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NATOのウクライナ支援組織へ自衛官を派遣するのは憲法違反

    防衛省は29日、ウクライナ支援を調整するNATOの支援組織に自衛官を派遣する方針を明らかにした。政府は「派遣先はドイツ国内であり、戦闘地域ではない」「自衛官は戦闘任務に従事しない」と説明している。しかし、私は、憲法学者の中にはこのような説明では憲法上の問題は解消されないと考える人が少なくないと思う。そもそも日本国憲法第9条は、戦争の放棄と戦力の不保持を定めている。戦後の日本政府は、自衛隊の存在を認める一方で、その活動には厳しい制約を設けてきた。海外での武力行使は認められず、国際協力活動においても「武力行使との一体化」を避けることが重要な原則とされてきたのである。過去のPKO活動では、停戦合意の存在や中立性の確保が重視された。これは単なる手続き上の条件ではなく、日本が武力紛争の当事者と見なされることを避けるための歯止めだった。しかし今回のケースでは、支援対象となるのは現在もロシアと交戦中のウクライナ軍である。自衛官が直接銃を持って戦うわけではないとしても、その活動が軍事支援の調整や連絡に関わる以上、戦争遂行能力の向上に寄与することは否定できない。政府は「戦闘地域ではないから問題ない」と説明する。しかし、この考え方は形式論に過ぎないのではないか。重要なのは自衛官がどこにいるかではなく、何をしているのかという点だ。仮に安全な第三国に所在する組織であっても、その組織の目的が交戦国の軍事活動を支援することであるならば、そこへの参加は武力紛争への関与と評価される余地がある。また、今回の派遣は前例としての意味も大きい。一度、「戦闘していないから問題ない」「戦闘地域にいないから問題ない」という理屈が認められれば、将来的にはさらに広範な軍事協力への道が開かれる可能性がある。憲法9条が本来果たしてきた歯止めの機能が徐々に弱められていくのではないかという懸念は無視できない。NATOの支援組織への自衛官の派遣は実質的に交戦当事者への軍事支援に関与するものであり、憲法9条の理念や従来の政府解釈とも整合しない。政府は法的に問題ないと説明するが、それはあくまで政府自身の解釈に過ぎない。憲法の意味を最終的に考えるうえでは、政府見解だけでなく、多様な法的見解に耳を傾ける必要がある。今回の自衛官派遣は、単なる人事上の措置ではない。日本が武力紛争にどこまで関与するのか、そして憲法9条を今後どのように解釈していくのかを問う重要な問題である。だからこそ、「戦闘地域ではないから大丈夫」という説明だけで済ませるのではなく、憲法との関係について国民的な議論が求められている。

     
     
    独自の視点からカルチャーを発信! またの名は、文・文次郎 『別冊かる・かる・かるちゃあ 完全版』詩集『ことばを待つ飼い主たち』エッセイ『フィルム&ポリティクス 壊れゆく世界の中で』

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