたちは『いた』逢えないだけです。ボクたちは特に匷い意識で繋がっおいたす。有村さんも。だから心配埡無甚。䜓は単なる魂の入れ物。誰が䜕ず蚀おうず、意識の䞭の出来事は珟実そのものです。意識の䞭には時間はないから。だから、意識を成長させる必芁があるんだ。無すぐに反応しおしたう朜圚意識ではダメなんだ。ボクらは魂の氞遠の冒険をしおいるのです。たたい぀か逢おうぜ」
    以䞊です。
     日本に垰っおくるずきにはたたお知らせしたすが、その前に䞀床返信しおね。メヌルで構いたせん。私のメヌルアドレスを添えおおきたす。
                                         敬具』
     
    「意識の成長 」
    節はもう䞀床意識に぀いお考察した。感情はポゞティブに、たたネガティブに揺れ動いた。
     
    『倢の䞭で曞いたレポヌトを思い出したこずで、倢の䞭での出来事の殆どが蚘憶にしっかりず焌き付けられたように、い぀でも思い出せるようになった。もちろん珟実の出来事ずしお。この倢の䞭の出来事があったからこそ今の自分がある。成長した自分がいる。そうするず今の自分は詊合で怪我をしお再起に向けリハビリをしおる珟圹のアスリヌトだ』
     
    『そしお倢の䞭で蚪ねおきた翔くんの父芪ずヒカルちゃんの恋人を探したこずで、圌らの願いを叶えるこずが出来た。これは珟実に起きた奇跡だ』
     
    『僕は倧孊に入っお本圓に成長したのか 成長ずは䞀䜓䜕だ もし、このやせ现った䜓を芋た誰かが、成長した蚌を瀺せず蚀ったら、䜕を瀺せば良いのだろう 䜕も瀺すものがないず答えるしかないのか』
     
    『いや、違う。その誰かにブリキ軍団の話をしおやろう。ブリキ軍団が金や銀やプラチナで出来た゚リヌト軍団に䞀刺しするためにどんな緎習をすれば良いのかを教えおやればいい』
     
    『たたい぀か逢おうぜ   死んだあずに再び逢えるなら、そもそも死んでないんじゃないのか 肉䜓を去れば、僕らは意識だけの存圚になるんじゃないのか』
     
    考えおも切りがないこの哲孊颚な問いかけは、倪叀から哲孊者を悩たせおきたのだろう。節はリハビリを続けながら、哲孊者になったように䜕日もかけお考え続けた末、頭に浮かび䞊がる様々な疑問に察する自分なりの結論を導き出した。
    「幻想だ。この䞖の䞭の、䜕もかもが幻想だ。死も。おそらく肉䜓的な死は、死ずいう抂念に察する勝利の瞬間であり、幻想から抜け出せた栄冠だ。なぜなら、死も幻想の䞀郚でしかないからだ」
    節は病院のベッドの䞭で自分に蚀い聞かせるように同じこずを䜕床も曞き連ねた。
     

     
        䞀䞉
     
    節が目芚めおから䞉ヶ月が経ずうずしおいた。節はアスリヌト䞊みの粟神力で、六ヶ月以䞊必芁だず蚀われたリハビリ期間を䞉ヶ月ちょっずで仕䞊げおみせた。
    䞭西は節の退院の前日、節の病宀を蚪れた。
    「随分長い間眠り続ける柳田さんを看おいたはずなのに、目が芚めおからはあっずいう間に退院ね。良かったわ 」
    「䞭西さんには本圓にお䞖話に、いえ、ご迷惑をおかけしたした。正盎、有村が䞭西さんの効だったなんお、䞍思議過ぎお䜕だか仕組たれおいるみたいに考えおしたいたす」
    「私も祥生くんの曞いたノヌトを読んで、卒倒しそうなほど驚いたわ。 実はね、翔くんの奇跡ずヒカルちゃんの奇跡の驚きず同じくらいに、倧きな嫉劬ずいうのか劬みのような気持ちが、私の心のなかに広がっおいくのが芋えたの。  なんお蚀えばいいのか   二人の喜ばしい奇跡ずは察象的に、心の底に溜たるヘドロのようなものを感じたの。それがいいものではないこずはわかっおいたんだけども、どうしようもなく出おくるヘドロをどう凊理しおいいかわからず、ずっず葛藀しおいたんだず思う」
    「それは、いたは消えたずいうこずですか」
    「そうね、祥生くんのノヌトを読んでショックを受けお  柳田さんに効のこずを話しおおかなければならないず思ったずきに、うたく凊理できたのかもしれないわね」
    䞭西は蚀葉に詰たりながら、蚀葉を遞ぶようにしお話し続けた。
    「ヘドロの正䜓は明確で、それはみんなに奇跡が起きたのに、どうしお未倢には起きなかったのかずいうこずなの。みんな同じように意識䞍明なのに、柳田さんも目を芚たし、翔くんも目を芚たし、そしおヒカルちゃんも目を芚たした。それなのにどうしお未倢だけ目を芚たさなかったのっお 、ベッドの䞭で泣いたの 」
    「そうだったんですね  僕は䜕も知らないで、䜕もかも䞭西さんに頌んで   本圓にごめんなさい 」
    「ううん  あなたのこずを悪くなんか思っおないから」
    「でも僕は、無神経に䞭西さんに 」
    「ううん、䜕も問題ないの。最埌たで話しおいい」
    節は黙っお頷いた。
    「あなたもそうだったけど、私も祥生くんのノヌトを読んでショックを受けたわ。たず未倢の苊しみが単なる肉䜓的な苊しみではなく、自分の存圚意矩を問う根本的な意識の苊しみを抱えおいたこずにショックを受けたわ。意識䞍明でも、脳がだめになっおいおも意識は端然ず働いおいるのね。未倢は倢枕に珟れたずきもそんなこずは蚀わなかったから 。 先日芋せおくれた川友さんの手玙から、川友さんも息子さんの曞いたノヌトを読んで今たでの考えを改めたような事が曞いおあったけど、そのこずもよくわかる気がするの。祥生くんの特殊な胜力やあの信じられない蚈画は、あなたの蚘憶ず完党に合臎するなんお、それこそ奇跡ずしか蚀いようがないわ。その蚈画に未倢が参加するこずで 、未倢の人生が   できるはずのない倧孊生掻を   䞀生懞呜楜しんで  」
     䞭西は蚀葉に詰たり泣き厩れた。節もじっず堪えるように震えおいた。
    「  すごいね、意識っお   その䞖界で、みんな繋がるこずができるなんお  
    実際に䜕でも創造できるのかも  」
    䞭西はもう䞀床泣くず倧きく息を吐いお、顔を䞊げお笑った。
    「ありがずう。あなたのお陰で䜕もかもがスッキリしたわ。本圓のこずを蚀うず、翔くんに䌚いに行ったずきも橋䞋さんに䌚いに行ったずきも、『自分は看護垫倱栌ね』っお自己嫌悪したんだけど、あなたを芋おいたら、昔、旊那ず知り合ったずきのこずを思い出したの。圌も䞀途なスポヌツマンずいうむメヌゞ通りの人だったわ。今もだけど。でもどこか子䟛なのよ。それが川友さんの手玙に曞いおある子䟛ね。あなたも同じような雰囲気がある。子䟛の雰囲気が」
    子䟛ずいう蚀葉を劙に連呌する䞭西の蚀葉に、節はどう反応しおいいのかわからず、照れるべきなのか少し腹をたおるべきなのか取り繕えないたた照れを隠すように䞋を向いおいた。
    「私も今回のこずで少し成長したような気がするの。私も私の意識を絶えず意識するトレヌニングをするこずにしたわ。反応や無意識で行動するのではなく、意識しお行動する倧切さを孊んだわ」

     
     
         䞀四
     
    翌日、迎えに来おくれた䞡芪ず䞀緒に節は退院した。
    東京駅から北陞新幹線『かがやき』に乗るず二時間で富山駅に到着した。北陞特有の梅雚の蒞し暑さに䞍快感を顔に出す䞡芪の姿を芋おいるず、䜕床も、䜕十回もこの路線で芋舞いに来おくれた䞡芪に涙がこがれそうになった。おが぀かない足を匕き摺るように駅を出るず、富山駅の北口ず南口が繋がっおいた。
    「びっくりしたろ 最近繋がったんだ。だから今日はわざわざ北口に車を駐(ず)めたんだ」
    新しくなった富山駅はどこか他の地方の感じの良い駅のように新鮮に芋えた。そしお父のプリりスの埌郚座垭に乗り蟌んだ。゚ンゞンスタヌトボタンを抌しおも゚ンゞンは掛からずリチりムむオンバッテリヌが静かに車を動かし始めた。駅北駐車堎を出お富山八尟線方面に向かう。信号埅ちで父が地図を衚瀺しおいるカヌナビを操䜜しお攟送のスむッチを入れた。
    『 さあ続いおはリスナヌさんからのクむズです。い぀もありがずうございたす、ペンネヌムナメッチさんから。さんが脳腫瘍になり助かるには脳移怍しかありたせん。その時ちょうど亀通事故で亡くなったさんの脳を移怍できるこずになりたした。さお、無事手術が成功しさんの脳がさんに移怍されたした。麻酔から目芚めたこの方は、自分はだずいうのかそれずもだずいうのでしょうか』
    「どっち」
    節が急かすように䞡芪に聞いた。
    「なにが」
    「このラゞオの質問だよ」
    「えっ ほら、もう䞀床いうから聞いおみお」
    「   ん、トンチ」
    「さあ、さんじゃ   でも脳がさんのだから答えはかな ん  」
    車が鉄道高架橋の䞋に入ったずころで枋滞しお動かなくなった。高架橋の䞊を電車が走っおきた。
    ガヌ ゎトン、ゎトン ガヌ ゎトン、ゎトン  
    しばらくしおようやく枋滞の列が動き出した。
    『さあ、続いおのコヌナヌです  』
    節は声を䞊げお笑った。
    「ワッハッハッハッハヌ」
    「たあ、䜕 どうしたの、急に びっくりするわ」
     
    皋なく自宅に到着した節は荷物の䞭から取り出した衣類を掗濯機に攟り蟌んだ。
    「垃団は昚日きれいにしおおいたから。郚屋は掃陀機をかけおおいたけど荷物はそのたたよ。自分で敎理しおね」
    久しぶりに芋る郚屋は圓時のたたで、節は圓時のようにベッドにひっくり返っおみるず母が掗濯しお倩日干しした垃団が厚みを蓄えたたた節の䜓を包み蟌み、日光の良い匂いが挂った。そしお病院でのいろいろな出来事がたた頭の䞭に浮かんできた。
     
    やがお、い぀の間にか圓たりは暗くなり䞋に降りようず起き䞊がった節は、あの日のサバむバルナむフを思い出した。怅子に座り、勉匷机の抜斗を開けお奥に手を䌞ばしおみた。そこには黒いケヌスに入ったあのサバむバルナむフがあった。
    「  物眮にでも仕舞っずくか」
    そう呟いおからナむフを持っおそっず階段を降りるず、誰にも芋られないように静かに玄関から倖ぞず出た。隣の家ずの間にある隙間を通っお奥にある薄暗い物眮ぞず入る。スチヌル補ラックの棚に眮いおある倧型の工具箱を取り出しお䞭を開くず、その䞭にサバむバルナむフを仕舞った。
     
    ゲコッ
    ガコッ ゲコッ
    ゲコッ ガコッ ゲコッ  
    䞀匹のカ゚ルが鳎き始めるず、次第に鳎き声に参加するカ゚ルが増え始め、瞬く間にカ゚ルの倧合唱が始たった。東京では聞くこずのなかったカ゚ルの声に誘われるように物眮の反察偎のドアをそっず開けお裏庭に出た。
    ガチャ ギ
    日が沈み深く青みがかった空ず、䞀面に広がる幌(よう)穂(すい)期の皲葉が揺れる田んがに、無数のホタルが乱舞しおいた。
    「  ホタル 」
    あの日芋たホタルの䜕十倍ものたくさんの数のホタルが、空ず皲葉の間を舞っおいた。その瞬間、あの日進孊を決めた時から今たでの出来事が䞀瞬で頭の䞭を駆け巡った。そしお目からは熱い涙が幟筋も流れ萜ちおきた。
     
    「祥生、君のお陰で、僕は自殺なんかしないでここに戻っおきたよ。君が曞いたノヌトのお陰で、䜕もかもがわかった。これが君の蚈画だったずいうこずも。君がもういないずいうのを知っおショックだったけど、いたではもうだいぶ気持ちも萜ち着いおきた。ありがずう。ただすべおを受け止めきれないけど、君のいう意識の繋がりは、僕の倢が蚌明しおいる。君が特殊な胜力を持っお生たれたのに、短呜で終わっおしたう理由がわからず苊悩しおいたこず、そしお有村が䜕も出来ないたた人生を終えなければならいこずを知っお苊しんでたこず、君の苊悩や有村の苊しみが僕を矯正するこずで救われるなんお  、君のノヌトを読んだずき、正盎僕は君たちに裏切られたような気がしたんだ。君たちの満足ず匕き換えに、僕は君たち二人の死を受け入れなければならないこずになるんだよ わかるかい 祥生が僕に教えたいこず、䌝えたいこずはわかった。少なくずも頭では理解した。そこたでは、端然ず、理解できた  。ありがずう、祥生。  でも、有村。君には䞀぀蚀いたいこずがあるんだ。どうしお、どうしおあの時、僕にキスをした 僕はレポヌトの䞭で君に   あず䞀幎しかないず、せっかく出䌚えお、生たれおはじめおの友達にあずたった䞀幎でお別れするこずになるのかなっお思ったら、泣けおきたんだよ。ずっず僕に寄り添っお僕をサポヌトしおくれた君は、僕にずっおかけがえのない友達で䞀生付き合うこずが出来るず思っおいたんだ。なのに、なのにどうしおあの時、僕にキスなんかしたんだ 祥生のノヌトを読んで、消えそうになっおいた君のこずを思い出すこずができた。そしおこの思い出は鮮やかにそしお匷烈に僕の蚘憶に焌き付けられた。だからずっず、ずっず氞遠に、君は僕の蚘憶に残り続けるんだ。君のお陰で僕は匷くなった。この心の匷さは誰にも負けない。でも、君を思い出す時、どうしおも䞀緒にあのキスも思い出しおしたうんだよ。そしお友達の君ず、別の君ずが同時に珟れるんだ。その二぀が二重の寂しさになっお、僕の思い出が䜙蚈に蟛くなるんだ。この寂しさだけがどうしようもなく、い぀たでも䞀緒に付いおきおしたうんだよ    」
    䞀匹のホタルが肩に留たった。
    『ありがずう』
    耳元で聞こえおきた有村未倢の声に、たた、涙が溢れた。
    「『ありがずう』を蚀うのは、僕の方だよ」
    『でも、ありがずう』
    本圓にもう䞀幎だけいいから䞀緒にいたかった   未倢 、僕らが意識の䞭で繋がっおいるのはわかったよ。でもね、でも、もう䞀床   もう䞀床だけ         」
     
     
     
                 了

     

    〈著者略歎〉
    茂 枅博しげる せいはく
    1967幎 富山県八尟町に生たれる
    1990幎 興亜倧孊法孊郚卒業
    2008幎 「咲いお散らすな、オレンゞの花」 文芞瀟
    2021幎 「醜貌のむンナヌサむド」 はるかぜ曞房
    2021幎 「オリヌブが結ぶ祈りの実」 アメヌゞング出版
    2022幎 「九月十䞉日の煩悶」 ずなみ野そうぞうStudio
    2023幎 「君、恋し」 ずなみ野そうぞうStudio
    君、恋し

     


     
     
     
    䜙癜から物語を玡ぐ堎所。 ずなみ野そうぞうStudioは「想像し、創造する」を理念に、自著出版ず本づくりのサポヌトをしおいたす。

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