穢れ仕事―害獣の後始末
朝、モルサロン(曾ては祖父母が寝起きする部屋であったが、今はモルモットの餌の在庫が保管され、日々の餌を給餌する為の6畳半の床の間)でモルモットを柵の中(広げた新聞紙3枚分を繋ぎ合わせた面積に100円ショップで買った冊を連結させて囲ってあるスペース)で遊ばせながら私が日課であるケージを掃除していると父が自宅の電話から「○○どんの○○ですが…」と何処かへ電話を入れていた。
私は唐突に聞こえてきた言葉に違和感を覚え、(ちょっと待てよ、○○どんの"どん"て○○さんの"さん"だよな、普通、先祖の名前にさんなんて付けねえだろ。○○のとこの○○ですがだろ。ったく、朝からナチュラルにイカれてやがるなウチの無教養親父は!)と癪に障ったが更に続けて聞いていると昨夜、自宅前の工作放棄地に仕掛けておいた鉄製の箱罠にキョンが捕獲されたらしく、その始末を着けたいので8時迄に自宅前に集まるようにとの集合を報せる連絡を近隣の住民宅に入れていたようであった。
好奇心が旺盛で多方面にバリバリとアンテナを張り巡らせ、気になった事物には無節操な位になんでも飛び付く主義と云ったものを微塵も持ち合わせていない私は然して特段気にも止めず、(ははぁ、ジビエの材料にでもなるのか…)と安穏に構え、至っていつも通りに掃除を済ませ、餌の仕度も整え、給水ボトルの水も入れ換えたケージに2匹のモルモットを入れて遣ると、それを抱えて居間の隅へと運び、今度は私の朝食の準備に取り掛かった。
朝食を摂りながら朝の報道番組を眺めていると、洗濯物を干しに庭に出ていた父が慌ただしく足音を立てて家の廊下を戻ってくるなり、息も継がずに玄関から出て行った。
TVの時報を見れば何もそんなに大袈裟にする事もなかろうに"7:54"と大映しになっており、朝食を済ませた私はケージの中で必至に食事を摂っている最中のモルモットを一匹ずつ撫でると2階の部屋に上がって行った。
起床時の習慣として、換気の為に自室の窓を開け放し、網戸にしたまま暫く時間を置く事にしているが、網戸越しに窺える様子から自宅前の工作放棄地には既に近隣の住民が集まっている気配が感じられた。
私は静かに窓を閉め、図書館に出向く為に着替えを始めたが、瞬間、キョンの悲鳴かとも思える様な悲痛な鳴き声が私の耳朶に迫ってきた。
室内にいても時折聞こえてくる胸が掻き毟られる様なキョンの痛々しい雄叫びは「助けて!痛い!止めて!」と必死に懇願している様でもあり、着替えを済ませた私は貴重品とリュックと車のキーを手に取ると表へ出た。
家の庭から見下ろせる場所に位置している工作放棄地には鉄製の檻に捕獲されたキョンを私の父を含めた近隣の住民の数人が取り囲み、中でも右隣の家のオヤジが檻の粗い網目の隙間から長さ1m位の鉄の銛のようなもので何度も何度もキョンの体を目掛けて突き立てていた。
銛が体に突き刺さる度にキョンは命乞いの悲鳴を挙げるが全く意に介さぬと云った素振りで尚も冷酷非道に留目を刺そうと力任せにキョンをなぶり殺している。
私は眼前で展開されている尋常ならぬ光景に息を飲みながら、(おいおい、待てよ。今は旧石器時代じゃねえんだから何も自らの手を汚さなくても猟銃を扱える資格のある人間でも呼んできて始末させればいいじゃねえかよ。
それを何を原始的な遣り方で酷い仕打ちを加えなきゃならんのよ。
お前らの本質は"ガンニバル"の村人達と同等か!
いいか、お前らが今遣っている事は列記とした殺害行為だからな!
人の心というものが無いのかね、お前らには。
これだから私はお前ら土人文化が性根まで染まったド田舎者と一線を引いていたいんだよ!)
早朝の長閑な静寂の中に鉄の銛で執拗に打撃を与える低く鈍い音と呼応する様に次第に弱々しくなる悲鳴が響く中、キョンは遂に絶命して息絶えたのか、力尽きてぐったりとその場に倒れこんだ。
私は一匹の害獣が村人達に由ってリンチを受けて殺害される一部始終を見届けると車に乗り込み、無闇に村人達を刺激しないように憚りながらもゆっくりと車を出した。
バックミラーには屍と変わり果てたキョンを軽トラの荷台に乗せる近隣住民達の姿があった。
