
推し活のちょうどいい距離
「推し活」って、どこまで踏み込むものなんだろう。
私はずっと、その“ちょうどいい距離”を探している。
たくさんのレーザービームが空間を切り裂き、ミラーボールが光を散らす。
アリーナに響く重低音が、心も体も震わせる。
炎とスモークが、会場の熱を押し上げていく。
ショーが始まる前から、会場はすでに一体となっていた。
これが、私の「推し活」だ。
生で見る彼らは、本当に輝いている。
動きのキレも、表情の熱も、画面越しとはまるで違う。
会場に行けば、自然と応援グッズも手に取ってしまう。
これまで、誰かを「推す」という感情を持ったことはなかった。
だがここ数年、その気持ちは少しずつ強くなっている気がする。
とはいえ、いわゆる“本気の推し活”にはまだ至っていない。
踏み込みきれず、この距離で満足している自分がいる。
そして、そのことに少しだけ安心しているのも事実だ。
2026年の本屋大賞を受賞した、イン・ザ・メガチャーチ。
Audible版の配信をきっかけに、私はすぐに聴き始めた。
描かれているのは、「推し活」という熱狂の裏側だ。
誰がそれを生み、誰が惹き込まれていくのか。
どこか風刺的でありながら、それでも楽しいという感覚も残っている。
今の時代の空気を、そのまま切り取ったような物語だった。
私自身も、たぶん同じように感じている。
振り返れば、似たような構造は昔からあった。
誰かの成長を見守り、物語に感情移入する。
夢に向かって努力する姿に、つい心を動かされてしまう。
どうにも、こういうものに弱い。
彼らは輝いている。
だが同時に、いつ見放されるか分からない不安も抱えている。
その危うさが、人を「応援したい」という気持ちにさせるのかもしれない。
そして今、私には「推し」がある。
バスケットボールのチームだ。
先週末、アウェイで勝利し、チャンピオンシップ進出を決めた。
だが、まだ終わりではない。
残り2試合。
チャンピオンシップ、ホーム開催をつかむためには、勝ち続けるしかない。
このメンバーで、優勝を目指して戦う姿を、もう少し見ていたい。
「推し活」の対象は、アイドルだけではない。
チームを丸ごと応援する、「箱推し」という形もあるのだと思う。
誰かを応援できるということ。
それだけで、日常は少しだけ豊かになる。
たとえそれが、誰かに設計された感情だったとしても。
その裏側を知っていたとしても。
それでもいいと思えるくらいには、この感情は心地いい。
きっとこれからも、「推し活」はなくならない。
今週末は、その時間だ。
こんな平和で、少しだけ優雅な世界が、これからも続いていくといいと思う。