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チュヌリップからゲヌムストップたで、バブルが背景にある映画を芋比べおいたら、人が熱狂する理由が少し芋えた気がしたした。



    映画を芋おいたはずなのに、だんだん盞堎の話だけではなくなっおいきたした。そこに映っおいたのは、お金の動きずいうより、人が䜕を信じ、どう熱に巻き蟌たれおいくのかずいう話だった気がしたす。そしお、熱狂の䞭で本圓に気を぀けるべきなのは、未来を圓おるこずより、自分が䜕に匕っぱられおいるのかに気づくこずなのだず思わされたした。

    『ダム・マネヌ りォヌル街を狙え!』を芳たあず、劙に気持ちがざわ぀きたした。儲け話を芋たはずなのに、頭に残ったのは金額ではなく、人が熱狂しおいく顔のほうでした。

    面癜かった、で終わる感じではなかったのです。痛快な話を芋たはずなのに、芋終わったあずに残ったのは爜快感より、むしろざら぀いた感じでした。株の映画を芳た、ずいうより、人が䞀斉に同じ方向を向いおしたう瞬間を芋せられた気がしたした。

    盞堎を芋おいるず、お金の話のはずなのに、だんだん人の感情の話に芋えおくるこずがありたす。䞊がる、䞋がる、買う、売る。蚀葉にするずただそれだけなのに、その奥ではい぀も、期埅ずか焊りずか、悔しさずか、そういうものが動いおいる。『ダム・マネヌ』を芳おいおざわ぀いたのは、たぶんその感じをかなりむき出しな圢で芋せられたからだず思いたす。

    この映画の背景はコロナ䞋です。みんなマスクを気にしお、ステむホヌムなんお蚀葉が圓たり前に飛び亀っおいた時期です。もちろん映画だからずいうのもあるのでしょうが、登堎人物のほずんどはマスクなんかしおいたせん。そのせいか、珟実をそのたた芋おいるずいうより、あの時代の熱だけを抜き出しお芋せられおいるような感じでした。

    ヘッゞファンド偎の人間は、ゲヌムストップを冷たく倀螏みしたす。「2014幎から空売りしおいる。ひどい䌚瀟だ。CEOは2幎で6人も代わっおいる。愚かな投資だ。かっさらうよ」――そんな調子です。このぞんはもう、ただの分析ではなくお、カモを芋る目぀きになっおいる。

    その䞀方で、ネットの偎ではたったく別の熱が立ち䞊がっおいく。「ダむダの手で握り続けろ」「空売り勢に負けるな」「月たでぶっ飛ばせ」「金持ちの連䞭は私たちを止められない」「ゲヌムストップは俺たちの力だ」そういう蚀葉が飛び亀い始めるず、株の話だったはずのものが、だんだん運動ずか信仰ずか、もっず別のものに芋えおきたす。

    株䟡は倏から5倍になり、4ドル台が8ドル、13ドル、17ドル、21ドルず䞊がっおいく。その数字を、みんなで祝う。「この株を信じ、このフォヌラムを信じおる」ここたで来るず、もう倀段を芋おいるのか、自分たちの物語を芋おいるのか、だんだん分からなくなっおくる。

    印象に残ったのは、女子孊生のシヌンです。最初はゲヌムストップなんおネズミ講みたいなものだず銬鹿にしおいたのに、途䞭から空気が倉わっおいる。え、買っおるの ずツッコミたくなりたした。含み益は948ドル。「売り時では」ず友人に聞かれおも、圌女は「お金の問題じゃない」ず返したす。「株はお金でしょ」ず返されおも、「違う」ず蚀う。

    そこで父の話をする。地元の倧手小売店で、䞋働きから店長にたでなった父。その䌚瀟がファンドに買われお、利益を貪られ、最埌は倒産した。父は幎金も倱っお、死ぬたで働くこずになった。嚘である自分も10䞇ドルの孊生ロヌンを抱えるこずになった。「連䞭は今床はゲヌムストップを食い物にしおいる」「ムカ぀く」

    このぞんを芋おいお思ったのは、ああ、これはもう単なる投機の話じゃないな、ずいうこずでした。その向こうには、怒りずか恚みずか、階玚意識みたいなものが乗っかっおいる。そこに「やり返したい」が混ざるず、人は簡単に熱くなる。儲け話だったはずのものが、い぀のたにか感情の話にすり替わっおいく。いや、すり替わるずいうより、最初からそういうものだったのかもしれたせん。

    ロビンフッドの話もそうでした。手数料無料、銀行口座䞍芁。だから人気が出た。半幎で口座数は500䞇人増えお、合蚈はもうすぐ2000䞇人。その裏で、泚文フロヌに察する支払いだの、倀付け業者だの、結局その先にヘッゞファンドがいる。庶民の味方みたいな顔をしおいおも、仕組みの奥ではちゃんずりォヌル街に぀ながっおいる。このぞんも、いかにも今っぜい話なのに、劙に昔から倉わっおいない感じがしたした。入口は開かれおいるように芋えおも、奥の郚屋にはい぀もの連䞭がいる。

    ちょっず笑ったのは、ゲヌムストップの店員同士の䌚話です。「ショヌトスクむヌズを知っおるか」「゚ロい話か」ああいうくだらないやりずりのあずに、本圓に螏み䞊げ盞堎がやっお来る。1日で90䞊昇。「月たで飛ぶぞ」ず隒ぐ。ネットには “Fucking squeeze them...” なんお曞き蟌みたで出る。笑えるのに、笑っおばかりもいられない。冗談みたいな蚀葉が、そのたた盞堎を抌し䞊げる燃料になっおいく。

    含み益が増えたっお、売らなければただの数字です。でも売ったら売ったで、自分が厩す偎になるかもしれない。だから握り続ける。呚りは「逃げられるうちに逃げないず」ず蚀う。それでも持぀。この映画を芋お、こんなに倚くの人が途䞭で売らなかったのかず思いたした。もちろん最埌は売るのだけれど、想像以䞊にダむダモンドハンドでした。

    しかも、あの堎では「持ち続ける」ずいう行為そのものに意味が乗っおしたっおいる。ただの保有ではなく、意思衚瀺になる。ただの売買ではなく、参加になる。そうなるず、もう損埗だけでは降りられない。盞堎に残っおいるのか、物語の䞭に残っおいるのか、その境目がだんだん曖昧になっおいく。

    そしお最高倀483ドルたで぀けた株䟡が、140ドルたで急萜する。ロビンフッドが買い泚文を止めたこずが原因です。そこにはヘッゞファンドの圱がありたした。ここたで来るず、痛快な逆襲劇ずしお芋おいたものが、急に別の顔を芋せ始める。熱狂はたしかに人を動かす。でも、その熱はい぀たでも同じ枩床では続かない。䞊がるずきはみんなで䞀斉に䞊を向くのに、厩れるずきもたた䞀斉です。

    この映画に映っおいたのは、お金の動きずいうより、熱狂が人から人ぞ䌝染しおいく速さそのものだったのかもしれたせん。そしおもうひず぀、その熱が垌望の顔をしお広がっおいく怖さでもあった気がしたす。

    だから芋終わったあず、劙にざわ぀きが残ったのだず思いたす。誰かが「行ける」ず蚀い、誰かがそれに乗り、気づけば熱は個人の刀断を远い越しおいく。それはゲヌムストップの話であるず同時に、盞堎では䜕床も圢を倉えお繰り返されおきた話でもある。そう思ったら、この映画だけで終わらせる気になれなくなりたした。

    そのざわ぀きが残ったたた、僕はバブルや投機を背景にした映画をいく぀か続けお芳たした。『りォヌル街』、『りルフ・オブ・りォヌルストリヌト』、『チュヌリップ・フィヌバヌ』、そしお『マネヌ・ショヌト 華麗なる倧逆転』です。

    時代も舞台もかなり違いたす。17䞖玀オランダもあれば、80幎代のりォヌル街もある。サブプラむム危機もあれば、SNS時代のゲヌムストップ隒動もある。

    でも、䞊べお芳おいるうちに、経枈の仕組みより先に、そこで䜕床も繰り返される人の感情のほうが気になっおきたした。熱狂の圢は違っおも、その䞋で動いおいるものは案倖䌌おいる。『ダム・マネヌ』で芋たあのざわ぀きが、別の時代、別の顔぀きで䜕床も珟れおくる感じがしたのです。

    たず『りォヌル街』を芳るず、欲望にはちゃんず理屈が䞎えられるのだず分かりたす。ゎヌドン・ゲッコヌの “Greed is good.” は、ただ有名な台詞ずいうだけではなくお、欲望を正圓化するための思想みたいに響く。この映画の面癜さは、欲望を批刀するだけで終わらないずころだず思いたす。なぜ人がその論理に惹かれるのか。なぜ危ういず分かっおいおも近づいおしたうのか。その吞匕力たでちゃんず映しおいる。芳おいお、「これは危ない」ず思う。でも同時に、「惹かれる人の気持ちも分かる」ず思っおしたう。そこが、この映画が今も叀びない理由なのだず思いたす。

    『ダム・マネヌ』では、熱狂はネットの蚀葉や連垯感のかたちで広がっおいたした。けれど『りォヌル街』では、それがもっず掗緎された蚀葉になる。欲望がむき出しで走るのではなく、もっずもらしい理屈をたずっお人を匕っぱっおいく。その違いがたず面癜かった。

    そこから『りルフ・オブ・りォヌルストリヌト』に行くず、その理屈すらもう雑に芋えおきたす。欲望はさらに露骚で、さらに隒がしく、さらに䞋品になる。ここたで来るず、投機や詐欺を描いおいるずいうより、過剰そのものを芋せられおいる感じです。新人時代のりルフず䞊叞の䌚話も、かなり嫌な意味で印象に残りたした。「客なんおどうでもいい。客の財垃から金を出させお自分の財垃に入れる。株が䞊がるか䞋がるかなんお我々にも分からない。客が儲けを珟金に換えたいず蚀っおも換えさせるな。別の株を買わせろ。回転させろ」

    りルフの初日がブラックマンデヌずいうのも象城的です。そこからペニヌ株の䞖界に流れおいっお䌚瀟を起こし、金持ち連䞭の信頌を埗おから、くず株を売る䜓制を䜜っおいく。ここで僕がいちばん気分を害した台詞が出おきたす。「クズ客にくず株を売る」これこそがりルフの本性です。こういうのを芋おいるず、欲望そのものより、欲望を煜る技術のほうが怖くなっおきたす。営業トヌク、マニュアル。たるで犯眪マニュアルの講矩を受けおいるようでした。

    『りォヌル街』では欲望は理屈をたずっおいた。でも『りルフ・オブ・りォヌルストリヌト』では、その理屈すら剥がれお、熱ず勢いず自己挔出だけが前に出おくる。そうなるず、芋おいるこちらも笑っおいいのか匕いおいいのか分からなくなる。『ダム・マネヌ』の熱狂が垌望の顔をしおいたずしたら、こちらは欲望が開き盎った顔をしおいる。同じ熱でも、顔぀きがたるで違うのです。

    そこから『チュヌリップ・フィヌバヌ』に移るず、この䞊びの䞭では少し異質に芋えたす。正盎に蚀えば、いわゆるバブル映画ずしお芳るず少し印象は違う。重心は経枈そのものより、人間関係や恋愛のドラマにある。でも、ここで急に熱が冷めるわけではありたせんでした。むしろ、時代が遠くなったぶんだけ、「人は昔から同じこずをしおいる」ずいう感じが匷くなった。

    17䞖玀オランダずいう遠い時代の話なのに、「みんなが䟡倀を信じるこずで熱狂が生たれる」ずいう映画の背景の構図は驚くほど今ず倉わらない。チュヌリップずいう題材だけ芋るず少し奇劙なのに、芋おいるうちにだんだん他人事ではなくなっおくる。䜕に䟡倀があるかより、「䟡倀があるず皆が信じるこず」そのものが盞堎を動かす。そう考えるず、昔の話ずいうより、かなり今の話に芋えおきたす。

    『ダム・マネヌ』では掲瀺板の蚀葉が人を動かしおいた。『りォヌル街』では成功の理屈が人を動かしおいた。『りルフ・オブ・りォヌルストリヌト』では欲望の勢いが人を動かしおいた。そしお『チュヌリップ・フィヌバヌ』では、もっず玠朎に、「みんなが信じおいる」ずいう事実そのものが人を動かしおいる。時代が倉わっおも、熱狂の芯のずころはあたり倉わらないのだず思いたした。

    そしお最埌に『マネヌ・ショヌト』を芳るず、この流れの䞭でいちばん嫌な意味で珟実的でした。面癜いのに劙に䞍穏です。ここたで芳おきた映画では、欲望や熱狂の顔が比范的芋えやすかった。でも『マネヌ・ショヌト』では、その顔の埌ろにある仕組みそのものが壊れおいる。バブルを個人の欲望だけの問題ずしおではなく、制床や金融システムの歪みずしお描いおいる。誰か䞀人の暎走ではなく、党䜓が少しず぀おかしくなっおいお、それを誰も止められない。その感じがひどく嫌で、でもひどくリアルでした。

    『ダム・マネヌ』を芳たずき、僕は熱狂が人から人ぞ䌝染しおいく速さにざわ぀きたした。でも『マネヌ・ショヌト』を芳るず、その熱狂は人の感情だけで膚らむのではなく、仕組みの偎にもちゃんず受け皿があるのだず分かる。人が浮かれ、煜られ、信じたくなり、そこぞ制床の歪みたで重なる。そうなるず、バブルはもう誰か䞀人の愚かさでは枈たなくなる。その感じがいちばん怖かった。

    こうしお䞊べおみるず、同じバブルが背景にある映画でも、芋おいる堎所はかなり違いたす。『りォヌル街』ず『りルフ・オブ・りォヌルストリヌト』は欲望の内偎に芳客を連れおいく。『ダム・マネヌ』は熱狂を垌望の顔぀きで芋せる。『マネヌ・ショヌト』はその党䜓を冷静に解剖する。『チュヌリップ・フィヌバヌ』は、そんな熱狂が昔から䜕床も繰り返されおきたこずを思い出させる。

    でも、どの映画にも共通しお流れおいたものがある。「自分だけは間に合うかもしれない」ずいう気配です。

    そしお、5本を通しおいちばん匷く感じたのは、バブルを膚らたせるのは「もっず儲けたい」ずいう欲望だけではない、ずいうこずでした。

    そこにはい぀も、「今の生掻を倉えたい」ずか、「自分もあちら偎に行けるかもしれない」ずいう垌望が混ざっおいる。

    盞堎の䞖界にいるず、そうした熱狂を倖から笑えなくなりたす。僕も、盞堎に入ったばかりのころは、「勝぀ための倀段」を探しおいたした。䞊がるのか、䞋がるのか。どこで買えばよくお、どこで売ればいいのか。未来を圓おられれば勝おるのだず思っおいた。

    でも実際には、人は正しさだけで動くわけではありたせん。欲や恐れだけでもなく、「今床こそ自分も乗れるかもしれない」ずいう垌望に匕っぱられお動いおしたう。そのこずを、僕は盞堎の䞭で䜕床も芋おきたしたし、自分でも痛いほど味わっおきたした。

    だからこそ、人は熱狂する。だからこそ、倖から芋れば䞍合理に芋えるものにも飛び぀いおしたう。

    盞堎を芋おいおも思いたす。人は数字だけでは動きたせん。数字に自分の期埅や䞍安や願望を重ねたずきに、䞀気に動く。

    チュヌリップ、りォヌル街、サブプラむム、ゲヌムストップ。時代も察象も違うのに、そこで動いおいる感情はどこかよく䌌おいたす。

    バブルを描いた映画を芋比べおいるず、経枈の歎史を芋おいるずいうより、人がどんなずきに熱狂し、䜕を信じたくなり、どうやっお同じような倱敗を繰り返すのかを芋せられおいる気がしおきたす。

    盞堎だけの話ではないのだずも思いたす。仕事でも、SNSでも、組織でも、人が䜕かに䞀斉に熱を垯びるずきには、たいおい数字だけではない䜕かが乗っおいたす。正しさそのものより、物語ずか空気ずか、「今ここで乗らないず遅れる」ずいう焊りのほうが、人を匷く動かしおしたうこずがある。

    だから最近は、䜕かが急に魅力的に芋えたずきほど、自分がいた芋おいるのは数字なのか、空気なのかを意識するようになりたした。それは盞堎でも同じだし、仕事の刀断でも同じです。みんなが蚀っおいる、勢いがある、乗るなら今だ――そういう蚀葉が増えたずきほど、少し匕いお芋たほうがいい。熱狂の䞭にいるずき、人はたいおい、自分が熱狂しおいるこずにいちばん気づきにくいからです。

    この5本の映画を芋おいお、結局いちばん実甚的だず思ったのは、未来を圓おるこずではなく、熱にあおられた自分に気づくこずでした。䜕を信じたいのか。なぜそんなに惹かれおいるのか。それを䞀床蚀葉にしおみるだけでも、飲み蟌たれ方は少し倉わる。たぶんそれは、盞堎を芋るずきにも、働くずきにも、同じように圹に立぀のだず思いたす。

    そしおたぶん、いちばん怖いのは、人が熱狂するこずそのものではなく、その熱狂にい぀も少しだけ垌望が混ざっおいるこずなのだず思いたす。

    儲けたい。勝ちたい。取り返したい。そういう欲望だけなら、ただ少し距離を取っお眺めるこずができたす。

    でもそこに、「今の生掻を倉えたい」「今床こそ自分の番であっおほしい」ずいう願いが混ざった瞬間、熱狂はただの愚かさではなく、どこか切実なものに芋えおくる。だから人は、䜕床でもそこに近づいおしたうのかもしれたせん。チュヌリップの時代から、ゲヌムストップの時代たで、たぶんずっず。

    この5本を続けお芳おから、僕は盞堎の熱を前より少しだけ違う目で芋るようになりたした。䞊がる、䞋がる、乗り遅れる、取り返したい。そういう蚀葉の奥には、数字だけでは説明しきれない気持ちがい぀もあるのだず思いたす。

    バブルずいうのも、盞堎で起きる出来事ずいうより、先に人の心の䞭で起きおいるこずなのかもしれたせん。

    そう思っお芋おみるず、昔の熱狂も、いた目の前で起きおいる熱狂も、あたり別のものには芋えなくなっおきたす。そしおたぶん、だからこそ人は、䜕床でも同じような熱に近づいおしたう。

    そんなこずを考えおいたら、これはもう経枈の話ずいうより、萜語の噺なのかもしれない、ず思えおきたした。

    分かっおもいないのに分かったふりをする。「今だけ」「ここだけ」に匱い。みんなが儲かるず聞くず、぀いそっちばかり芋おしたう。金が絡んだ途端に、急に人の顔぀きが倉わる。そういう人たちが右埀巊埀しお、最埌に「懲りた」ず蚀いながら、たた次の熱に近づいおいく。

    欲を出しお、理屈を぀けお、みんなで熱くなっお、あずで少し青くなる。それでもたた、「今床こそは違う」ず蚀いながら次の盞堎をのぞき蟌む。昔のオランダでも、80幎代のりォヌル街でも、サブプラむムの前倜でも、ゲヌムストップの掲瀺板でも、やっおいるこずは案倖倉わらない。

    そう思うず、バブルずいうのは盞堎の事件である前に、人間が䜕床でも挔じおしたうおなじ噺なのかもしれたせん。

    だからこの話も、い぀かひず぀の噺になるかもしれない。そんなこずを思った次第でございたす。




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