
香川観光#07 -琴弾八幡宮・銭形砂絵- Z5Ⅱ
■今年の夏は、香川県に旅行に行ってみます。
四国八十八ヶ所巡礼の香川県の23ヶ寺(涅槃の道場)を中心にして、そこに有名神社や人気観光地を加えた旅行プランを立てました。高松空港は香川県の中央部にありますが、まず香川県西部に移動して、東へ東へと進んでみます。香川県は西部(善通寺・観音寺)・中部(丸亀・坂出)・高松・東部(さぬき・東かがわ)・小豆島の5地域に区分するようですが、まずは西部エリアからスタートです。
<2日目午前中>
4.粟井神社
5.大水上神社
6.本山寺(四国八十八ヶ所 第70番)
7.琴弾八幡宮+銭形砂絵 ←今回はこちら
8.神恵院・観音寺(四国八十八ヶ所 第68/69番)
9.高屋神社
■それでは今回の<琴弾八幡宮>を紹介します。
琴弾八幡宮(ことひき・はちまんぐう)は、香川県観音寺市八幡町にある神社。旧社格は県社。祭神は応仁天皇、神功皇后、玉依姫命。
社伝によると、創建は飛鳥時代の703年、浜に打ち上げられた一艘の船から琴の音が聞こえ、これを琴弾山に引き上げ琴を添えて社殿を造営したことに始まる(この社伝『七宝山八幡琴弾宮縁起』は、1416年に権中納言・藤原実秋が記し、将軍・足利義持が自ら官職と押印を記したもの)。
寺院としての縁起としては、703年に文武天皇の勅命により僧・日証が宇佐八幡宮を勧請し、神宮寺として神恵院を開基、さらに法相宗道場として宝光院も開基したとされる。のち唐より帰国した空海が当地に留まり812年に神恵院第7世住職となり、法相宗を廃止し、自ら刻んだ聖観世音菩薩像を祀り真言宗に改め、七道伽藍を建立し七宝山観音寺と称したと伝わる。
平安時代、源氏の崇敬が篤く、源平合戦の時には源義経が当社で戦勝祈願をしたとされる。以後、皇族、武家の崇敬篤く、皇室勅願所、祈祷所となり、また歴代領主が祈願や奉納をした記録が残る。
江戸時代までは当社が四国八十八ヶ所の第68番札所で観音寺が第69番札所であったが、明治の神仏分離令により当社の八幡神の本地仏・阿弥陀如来画像を観音寺境内の西金堂に移して神恵院の本堂としたため、観音寺の境内に2つの札所が並ぶこととなった。当社は戦後、琴弾八幡宮と復称した。
■琴弾八幡宮と合わせて訪れた観光地<銭形砂絵>を紹介します。
江戸初期の1633年、丸亀藩主・生駒高俊が、3代将軍・徳川家光から讃岐巡礼使の派遣を告げられた時、地元の古老が歓迎のために有明浜に銭形の砂絵を一夜のうちに作り上げたと伝わる。琴弾山の頂から眺めると円に見えるが、実際は東西122m、南北90mの楕円形になっている。作成以来、砂上の芸術として大事に保存され、この銭形を見た人は健康で長生きで金に不自由しないと言われている(観音寺市の説明看板より)。
■今回携帯するカメラ機材は、2026年お気に入りの標準ズームセットです。
Nikon Z5Ⅱ + Megadap ETZ PRO+ + SIGMA 24-70mm F2.8 DG DN
Z5Ⅱはファインダーの見え方、シャッターの音と感触、写りの素直さがスキで、2026年最も使ったカメラの地位はすでに確定です。SIGMA 24-70 ARTⅠ型はピント面キレキレ、被写体が浮き立つ背面ボケがお気に入りです。これより気に入るレンズがあるか、他社の大三元をすべて試してみたいと思っているぐらいです。
琴端八幡宮















銭形砂絵


