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アトモスフィア short ver.

    ※これは感想文です。

    (シネコンで濱口竜介『急に具合が悪くなる』を観終わって、同じ商業施設にあるファミレスに入った大学生のマーコとホサキ。先に席についていたホサキのもとへ、ドリンクバーからグラスを手に持ったマーコがやって来て斜向かいに座る)
    マーコ:最近ミックスするのやめたんだよね。ストレート。
    ホサキ:俺もあんましないかも。というかエバるのもちがくね?
    マーコ:水道の水もおいしいし、やっぱなんでもキがいいよね。
    ホサキ:キって?
    マーコ:生。
    ホサキ:生のことキって。そもそも水道の水って生っていうんかな。お前だけ衛生観念逆行してね?落ちたもんでもお前だけ10秒ルールだもんな。
    マーコ:お前っていうな。うちどこででも生きて行きたいからさ。あーあ、腹減った、何かくれ、やさしい声よりイモがいい(と歌う)
    ホサキ:それよく歌ってるよなお前。なんなのそれ。
    マーコ:ほとんどブタ、でもネーコ。ほとんどダメ、でもネーコ。「およねこぶーにゃん」知らないの?昭和のアニメなんだけど。これせつなくて好きなんだよね。
    ホサキ:ああ、親が聴いてた系。昭和のカルチャー好きだよなマーコ。
    マーコ:まあ昭和と言われるとあれだけど。ホサキも割と詳しいじゃん?
    ホサキ:俺はマーコよりは今を生きてるけどな。
    (二人の店員が両手にハンバーグのプレートとライスを持ってくる。マーコとホサキは机の上のスマホやらパンフレットやら財布やらを脇にどかす。
    店員:こちらハンバーグセットでございます。熱いのでお気をつけください(と言ってマーコの前にハンバーグとライスの順に置く。もう一人の店員がホサキの前にハンバーグとライスを置き、帰っていく)
    ホサキ:ああいうのってマニュアルなんかな?
    マーコ:ああいうのとは?
    ホサキ:先にマーコの方から置いてたじゃん?レディーファースト、的、な?
    マーコ:あたしの方が手前だったからとかじゃない?
    ホサキ:あるいは、二人の上下関係をパッと見抜いて、とか。
    マーコ:こっちの女の方がエラそうだって。うるさいな。
    ホサキ:でも、明らかに上下関係ありそうだとか、歳に開きがあるとかさ、そう言う場合置く順番決まってるだろ、マニュアルで。
    マーコ:明らかに友達同士とかでも?
    ホサキ:そこが店員の腕の見せ所でさ、ちょっとした雰囲気で、力関係見抜いて対応するんだよ。やっぱアトモスフィア大事。
    マーコ:アトモスフィアか。でも、高級レストランとかキャバクラでもないのに、そんな必要あるのかいな。
    ホサキ:口コミクレームこわいんじゃん?だから飲食店は最近ネコ型ロボットに商品運ばせてるじゃん?コロナとか人件費とかもあるけど、空気読む必要ないのもデカいんじゃね?
    マーコ:あたしそういうのやってみたいかも。恋人同士で来て、これどっちが主導権握ってるんだろ、って読むやつ。
    ホサキ:夫婦ならまず奥さん優先しとけば間違いないもんな。
    マーコ:そうかも。でも九州だったら違う、とかあるんかな。
    ホサキ:男子厨房に入らず、的、な?家父長制が根強い、的、な?
    マーコ:そういうの今はないのかな。あたし知り合いが九州にいないからわかんないけど、的、な?
    ホサキ:お前的なの使い方間違ってんぞ、的、な?俺おかんが鹿児島出身だから、昔はよく行ってたけど、あんまりそう言う雰囲気、あ、アトモスフィア無かったけど。むしろばあちゃんとかおばさんとかの方が強かったイメージ。ナイジツどうかは知らんけど。うちの家のヒエラルキーも親父は割と下だしな。ネコより。
    マーコ:それかわいそくない?でもそんなもんかも。ねえ、家父長制があったから日本と韓国は少子高齢化が進むのが早かった、ってマリー=ルーが言ってたじゃん?覚えてる?
    ホサキ:真理と二人で劇場を出て、夕暮れの街をひたすら話しながら歩いてるとき。結構歩くスピード早かったよな。テンション上がってたからかな。がんの末期患者ってあんな感じなの?
    マーコ:急に具合が悪くなる前だし、あたしたちが勝手に弱々しいイメージ持ってるだけなのかな。でも早く歩いてるように見えただけかもよ。まあ、赤信号渡ったりもしてたり、型破り感というか、イメージをあえて逸脱する演出もあったのかも。
    ホサキ:タバコとか。タバコ演出ね。
    マーコ:そそそ。マリー=ルーがさ、日本に留学するきっかけが日本のアニメで、ミヤザキとタカハタが好きだったって言ってたからかもしれないけど、『風立ちぬ』で主人公が結核病みの奥さんの手を握りながらタバコ吸うシーンあったじゃん、あれなんか思い出しちゃった。
    ホサキ:あったあった。あれもだいぶ批判があったらしいよな。宮崎駿は愛煙家だし、リアルを追求したってことなんだろうけど、ハマグチさんはタバコ吸わない人じゃなかっけ?
    マーコ:吸わなそうだよね。まあタバコについては、介護業界でも医療業界でも、違法じゃないんだから嗜好品としてタバコはいいじゃん、勝手なイメージで縛らないでよ、ということなのかな。
    ホサキ:あと、介護は肉体労働だってこと言いたいのかも。あ、これこそイメージか。
    マーコ:タバコはボケ防止になる、みたいな話もあったよね。医療系のそういうのって手のひら返しの場合も多いから、実際どうなのかわかんないけど。認知症患者の施設だけど、マリー=ルーと一人の患者さんしか吸ってないから、まあそっちは関係ないのかな。
    ホサキ:あんまりみんながみんな吸ってるのもねえ、っていうのもあるから、絞ってる可能性もあるけどな。まあタバコの印象は強く残る映画だったな。不思議と。
    マーコ:ネットでそれ言う人多いみたい。アンチタバコ系の活動家みたいなネトウヨ的なやつらがいたりするもんね。
    ホサキ:『風立ちぬ』が10年前だから、もっと運動が盛り上がってるかもな。
    マーコ:ホサキは?吸ったことある?
    ホサキ:オヤジが昔吸っててさ、すごい嫌だったんだよな。家の中では吸わないけど、ベランダで一人で、締め出されてる感じで吸ってる背中を見てさ、あわれだな、とか思ったりして。あと、服とかタバコ臭かったりするし。本人は気づかないのがタチ悪い。
    マーコ:そうなんだ?あたしさ、映画の中のタバコのシーン、結構好きで、吸おうかなとか思ったこともあるんだけど、紙タバコじゃなきゃあの渋さは出ないから、ちょっとハードル高くて手が出ないんだよね。
    ホサキ:ハードル高い、って?
    マーコ:値段も高いし、なんか劇画感あるし。目立ちそうだし。
    ホサキ:廃屋を見るような目で見られるだろうし。
    マーコ:あんたその表現好きだけどちょっと違わない?スカンク見るような目じゃない?
    ホサキ:それも違わね?まあ、わかるわかる。
    マーコ:だからさ、ハマグチさんがタバコ演出するのって、映画感出すって狙いもある気がする。ハマグチさんって「映画を観てるぞ、という感覚」「これは映画である」ってよく言うじゃん?そのためのガジェットというか重要なツールじゃないのかな。
    ホサキ:ネイティブ・アメリカンにとっては宇宙と交信するツール、とかだったっけ?
    マーコ:カスタネダの本読んだの?北山耕平?
    ホサキ:細野さん。
    マーコ:あーあ細野さん。愛煙家だし神秘好きだもんね。細野さん新譜出るね。あと1976年中華街ライブの音源化、聴いた?
    ホサキ:もちろん。ありゃやばい。サブスクで聴いてるけど、アナログも欲しいな。でもたけえ。あの辺て全部小金持ちのオヤジ狙いアイテムだからさ。俺らみたいな学生風情は相手にしてないんだよな。
    マーコ:お、若年層の貧困。ちょっと話し戻った?マリー=ルーの言ってた少子高齢化の話だけど、資本主義と家父長制が結びつくと少子高齢化が加速する、って、どう言う理屈?って思ったけど、ズバリ言うわよ、って感じで言ってたね。
    ホサキ:家父長制のせいで若者を労働力として投下しやすかったと。生活はしていけるけど、経済的にも時間的にも余裕が無いから子供が作れない。一方医療技術は向上してるから寿命は伸びる。それが負のスパイラルになっている、っていうね。
    マーコ:この映画ってそう言う話?って予想と違ってびっくりしたけど、まあ、そう言う話だったね。
    (マーコとホサキは一息ついて食事をし始める。ライスの皿を左手で持ち上げ、右手の箸でハンバーグを切り、その一片をライスの上に載せて一緒に口に放り込むマーコ。それを見ながらいつものことさと平然とした顔つきで、フォークを使ってハンバーグを口に運ぶホサキ。ピークタイムを過ぎた店内には客は数組しかいない。やがて食べ終わる二人。店員が空いた食器を下げていく)
    マーコ:今日授業ないし、あたしはバイトまで時間あるから、もうちょい話していかない?
    ホサキ:まあ、いいよ。一晩中は無理だけど。
    マーコ:だからあたしバイトなんだって。あ、映画のオマージュ?(とホサキを指差す。ホサキは照れくさそうに俯いてまた顔を上げる)
    ホサキ:的、な?あー、遅かった。お前がツッコみ早いからだろお。
    マーコ:すみまそんね。でさ、話の続きだけどさ。
    ホサキ:どっからの続きだっけ?
    マーコ:えーと、あ、少子高齢化の話?というかさ、あの映画って、新しい試みを実践しようとする介護施設のディレクターと、末期ガン患者の劇作家の二人の女性の邂逅と短く濃密な時間を描く、って説明がまあ簡潔かなと思うけど、観ればその言葉じゃぜんっぜん、語り尽くせないってわかるよね。
    ホサキ:そう。途中でヤバヤバ、って眠りかけた時あったけど、全部受け止めた、っていうか、全部の時間を過ごした、って実感があった。
    マーコ:ハマグチさんと師匠の黒沢清さんが番宣で対談してたけど、そのときに黒沢さんが言ってた、なんだっけ、普通の映画と時間の流れ方が違う、二人とともに生きるという感覚、みたいなこと。ちょっと違うかもだから、ユーチューブで見てよ。
    ホサキ:俺も黒沢清監督とおんなじこと考えたのかあ、そうか、なるほど。
    マーコ:ほっとくわ。で、ハマグチさん前作の『悪は存在しない』では、結構セリフが抑制されてる感じがあったけど、今回不自然というか過剰なほど喋ってて。まあ主演の二人だけど、ハマグチ節が戻ってきた、っていうより、なんかこれまでと違うなあ、って思ったんだよね。なんでだろ。
    ホサキ:あー、なるほど。『パッション』がその意味で一番ハマグチさんの会話劇を象徴してる作品だと思うけど、まああれとは違うね。
    マーコ:何が違うと思う?
    ホサキ:多分、『パッション』なんかも、頭の中にあることや胸の奥にあることをすっかり言語化してぶつけてる感じがあるけど、今回のはもっと先を見てるというか、特に真理が、何か残さなきゃ、有益なことを言わなきゃ、悔いの無いように伝えなきゃ、って思いが強いと思う。もちろん、現在進行形の不安や恐怖、だけでなくて喜びとか興奮もあるんだけど、なんかね、生きていくマリー=ルーに託したいという切迫感があったのかな。
    マーコ:それってマリー=ルーに、ということもあるんだけど、何よりこの先残された時間は短くても未来のことを考えてやる、という真理のエゴの強さ、じゃないかな。
    ホサキ:ふーむ、ふむ。
    マーコ:というのはね、一回目観たあとに原作読んだのね。これ哲学者と文化人類学者の往復書簡なんだけど。あ、読んだ?
    ホサキ:俺ってノー情報で映画観るタイプ。
    マーコ:まあ原作って言ったって、これ一見全然重なって見えないんだけど。タイトル違ったら気づかないかも。で、その哲学者で末期ガンで、急に具合が悪くなって、往復書簡が終わってすぐに亡くなるのが、この映画の真理なんだけど。この哲学者の宮野真生子さん、この人がすごくて、映画の終盤のさ、実家の京都のかかりつけ医師に診てもらうシーンで、その医師が「真理さんの精神力が筋金入りなのは分かっていますが」みたいなこと言うじゃない?で実際、そのあと筋金入りであることを証明するわけだけどさ。宮野さんも最後の最後まで未来を見てた人、ちゃんと命を燃やし尽くした人なんだよね。
    ホサキ:なるほど。
    マーコ:だからさ、言葉の数も多いけど、そこに込められた思いの濃度がハンパない、というかね。それを、フランス語も使いながら演じるとかヤバいよね。まあ、途中から重要なセリフは日本語だったけど。
    ホサキ:すごかった。岡本さんってあんまり観たことなかったけど、すばらしくハマグチ演出にハマってた感じがする。あんな演出家も哲学者も実際にはいないんだろうけど、実在感やばかった。友達になりたいとさえ思ったな。
    マーコ:恋人じゃないんだ?まあホサキって女友達多いよね。で、それもその通りなんだけど、今日二回目観てさ、マリー=ルー役のヴィルジニーさんがほんと素敵だと思った。恐れ入った。
    ホサキ:そう?いや良かったよ。でも、日本語話せる人と比べちゃうと、フランス語わかんない分だけ、やっぱり…。フランス語だけなら違うんだけど。普段洋画観る時、言語わかんないから演技わかんない、とはならないもんな。
    マーコ:実を言っちゃうと、あたしも最初そうだったのよ。でも、特に今日はマリーに着目しよう、とか決めてたわけじゃないのに、劇場での芝居が終わったあとのQ&Aでさ、真理の告白を聴いた時の表情を見ただけで泣きそうになっちゃって。そこからはもう釘付け。
    ホサキ:マイクをすっ、って下げるところ、あれなんか妙にグッとくるんだよな。予告編で見た時から。
    マーコ:あれって何だろうね。どうしてマイクの位置を低くするって思いついたんだろ。不思議に思うくらいなのに本当にそれしか無い、って気になる。
    ホサキ:マリー=ルーの、「いや突き刺さった」っていう日本語のセリフ、ネイティブだったら違和感あるはずだけど、学生時代に日本に留学した時日本語を勉強して日常使いしてたけどフランスに帰ってからは使わなくなった、っていう設定だと違和感ない、どころか、あの鋭い目つきで言われると、説得力あるんだなあ。
    マーコ:ザッツイッ!ってサエジマ先生ならいうね。そのとーり過ぎる。目ぢからがね、ヴィルジニーさんというか、マリー=ルーにはあるんよね。
    真理さんもだけど、真理さんとは違う。なんだろ。
    ホサキ:役柄的には介護施設のディレクターで、ユマニチュードっていう思想の強い制度を本格的に取り入れようとする信念の強い女性だから、そら眼光も鋭くなりそうだけど、それだけじゃなくて。なんつーか、優しさの強さ?
    マーコ:認知症の女性に語りかける時のあの目。まさにそんな感じだよね。優しいんだけど強い。確たるものを掴んでる感じ。
    ホサキ:それも最後にはまた少し変化があるけど。
    マーコ:そうそう。なんか気持ち悪い。
    ホサキ:え?ここまでの流れで、何が気持ち悪いんよ?
    マーコ:ホサキとここまで意見が合うのがよ。
    ホサキ:確かに。おえー。
    マーコ:それは違うだろ。でさ、もちろんカンヌで二人で女優賞獲ってるし、ほとんどの時間が二人の対話だし原作には女性二人のやり取り以外は出てこないわけだから、二人が中心なのは当たり前なんだけど、でも二人だけの映画とも思わないんだよね。
    ホサキ:だよな。まずは智樹。
    マーコ:まあね。登場の仕方からキョーレツだったもんね。街を走ってるトラムと並走って。
    ホサキ:演技って演じる技、って書くけど、まあ技術ではあるけど、もう技ではどうにもならないんじゃないかと思っちゃうよ。
    マーコ:すごく変な、というか、ひょっとすると失礼な言い方になっちゃうけど、もうさ、鳥とか白熊とかを演じてるような。なんか。感情がないとか得体が知れないとかそんなんじゃ全然無くって、あのー、フリとかでは絶対無理な次元で、でもそうとかしか見えないっていうか。うまく言語化出来ないんだけど。
    ホサキ:演じてる黒崎煌代さんて、『今日の空が一番好きってまだ言えない僕は』で、おー正式タイトル言えたわ、それで初めて観たんだけど、メチャメチャクセあるけどすごく良い役者だなーって思って。というかめっちゃいいヤツって。もちろん役柄だけどさ。ホントに友達になりたい、って思わせるんだよな。今回の智樹も。
    マーコ:そうね。あたしもまだ観てないけど、『見はらし世代』って話題になった映画の主役だったんでしょ。あとこれは見た、『九条の大罪』の曽我部役。あれもハマり過ぎてたなあ。
    ホサキ:キャスティングもあるんだろうけど、全てをハマり役と思わせるスゴさ、なのかも。
    マーコ:あとやっぱキョーゾーさま。キョーさま。
    ホサキ:Qさまみたいにいうな!
    マーコ:長塚京三さんにしか見えない、って思ったのね逆に。そしたらさ、あの役ってハマグチさんがキョーゾーさんに当て書きしたんだってさ。深く納得しちゃった。
    ホサキ:イタリア式本読み、京三さんもしたんかな?
    マーコ:感情を一切入れないで棒読みしてセリフ何度も読むヤツね。そういえば『ルノワールの演技指導』、今度上映するんだってね。観にいかなきゃ。
    ホサキ:それも行くの?忙しいなあ。いや、ヒマなのか。
    マーコ:ヒマじゃない!でも行くのよ。でもやるんだよ!根本敬じゃないけど。
    ホサキ:女の口から根本敬って初めて聞いた、俺。
    マーコ:それはよくてさ、キョーゾーさんが演じた清宮吾朗って、真理さんのこと好きだったのかな?
    ホサキ:80歳越えてるんですけど。あ、恋愛感情じゃなくてか。
    マーコ:でも、真理と吾朗が二人の時、真理が倒れてベッドで寝てる時ね、「私はあなたのことを娘だと思いません」って言ってたでしょ?あれって告白じゃないかな、って後から思った。
    ホサキ:へえ。深読みするねえ。このディープリーダー。俺は文字通りにしか思わなかったけど。
    マーコ:文字通りってどういうことよ?あなたを娘だとは思わないって?娘じゃない人を娘と思わないって言う意味ないじゃん。含みがあるって考えるのが普通じゃない?猫見てさ、犬とは思わないって言うの?
    ホサキ:怒んなよ。あと、お前やっぱたとえ下手だよな。すげえいいシーンとは思ったけど、そこまでは考えなかったわ。スゴ。原作にも恋愛のこととか書いてあるの?
    マーコ:パートナーのこととか匂わせ程度には書かれてたけど、全然前面じゃなかったよ。まあ、恋愛要素があまりにも見受けられなかったから、探そうとしたのかも。でも、真理と吾朗の対話シーンは全部名シーンで、一回だけ最後にあるマリー=ルーと吾朗のシーンも、まあ話はしないけど、めっちゃいいよね。
    ホサキ:あのシーンね。確かに。あとさ、ソフィだろやっぱ。
    マーコ:マリー=ルーの写し鏡のようなソフィね。
    ホサキ:真理に子守唄せがまれて歌う歌が、映画の冒頭でマリーが歌う歌と同じっていう。まあベタと言えばベタだけど、ジーンとするという。
    マーコ:そういえば今回、ハマグチ映画にしてはベタなシーンが多かった気がしない?歩いてたら鳩のフンが顔に落ちてくるとか。しかもそれが天丼になるっていう。
    ホサキ:あれは空から投げかけた真理のイタズラ、みたいにも取れるけどな。ロマンチック過ぎか。
    マーコ:たまにはいい事言うね。あと、元施設長室の一部屋を借りたいと言ってきた介護士の女性が、家族と一緒でもいいか、と尋ねて、独身者が優先なんだよ、と断られたあとにスマホを見せて、ね。
    ホサキ:見せられたマリー=ルーと副ディレクターが笑ったあと、カット切り替わって白猫が部屋を走り回る、っていうあれね。ベタだけど、意外だけど、なんか自然で良かったな。
    マーコ:あの辺の一連の展開って割とわかりやすいというか先が読めるよね。確かにハマグチ映画では珍しい、かも。
    ホサキ:実は今回、古典を目指してたりして。
    マーコ:でも、現実を変えようとする強い意志を持った二人が主人公だし、結構イメージを覆そうという意図も見えるよ。真理がマリー=ルーにソフィは嫌いかと尋ねて、嫌いと返した時のやり取りとかさ、よい大人が人を好きとか嫌いとか口にするものではない、という世間へのあっかんべーを感じたし。
    ホサキ:でも、闘病ものもトラディショナルな題材だし、女性のバディものとも捉えられるし、意外にフレーム的には古典的だよな。ベタな部分も多いし、先を読みやすいことも考えると、ルノワールみたいな古典を作ろうとしたんじゃないか。
    マーコ:うーん、どうだろ?あのホワイトボードのシーンとか、異物感しかなくない?あそこ抜きには語れないくらい、重要なシーンだよね。
    ホサキ:あれもさ、よく考えれば戦争映画とかスポーツ映画に典型的な、作戦を立てたり共有するシーンに見えない?戦略を練る前の現状把握という感じではあるけど。
    マーコ:言われてみれば。ユマニチュードをスポーツに喩えると、勝つためにまず敵を分析しよう、敵を知り己を知れば危うきに…あれ、なんだっけ?
    ホサキ:それはまあ、ええやん。スポーツに喩えるの、なんか批判されそうだけどな。軍事作戦よりはマシか。
    マーコ:そういえば原作の磯野さんがどこかで喋ってたんだけど、一回だけハマグチさんの脚本にケチつけたんだって。それが、あるセリフがスポ根的な発想で使われてるから変えてほしい、っていう。それは原作にもあった言葉で、死ぬんじゃねーぞ、って。
    ホサキ:なるほど。スポーツ嫌いな人なの?
    マーコ:そうじゃなくて、むしろ割としっかりスポーツやってきた人だし、プロ野球のチームのファンだったりもするけど、でもその発言は、スポ根的発想じゃない、もっと深い、もっと哲学的な、ってことなのかな。ぜんっぜんわかんないけど。
    ホサキ:じゃあスポーツのセンはないか。
    マーコ:でもテッテ的に身体の映画ではあるけどね。そういえば真理が具合が悪くなったあと、体を気遣うマリー=ルーに対して、「なめんなよ、マリー=ルー」って返すシーンがあるけど、これって実は、原作の反対だよね。原作では磯野さんが闘病している宮野さんに「死ぬんじゃねーぞ」と声をかけて、映画では闘病中の真理が心配しているマリー=ルーに「なめんなよ」と伝えてるってことだから。原作と映画で一つの対話が完成した、ってことかな。
    ホサキ:おー(パチパチ、と手を叩く)。すごい発想。実際どうだか分かんないけど、まあそうかもしれないし、演出家や脚本家の意識を越えて成立してる、的、な?
    マーコ:的、な?まあ、確かにこの原作自体が往復書簡というまさしくタイムレスな表現形態だったから、映画という別のメディアでもタイムレスなものを作ろうとしたのかもね。未来に何かを残したいって。
    ホサキ:実際に劇中の真理はずっと残すべき痕跡のことを考えていて、京三さん、じゃないや、吾朗さんに、何も残さなくてもいいんじゃないですか、と言われてたよな。無理するな、って。最後吾朗と智樹が、真理とマリー=ルーがカップヌードルを食べた京都の山に遺灰を撒いていたけど、それは自分の体なんてどうでもいい、名前や記録なんてどうでもいい、とにかく自分の魂をマリー=ルーや吾朗に託したい、と思い続けたってことだよな。
    マーコ:そうだね。宮野さんが残そうとしていたものを磯野さんが受け取って、それをハマグチさんが受け取り、映画にして残したってことか。だからそうか、スピリットが刻み込まれているとしても、この作品自体が残っていかなきゃ意味がないんだね。古典ってそういうことか。
    ホサキ:まあー、そうかな(と恥ずかしそうに後頭部を掻く)あ、そろそろバイト行かなきゃ。喋りすぎだろ。
    マーコ:ぜんっぜん喋り足りない!しかも何一つまとまってないし。結論なし。ほんと一晩中でも、って感じ。ソフィの話も終わってないし、他にもね、あの認知症で元総支配人のお父さんとその息子さんのこととか、ヒップホップ好きの若い介護士のジブエルとか、名前まで覚えてるわあたし、あと足裏の触り合いとか、自由の庭での吾朗の一人芝居のシーンの素晴らしさとか、音楽とかめちゃ良かったとか。このままじゃバイトに集中できないよ!あーあたしって、ヒマが売りの大学生なのに、なんでこんな時に限ってバイトがあんのよ!あーあ、古代ギリシャの詩人だったらよかったのにい。
    ホサキ:「私はあなたをヒマだけがとりえの大学生とは思いません」(と長塚京三のマネのつもりで)
    マーコ:にてねーやめろよ。さめるわー。でもちょうどよくカームダウンした。これで踏ん切りついた、バイト行くかあ(と言って勢いよく席を立つ)
    ホサキ:にてんだろぉぉ(と弱々しい声で)。付き合ってやったんだからマーコもちでいいよな。
    (振り返ってニヤッと笑うマーコ。猫型ロボットに軽くタッチして、セルフレジの前で手招きする。頭を掻きながら少しずつ近づいていくホサキ)

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