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缶コーヒーから始まる優しさ

    もかぜ


    出張帰りに乗った気動車の中です。

    4人掛けボックス席の窓側に先輩が座り、その斜向かいの通路側に僕。
    2人の間に会話は無く、しかし息が詰まるような重苦しさや険悪な雰囲気もまた、無いのでした。

    心地良いディーゼルエンジンの音と車内放送をBGMに、缶コーヒーを味わいながら車窓を楽しむだけのゆったりとした時間です。

    手持ち無沙汰にスマホを見ることもなく、焦らず気負わずのんびりと、列車に揺られていました。


    * * *


    過去に重大事象を起こしてしまった事業所を訪問し、その現場を見て安全についての意識を高める、という趣旨の現地勉強会でした。

    全ての事業所と本社から1~2名ずつ集まって、そこでの業務を見学したり管理者の講話を聞いたり、普段の仕事にも生かせそうな貴重な学びを得ることができたように思います。

    この経験が自分の視野を広げてくれそうなことは確かですけども、ちょっとだけ失ったものもありまして。
    自信といいますか、自己肯定感みたいなもの。

    途中、管理者の方に指名されて発言を求められることが何回かあったのですが、そのいずれも満足いくようにできませんでした。

    質問の意図が分からなくて期待されていたであろう答えを返せないとか、僕の知識が及ばないせいで的外れなことを言うとか。
    突発的なことに弱い、ってのはあるんですけど。

    でも他の参加者は決してそんなことがなく、声は大きいし知識や経験も豊富、仕事だけでなく私生活さえも充実していそうなエネルギッシュな方ばかり。

    比べるものではありませんけど、こうも目の前で差を見せつけられては、多少なりとも落ち込んでしまうのは致し方ないところで。



    そんな気持ちを引きずったまま現地勉強会は終了し、帰るために駅でぼんやりと列車を待っていると、同じ事業所から参加していた先輩に声をかけられました。

    そして連れて行かれたのは自販機の前。
    僕の心境を知ってか知らずか、飲み物を奢ってくれるようです。

    しかしその先輩とは特別そこまで仲が良いわけでもなく、普段は職場でも殆ど関わりがありません。
    それなのになぜ? と頭の中は疑問符でいっぱいで、遠慮してみても「いいから、いいから」。

    困惑半分申し訳なさ半分で選んだのは、先輩が先に買っていたのと同じもの。いつぞやの、青いパッケージの缶コーヒーでした。

    自己肯定感が下がっていたところへこの気遣い。
    何とも現金なものではありますが、嬉しいというよりかは救われる思いがしました。

    暑い日に嬉しい冷えた缶コーヒーでも、そこに込められた優しさはじんわりと温かかったです☕


    * * *


    先輩とは、同じ事業所と言っても所属する部署は別で、たまに遠くから姿をお見かけする程度。
    一応これまでも何度か話したことはありますし、仕事でお世話になったこともあります。

    全く知らない他人ではないから緊張はしなくて、しかし毎日職場で顔を合わせるわけでもないのであれこれ気を遣う必要もない、そんな絶妙な距離感です。

    ──何か会話をした方が良いのかな。でも何を話したら良いか分からないし、なんか寝てるし。

    これなら無理して話さなくても良いかと思えたので、それこそ一人でいるときと同じように車窓を楽しむことができました。液体式気動車スキー。



    安易に励ます言葉の代わりに、おいしい缶コーヒー。
    余計なことはしないし、何も言わない。
    まるで寄り添うかのように、近くにいてくれている。

    ただそれだけのこと、なんですけど。
    ちょっとだけ勇気をもらえたというか。

    こんな風に、他人から優しさを与えられるだけの価値がまだ、僕にもあったのかもしれない。

    自然と、そう思えました。
    自販機の缶コーヒー1本分の価値。

    まあ実際のところ先輩はそこまで深く考えて行動したわけではなく、“自分のコーヒーを買うついでに後輩の分も買って、眠かったから会話するのが億劫だった”とかなんでしょうけど。
    勝手に僕がありがたがってるだけで。



    しかしそれはそれ、これはこれ。

    おかげで気持ちもだいぶ楽になったので、何かお礼をしようかとも思いましたけど、後で缶コーヒーを買って渡すとかお金を返すとかは違う気がしました。
    たぶん誰もそんなことは求めませんよね。

    この嬉しかった気持ちを覚えておいて、次に何かの機会があったとき、後輩などに奢ってあげるのが正解でしょうか。
    コーヒーやジュース、アイスでも。

    もしかしなくても、そうしてあげたときの誰かさんは困惑しそうですが、あげるものは別に何でも良くて、大切なのは気遣いと優しさですから。

    そして僕と同じように何かを感じてくれて、他の人へ、また他の人へ──と、伝播していったら良いなと思います。



    「何か飲む? どれでもいいよ」

    いつか言う日は来るでしょうか。
    1本の缶コーヒーから始まった優しさが、ずっと続いていくように。

    なんのはなしですか。


    最後まで読んでいただき、ありがとうございました☘️




     
     
     
    嬉しかったことも、つらい気持ちも、そっと言葉にしています。 バウムクーヘンが好き☕ ときどきお休みすることがあります。

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