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小さな酒場の大きな秘密 |エンタメ小説|【創作大賞2026】【エンタメ原作部門】第1章

    夫婦で営む実在する小さな居酒屋。そこには、地球を守る常連客たちの“もう一つの顔”が隠されていた。


    あらすじ

    町の片隅にある、夫婦で営む昔ながらの実在する居酒屋「きぶん家」。

    大将の手料理、女将の笑顔、常連客たちの他愛ない会話。
    そこは、誰もがほっと息をつける、どこにでもありそうな小さな酒場だった。
    しかし、その店には誰にも知られていない“もう一つの顔”がある。
    常連客たちは、ただの酔客ではない。
    大将も女将も、ただの店主ではない。

    彼らは、地上と地下世界をつなぐ秘密を守り続ける、名もなきスパイ団だった。地下深くには、古くから地球を支えてきた文明「地下帝人」が存在している。だが今、人の悲しみや恐怖に引き寄せられる“影”の勢力が、再び地上へ忍び寄ろうとしていた。

    何も知らず「きぶん家」を訪れた夫婦・のりとてつは、常連客たちの不思議な行動、店の奥で起こる異変、そして地下世界から迫る脅威に巻き込まれていく。

    やがて明かされる、きぶん家の正体。
    日常のすぐ裏側に隠されていた、地球をめぐる戦い。
    そして、普通の人間だと思っていた自分たちの中に眠る「共鳴の力」。

    これは、特別なヒーローだけが世界を救う物語ではない。

    誰かを想う気持ち。
    隣にいる人を信じる力。
    ささやかな日常を守りたいという願い。

    その小さな想いが、世界の運命を動かしていく。
    小さな酒場から始まる、静かで熱い新感覚スパイ小説。

    あらすじ

    第1章 違和感の芽

    交差点を渡り、角っちょの灯りが見えるところにその店はあった。橙色の灯りがにじむ小さな居酒屋「きぶん家」。 
    のりとてつは、しばし立ち止まった。
     外から眺めるだけで、胸の奥に妙な安心感が広がる。
     それでも初めての店に入る緊張は拭えず、ふたりは顔を見合わせた。

    てつ「どうする? 入ってみる?」
    のり「ここまで来たんだし、ちょっと覗いてみようよ」

     意を決して暖簾をくぐると。

     ふわりと広がる出汁の香り。
     温かい空気とともに、女将の明るい声が弾けた。

    つね「いらっしゃい! ようこそ、きぶん家へ!」

     のりとてつは驚きながらも、自然と笑みがこぼれた。
     彼女の声には、不思議と緊張を溶かす力があった。

     カウンターの奥では、大将が鉄鍋を振っていた。
     振り返りざま、ちらりと視線を投げて、低く、けれどどこか嬉しそうに言った。

    大将「空いてる席に座れ。今夜のオムライスは、自信作だぞ」

    てつ「え、居酒屋でオムライス?」
    のり「ふふ、ちょっと意外だね」

     笑いながら腰を下ろすと、常連らしき客たちがちらりと視線を向けた。
     だが、その目には敵意はなく、むしろ「よく来たな」と言わんばかりの温かさが宿っていた。

     つねがすぐに水とおしぼりを差し出す。
     きみは短冊を手に、さらさらと何かを書き込みながら笑みを浮かべた。

    きみ「新しい顔があると、店も少し若返るのよ」

     言葉の端に、からかうような柔らかさが混じる。
     のりは照れくさく頷き、てつは肩をすくめた。

    てつ「なんや、いきなり歓迎ムードやな。俺ら、常連でもなんでもないのに」
    のり「でも落ち着くね。不思議と」

     湯気、笑い声、盃の音。
     どれも初めてのはずなのに、なぜか懐かしい。
     その感覚が、ふたりの胸にじんわりと広がっていった。

    「きぶん家」で迎える二度目の夜。
    のりとてつは、もう初めての緊張感はなく、居心地の良さに自然と身を預けていた。

    つね「いらっしゃい! また来てくれたのね」
    のり「はい。なんだか落ち着くんです、ここ」
    てつ「前回のオムライス、忘れられへんかったんや」

    厨房でフライパンを振っていた大将が、ちらりと笑みを浮かべた。

    大将「お、覚えてくれたか。今日は卵の巻きがさらにうまくいってるぞ」
    てつ「おぉ~、期待してええやつやな!」

    きみが横から顔を出し、茶化すように笑った。

    きみ「大将ね、卵の巻き具合でその日の気分がバレるのよ。今日はいい顔してる」
    つね「そうね。雨の日はちょっと巻きが固いのよ、この人」
    大将「おいおい、お客さんの前で余計なことを暴露をするんじゃない」
    てつ「なるほど、天気予報ならぬ『卵予報』かいな」
    のり「ふふ、面白い」

    カウンターには常連客が揃い、いつもの空気が流れている。
    壁際には古びたボウリング大会の成績表がずらり、照明のオレンジが紙の端をやわらかく照らし、香ばしい出汁の匂いが鼻をくすぐる。

    森「昨日の『揺れ』は予兆かもしれませんね」
    美貴「でも、まだ地表には影響が出てないはず」
    のり(心の声:地表? ふつう『地震』とか『揺れ』とか言うんじゃ?)

    てつ「あの『揺れ』って、地震のことですか?」
    森「あ、いやいや。ただの言葉遊びですよ」
    美貴(にっこり)「この人、難しい話をしたがるクセがあるんです」

     その場に小さな笑いが生まれた。
     だが、よく耳を澄ませば全員の笑い方が妙に揃っていた。
     呼吸の間合い、声の高さ。まるで『同じ秘密を抱える者たちだけが知る合図』のように。

     のりは思わず背筋を伸ばした。

     そのとき、神尾がグラスを持ち上げ、低く言葉を落とした。

    神尾「気になってるんだろ、『あの階段』」

    のり「え?」
    てつ「え、神尾さん、うちらの心の中、覗いとんの?」
    神尾「いや初めての人は、だいたいそう思うもんだ」

     視線の先カウンター奥の引き戸。
     薄暗い照明の下、その隙間から伸びる黒い影。
     下へ続く階段がある。

    神尾の言葉に導かれるように、ふたりはカウンター奥へ視線を向けた。
    引き戸そこから続く階段。
    見慣れないはずなのに、なぜか『前からそこにあった』ような気配がする。

     のりは前回来た夜、ふと目にした『あの闇』を思い出していた。
     冷たい空気、見てはいけないものを覗いたような感覚。
     今もなお、心の奥にざらりと残っていた。

    のり(心の声)「なんだろう、この感じ」
    てつ(心の声)「ただの木戸やのに、妙に気になるわ」

    盃を置いたのりは、隣のてつに小声で囁いた。
    のり「ねぇやっぱり、なんか変じゃない?」
    てつ「変て?」
    のり「さっきの階段もそうだしみんな、笑ってるのに、どこか『同じこと知ってる人たちの笑い』っていうか」
    てつ「あぁ、わかる。普通の居酒屋の笑いとちょっと違うな」

    二人の視線が自然と交わる。
    けれど答えは出ない。

    のり「でも、別に怖いわけじゃないんだよね」
    てつ「せやな。むしろ呼ばれてるみたいや」

    その言葉に、自分たちで少し笑ってしまった。
    ふたりの胸に、言葉にできない違和感がじわりと広がった。
    けれど次の瞬間には、大将とつねの掛け合いがその感覚を薄めていく。

    つね「あんまり気にしないで。あの階段はただの倉庫よ。たぶん」
    てつ「『たぶん』て、なんで濁すんや!」
    大将「倉庫は倉庫だ。ただし、普通の倉庫じゃない」
    のり「どういう意味ですか?」
    きみ「『普通じゃない』って、大将はいつもそう。意味深な言い方をして楽しんでるのよ」
    つね「でもね、わたしらにとっては確かに『ただの倉庫』なんだけどお客さんには、どう映るかしらね」
    大将「おい、つね。お客を惑わすな」
    つね「惑わしてるのは、あなたの方でしょ?」
    大将「まぁ、どっちでもいいさ」

    静かな笑いが、店全体を包んだ。

    夜も更け、客が減ったころ。
    のりはついに引き戸の前に立った。
    隙間から冷たい空気がゆるりと流れてくる。

    てつ(小声)「おいのり、また猫みたいに首突っ込んどるな」
    のり「だって気になるんだもん」
    てつ「『行くな』言われたら行きたなるん、子どもか俺らは」
    のり「あんたの方が子どもでしょ」

    ふたりは顔を見合わせ、つい吹き出した。

    そっと引き戸を開ける。
    ギギギと木が軋む音。
    闇に沈む階段が姿を現した。

    のり「ほんとにあるんだ」
    てつ「思ったより深いやん。これ、地下鉄つながっとるとかちゃうやろな」
    のり「それなら便利だけど」

    耳を澄ますと、かすかに水の流れるような音。
    ただの倉庫にしては、不思議な気配。

    突然、背後から声。

    大将「そこから先は、まだ君らの出番じゃない」

    びくりとして振り返ると、大将が腕を組んで立っていた。
    その表情は笑っているようで、笑っていない。

    てつ「うわっ、大将! タイミングよすぎやろ。ホラーのラスボスやん」
    大将「ははは。ラスボスじゃ困るな。まぁ、いずれ分かるさ」

    つね(ふっと笑って)「でも二人とも、案外筋がいいわね。普通の人はここまで開けないのよ」
    きみ「そうそう。気配を嗅ぎ分けるの、悪くない」

    きみはそこで、小さく盃を揺らしながら口にした。

    きみ「『今日のおすすめ』はね、実は日替わりじゃないの。任務がある日は必ず並ぶものがあるのよ」
    のり「任務?」
    てつ「え、メニューに任務混じっとんの?!」

    きみはくすっと笑い、短冊にさらさらと文字を記した。
    それはただの料理名に見える。けれど常連たちの目は、何かを確認するように頷いていた。

    大将「おい、余計なこと言うな。暗号なんて、冗談でも客にはわからん」
    つね「でもね冗談みたいな言葉ほど、時には本当の鍵になるものよ」

    軽く引き戸を閉めると、音は静寂に溶けた。

    のり「やっぱり普通の倉庫じゃないよね」
    てつ「決まりやな。『行くな』言われたら行きたなるんが人情や」
    のり「小学生かあんたは」
    てつ「せやけどのり、俺らもう、この店の秘密に片足突っ込んでもうたで」

    ふたりは苦笑しつつ、胸の奥にざわつきを抱えた。
    それはただの居酒屋ではないことを告げる、小さな『違和感の芽』だった。

    引き戸が閉じられ、階段は再び暗闇に沈んだ。
    のりとてつはまだ胸の鼓動が落ち着かず、そっと席へ戻る。

    のり「ねぇ、さっきの音、やっぱり水が流れてたよね」
    てつ「せやな。しかも結構深そうやった。地下水か、温泉かいや、地下帝国とか?」
    のり「地下帝国って、急にスケール大きすぎ」
    てつ「漫画やったら絶対あるパターンやで」

    大将がカウンター越しに片眉を上げ、からりと笑う。

    大将「地下帝国か。いい発想だな。そういう想像ができるやつは強い」
    つね「大将、人を煽らないの。二人が余計に気になるじゃない」
    きみ「でも『気になる』って、きっと悪いことじゃないのよ。心が動くってことだから」
    のり「(少しドキッとして)そう、ですかね」

    すぐ横でシゲが笑い声を上げた。

    シゲ「あの階段を気にするなんて、肝が据わってるね」
    のり「えっ、やっぱり皆さん知ってるんですか?」
    シゲ「もちろん。俺も初めて見たときはドキッとしたよ。二段目で引き返したけどな」
    てつ「二段目で撤退!? あんだけガッチリしてるのに!」
    シゲ「筋肉と好奇心は比例しないんだ」

    常連たちがまた笑いに包まれる。

    つね「でもね、不思議なのよ。人によっては『何も感じない』のに、二人みたいに惹かれる人もいる」
    きみ「呼ばれたのかもしれないわね」
    大将「おいおい、余計なことを言うな」
    つね「でも、あなたもさっき『出番じゃない』なんて言ったじゃない」
    大将「それはまぁ、そういうことだ」

    美貴「でも、あの階段を覗く人は珍しいのよ。普通は怖がって避けるのに」
    のり「怖いというよりなんか、呼ばれてる気がして」
    森「なるほど。そう感じたのなら、あなたには『感受性』があるのかもしれませんね」
    てつ「ちょ、森さん。いきなりスピリチュアル診断やめてや」

    黙って酒を飲んでいた蒲谷が、ふっと口を開いた。

    蒲谷「呼ばれたのか、見抜かれたのか。どちらにしても、『気づいた人間』はもう戻れない」

    のりとてつは思わず息をのむ。
    しかし蒲谷はそれ以上何も言わず、短パン姿のまま盃を静かに口へ運んだ。

    てつ(小声)「なんやあの人、こわいことさらっと言うな」
    のり(小声)「しかも短パンでギャップ強すぎ」

    つね「蒲谷さんは昔からそう。言葉は重いのに、姿は軽やか」
    きみ「そういう人がひとりはいた方が、場がしまるの」
    大将「俺としては、短パンでしまられても困るがな」

    そのとき、きみがグラスを手に微笑み、壁の花の絵を指差した。

    きみ「見えるかしら。あの言葉」

    飾られた絵には、彼女の短い詩が添えられている。

    春一番
    飲んで
    食べて
    きぶん良く
    ここにわ
    笑顔の花がある

    のり「素敵な言葉ですね」
    きみ「そう? ただの『居酒屋ポエム』よ。飲んで食べて、笑えたらそれで十分」

    てつ「せやなぁ。シンプルでええやん」

    きみは軽く笑いながら盃を揺らした。
    きみ「でもね人によっては『暗号』に見えるらしいの。ほら、『笑顔の花』って、ただの比喩に思えるでしょ?」

    のり「はいまぁ、普通はそう受け取りますね」
    きみ「でもね、たとえば家庭でも職場でも本当に笑顔が咲いてたら、そこは守られてるってことなのよ。目に見える『花』よりずっと確かなもの」

    てつ「なんや、急に深いなぁ。今、飲み会のノリやなかったん?」

    きみは肩をすくめて、グラスを口に運んだ。
    きみ「ごめんね、飲み屋って時々こういうこと言いたくなるのよ」

    けれどその横顔には、どこか『冗談じゃない重み』が漂っていた。

    のりは胸の奥に小さな違和感を抱えた。
    (やっぱり、この店はただの居酒屋じゃないのかもしれない)

    やがて会話は自然と『深い』響きを帯びていく。

    中里は湯呑みを手に取り、茶の香りを確かめながら口を開いた。
    中里「世の中、見えてるものがすべてとは限らない。人の呼吸だって、止めてみないと『本当に吸ってたか』わからないんだ」

    のりは思わず首を傾げる。
    のり「なんか難しいですね」
    てつ「呼吸まで観察対象かいな。めっちゃヨガっぽい」

    久栄はグラスを揺らし、淡い笑みを浮かべた。
    久栄「でもね、確かに姿って変わるのよ。今ここにいる私も、十年前の私も、同じ人に見えて実は全然違う。影の濃さが違うの」

    のり「影の濃さ?」
    久栄は答えず、グラスを口に運んだ。その沈黙が、かえって意味深に響いた。

    のぶゆきは懐中時計を指先で弄びながら、柔らかく言葉を足す。
    のぶゆき「表と裏。昼の顔と夜の顔。両方あるから、人は立っていられるんだ。片方だけじゃ崩れてしまう」

    てつ「昼と夜仕事と家庭、みたいなもんか」
    のぶゆきは笑って頷いたが、時計の針を見つめる瞳はどこか真剣だった。

    奈月はギターの弦を爪弾き、音を確かめるように呟いた。
    奈月「でもね、その『裏』を全部さらけ出すと、すぐに弦は切れるの。だから音楽も人も、少し隠しながら鳴らすのがちょうどいい」

    のり「弦が切れるって、ちょっと怖い表現ですね」
    奈月は微笑みながら首を横に振った。
    奈月「怖いんじゃなくて、大切にするため。音も人も、全部は晒せないからこそ美しいのよ」

    てつが苦笑してのりに耳打ちした。
    てつ「なぁのり俺ら今、なんか哲学ゼミに入ってもうてへん?」
    のり「ほんとだね居酒屋で聞くセリフじゃない」

    つねが徳利を持ちながら笑った。
    つね「哲学ゼミね。悪くない響きだわ」
    大将「酒場は人の心を映す鏡だ。考えごとくらい、吐き出したっていい」
    きみ「でも、全部は吐き出せない。だから『余白』が必要なの」

    ふと、大将が調理を終えてカウンター席に腰を下ろし、真顔で言った。

    大将「覚えておくといい。『ここはただの酒場じゃない』」

    短い沈黙が走る。
    だが次の瞬間

    つね「さぁ! オムライスできたわよ~!」
    大将「ほら見ろ、今日の卵は芸術品だぞ!」
    きみ「大将の得意げな顔、久しぶりに見た」
    てつ「タイミングわるっ! 完全にシリアス台無しやん!」

    店内はまた笑いに包まれた。

    そのとき。
    カウンターのさらに奥、これまで存在に気づかなかった席から、静かな声が落ちてきた。

    「芽は、やがて枝分かれする。放っておけば絡まり、やがて誰もほどけなくなる」

    のりとてつは振り向いた。
    そこには、黒髪のスーツ姿の男がグラスを傾けて座っていた。
    気配を消していたかのように、今までまったく視界に入らなかった。

    男はふたりと目が合うと、軽く口角を上げただけで何も言わず、再び沈黙の中へと溶けていった。

    まるで、その場に最初から存在しなかったかのように。

    のり「今の、誰?」
    てつ「さぁでも、ただの常連って感じちゃうな」

    胸のざわめきが、さらに深く広がっていった

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    小さな酒場の大きな秘密 登場人物

    続きはこちらから 第2章 地下の揺れ―異変の前兆


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