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【完結済】 あたしのクマさん 〜 2003年、31歳地方局アナの孤独と再生 〜 B面 第7話 あたしの居場所

    ■ あらすじ

     福岡にある放送局でアナウンサーとして働く上田智恵は、剣道大会の取材中、ボランティアスタッフとして働いていた青年・朝倉圭吾に惹かれる。
    華やかな業界に身を置きながら、北海道帯広市の実家にいた両親を事故で亡くし、見知らぬ町で孤独を抱えていた智恵。

     不器用で、少しばかり切実すぎる彼女の想いは、果たして伝わるのか。
    そして彼女は、人とのつながりと、自分の居場所を見つけることができるのか。2003年 夏。

    『ポニーテールと南の熊』のB面(智恵の苦悩)、第7話、完結

    ※創作大賞2026中間選考の落選を受け、編集凍結解除して大幅に改稿しました。


    マガジンに纏めています。


    本作のアザーサイドストーリーA面


    ■ 第7話 あたしの居場所

     その日、あたしは帰らなかった。
    彼の家で夜遅くまで二人で話した。
    さっきまでと話し方が違うじゃないかってツッコミが入ったけど、色々言って誤魔化した。
    バレてる気もするけど、仕方ない。

    彼のことを、あたしは「ケイくん」と呼ぶことにした。
    彼は、あたしのことを「智恵さん」と呼ぶことにしたらしい。

    少し距離がある気もしたけど、でも良い。
    あれだけ、嫌な思いさせたんだから。
    仕方ない。
    これから、取り返すことにした。
    時間は、いくらでもあるし。

    夜中になって、思い出したように婚姻届を二人で書いた。
    ケイくんが書き終えてから、あたしに回ってきた。

    緊張した。
    初めての、共同作業だ。
    これを書いて、区役所に持って行ったら、あたしは「朝倉智恵」になる。
    名前を書く左手が震えた。
    上田の姓に未練が無いわけじゃない。
    上田の家の娘として大切に育ててもらったし、誇りだってある。
    でも、良い。
    上田の姓は、弟たちが守ってくれるから。
    あたしのアイデンティティが、姓が変わったからって消えるわけではないし。
    どちらも、あたしだ。
    これから朝倉智恵として、この家をケイくんと大切に育てれば、それで良い。
    価値観ってそれぞれだと思うけど、そう思えたから結婚するんだ。

    最後に婚姻届に印鑑を押して、丁寧に畳んでからカバンにしまった。
    「明日、届け出してくるね」
    ケイくん、苦笑いしてた。『気が早いね』って。

    お風呂から上がって、ベッドに入ったのは深夜2時過ぎだった。
    ケイくん、あたしの全てを受け入れてくれた。

    翌朝、4時に目を覚まして、一度藤崎にある家に戻った。
    置き手紙、気付いてくれると良いけど。

    身支度をして出社して、そのままアナウンス部長と人事部に顔を出し、結婚すること、来年3月末で退職することを伝えた。
    退職届は後日の提出にしてもらった。
    すごく驚かれたし、慰留もされた。
    退職後に契約で引き続きで番組に出ることも勧められた。
    でも、もう良い。
    全部、お断りした。
    当面、社内での公表は控えてもらった。

    朝の情報番組を終えてデスクでPCに向かっていると、後ろから
    「顔つき、変わったか?」
    聞き慣れた立花さんの声だった。
    「後でご挨拶に行くつもりでした。色々と、ありがとうございました」
    どんな顔して向き合えば良いか分からなかったけど、立花さん、優しい笑顔だった。
    「また、な」
    そう言って右手あげて編集室に戻って行った。
    奥さんにも報告行かなくちゃ、ね。

    午後のニュースは、後輩の鈴川さんが代わってくれることになった。

    お昼すぎに午後休で会社を出たあたしは、そのまま早良区役所に足を運んで、予定通り婚姻届を提出した。
    ケイくんからは一緒に出しに行こうかって言われたけど、これはあたしがやりたかった。

    届出窓口では、婚姻届を出す手が少し震えた。

    嬉しかった。

    直ぐに婚姻届受理証明書を手に転出入手続きをして、西新の『家』に住所を移した。

    今日から、朝倉智恵だ。

    直ぐに住民票をとり、近くの早良警察署で運転免許証の書き換え。
    間に合いそうだったから、銀行窓口で口座の変更手続きも終わらせた。

    帰り道にある不動産屋さんに寄って、今月末の退去でお話をした。
    退去予告期間が足りないので日割り家賃が発生するって言われたけど、問題ないと伝えて手続きを終えた。

    藤崎の自宅に戻ってから、忘れないうちに水光熱と電話関係の解約も連絡しておいた。
    最後に、引っ越し業者さんに電話した。
    見積もり、今日の夕方遅くなら来れるということだったので、そのままお願いした。 

    これで、終わり。
    この部屋とは就職してから10年近くの付き合いだったけど、これでおしまい。
    上田智恵名義の契約は、これで携帯を残すのみ。
    これは、後日変更に行かなきゃ。

    夕方になって、ようやく弟たちに結婚したということで電話した。
    『結婚する』の間違いだよね?と二人で同じ反応だったのが可笑しかった。
    もう籍入れたよって言ったら二人して『披露宴は良いから、せめて式くらいしろ』って言われた。
    考えてもなかったけど、ケイくんに相談しなくちゃ。

    夕方、約束より早めに引越し見積もりに来てくれた。
    荷物少ないって驚かれたけど、おかげで早くおわった。
    引越しは来週土曜日にして貰った。

    あっと言う間。
    早く済んだので、地下鉄は使わず、暗くなって来た明治通りを西新の家に向かって一人で歩くと、つい一昨日まで心細くて暗く感じた風景も、今日は賑やかに見える。

    西新の家ではマンションのオートロックを教えてもらった番号で開け、部屋の鍵を昨夜もらった合鍵で開ける。

    これからココが、あたしの帰る場所。


     あれ以来、着替えだけ持って西新に住み着いたあたしは、スポンサーさんのお誘いなんかも全てお断りして、出来る限り家の事をするようになった。
    ケイくんからは好きにして良いって言ってもらえたけど、出来るだけ彼の日常を守りたくて、あまり変えない様にしている。

    引越しも無事終わったころ、携帯の契約変更も終わらせた。
    その足で、ケイくんのキャリアに乗り換えして家族割にしてもらった。
    『家族割』のネーミング、嬉しかった。

    年越しは、唐人町でお父様と過ごした。
    初めて朝倉智恵として年越しして、菩提寺にも伺って墓前に報告させて頂いた。

    3月。
    局内の朝礼でアナウンスのみんなに退職すること、伝えた。
    次のクールの予定にあたしの名前が無かったことで、みんな薄々気づいてた。
    この時初めて結婚した事も伝えたら、みんな目を丸くして驚いてた。
    後輩の鈴川さんなんて悲鳴をあげてた。
    そんなに驚くこと?
    あたしが結婚なんてしないって思われてたみたいだった。
    ……失礼な。

    色々とあった飲みのお誘い、全て丁寧に断っておいた。
    静かに消えたかったから。

    そうこうしているうちに訪れた最後の放送。
    長く出ていた朝の情報番組、いつもと変わらず、終わらせた。
    放送中も、明日から出ないことについて、言わずに済ませた。

    これで、上田智恵の名前ともお別れ。
    静かに、終われた。

    スタジオの出口で、立花さんがみんなと大きな花束とボックスに入ったワインを用意して待ってた。
    「おめでと」
    その立花さんの一言が、身に沁みた。
    本当に、お世話になりました。

    退職した次の水曜日、藤崎にある行きつけの美容室で、髪を短くした。
    ポニーテール、落とした。
    仲良い美容師のナミちゃん、目を丸くして驚きながら『いいの?』って言ってくれたけど、笑顔でバッサリやっちゃって、てお願いした。

    軽くなった気がした。

    これで、全ておしまい。

    これから、スタート。

    家に帰って来たケイくん、短くなった髪を見てめちゃくちゃ驚いて理由聞かれたけど、『ナイショ』って言っておいた。
    どうせ、気付いてるって思うし。

    結婚式は、どうせやるならって6月に福岡護国神社で和装でやった。
    自分で見てもあまりに似合ってなくって閉口した。
    北海道から来てくれた弟たちは爆笑してたし、ケイに至っては俯いて何も言ってくれなかった。
    嘘でもいいからキレイくらい言えって思ったけど、これはさすがに無理かな。

    そういえば、ケイくんはケイになった。
    最近ではお互いにぎこちなさも消えて、喧嘩も偶にはするけど仲良くやれているし、もうそろそろ、良いかなって。
    他人行儀だって言ったら、あたしの呼び方は『智恵さん』から『智恵ちゃん』に変わってた。
    あんまり変わった気しないけど、彼の精一杯だったみたいだから文句は言わない。

    相変わらず、料理は苦手。
    ケイにお願いして料理教室に通い始めた。
    卵を大量にダメにしてから、家計を支えるあたしがこれではダメだって思った。
    もうコリゴリ。
    目標は年末までに、お父様の納得する『がめ煮(筑前煮)』を作る事。
    福岡の女になるんだから、郷土料理くらいちゃんと作りたい。
    でも、今のままじゃ道のり、遠いかなぁ……

    結婚式後くらいから、子供が欲しいって切実に思うようになった。
    仲良くなったお隣の福澤さん、チョッと夫婦仲はギクシャクしてるらしいんだけど、お子さんが二人の間を繋いでくれてるって言ってた。
    ウチは仲良くやってるけど、福澤さんのお話を聞いていると子供がいると『夫婦』から『家族』になるのかなって思えてきたら、子供が欲しくなった。
    なかなか出来ないけど、頑張ろう。

    結婚して最初の夏。
    4年以上帰れてなかった帯広に帰省した。
    千歳から帯広までの移動はレンタカーにした。
    狩勝峠を越えて望む十勝の大地は、本当に緑が鮮やかで。
    やっぱり広くて、懐かしくて、風も心地よかった。
    ケイも
    『ここが智恵ちゃんの故郷なんだね、気持ちいいところだね』
    って気に入ってくれた。
    そして両親のお墓に、二人で結婚した事、報告できた。
    気付いたら涙が溢れてたけど、悲しかったんじゃない。
    やっと、見つけられたよって。

    ケイは朝から牧場の手伝いもしてくれてた。
    弟と仲良くしてくれていて、なんだかその光景も嬉しかった。

    帰りは二人で新得に寄って蕎麦を食べた。
    両親とよく食べた、懐かしい味だった。
    自分の根っこってコッチにもあるんだなって、そう思えた。
    千歳までの車中、そんなこと、色々と考えていたら無言だったみたいで
    『気分悪いの?』
    ってケイが心配してくれたけど、色々と考えてるだけだって答えておいた。
    帯広は故郷だけど、帰る場所じゃなくなったんだなって思ったら、少し寂しいような、切ないような気もしたから。

    だけど今は、大切で、大好きな、帰る場所ができた。
    それが心から嬉しかった。
    だから、たった3日の帰省だったけど、十分に満足した。

    ここに戻ることがあるとしたら、それは当分先の話だろうって思う。
    『きっと死んだ時ぐらいかな』って言ったら、ケイは笑ってた。

    飛行機の窓から遠ざかる北海道の大地を見ながら、今度帰省するときは、3人で帰ってきたい。
    そう願った。

    次は家族、作りたいな。

    #創作大賞2026
    #恋愛小説部門


    ■ お知らせ

    本作は創作大賞2026にエントリーした作品でしたが、力不足で中間選考で落選した作品となります。
    実際にエントリー後に読み返すと、不満だらけで基本構造は弄らずとも、文章は大幅にリファインを要するとの判断になっていました。
    選考終了までは編集凍結をしていましたが、今回中間選考で残れなかったことで、本稿は話数含め構成、文体を大幅に見直ししたリファイン版となります。
    少しでも読みやすくなっていると良いのですが。。。


    ■ 執筆にあたり作成したイメージプロット

    新千歳からの帰路。

    画像
    新千歳から“帰宅"

    ■ テストファイル

    テストで朗読ファイル作成してみましたので、おまけで。。
    ※ 過去稿ベースですので内容も若干違いますのでご注意ください。


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