
星を共有する夜
素敵な人だった。
彼が歩けば、誰もが自然と目を奪われる。
落ち着いた大人びた振る舞い。柔らかな物腰。何事にも動じない余裕のある仕草。
それなのに、どこか人との間に見えない距離を引いているような人だった。
彼は仕事の都合で、私のいる部署へよくやって来る。
私はそのたびに業務内容を確認し、必要なことだけを伝える。
私たちの接点は、それだけだった。
それだけなのに、その短い時間が私には特別だった。
彼と関われる、数少ない理由だったから。
⸻
ある夜。
理由もなく散歩に出た。
夜風が気持ちよくて、今日はいつもより遠くまで歩いてみたくなった。
静かな住宅街を歩いていると、携帯電話が震えた。
画面に映っていたのは彼の名前だった。
夜遅くの電話を申し訳なさそうに詫びたあと、いつものように仕事の確認が始まる。
短いやり取りはすぐに終わった。
それでも電話は切れず、彼は何気なく私に尋ねた。
今、何をしているのかと。
私は散歩をしていることを伝え、何気なく空を見上げた。
空気は驚くほど澄んでいて、夜空はどこまでも高い。
普段なら見えないような小さな星まで輝いていた。
その中の一角だけ、星々が密集している場所がある。
まるで夜空に、小さなホワイトホールが浮かんでいるようだった。
あまりにも綺麗で、しばらく見惚れてしまう。
彼も今、この空を見ているだろうか。
もし同じ夜空を見上げているなら。
形はなくても、今日だけは同じものを共有できる。
そんな小さなお揃いが、少しだけ嬉しかった。
そして、胸の奥でそっと思う。
会いたいなー。
口には出さなかった、と思う。
そんな願いが叶うはずなんてないと思っていた。
だから次の瞬間、電話の向こうから聞こえた「困ったな」という優しい声に、思わず息を止めた。
その声と同時に、目の前の空気がふわりと揺れる。
夜風が星明かりを運んできたように、彼は静かに私の前へ現れた。
夢の中だから驚くことも忘れてしまったのか、それとも、ずっとそうなることを願っていたからなのか。
彼は何も言わなかった。
ただ穏やかに微笑み、一歩だけ近づく。
そして私の頬に触れ、壊れものを扱うように優しく口づけをした。
見上げた夜空では、小さなホワイトホールのような星の集まりが、静かに光をこぼしていた。
あの夜、私たちがお揃いにしたのは、夜空だけではなかったのかもしれない