
いつか家族で富良野へ。商業ライターを目指す私が、両親に伝えたいこと
いつか、家族みんなで北海道・富良野のラベンダー畑を見に行きたい。
それが、アラフィフになり、商業ライターを目指して日々もがいている私の、今の一番の願いです。
そう願うのは、私の母と育ての父が、これまでに「苦労しかない人生」を送ってきたからでした。
母は、私の実父からの激しいDVやハラスメント、不倫、借金に耐えかねていました。
慰謝料30万円、月の養育費2万円という約束だけで、離婚をしました。
母と育ての父は、日蓮宗という宗教の一派に所属しており、それがきっかけで再婚しました。
新しい生活が始まりましたが、当時の私には、もう一つの大きな試練がありました。
母は息子のために神仏に願った
私は中学生ぐらいまで、小児喘息を患っており、何度も命を失いかけています。
母は幼い私を大病院に連れて行き、当時最先端のアレルギー検査を試みました。
名医と呼ばれる医師による新薬を長期間服薬しても、喘息の発作は治癒しませんでした。
ですから、母は、朝と夜、仏壇に手を合わせてお経を唱えていたのです。
私も園児のころには、振り仮名がふってある子供用のお経を暗記し、その傍らで一緒に声を合わせていました。
それが普通のことだと思っていたのです。
日曜日はお寺で終わる
毎週日曜日には、お寺に、僧侶の話を聞きに行かされていました。
まだ、土曜日に学校の授業がある時代だったので、実質、休みは、土曜日のお昼だけでした。
思い返すと、いろんな子供たちがいて、暇だから一緒に遊んでいたのを思い出します。
寺の僧侶は、裕福で、高価なお酒や現金を収める信者にだけ優しかったのです。
無論、私の両親への風当たりは、決して良くなかった。
両親が持っていく品物も、生活を切り詰めて用意したものだったのに、です。
私は、小学校低学年で、「暇だな、早く終わらないかな」と呟いただけで、僧侶に殴られたことがあります。
その時、母は初めて、
「仏を信じる人間がやることだろうか」 という疑念を抱いたそうです。
「もう少し我慢してね。そのうち必ず喘息が治るから」
神仏は全く信用していませんが、事実、高校に入学する前には喘息の発作は起きにくくなりました。
仏というより、両親の強い想いが、私の身体を強くしてくれたのだと思います。
義父の無償の愛
園児の頃から育ててもらっているので、私にとっては本当の父親と何も変わりがありません。
のちにはアーク溶接のスペシャリストとして、会社でも重宝され、誰からも好かれる自慢の父親になる人でした。
ですが、その会社に入るまでは、性格的なものから、なかなか仕事に馴染めず、職を転々としていたのです。
そのせいで収入が途絶えて、両親の激しい喧嘩が始まりました。
子供のころは離婚だけはしないでくれと思っていましたが、私も妻と激しくぶつかりあったことがあるので、今はその気持ちも理解できます。
妻に対し、本音を曝け出して話し合うということを逃げていたことがあるからです。それは私のせいです。
そして、相手を敬う配慮が圧倒的に足りなかったのです。
人は、余裕がなくなると、どうしても自分を見失うものだと。
現在の両親
私の両親は、洗濯や掃除が大好きで、自然を愛する人たちです。
猫が好きで、演歌も好き。
何より、二人とも北海道生まれなので、故郷のラベンダーが大好きです。
ですから、まだ親が元気なうちに、いつか北海道に連れて行ってあげたいと本気で思っています。
お金のこともありますし、仕事や生活の都合もあって、なかなかそれが叶わないのですが。
親は子の成功を願う
アラフィフに突入した私であっても、両親からすれば「子供」です。
クラウドソーシングの荒波を知る両親は、私が商業メディアで安定したライターになることを願ってくれています。
母は読書が好きで、学歴はありませんが知識は学者並みに豊富です。
父は週刊誌を読むのが趣味で、そこから一般常識を吸収しています。
だからこそ、唯一の武器である「文章」で戦いたい。
「ナオヤを育てて良かった」
そう思ってもらいたいのです。
そう思うからこそ、今、必死で書き続けることを自分に課しています。
普段は言えませんが、母と父には本当に感謝しています。
そして、そんな私の両親を実の親と同じように愛してくれている妻に対しても。
本当にいつもありがとう。
そんな両親の想いもあって、私は真のプロライターとなるべく、日々模索しています。
人間の寿命は分かりません。
でも、親より先に逝くことは絶対に避けなければならないと思っています。
私は決して立派な人間ではありません。
それでも、ライターとしてだけは誠実でありたい。
その思いだけは曲げたくないのです。
それはきっと、ここまで支えてくれた家族への感謝があるからなのだと思っています。
目標ではありますが、来年には商業メディアライターとなり、家族で富良野のラベンダー畑を見にいきたい。
それが、私の今の小さくも、大きな願いの一つです。
◆人生に疲れている皆様へ