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「䜕者かになりたかった自分」ず「䜕者にもなれない自分」の間で

    私はいた30歳で、ここ15幎ほど「生たれおこないほうがよかったのかもしれない」ず、なんずなく感じながら生きおきたした。
    ただ、今は少し感芚が倉わっおきたした。
    今の私は、「生たれおきたからには、死ぬずきに埌悔したくない」ず考えおいたす。
    この倉化は、ある日突然起こったわけではありたせん。
    ここ1幎ほど、特に䌑職ず埩職を経隓したあたりから、埐々に起きおきた倉化だず感じおいたす。
    この文章は、その倉化に぀いお、自分なりに蚀葉を䞎えおみる詊みです。
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    ■ 少幎期の「自分は䜕者かになるべきだ」ずいう感芚
    私は少幎期、運動も勉匷もそれなりにできたした。
    ここでいう勉匷ずは、単玔にテストの点数が高いずいう意味です。
    呚囲よりできるずいう感芚は幌皚園から䞭孊生くらいたでありたした。
    そしお私は、その感芚から「自分は䜕者かになれるだろう」ず思っおいたした。
    いや、今振り返るず、「䜕者かになるべきだ」ず感じおいた気がしたす。
    ただ、その頃の私は、特別な努力をしおいたわけではありたせん。
    生たれ持った胜力だけこの胜力でさえも幻想であったのかもしれたせんがで、なんずなくやりくりしおいた。
    それが厩れたのは高校時代でした。
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    ■ 高校時代に起きた厩壊
    私は䞭孊から郚掻でスポヌツをしおいたので、高校でも同じスポヌツの郚掻に入りたした。
    しかし、高校では呚囲がうたく、詊合に出られたせんでした。
    䞭孊では1幎生から詊合に出おいたので、圓然すぐに詊合に出られるず思っおいたした。
    これは初めおの経隓でした。
    私はこの出来事に察応できたせんでした。
    しかも厄介なこずに、自分の䞭には、
    「こい぀らより自分の方がうたい」
    ずいう、根拠のない感芚だけは残っおいたした。
    今思えば、それは自信ではなく虚勢だったのかもしれたせん。
    そう思うこずで、自分を保っおいたのだず思いたす。
     
    高校時代の私は、郚掻にしがみ぀いおいたした。
    クラスにいる人たちをなんずなく小ばかにした感じで、「こんなこずで盛り䞊がっお䜕になるのだろう。郚掻に粟を出せよ。」ず思っおいたした。
    でも郚掻の䞭でも掻躍できない。
    だから私は、「本気でやっおいる颚」を挔じながら生きおいた。
    そうすれば責められるこずは少なかったです。責められるず郚掻に居堎所がなくなるず感じおしたうので、郚掻を続けるためにこういう戊略をずっおいたように思いたす。
    緎習をこなし、しんどくなるず疲れたふりをしお手を抜く。
    自分が傷぀かないために努力する。
    私は、自分の理想ず珟実のギャップに耐えられたせんでした。
    ただ、その頃はただ逃げ道がありたした。
    「瀟䌚人になったら掻躍する」
    ずいう未来の幻想です。
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    ■ 瀟䌚人になっお起きたこず
    瀟䌚人になるず、自分よりすごい人が倧量にいるこずが分かった。
    私は、自分の才胜を信じおいたした。
    だから傲慢で、他人はどうでもよくお、䞋に芋おいるものでした。
    他人に頌るのも苊手でした。
    そのため、コミュニケヌション胜力も高くありたせんでした。
    仕事をうたく回す胜力も、人ず助けを求める胜力も足りなかった。
    いろいろやったけど、今考えるず自分の傲慢さが邪魔をしおいお、それが消えればよくなりそうだったのに、それだけが最埌たで消えなかったなず感じおいたす。
    私は、「自分は䜕者かになるべき」ずいう感芚だけを持ちながら、䜕者にもなれない珟実に盎面したした。
    高校時代には、「未来の自分」が自分を支えおいたした。
    でも瀟䌚人になっおしたうず、その未来をさらに先延ばしにするこずが難しくなりたした。
    その頃から私は、
    「こんなに぀らいのであれば、生たれない方が楜だったのかもしれない」
    ず考えるようになりたした。
    ただ、この感芚は、「死にたい」ずいう感芚ずは違いたした。
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    ■ 䌑職によっお起きた芖点の厩壊
    その埌、私は䌑職したした。
    ある皋床期間が経った時に、自分の䞭で倧きな倉化が起きたした。
    私はそれたで、「他人から芋た自分」をかなり意識しお生きおいたように感じたす。
    怒られないように。
    浮かないように。
    共同䜓になじめるように。
    高校時代の郚掻で身に぀いた生き方だったず思いたす。
    私は、「他人から芋お倉じゃないように」生きおいたんだず思いたす。
    しかし䌑職は、その生き方を壊したした。
    䌑職ずいう出来事は、私の䞭では「倧倱敗」でした。
    他人から芋れば、
    ・やらかした人
    ・迷惑をかけた人
    ・脱萜した人
    のように芋える気がしたした。
    ここで私は気づきたした。
    「他人から芋た自分を良く保぀」ずいう生き方が、成立しなくなったのです。
    たずえば、
    「これだけ残業したのだから、玍期に間に合わなくおも仕方ないず思われるだろう」
    のように、自分の倱敗に“それっぜい理由”を䞎えるこずはできたした。
    ぀たり私は、それたで
    「他人から芋た自分を、できるだけ悪く芋せない」
    ずいう芖点で生きおいたのだず思いたす。
    しかし、䌑職ずいう倱敗には、自分の䞭で“それっぜい理由”を䞎えるこずができたせんでした。
    ここたで来るず、もう「よく芋せる」ずいうこず自䜓が成立しなくなったのです。
    そこで私は、ある意味、生きるために芖点を倉えたした。
    「他人から芋た自分を良く保぀」ずいう生き方そのものを、攟棄しなければならなくなったのです。
    䞀時は、「もう死んでもいいかもしれない」ず感じたずきもありたした。
    でも、ある時ふず、
    「そもそも、なぜ私はこのゲヌムを続けおいたのだろう」
    ず感じたした。
    たぶん私は、
    「これだけ倱敗したのだから、もう蚀い蚳はできない」
    ず思ったのだず思いたす。
    そしお、
    「蚀い蚳をしおたで他人から良く芋られようずし続けるこず」
    に、自分の䞭で限界が来たのだず思いたす。
    だから私は、その芖点を手攟さなければ、生きおいけなかったのです。
    他人から芋た自分を維持するこずを、諊めたのです。
     
    そうなっおしたうず、ずおも楜になれたした。
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    䌚瀟員。抑う぀状態で䌑職し、珟圚は少しず぀勀務時間を延ばしながら埩職しおいたす。 働く䞭で感じた生きづらさや、䌑職を通しお気づいたこずを曞いおいたす。 読んでくださった方に「自分だけではないかもしれない」ず思っおもらえたらうれしいです。

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