メインコンテンツへスキップ
見出し画像

第7回(最終話) 渡り鳥は、群れに戻る|自分のキャリアを娘に話せる日

    この連載は、一羽の渡り鳥から始まりました。

    地図も、GPSも持たないのに、毎年数千キロを正確に飛ぶ渡り鳥。あの鳥が、外の地図ではなく、自分の中にある複数のセンサー——磁場や、星や、においの記憶——を頼りに飛んでいる、という話から、私たちはこの旅を始めたのでした。

    渡り鳥には、もうひとつ、大切な習性があります。

    長い旅の果てに、彼らは必ず、群れに戻ってきます。そして、若い世代の鳥たちに、自分が飛んできたルートを受け渡していく。

    どこで風をつかむか、どこで休むか、どの星を目印にするか。渡りの知恵は、一羽の鳥の中だけで完結しません。群れから群れへ、世代から世代へと、受け継がれていくのです。

    この連載も、いよいよ最終回です。

    長い旅を続けてきた私たちは、最初の渡り鳥のもとへ、ぐるりと一周して戻ってきました。

    最後に、なぜ私がこの旅に出たのか、その原点をお話ししたいと思います。


    6種類の生き物が、教えてくれたこと

    ここまで、私たちは6羽の——いえ、6種類の生き物から、知性を借りてきました。

    地図を持たずに飛ぶ渡り鳥は、外の正解ではなく、内なるセンサーで方向を定めることを教えてくれました。

    8本の腕で考えるタコは、たくさんの役割を抱えながら、中心のある分散で生きることを教えてくれました。

    地中で時を過ごす蝉は、潜って力を蓄える時間こそが、人生の本体かもしれないと教えてくれました。

    列を外れるアリは、道を外れて探索することが、群れ全体を救うのだと教えてくれました。

    殻を脱ぐヤドカリは、肩書きを手放しても、自分の中身は失われないと教えてくれました。

    死骸の上に咲くサンゴは、失敗が、消すべき汚点ではなく、次の自分の土台になると教えてくれました。

    並べてみると、ばらばらの生き物たちです。空を飛ぶもの、海を漂うもの、土に潜るもの。けれど、これらすべてに共通して流れていたものが、ひとつあります。

    それは、「正解の地図に頼らず、自分を信じて、変わり続ける力」です。

    本連載で紹介してきた生き物は、みんな、同じことを別の角度から語っていました。決まった地図はない。でも、あなたの中には、進むべき方向を感じ取るセンサーがある。だから、潜ることも、外れることも、脱ぐことも、失敗することも、恐れなくていい。

    それらは全部、あなたが前に進むための、知性のかたちなのだ、と。


    なぜ私は、これを書いてきたのか

    ここで、この連載の、いちばん最初の原点に立ち返らせてください。

    私のnoteには、ずっと変わらないコンセプトがあります。「いつか社会の荒波に漕ぎ出す娘たちに贈る、思考のタイムカプセル」。

    私には娘たちがいます。彼女たちが大人になる頃、世界はきっと、今とはまるで違う姿になっているでしょう。

    AIがさらに進化し、私が今もっている知識やスキルの多くは、たぶん役に立たなくなっている。正解は、ものすごい速さで、古くなっていく。

    そんな時代に、私は娘たちに、何を残せるだろう。ずっと、それを考えてきました。

    そして、たどり着いた答えが、これでした。残すべきは「不変の正解」ではない。正解なんて、すぐに陳腐化する。

    それよりも、地図のない海を、自分のセンサーで飛んでいける力を渡したい。立ち止まる勇気、列を外れる勇気、殻を脱ぐ勇気、失敗を土台に変える力。変わり続けることそのものを、楽しめる心を。

    こんかい登場してくれた生き物の話は、ぜんぶ、娘たちへの手紙として書いていたりもします。

    いつか彼女たちが、人生の海で迷ったとき、そっと開けてほしいタイムカプセル。

    だから私は、寓話のかたちで、できるだけやさしく、将来困りそうなことを想像しながら、この物語を書いてきたのです。


    「この子には、人に好かれる才能がある」

    ここで、ひとつ、ずっと話していなかった思い出を、打ち明けたいと思います。

    私が通っていた保育園に、とても怖くて、厳しい園長先生がいました。子どもだった私は、しょっちゅう叱られていました。腕白で、いたずらばかりして。

    その園長先生が、私が卒園するとき、母にこう言い遺していたそうです。

    「この子には、人徳がある。人に好かれる才能がある」と。

    当時の私は、その言葉の意味が、まるで分かりませんでした。母から伝え聞いても、「ふうん」としか思わなかった。才能と言われても、自分では何のことだか、見当もつかなかったのです。

    それから、ずっと後のこと。大学生だった私は、霞ヶ関でインターンシップをする機会に恵まれ、ある室長さんにお世話になりました。その室長さんも、ある日、私に、ほとんど同じことを言ったのです。

    あなたには、人に好かれる、そういう力があるね、と。

    二人の、立場も世代もまったく違う大人が、何十年もの時を隔てて、私の同じ部分を見ていた。

    そのとき、私は、はっとしました。

    肩書きでも、実績でも、成績でもない。私が自分では気づきもしなかった、私自身の「中身」を、他者が、ちゃんと見つけてくれていたのだ、と。

    第5回で、私はヤドカリの話をしました。殻を脱いでも、中身は失われない、と。では、その「中身」とは、いったい何なのか。

    それは、こういうものなのだと思います。自分では選べない。自分では、なかなか気づけない。けれど、確かに自分の核にあって、どんな殻を脱いでも、決して失われないもの。

    そして不思議なことに、それを最初に見つけてくれるのは、たいてい自分自身ではなく、自分をよく見てくれている、誰か他の人なのです。

    だから、もし今、あなたが自分の「中身」が分からなくて不安なら——焦らなくて大丈夫です。あなたの中身は、もうとっくに、誰かに見つけてもらっているかもしれないのですから。


    父が遺した言葉を、今度は私が渡す番

    最後に、もう一人。私の父の話をさせてください。

    第4回で少し触れましたが、私の父は、頑固で、手取り足取り教えてくれない人でした。その代わり、口癖のように、こう言い続けていました。

    「自分で考えて、自分で決めなさい。そして、自分で責任を取りなさい」

    そしてもうひとつ、父には、私に対する願いがありました。「世の中のために役立つ人間に、育ってほしい」という願いです。

    子どもの頃の私は、その教えが、正直、うっとうしくもありました。なぜもっと優しく教えてくれないのか、と。でも、いくつもの選択を——進学を、就職を、3回の転職を、移住を——自分なりに重ねてきた今、その言葉が、私の背骨になっていることに気づきます。

    父は、答えを渡したのではありませんでした。答えの「出し方」を、生き方の姿勢そのものを、渡してくれていた。

    私はこれまでの連載で書いてきたように、たくさんの失敗や回り道もたくさんしてきました。しかしそれが私の血肉となっていること、父のその姿勢にいまでは感謝しつつ尊敬しています。

    そして今、私が、娘たちに同じことを願う番になりました。

    渡り鳥が、次の世代に飛び方を渡すように。園長先生が、室長さんが、私の「中身」を見つけてくれたように。父が、生き方の姿勢を渡してくれたように。受け取ったものを、今度は私が、次へと渡していく。

    タイムカプセルは、一方通行ではないのかもしれません。私が娘たちに渡したものを、いつか娘たちが開けて、また自分の子へと渡していく。渡りの知恵が、世代から世代へ受け継がれていくように、ぐるぐると、めぐっていく。

    そう考えると、この連載は、私が父から受け取ったものを、娘たちへ手渡すための、ささやかな中継ぎだったのだと思います。


    あなたのキャリアも、語れる物語になる

    ここまで、「娘たちへ」と書いてきました。でも、本当のことを言えば、これは、画面の向こうにいる、あなたへの手紙でもありました。

    あなたのキャリアも、いつか、誰かに語れる物語になります。

    回り道をした時間も。じっと潜っていた時間も。勇気を出して脱いだ殻も。土台になってくれた、あの苦い失敗も。ぜんぶ、あなただけの、語る価値のある物語です。

    きれいな一直線である必要は、まったくありません。むしろ、曲がりくねっているほど、潜った時間が長いほど、脱いだ殻が多いほど、その物語は深く、豊かになります。私の道だって、ずいぶん曲がりくねっていますから。

    いつか、あなたが、自分のキャリアを誰かに——後輩に、子どもに、大切な誰かに——語る日が来たとき。この連載で出会った生き物たちのことを、ほんの少しでも思い出してもらえたら、これ以上に嬉しいことはありません。


    渡り鳥は、群れに戻り、そしてまた次の春、新しい旅へと飛び立ちます。

    この連載は、ここで終わります。でも、あなたの旅は、続いていきます。

    地図は、なくていい。 あなたの中のセンサーは、もう、十分に磨かれています。

    最後に、第1回の終わりに書いた言葉を、もう一度だけ、あなたに贈らせてください。

    あなたの磁場は、まだそこにあります。

    どうか、よい旅を。


    ここまで読んでくださって、ありがとうございました。 この連載が、いつかあなたが迷ったときに、そっと開ける小さなタイムカプセルになれますように。

    Kuko/トト HRマネージャー|経営企画→コンサル→人事企画|転職3回・MBA(WBS)・札幌×東京2拠点「いつか社会の荒波に漕ぎ出す娘たちに贈る、思考のタイムカプセル」


    ▶ 連載「渡り鳥には地図がない」全7回、マガジンにまとめています。最初から読み返すと、また違う景色が見えるかもしれません。

    ▷ あなたの旅の話も、よければいつか聞かせてください。コメントで、お待ちしています。

     
     
    HRマネージャー/経営企画→コンサル→人事企画/転職3回/札幌移住/東京との2拠点生活/MBA(WBS)/分子生物学・ウイルス学専攻/読書好き。本noteは、いつか社会の荒波に漕ぎ出す娘たちに贈る、思考のタイムカプセルです。noteを読んで貰える皆さんにもお役に立てば幸いです

    あなたへのおすすめ