
「世界を感じられる自分でいるために」
私はまだ、動けるのだろうか。
海外に行きたくなるのは、
今いる場所が嫌いだからだと思っていた。
でも違った。
本当に確かめたかったのは、
「私はまだ、動ける人間なのだろうか」
ということだった。
何かを始める妄想だけを繰り返して、
気づけば何年も経っていた。
やろうと思えばできたはずなのに。
やらなかっただけ。
でも50代を過ぎた頃から、
そのまま時間だけが過ぎていくことの方が
怖くなった。
だから去年、
初めて海外へひとり旅に出た。
そして、
初めてインターネットの海へ、
自分の文章を流し始めた。
小さな一歩だけれど、
そのたびに、
少しだけ止まっていた自分が
動きだした気がした。
不思議なことに、
旅は「行く」と決めるまでが、実は長い。
お金。
休み。
体力。
タイミング。
行きたい気持ちは、
何度も現実に引き戻される。
会社員の私は、
長い休みを自由には取れない。
旅費は高い。
人も多い。
「そこまでして行きたいのかな」
そう思って、
何度もブラウザを閉じた。
それでも数日後には、
また航空券を検索している。
未来の自分に予約をいれるのは、
少しだけ勇気がいる。
その頃の私は、
まだ同じ熱量で、
その場所へ行きたいと思っているだろうか
と。
でも最近は思う。
予約とは、
未来の自分を信じることなのだと

そして私は、
初めての都市、シドニーへ向かった。
街は驚くほど大きかった。
空も、
道路も、
木も、
建物も。
その広さの中を歩いていると、
日本で小さく畳んでいた気持ちまで、
少し広がっていく気がした。
普段、イヤホンで音を遮り、
なるべく人と関わらないように歩いてしまう自分。
巻き込まれないように。
疲れないように。
ずっと省エネモードで生きてきた。
でも旅先では、
そのスイッチが少しだけ外れる。

海外には、
景色より先に思い出すものがある。
匂いだ。
少し強めの香水。
乾いた空気。
肌に当たる風。
どれも写真では伝わらない。
SNSでは、
世界中の景色を見ることができる。
でも、
その場でしか感じられないものがある。
身体は、
画面では騙せない。

異国の香り。
旅はいつも、
慣れてきた頃に終わる。
ホテルの部屋に慣れた頃。
街の地図が頭に入った頃。
言葉が耳になじんできた頃。
だから寂しい。
でも、
人生もきっと同じなのだと思う。
新鮮だったものは、
いつか「普通」になる。
だから私は、
また旅にでたくなる。

違って見える旅っていい。
帰国して一週間後。
ふと時間ができて、
学生時代によく歩いた公園へ行った。
すると、
景色が少し違って見えた。
先週まで歩いていたシドニーの公園と、
どこか重なって見えたのだ。
景色が、
「フォトスポット」みたいに見える感覚。
それがまだ、
自分の中に残っていた。
旅は、
新しい景色を見るものだと思っていた。
でも本当は違った。
変わっていたのは、
景色ではなく、
景色を見る自分だった。

だから私は、
また旅に出る。
遠くへ行くためだけではない。
止まっていた感覚を、
もう一度動かすために。
世界を見るためではなく、
世界を感じられる自分でいるために。