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宮崎駿さんが歩いていただけの話


    *本文中では、当時のやり取りや空気感を再現するため、一部敬称を省略しています。ご了承ください。

    ーーーーーーーー

    ある日、実家で少し遅めの朝食をとっていた。

    道に面した窓をぼんやり眺めながら、トーストをかじる。

    母はジブリ作品のBGMを流し、目玉焼きと牛乳をテーブルに置いた。

    ナウシカが飛んでいてもおかしくないくらい、気持ちのいい青空だった。

    こんなゆったりした時間が、僕は好きだ。

    何も考えずにもぐもぐと朝食を食べていると、窓の右から左へ、
    一人のおじいさんが横切っていった。

    (やけに白ひげを蓄えた人だなぁ……)

    そんなことをぼんやり思っていると、

    「あんたっ! あれ、宮崎駿だよ!」

    母が突然、興奮した声を上げた。

    そして空のジブリのCDケースを僕に突き出す。

    「あんた足速いんだから、追いかけてサインもらってきな!」

    僕はうんざりしながら首を振った。

    「いーよぉ……ハヤオも迷惑だよ。」

    「バカっ!」

    母は純粋な悪口を言い放つと、サンダルを引っ掛け、足早に家を飛び出していった。

    そっとしておいてあげればいいのにと思う。

    イベント会場ならまだしも、ただ散歩しているだけなのだから。

    世界の宮崎駿だ。
    母の気持ちも分からなくはない。

    でも、朝くらいは、静かに歩かせてあげたい。
    きっと僕同様、「ただ静かにしていたいだけ」の人なんじゃないかな。
    周りがさせてくれないだけで。

    ハプニングなんて、望んでいなくても向こうからやってくる。

    わざわざ自分から飛び込んでいかなくてもいいだろう。
    それより自分の時間を生きようよ。


    誰に説得するわけでもなく、僕はもちゃもちゃと目玉焼きを食べ続けた。

    しばらくして、母が肩を落として帰ってきた。

    「もう、どこにもいなかった……」

    そんなバカな。

    家の前は見通しのいい一本道だ。

    曲がり角もない。

    考えられるとしたら、とんでもない速さで歩き去ったか、ゴミ回収ボックスの陰に隠れていたか。

    もし後者だったら、それはそれで面白い。

    がっかりしている母を見ると少し気の毒だった。

    でも、やっぱりこれで良かったのだと思う。

    ハヤオ、まじ、足ハヤオ。

    そんなくだらないことを考えながら、僕は牛乳を飲み干した。


    #エッセイ #一隅テル



     
     
    静かにしていたいだけなのに、なぜか周りはいつも騒がしい。そんな人たちとの日々をエッセイにしています。 石ころの妖精「ころこ」の作者。

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