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南方熊楠ず苔のメモ

    うちの庭は陜圓たりが悪い。特に裏庭は家の陰になっお真倏でもひんやりした日陰ができる。そんな庭の隅っこのレンガの䞊にこんもりずした苔が生えおいた。苔を芋るずあの人のこずを思い出す。



    ただ30代のある日のこず。私は、職堎のデスクの匕き出しを、ガチャガチャず揺さぶりながら匕き出した。奥の方に物が挟たっおしたっお。そしたら匕っ掛かっおいたものず䞀緒に、名刺が入っおいたプラスチックケヌスが滑り出おきお、そこに也燥した䞀欠片の苔ず䞀枚の小さな玙片が入っおいるのに気が぀いた。

    その頃、私は䌚瀟の広報玙の発行を任されおいお、その衚玙蚘事を曞くために地元の名跡を取材しに出かけるこずが倚かった。そういえば、この苔。随分前に〇〇寺に行った時、話の流れで䜏職さんから頂戎したんだっけ。「私、苔が倧奜きでしお、境内の苔の緑に芋惚れちゃいたした〜」などず話しお、掎みはOKからのむンタビュヌを始めた蚘憶が  


    机の䞭で苔はカリカリに干からびおいた。

    その苔の䞋、手垳の切れ端のような玙に鉛筆で「あなたは南方熊楠」ず、曞いおあった。ミナカタクマグス。呪文みたいな名前だ。孊生時代に教科曞で芋た気がする。䜕した人だっけ 苔ず䞀緒になぜこんなメモが ググっおWikipediaを芋おみた。

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    南方熊楠(1867幎-1941幎)は日本の博物孊者・生物孊者・民俗孊者。粘菌の研究で知られるが、キノコ、藻類、苔、シダの研究もしおおり...叀今東西の文献を枉猟  蚀動や性栌が奇抜で埌䞖に数々の逞話を残しおいる  珟圚では「知の巚人」ずの評䟡もある。
    出兞 Wikipedia「南方熊楠」より

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    ほほう。凄く賢い人じゃないの。

    こんなこずを知っおいそうな人は、この職堎では2人しかいない。毎朝6時に出瀟しお本を読んでいる䞊叞ず、毎朝7時に出瀟しお本を読んでいる20歳幎䞊の同僚だ。

    毎朝9時ギリギリに滑り蟌んでくる私を、呆れ顔で迎え入れるたでの長い時間、察面のデスクに座っお、それぞれ黙々ず本を読んでいた。
    恐らくは、ほが無蚀の、垞人なら息が詰たるような濃密な二人きりの時間を毎日過ごしおいる圌らのうち、わざわざこんなこずをしそうなのは埌者の方だ。

    私は、こういうりィットに富んだこずをする人が結構奜きだ。しかし圌は“りィットに富む”ずいう蚀葉ずはかなり距離のある、倧きな䜓栌の、よく蚀えば物静かな、悪く蚀えば、がうっずした雰囲気の、冎えないおじさんだった。くたのプヌさんのようなむメヌゞの愛されキャラではあった。

    い぀、圌はこの玙片を私のデスクに忍ばせたのだろう。ペンを借りようず思っお匕き出しを開けたら、そこにあるはずもない䞀欠片の苔が入っおいお、奇劙に思ったのだろうか。


    偉倧な南方熊楠に䟋えられお、私は頬が緩むのを感じながら、苔ずメモをそのたたに、匕き出しを閉めた。このこずに぀いお圌にはあえお確認をしなかった。それは私の悪戯心であった。デスクの苔は謎のたたにしおおこう。


    圌はずおも滑舌が悪い人で、私はよく圌の蚀ったこずを聞き間違えた。それがあたりにも絶劙に聞き間違えるので、い぀も呚りの同僚の笑いを誘った。私はこれを『蚀いた぀がい、聞きた぀がいファむル』に蚘入しお保存しおいた。新しい蚘録が増えるたびに、

    「滑舌が悪いせいでしょ」

    「いや、聞く耳が悪いでしょう」 

    ず、冗談でよく蚀い合った。


    䌚議で向かい合っお座るずきは、私が䜕気なくテヌブルに眮いたボヌルペンに、圌の手が恐る恐る䌞びおきお、そっず90床回転させた。圌の方にペン先が向いおいたからだ。先端恐怖症だずいうのだ。私はそれを知っおはいたが、時に忘れおしたう。ペン、箞、ハサミ、䞉角定芏、あらゆる先端の尖ったものが、目の前でくるっず向きを倉えた。


    本奜きの䞊叞は片っ端から時代小説を読んでいたが、圌の読曞はオヌルゞャンルのようだった。本が倚すぎお実家の2階の床が蔵曞の重みで撓んでしたったそうだ。呚りから生き字匕ず蚀われるほど䜕でもよく知っおいた。

    自ら知識を披露するこずはないが尋ねるず答えおくれた。蚘事の執筆䞭に挢字を調べるのが面倒で圌に尋ねるず、そういう時はデスクの足元から倧きな挢字蟞兞を匕っ匵り出しおきお、きちんず調べおくれたりもした。


    昌䌑憩でも、䌚議の合間でも、移動䞭でも、隙あらば目立たぬように本を読んでいた。じっずしおいるず空間に銎染みすぎお、人に気づかれないのが特技だった。

    時には気配を消しすぎお、䜕凊に行ったか分からず、みんなが探し回るこずもあった。䌚瀟䞻催の講挔䌚などのむベント時は、運営スタッフなのに䌚堎の片隅の垭で芳客に混じっお座っおいた。


    圌の奥さんは同じ䌚瀟で働いおいお、郚門のトップにたで登り詰めた、頭の切れる、ずおもしっかりした玠敵な人だった。圌は恐劻家っぜく「たずえ自分が100%正しいず思っおも、奥さんに謝れる」ず蚀っおいた。喧嘩の連続で離婚に至った私からしおみれば、信じられないほどの愛劻家だった。たた、嚘さんに叱られたこずを嬉しげに話す、情けなくも優しいお父さんでもあった。



    私たちの垂は田舎の車瀟䌚で、同じ郚眲の党員が車通勀だった。それにもかかわらず忘幎䌚や新幎䌚には、䞊叞を陀くみんなが圌の車に乗り蟌んで珟地に向かうのが定番になっおいた。圌の車が7人乗りだったこずもあるが、そこには䞀皮、圌に察する甘えのような感情が挂っおいた。

    同僚だけで近堎の枩泉ぞの小旅行を䌁画した時も、圓然の劂く、圌の車に乗り蟌んだ。みんなが道䞭、奜き勝手に話しおいる䞭で、運転手は黙っお運転を続けた。時折、埌郚座垭から芋るバックミラヌに、圌の楜しげな笑顔が映り、みんなの感じおいた若干の申し蚳なさを打ち消した。


    ある時、スピリチュアル奜きな女性の同僚も加わり3人で雑談しおいたら、前䞖の話になり、そこから死埌の䞖界に぀いおの話題になった。

    ひずしきり盛り䞊がった埌、「〇〇さんが最幎長なんだから、私達より先に亡くなったら、倩に昇る前に死埌の䞖界があるかどうか教えに来おね」ず冗談で玄束をしお話を終えた。
    「幜霊になっおやっお来おも〇〇さんなら党然怖くないね」ずスピリチュアルな圌女ず笑い合った。ちなみに圌女には党く霊感はない。私の方がただマシだった。


    圌は、定幎埌に再雇甚で数幎働いた埌、退職した。これからは倧奜きな本を䞀日䞭読めるず蚀っお喜んでいた。職堎連名で退職祝いにレザヌのブックカバヌずゞェラヌトピケのモコモコパゞャマをプレれントされ、退職匏で花束を受け取っお、照れながら䌚瀟を埌にした。


    それから2幎くらいしお圌が病気で亡くなったず聞いた。亡くなっおからもう1ヶ月が経぀ずいう。驚いお蚀葉を倱った。その頃、私は郚眲異動を呜じられ、新たな職堎で忙しい毎日を送っおいお心のゆずりを倱っおいた。

    喉の奥に急激な痛みを感じお、慌おおその堎を立ち去った。昌時の䌚瀟の賑やかな廊䞋を、぀た先を芋぀めながら歩いおいくうちに、䞍意に昔の玄束を思い出した。

    圌はあの玄束を守っお、私のずころぞ来おくれただろうか。知らなかった、䜕も気づかなかった。1ヶ月も前だなんお  
    自分のデスクに戻り、少し萜ち着いおから、スピリチュアルな圌女に蚃報を䌝えに行った。圌女に聞いおみた。「ううん、䜕も感じなかった」ず圌女は答えた。



    残業が終わった倜遅く、車で垰宅する道すがら、昔の職堎での楜しい掛け合いの数々が思い起こされた。信号埅ちで停車する間、雚も降っおいないのに、前車のテヌルランプの赀色が滲んで広がっおくる。

    そしお静かに俯き加枛に本を読む、圌の姿が脳裏に浮かんだ。

    きっず、圌は来おくれたに違いない。だけどほら、気配を消すプロだから、私に気づかせなかったのだろう。

    私のデスクにメモを忍ばせた、あの日のように。




    お読みいただきありがずうございたす。
    noteアカりントのある方も、無い方も、
    よろしければ、スキ❀を抌しおくださるず、
    颚もないのにパラパラず、開いた本のペヌゞがめくれるかもしれたせん。



     
     
    蚀葉を玡ぐこずず、土をいじるこずが奜きです。゚ッセむ、短線小説、詩、小さな庭ずプランタヌの菜園レポヌトなど、ゞャンルにずらわれず「暮らしのなかで芋぀けた小さな物語」を思い぀くたたに発信しおいたす。 あなたの倜の読曞のお䟛になれたら嬉しいです。