
なぜ田舎でロングコートは浮くのか
地方だとコートや派手な柄があるファッションは浮きやすい。
田舎だから、
服に興味ある人なんてあんまりいないから、
流行りに疎いからとかそういう意見もあるけど、最近思ったのはその差は景観の違いでしかないのでは?ということ。
都会ではガラス張りのオフィスビルや芸術的な形の建築物、商業施設が多い。
「垂直」と「直線」を基調とした景色が自然と集まる。
コートを例に考えると、コートの直線的なシルエットは、都会の構造物と視覚的に共鳴する。
田園風景の中では浮いてしまう重さが、コンクリートの街並みでは「品格」や「洗練」として機能するようにも感じる。
黒いロングコートを着た人が、田んぼの横のコンビニ駐車場に立っていると、服だけが都市から切り離されて浮いて見える。
でも、ガラス張りのビル街に入ると、その直線は急に街と馴染み始める。
地方でも歴史あるレンガ造りの建物とか均整の取れた高さが一定以上ある建物の前ならコートや攻めた格好をしても浮かない。
大胆な柄も看板や光、建物の壮大さに紛れる。
のどかな景観の中では、その人だけが急に景色から浮いて見える。
田舎は服を買うところがないとか、情報格差とか疎い人が多いというのもあんまり関係ない気もするなって個人的に思う。
地方には地元のセレクトショップがあるし、
ドメスティックブランドなら大体置いてあるし、マイナーなブランドの面白い服も置いてたりする。
古着屋もこれをこの値段で買えるの?みたいなのがあるし、東京だと1.5〜2倍はするじゃないかなみたいな。
地方だと規模が大きい、モールばりのセレクトショップもあって面白い。
郡山市のTIME AFTER TIMEとか
宇都宮のARKnets、水戸のAT WORKなんかも。
服に興味ない人からすると意外かもしれないけど、地方の方が充実してたりする。
東京もいっぱいあるんだろうけど、多すぎていい店を探すのが大変なのと、テナント料高いからか、古着もいい値段したり、セレクトショップも売れ筋や流行を抑えたものが多いような気もする。そうじゃない店もあるんだけど。
地方がダサいとかオシャレすると浮くと言われるのは、景観の差で都会の方が着こなしの幅が広いから。地方だとそれが狭まるだけ。
景観への適応の問題だなという結論。
「地方は文化が違うから服も違う」という話もある。
もちろん文化や生活様式の違いもあると思う。
でも、それだけでは同じ服が場所によって急に馴染んだり、浮いたりする感覚までは説明しきれない。ファッションのトレンドは国や文化を超えて世界で共通しているわけだし。
そう考えると服は服だけで見られているわけではなく、背景込みで見られていると思う。
だから、ファッションの自由度は、その人の感度だけでなく、その人が立っている景観にも左右される。
服を着るという行為が、自分の好みだけじゃなく、自分が立っている場所との関係で決まるという考えでした。
性格や文化、経済・情報格差じゃなくて、
こういう考えに至ったのはインテリアや映像や写真を学んで、対象と周囲との関係、空間が与える感情とか影響を考えるようになったからなのかな?
そう思うと、アウトプット出せてないことに焦っていたけど、意外に進歩はしてるのか。