平成の坊っちゃん第一章リクルートその8
「こんばんは」と威勢よく暖簾くぐったのであった。
入るとそこは地元の常連のおっちゃんばかりで地元の仲間うちの話で盛り上がっていたのだった。
他の席もよーく見たのだが東京のような若い女の子のグループどころか女の子さえ居なかった。
東京でこういう場合店員の大学生くらいのバイトの子が愛そよく話かけてくれるものだがそんな店員さえも居なかった。
完全にアウェイであったのだ。
心の中で
「ここは有楽町、もしかしたら秋田銀座があるの?」
でも前もってリサーチしたがここしか繁華街はないようであったのだ、、、
「こんな足なのにここまで来てなら外でリベンジしよ!そうだ外なら若い子居るはずだ!帰りはタクシーじゃなくて歩いて帰ればいいんだよ!」
そうして小一時間ほどで店を後にした。
そして宿まで歩いた、そして歩いた、、、
が、、、
数キロメートル歩いてすれ違ったのは、、、
酔ったおじさん3人くらいであったのだ、、、
完全に秋田で撃沈した。
もちろん帰ってから血だらけの足を洗って絆創膏貼って寝た。
秋田泊はこの一晩だけの予定だった、、、
そして足の痛さと心の傷だけが残ったのだった。
今でこそネットでチャッピーに聞けばすぐにわかることだが秋田の若者は宅飲みの文化らしい、、、
もちろん当時はもっとだろう。
ちなみにこの当時まだレーザーディスクのカラオケが出始めでもちろんカラオケ屋なんてなくてスナックでレーザーのカラオケか16トラックのカラオケしか普及しておらず、当時袋の学生がよく行く飲み屋とかでは歌本がステージに設置されておりリクエストして交代で歌って居た。
この次の年くらいからカラオケボックスが出始めて居たが一曲ごとにお金を入れて歌う仕組みで、同僚が行ったら、女子高生なんかとか色んな人と間ボックスだったと嘆いていたなー
