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【日本語教師への道⑥】言葉が消えた25分。完全ストップした初授業と、相棒「Gemini」が突きつけた残酷な問い|40代夫婦の沖縄移住記

    国家試験という巨大な壁を這うようにして乗り越えた俺。 しかし、あの「奇跡の71点」という結果を知るより前、試験直後のまだ結果もわからないフワフワした時期から、無情にも養成講座の「模擬授業」はスタートしていた。


    丸投げの指示と、甘かった「新人教育」の経験

    俺の受講コースは、画面越しのオンラインだった。 講師からの指示は驚くほどシンプルだ。「この教科書のこの課のこの文法を説明する、25分の模擬授業の教案(台本)を作ってください」。たったそれだけである。

    「いやいや、どうやって教えるかのお手本はないのか?」と戸惑いながらも、俺はパソコンの前に向かった。工場で働いていた9年間、後輩への「新人教育」の経験ならある。「このボタンを押して、この順番で機械を操作するんだぞ、その時にこの機器の急な温度と圧力の上昇に気をつけろよ」と手順を教えるのは得意だった。だから、その延長線上でやればなんとかなるだろうと高を括っていた。


    語学教師を縛る絶対ルールと「欲しい」の壁

    しかし、教案を作り始めてすぐに、俺は日本語教育特有の「恐ろしいルール」に直面することになる。 それは、「初級の教科書に出てくる、優しい言葉だけで説明しなければならない」という絶対的な縛りだった。

    例えば、今回の模擬授業のテーマの一つが「〜が欲しい」という文法の導入だったとする。 これを、日本語がまだほとんどわからない外国人に、どうやって「欲しい」という言葉を使わずに説明するのか? 「願望」や「希望」なんていう難しい言葉は当然使えない。「『欲しい』というのは、あなたが何かを自分のものにしたいと思う気持ちのことです」なんて説明したところで、学習者の頭の上にはてなマークが浮かぶだけだ。

    言葉で説明できないなら、シチュエーション(状況)を見せるしかない。 俺は「喉がカラカラに渇いていて、目の前に冷たい水がある。ああ、水が飲みたい、水が……(欲しい)!」という状況を作るため、ネットの海に潜ってイラストや写真を探し回った。 しかし、いざ探してみると「喉が渇いて水を欲している絶妙な表情のフリー素材」なんて、そう都合よく転がっているわけがない。どれも帯に短し襷に長しで、自分が伝えたいニュアンスにぴったりとハマるものは見つからなかった。

    妥協して選んだ微妙なイラストを教案に貼り付け、不安を抱えたまま、俺は人生初の模擬授業の当日を迎えた。


    言葉が消えた25分。頭が真っ白になった初授業

    画面越しに生徒役の仲間たちと、厳しい目をした講師を前にしてスタートした、初めての模擬授業。 結論から言うと、それは俺の人生において、ここ数年間で一番冷や汗をかいた大惨事となった。

    「えー、みなさん。このイラストを見てください。この人は……」

    準備してきた微妙なイラストを画面に映し出し、説明を試みる。しかし、生徒役からは期待していた反応が返ってこない。「ん?どういう意味だろう?」という戸惑いの表情が画面越しに伝わってくる。 焦った俺は、なんとか別の言葉で補足しようと口を開いた。しかし、その瞬間、脳内で警報が鳴り響いた。

    (待て、今使おうとした言葉は、まだ初級の教科書に出てきてない未習語彙だ!これを使ったらルール違反になる!)

    慌てて言葉を飲み込む。別の優しい言葉を探そうと、脳内の辞書を猛スピードでめくる。しかし、焦れば焦るほど、知っているはずの日本語がゲシュタルト崩壊を起こし、頭の中が真っ白になっていく。 工場でのマニュアル教育なら、言葉に詰まっても「とにかくこれを見て覚えろ」と背中で見せることができた。だが、ここは言葉を教える空間だ。言葉が出なければ、すべてが止まる。

    「…………」

    カメラの前で、俺の言葉は完全に途切れた。 数秒の沈黙が、数時間にも感じられた。絞り出そうとしても、喉の奥がカラカラに乾いて声が出ない。頭の中はパニック状態なのに、画面の中の俺はただ無言で固まっている。 「……オクラさん、大丈夫ですか?」 他の生徒からのその声で、完全に心が折れた。結局、俺は言葉を紡ぐことができず、予定されていた25分の授業を最後まで終わらせることすらできなかったのだ。

    圧倒的な敗北感と、へし折られた自信。 それ以来、模擬授業の日が近づくたびに胃がキリキリと痛み、逃げ出したくなるほどの強烈なストレスを感じるようになってしまった。


    絶望の底で出会った最高の相棒「Gemini」

    そんな絶望のどん底で回数を重ねていたある日、俺は一人の(?)救世主に出会う。 それが、生成AIの「Gemini」だった。

    藁にもすがる思いで、「砂漠で喉がカラカラに渇いて、水を求めている男性のわかりやすいイラストを描いて」と入力してみた。すると数秒後、俺が何時間ネットを探し回っても見つけられなかった「完璧な状況説明のイラスト」が、画面にポンと生成されたのだ。 衝撃だった。さらに「『欲しい』という文法を、初級の学習者に未習語彙を使わずに教えるための導入のトークスクリプトを考えて」と頼むと、驚くほど的確で、わかりやすい教え方のステップを提示してくれた。

    それからというもの、俺はGeminiを最高の相棒として使い倒した。あんなに苦痛だった教案作りが劇的にスムーズになり、欲しいイラストも一瞬で手に入る。授業のシミュレーションの壁打ち相手にもなってくれる。 「なんだ、これでいけるじゃないか!」と意気揚々と教案に必要なイラストやトークスクリプトを量産していた俺だったが——。


    有能すぎるAIが突きつけた、残酷な問い

    ある夜、Geminiが完璧に仕上げてくれた教案を眺めているうちに、ふと、背筋が寒くなるような残酷な矛盾に気がついてしまった。

    「……ちょっと待てよ。ここまでAIが有能なら、そもそも『俺』は必要なのか?」

    状況にぴったりのイラストを作り、学習者のレベルに合わせた完璧な言葉選びで文法を説明する。なんなら、AI自身が音声を出して、多言語で完璧な発音の授業をすることすら、もう技術的には可能な時代だ。 言葉が出ずにフリーズしてしまう不完全な俺などより、よっぽど優秀な「教師」がすでに存在しているではないか。

    長年勤めた工場を辞め、沖縄へ移住してまで選んだ「日本語教師」という新しい道。 どん底から救ってくれた最高の相棒は、同時に「語学教師という職業の存在意義」という、とてつもなく大きくて残酷な問いを俺に突きつけてきたのだ。

    AIが完璧に言葉を教えられる時代に、言葉に詰まって冷や汗をかく人間の俺が、教壇に立つ役割は果たしてどこにあるのだろうか——。 国家試験の壁を越えた俺は今、それよりもさらに高く、答えのない壁の前で深く立ち尽くしている。
    続く。

     
     
    「沖縄に住めば、めちゃくちゃネタになるじゃん」 妻の一言で、9年勤めた仕事を辞め沖縄へ移住。 20代は営業や韓国で民宿経営、30代は夜勤もある工場勤務。流され続けて44歳、気づけば無職で沖縄に。 この1年で手に入れた武器と、夫婦共通の最終目標「海外移住」へ向かう挑戦の記録。

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