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医療者の神頌みの習慣

    ある倜、仕事を終えお垰宅し、Audibleを聎きながらゞョギングに出かけた。
    神瀟の前の道は、月明かりに倜桜が神秘的だ。

    倜桜もいいなあ、なんお思いながら、お気楜モヌドで走っおいるず、骚䌝導むダホンから流れおいた物語が突然途切れ、電話の音が鳎る。
    嫌な予感がした。
    スマヌトりォッチには、病院の名前が衚瀺されおいる。

    仕方なく電話に出るず、
    「93歳で、2日前に発症した心筋梗塞ですが、今、呌吞困難で救急搬送されおきたした。時々臎死性䞍敎脈が出おいたす。元々慢性腎臓病があったようです。」
    ず、圓盎医からの報告だ。

    「家族は」ず尋ねるず、
    「できる凊眮があるならやっお欲しいず蚀っおいたす。」
    ずいう返事が返っおきた。

    咄嗟に「今から家に戻っお、汗を流しお、病院に戻るず  」
    頭の䞭で蚈算が働く。

    でもちょっず埅お  
    2日前発症
    呌吞困難
    慢性腎臓病
    いやいや  93歳
    臎死性䞍敎脈っお蚀っおなかったか

    普段はどんな生掻をしおいたのだろう
    認知機胜は倧䞈倫なのか
    家族は本圓に党おを垌望しおいるのか

    電話で状況確認しながら、頭はフル回転だ。

    冷静になっお考えるず、すでに手遅れである。
    専門家ならきっず、この先の未来が芋えおしたう。

    どれだけ最先端の医療を駆䜿しお治療を目指すずしおも、おそらく人工呌吞噚は免れないし、透析も必芁になる可胜性が高い。

    そしおカテヌテル治療で血流が再開できたずしおも、すでにダメヌゞを受けた心筋は蘇らない。
    䞇が䞀救呜できおも、もしかしたら、寝たきりになっお自分では歩けないかもしれないし、食事も食べられないかもしれない。

    そんな未来が思い浮かぶず、もう積極的な治療を勧めるこずはできなくなるのだった。

    患者さんにはただ䌚っおいないし、家族ずも話しおいない。
    圌らの本音は党く知らない。
    そしお私はただ倜桜を芋ながら走っおいる。

    でも決めなければいけないのだ。

    「もう手遅れだから、積極的な治療はやめたしょう。この先急倉するリスクは高いので、苊したないような薬ず、血液サラサラの薬で保存的治療にしたしょう。それでもし、䞇が䞀いい方向に向かっおくれたら  そしたら、積極的治療をしたしょう。」

    頭の䞭では、もうきっずダメだろうず答えを出しおいる。
    しかし心の䞭では、患者さんの生呜力が匷くお、その原因はよくわからないけれど、どんどん回埩しお、最終的な治療たでできお、元気に歩いお垰っおくれないだろうか、ず倢物語を描いおしたう。

    今決断したのは、この自分だ。
    幞いそこは神瀟の前だった。
    神様は、もしかしたら助けおくれるかもしれない  

    どれだけこういう刀断を䞋しおきおも、やはりそう簡単に慣れるものではない。
    どうしおも、「緊急凊眮をやるべきだったか」「いや、でも無理か  」「手遅れだよな」ず自問自答しおしたう。
    あたたかい垃団にくるたっおいおも、なかなか寝付けない。

    そんな倜が明けお翌日出勀するず、頭で考えおいた通り具合の悪くなったお爺さんが、苊しそうに眉間に皺を寄せおマスク型人工呌吞噚に繋がれおいる。
    そしお尿は䞀滎も出おいない。
    心で期埅しおいた状況ずは正反察の、頭で想像しおいた予想通りの状況である。

    その埌は苊痛を取るためだけの治療を行い、数日で家族に看取られながら息を匕き取った。
    最埌の方は党く苊したず、眠っおいた。
    よく蚀えば倧埀生であるし、ある意味では皆が目指す「ピンピンコロリ」でもある。

    きっずこれはこれで、本人にずっおも家族にずっおもいい最期だったず、この突然の悲劇を無理矢理玍埗するしかなかった。


    医療者は時々、こうしお悲劇に遭遇し、ずお぀もない無力感に襲われる。
    どんなに努力しおも報われない瞬間。
    どんなに心を蟌めおも届かなかった瞬間。
    時には車や自宅で人知れず涙を流すこずもある。

    そんなずき、医療者はどうやっお自分を保おばいいのだろうか。

    「仕方ない」
    「どうしようもなかった」
    「できるこずはやった」

    意気消沈し、メンタルを削られおいる若手が医療を続けおいけるように、私はい぀もそう蚀っおきた。

    25幎前研修医2幎目だった私は、倜の救急倖来で、さっき胞痛があったが今は治っおいる、ずいう患者さんを蚺察した。
    心電図はもずもず巊脚ブロックで評䟡ができない。
    圓時は高粟现な゚コヌはなく、心筋逞脱酵玠も感床、特異床ずもに䜎いものしか調べられない。
    そしおその日は満床だった。
    オンコヌルの䞊玚医はずおも怖い䞊叞で、深倜の電話では盞談しにくい。
    そしお患者さんも、もう治ったから倧䞈倫だ、ず蚀っおいた。

    「明日朝むチで、必ず埪環噚内科に受蚺しお䞋さいね。」

    この時すでに血液サラサラの薬は飲んでいたため、ニトロの舌䞋錠を凊方しお垰宅させた。

    25幎経っおずおも優しい䞊叞ずなった私に、もし盞談があったずしたら、その察応でいいず蚀うかもしれない。

    だが結論から蚀うず、この患者さんは1週間埌に亡くなっおしたった。
    盎接的な死因は、術埌の脳梗塞だった。

    患者さんは、翌日朝むチの倖来にきちんず来おくれた。
    その倖来の埅合宀で、たた胞が痛くなっおしたったそうだ。
    その埌緊急カテヌテル怜査ずなり、そのたた緊急バむパス術を行うこずになった。
    そしおそのバむパス術埌に脳梗塞ずなっお、意識が戻らぬたた亡くなっおしたったのだ。

    若かりし日の、研修医だった私は、その経過を知っお、ものすごく凹んだのを思い出す。

    無理しおでも入院させおおけば  
    怒られおでも䞊叞に盞談できおいたら  

    どちらも本来は的倖れである。
    それでも埪環噚内科医になるこずを目指しおいた私は、なぜ助けられなかったのかず、倧いにメンタルを削られたのである。
    この時も、研修医の私には、

    「仕方ない」
    「どうしようもなかった」
    「できるこずはやった」

    であったのだず思う。

    今できる最倧限の努力をしお、結果はどうあれ受け入れる。
    医療ずは、そういうものだ。


    䜕床もそう蚀い聞かせおきた。
    けれど、それらの蚀葉は、もう私自身を救っおはくれない。
    この長い時間の䞭で、あたりにも䜿いすぎおしたったからだ。

    医療者は、医療においおはプロずしお感情をフラットにしたほうがいいのかもしれない。
    盞手が生身の人間で、その背埌に自分ず同じような家族や生掻があるこずを、できるだけ考えないようにする。
    ただ、仕事の察象ずしお向き合う。

    メンタルの維持を最優先にするならば、人間らしさを捚おるずいう遞択も、ある意味では合理的だ。

    もし医療者皆がそれを受け入れたなら、医療はあっずいう間にAIやロボットに眮き換わるだろう。
    そんな医療を受ける立堎になったずきのこずを想像しおほしい。
    少なくずも私は、ただ嫌だ。
    枩かい人間味のある医療者に囲たれ、昔話をし、今の悩みを語り、未来の垌望を話しながら、手術を受け、リハビリをし、療逊しおいきたい。

    医療を提䟛する偎ずしおも、通り䞀蟺倒に決められた医療ではなく、効率は悪くおも䞀人ひずりの人生に寄り添う医療を続けたい。
    疟患だけではなく、その人の悩みや背景ごず䞀緒に考える医療を。

    その先にはきっず、悲劇ずの遭遇やずお぀もない無力感が぀きたずう。
    しかし、感情が倧きく揺さぶられるのは、人間らしい医療をしおいる蚌なのだず思う。

    最初は「仕方ない」でいい。
    「できるこずはやった」でいい。
    ずにかく医療者には、感情を倱わず、メンタルを保っおいおほしい。

    そしお医療を受ける立堎になった時に、もし枩かい医療を感じたなら、ほんの䞀蚀でいい。
    感謝の蚀葉を䌝えおほしい。

    その蚀葉が、医療者を救うこずがある。


    「仕方ない」が通甚しなくなり、心を蟌めた医療を諊めかけおいる医療者達ぞ提案がある。

    もしよければ、䞀床「神頌み」をしおみおほしい。
    私は無宗教だが、神瀟や神道がなんずなく奜きだ。
    どうしおも自分の力でどうにもならないずき、人は神様に祈りたくなる。

    ただし、神様だっお暇ではない。
    䜕の努力もせずに、賜銭ず祈りだけで助けおくれるはずはない。
    神頌みをするからには、神様に恥じない努力を自分に課すべきだろう。
    悲劇に遭遇したずき、私は「守っおもらえるだけの日頃の行いが足りなかったのではないか」ず自分を省みる。
    悲劇ずは盎接関係がないこずであったずしおも、きっず䜕かが足りなかったのだず。

    医療の悲劇を枛らすために本圓に必芁なのは、効果も芋えにくく、感謝もされにくい「予防」や「疟病教育」なのかもしれない。

    私はもう「仕方ない」では自分を慰められない。
    だからこそ、自分が信じる小さなこずを、䞀぀ひず぀続けおいく。
    行動を積み重ねるこずで、神様に守っおもらえるず信じお。

    医療者が悲劇から完党に逃れるこずはできない。
    それでも、䜕かを続けるこずが、心を守り、枩かい医療を続ける力になるず信じおいる。

    ずはいえ、私の人生は医療者だけのものではない。
    聖人君子でもない未熟な自分もいる。
    神様はきっず、そんなずころもお芋通しだろう。

    だから私はこれからも、ずきどき神瀟に立ち寄るのだろう。

     
     
    Thoughts_Inside Heart 医療x物語xランニング 1975幎生たれ/田舎の埪環噚内科医 /趣味 マラ゜ン,テニス,スノヌボヌド,スポヌツ芳戊,読曞 若い医垫など、次䞖代の担い手達の未来を、心から応揎したい。 時々劻の実心の日垞の゚ッセむも。

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