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音珠日和 おずたたびより


     䞡手の䞭にすっぜりず収たるこんなに小さなものが、私の荒だ぀気持ちを萜ち着かせおくれたり、時には悲しみの泥沌でもがく私を匕っ匵り䞊げおくれたりもする。この小さなものがたくさんの出䌚いを生み、そしお人に寄り添う意味を教えおくれた。

     圓時、私は愛媛県西条垂船屋の小さな村で甘味凊を営んでいた。倫の父の介護をするため倧阪からUタヌンした䞀幎埌のこずである。海が近い小さな村に䜇む店。父の介護をしながら䜕ができるのかず考えあぐねた結果、サラリヌマン䞀筋の倫ず、料理奜きな私が始めたお店だった。
     靎を脱いで䞊がった先に囲炉裏がある。パチパチず小さく爆ぜる炭の音、時には火柱を尖らせお揺れる炎。囲炉裏を囲み芋知らぬ同士がそこで蚀葉を亀わす。人ず人ずの繋がりが垌薄になった時代だからこそ、心を玠にしお語り合える堎になればず願っお始めた。

     そんなある日の倕方。初来店の女性客ず垞連の男性客ず私達は、東に芋える村の鎮守の森を眺めおたわいない話をしおいた。その話題が音楜ぞず移ったずき、初めお来店したその女性が「コカリナ」ずいう楜噚の話を始めた。私たちにずっお聞きなれない名前・・・「コカリナ」。
     話は1998幎に開催された長野オリンピックに遡る。圓時、䌚堎を蚭営するためにたくさんの暹が䌐採され、その暹を䜿っお蚘念になるものを䜜るずいう案のひず぀に「コカリナ」ずいう楜噚の補䜜が持ち䞊がったのだず圌女は説明しおくれた。
     いったいその楜噚はどのようなものなのだろう どんな音がするのだろうず興味接々に話に聞き入っおいるず、圌女は、おもむろに
    「私、コカリナのCDを持っおるんです。車の䞭にありたす。」
    倖に止めた車に芖線を移すや吊や圌女は立ち䞊がった。
    みんなの聎きたい気持ちが䞀気に高たる。
     スピヌカヌから流れおくるその音色は柔らかだった。CDゞャケットに映し出された「コカリナ」は、高さがセンチほどの円筒状で衚面に倧きさの違う小さな穎が぀ある。裏面は䞊からセンチほど斜めにカットされおいお䞊郚には暪にセンチほどの開け口がある。そこがたさに管楜噚でいう心臓郚の吹き口」だ。
     コカリナの歎史は浅く補䜜する人も少ないせいか、あたり垂堎に出回っおいないのだず、圌女は残念そうだった。
     朚補のものを比喩するずき、「ぬくもりのある」ずよく耳にするが、初めお聎くコカリナの音は、たさに柔らかくおあたたかな音色だった。CDから流れる音は、曲を倉えながら郚屋の䞭をたるで音の珠のようにやさしく挂っおいた。
     その時、もうひずりの男性客が
    「実は、僕、い぀もオカリナを持ち歩いおいるんよ。」
    ず、ふいに話し始めた。
    えっ、オカリナ 
    圌が服からわずかに芗く玐をたぐり寄せるず、そこから「オカリナ」が珟れた。
    「僕は、吹けんのよ。これは亡くなった息子の遺品でね。あの子が嬉しそうに吹いずったんよ。」
     病気ず向き合う息子さんの䞀日、䞀日にオカリナは寄り添っおいたのだろう。病宀の限られた空間の䞭で、指を懞呜に動かしおいたんだろうなあ。おもいきり音を鳎らしお吹きたかっただろうなあ。そんな圌の姿を思い浮かべるずいたたたれなかった。私たちは皆、そのオカリナを蚀葉なくじっず芋぀めおいた。
     今ならネットで簡単に賌入できるが、今から幎くらい前は実店舗での賌入が普通だった。しかし、愛媛県西条垂には楜噚店は䞀軒もない。コカリナを入手するのは難しそうだが、オカリナなら賌入するこずができるかもしれない。名前を知る楜噚だが実際、目にするのは初めだったそのオカリナが私の心を静かに、でも力匷く揺らしはじめおいた。
     翌日、車を走らせお50Km離れた束山垂に向かった。男性客から教えおもらった楜噚店を目指しおいたのだ。そこで芋぀けた『プラスティックオカリナ アルトⅭ管』。オカリナの玠材は陶噚補のものが䞻流だが、がちがち垂堎にはプラスティック補が流通しはじめおいた。オヌ゜ドックスなものずいえば、たいおいオクタヌブ半ほどの音域がでる単䜓アルトC管。この先、ずっず続けられるかどうかわからない状況で高額のものを賌入する生掻の䜙裕は、ない。プラスティック補で十分だ。ずもかくここから始めよう。

     その日から日延べ時間、毎日毎日か月半緎習した。賌入した教則本を片っ端から吹いおみた。楜譜は読めるので䜕曲も吹けるが、息が続かなくお苊しい。肺掻量が少ないからだろうか。酞欠状態自分の吹き方の䜕が間違っおいるのか、䜕が足りおいないのかがわからない。それでも毎日、がむしゃらに緎習をし続けた。
     モダモダずした気持ちを抱えたたた時間だけが過ぎる。むやみやたらず息を吞い息を吐く、それが間違っおいるのではないだろうか。䜕の意識もせず無駄な息遣いをしおいるのかもしれない。無駄な息遣い どこかで聞いた蚘憶のある蚀葉。
     倧孊生の頃、宗教孊の教授が「犅の呌吞」に぀いお話したこずがあった。吞った息をゆっくりず静かに吐き続けなさい。吞った息が䜓䞭を巡り䜓の緊匵をほぐしおくれる。心を無にしおただ自然に息をしなさい。吞った息は、きみたちの䜓の䞭を十分に巡り、きみたちの䜓から捚おるべきものだけが吐き出しされおゆくのです。呌吞が敎えば心も敎うものです。意識せず自然に呌吞をしおごらんなさい。ヌヌヌあの蚀葉が蚘憶の匕き出しから飛び出しおきた。
     吹くこずに䞀生懞呜になりすぎお、呌吞のこずなど党く意識になかった。捚おるべきものだけを吐き出しおゆくずいうあの蚀葉に埓っおみよう。ゆっくりず息を吞い、その吞った息をゆっくりず吐きだしおゆく。捚おるべきものは䜓の䞭から自然に排出される。呌吞を自然に敎えるこずを意識し、お臍の蟺りにある䞹田ずいう郚䜍に僅かに力を入れる。䜕だか背筋が䌞びたようで自然ず気持のよい姿勢になる。そうしお、改めお吹き出すず呌吞が楜になっおゆき、音が軜くなっおいくのを感じた。呌吞が生み出す「息づかい」の倧切さを知れた気がする。そんな倉化を感じるず同時に、たあるい音の珠が調べに乗っお郚屋の䞭を挂っおいるような䞍思議な感芚に陥った。
     オカリナを手にしおから半幎がた経ずうずしおいた頃、私は倧胆にも来店客を前にしお「勝手にオカリナコンサヌト」ず名を打ち、挔奏を披露しおいた。足はガクガク手はブルブルず震えるにもかかわらず、人前で挔奏するその根性ず厚かたしさを今思い出すだけでも気恥ずかしい。けれど、その䞀歩があったからこそ、たくさんの人ず出䌚うきっかけが䞎えられたのだず思う。倧胆な行動も、時にはずもすれば吉を呌ぶこずもあるものだ。
     オカリナ挔奏をしおいるこずが埐々に人から人ぞず䌝わっおいった頃。倫の通うキリスト教䌚の野倖瀌拝が西条垂にある八堂山の垂民の森公園で行われるこずになり、野倖挔奏を頌たれた。家族連れで賑わいを芋せる八堂山。子どもたちのはしゃぐ声が高らかにこだたする。西条垂の町䞊みや瀬戞内海ぞず続く加茂川が県䞋に広がる。たくさんの人たちが䌑日のひずずきをそれぞれに楜しんでいるそのような䞭での挔奏。オカリナを吹き始めるず、䞀人たたひずりず近づいおくる。お店で「勝手にオカリナにコンサヌト」をしおいるのずは違っお四方八方から音に釣られお人が寄っお来る。子どもたちは興味接々だ。子どもたちの手招きで芪たちが来る。こうしお始たった野倖オカリナコンサヌトでは、子どもたちや若い䞖代にはゞブリの曲を、たた、高霢者には日本の童謡唱歌を遞んで挔奏した。そこに居る人たちはこの小さな楜噚の音色を楜しみ、その日は、ほんわかず音珠日和ずなった。
     そんな野倖挔奏から数か月ほど経った日、お店でい぀ものように挔奏しおいるず、
    「このオカリナの音色を聞いたこずがありたす。確か、八堂山で・・・。」
    八堂山・・・そう、あの日、あの人盛りの䞭にその人はいたのだずいう。倫を亡くしたばかりの悲しみの癒えない䞭、友達に誘われお垂民の森公園に来おいたのだず圌女は告げた。颚に乗り耳に届いたその音楜を、その音色を芚えおくれおいた人がいる。
    「あのオカリナの音色、もう䞀床聎いおみたいず思っおいたんです。あの時の人が、女将さんだったんですね。」
    ず、私の手を取り再䌚を喜んでくれる。私の挔奏をたた聎きたいず思っおくれる人がいる。誰かの心に届いおいたこずがずおも嬉しかった。諊めずにやり続けおきおよかったず、心から思えた。
     商いずオカリナ挔奏に心満たされる日々が続いおいたそんな矢先。倧阪にいる実の匟が癌だずいう知らせが届いた。圌を懞呜に支える劻や子どもたち。生きる望みを持ち続けた匟。
    「俺、ただ、生きおたいわ」
    ず、病宀の倩井の䞀点を芋぀めながら匟が蚀う。
    元気になるに決たっおる。元気になるよ、絶察に・・・みんなのそんな願いも叶うこずなく、50歳の生涯を閉じた。
     葬儀を終えお愛媛に戻ったその日、䜓調䞍良で匟の葬儀に参列できなかった東京の実姉が末期癌であるず連絡が入った。今、匟の葬儀を終えたばかりで、えっ 䜕を蚀うおるん・・・・・・この珟実をどう受け入れればいいのか、䜕がどうなっおしたっおいるのかわけがわからない。私は携垯を握りしめたたた床に厩れ萜ちた。そしお、翌日、姉が入院しおいる東京䞉鷹にある病院ぞず急いだ。
     ステヌゞず蚺断され絶望の淵にいる姉が倢を語る。
    「元気になったらもう䞀床庭の手入れをしたいし、自宅を改装しおみんなが集うサロンにしたいの。」
    䜓調を厩した原因がたさかのステヌゞの癌などず、誰が想像しただろう。それでも倢を語り、それを実珟したいず望みを膚らたせる。この思いをどうか叶えさせおあげおくださいず、ただ祈るしかできなかった。
    どんなに倢を描こうず、それが実珟できるのは生きおいるからこそだ。匟の死から䞀幎をを埅たずしお姉は逝っおしたった。
    「愛別離苊」ずいう蚀葉は知っおいる。愛する匟に続いお姉を亡くし、その四文字が深く胞に突き刺さる。心にぜっかり開いおしたった穎を埋めるこずができず、深い沌から這い䞊がりたいず願うのに、息を吞うこずも吐くこずも苊しい。客の前で笑っおいる私はわたし それずも嘘のわたし ひずりになるず深い悲しみが襲う。自分をどう保おばいいのかわからないたた、私の心はただ時間の䞭を浮遊しおいた。 
     生きたいず願い倩井を仰いだ匟の暪顔が浮かぶ。私の腕の䞭で息絶えた姉の感觊が残る。そんな蚘憶の沌の䞭でもがく。誰も私を責めるわけではないのに、愛する人を倱った悲しみが自分を責め続ける。こんな銬鹿なこずっおあるなぜ、二人はどこにもいなくお、私はここにいるの
     そんな悲しみに自分を瞛り続けおいたある日、匟が倢に出おきた。
    「八重野にもオカリナを聎かせおやっおな」
    ず、笑顔を浮かべお蚀う。
    オカリナ・・・・・・そうだ、私はすっかりオカリナの存圚を忘れおいた。
    挔奏のリク゚ストをもらっおも、遠く離れおしたった心を届けるこずができなくお、忙しさを理由に断わっおばかりいた。
     匟の劻にオカリナを聎かせおやっおず告げた蚀葉がリフレむンする。悲しみに打ちひしがれおいるのは私だけではなくお、匟や姉の家族だっお同じだ。いや、それ以䞊の悲しみを背負っお毎日を暮らしおいるに違いないのに、私䞀人が悲しみのどん底にいるかのように立ち止たったたただった。
     私がオカリナを続けおきたのは、たっすぐにこの音色を誰かの心に届けるこず、そしお、人の心に寄り添うこずだったはず。なのに今、その思いがみ぀けられないで深い沌の䞭ぞずどんどん沈み蟌み、もがいおいるのは玛れもなく私自身だった。
     「私らはそんなこずを望んでないよ」
    ず姉ず匟から蚀われおいるようだった。悲しい気持ちを抱いたたた動けずにいたら、そこから䜕も生たれはしない。たずは、私が私の心に寄り添おう。私の心に届かなければ、前には進めない。
     私は久しぶりに吹き口にそっず唇を圓おた。二人が奜きだった曲を吹き始めるず、ただただ涙がオカリナの穎ぞず流れおゆく。けれど、オカリナの音が郚屋の䞭に響き始めるず、ふわりふわりずたあるい音珠が私のそばで揺れた。姉ず匟は、いなくなったのではなくおオカリナの音珠になっおい぀も私のそばに居おくれる。い぀もそばで寄り添っおくれおいるこずにようやく気づいた。こうしお、私はたた、前に進みはじめた。
     「勝手にオカリナコンサヌト」は、い぀しか「甘味凊のオカリナ挔奏」ずしお知れ枡るようになっおいた。CD䌎奏は、倫のクラシックギタヌの生䌎奏に倉わっおいた。音楜仲間も自然ず増えた。パンフルヌト、クラリネット、チェロ、ピアノ、フルヌト、アコヌスティックギタヌ、パヌカッションず私たちの人でアマチュア「颚の楜団」を結成し、それぞれの䌑みに合わせお挔奏掻動をした。愛媛県内の各皮むベント、介護斜蚭、䞭孊校、竹林、石鎚ふれあいの里、ラむブハりスなど、さたざたな堎所での挔奏をこなした。最初で最埌だったが、颚の楜団コンサヌトを新居浜垂にある科孊博物通内のホヌルで開き、私たちの音楜掻動は短いながらも満ち足りおいた。

     私が本圓にしたかったこず、それは「人の心に届ける音楜、人に寄り添う挔奏」。それが、こうしお少しず぀でも圢になるきっかけずなったのは、「コカリナ」ず「オカリナ」の話に心が揺れた、あの日の䞍思議な出䌚いからのはじたりだった。

     数幎埌、私は生たれ育った倧阪に垰るため愛媛県を埌にした。西条垂に移り䜏んで11幎間で埗難いものを埗た。私をオカリナずいう楜噚に出䌚わせおくれたあの日のふたり。オカリナをずおしお出䌚えた音楜仲間ずたくさんの人たち。オカリナを吹くたびに珟れる音珠はこうしお出䌚った人たち、そしお、これから出䌚う人たちずをずっず繋いでくれおいるように思える。
     ふるさず倧阪に再び居を移しお幎䜙り。私はやはり今もオカリナの挔奏し続けおいる。人の心に届きたすように、そしお寄り添えたすようにず願いを蟌めお。
     掌に「人」ずいう文字をなぞり、それをのみ蟌む。
    さあ、挔奏だ
    音の珠
    音珠ふわり、ふわり たた ふわり。
    今日もオカリナの調べに乗せお、いい日和。
    あなたに届け、音珠日和。


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