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縄文一万年の謎・⑧

    縄文一万年の謎・⑧

    別の選択が、一万年を生きさせたのか
    縄文時代は、およそ一万年以上にわたって続いた。
    その後、日本列島には稲作を基盤とする弥生文化が広がっていく。
    そこから現代まで、まだ三千年にも満たない。
    もちろん、単純に
    「縄文=良い」
    「弥生=悪い」
    という話ではない。
    稲作は人口を支え、社会を大きくし、文明を発展させた。
    しかし、その一方で、
    土地をより強く利用する。
    水を管理する。
    食料を貯蔵する。
    人口を増やす。
    集団を大きくする。
    そうした仕組みが発達すればするほど、社会は大きな力を持つ。
    そして同時に、大きな社会を維持するための負担も増えていく。
    ここで、縄文をもう一度見てみたい。

    縄文人は、自然を完全に支配する方向へ進まなかった。
    山があり、森があり、川があり、海がある。
    そこから得られるものを利用しながら、季節によって移動し、定住し、交易し、環境の変化にも対応して暮らしていた。
    雨が降れば、山は水を受け止める。
    森は土を守る。
    川は水を運ぶ。
    海は食料を与える。
    自然は「征服する対象」ではなく、暮らしの相手だったのではないか。
    もちろん、これは現代から見た一つの仮説だ。

    縄文人が意識的に「弥生とは違う道を選んだ」と証明することはできない。
    それでも、一万年以上続いたという事実は重い。
    そして私たちは今、
    人口減少、気候変動、災害、食料、エネルギー、都市集中という問題に直面している。
    「もっと強く自然を押さえ込めば解決できる」
    という発想だけでは、限界が見えてきた。
    山に降る雨を全部止めることはできない。
    川を完全に自由にすることもできない。
    都市を災害から完全に守ることもできない。
    だから必要なのは、
    自然に勝つことではなく、自然と共に生きる仕組みをつくること。
    国土強靱化だけではなく、
    国土共生化。
    もしかすると私たちは、未来へ進むために、
    「縄文へ戻る」のではなく、

    縄文が持っていた別の選択肢を、もう一度見つける必要があるのかもしれない。

    一万年続いた社会には、
    一万年続いたなりの理由があったのではないか。

    そして三千年にも満たない私たちの社会は、
    何を選び、何を捨て、どこへ向かうのか。
    縄文一万年は、過去の話ではない。
    もしかすると、
    これからの一万年を考えるための問いなのだ。

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