推しが教えてくれたこと
人生の後半戦というのは、
気づかないうちに始まっている。
大きな出来事があるわけでもない。
何かを失った実感があるわけでもない。
毎日はだいたい同じ調子で流れていく。
ちゃんと起きて、
ちゃんと働いて、
ちゃんと笑っている。
それなのに、
なぜか息が浅い。
苦しいほどではない。
ただ、深く吸い込めていない。
そんな感じが、ずっとあった。
まあ、こんなものだろう。
人生ってそういうものだ。
そうやって自分を納得させる術だけが、
いつのまにか上手くなっていた。
だから、
私が推し活にハマるなんて、
本当に思っていなかった。
きっかけは、
伊吹とよへ。
二人組の動画クリエイター。
人気があって、
イケメンで、
歌がうまい。
画面越しで見ているだけでも十分なのに、
現実にちゃんと存在して、
普通に笑ってくる。
ずるいと思う。
私はそのうちの一人、
伊吹を推している。
理由を説明しようとすると、
少し言葉に詰まる。
顔とか、声とか、才能とか、
そういうことも確かにある。
でも、いちばんしっくりくるのは、
名前だった。
伊吹→息吹
呼吸に関係する言葉。
止まっていた空気を、
ふっと動かす感じがした。
イベントに何度も通ううちに、
少しずつ変化が起きた。
最初は、
遠くから眺めているだけで満足だった。
それが、
顔を覚えられ、
名前を呼ばれるようになった。
画面越しで見ていた存在が、
「私」を認識している。
それだけのことなのに、
思った以上に胸に来た。
一方通行だと思っていた世界が、
ふっとこちらを向いた気がした。
その頃から、
呼吸が少し楽になった。
イベントでは、
チェキが売られている。
完全にランダムで、
自筆サイン入りは滅多に当たらない。
期待しないのがコツだと、
自分に言い聞かせていた。
それでも、
ある日のライブで当たった。
サイン。
しかも、
「大好きだ」と手書きで。
胸の奥が素直に喜んだ。
こんなふうに、
理由も計算もなく
嬉しいと感じたのは、
いつぶりだろう。
握手会でその話をすると、
伊吹は冗談めかして言った。
「いいね。じゃあ二人付き合っちゃう?」
ファンサだと、
頭ではわかっている。
冗談だ。
わかっている…。
それでも、
その言葉は残った。
私は、
まだ心が動いていいんだろうか。
その動きを、
止めなくてよかったんだろうか。
ここから先は、
少し説明が必要かもしれない。
ある日、
息子が大阪へ行った。
鈍行で九時間。
気ままな一人旅だ。
途中、岐阜あたりで電車が止まり、
駅で長く待たされたという。
その時間つぶしに、
駅に置いてあったパンフレットを
一枚持ち帰ってきた。
「伊吹山」
山の写真と名前だけの紙。
そのときは、
ただの偶然だと思った。
世の中には、
同じ名前がいくらでもある。
ただ、
なぜか捨てる気にならず、
台所の端に置いたままにした。
その日の夜、
ふるさと納税の残額を確認していた。
あと二万円ほど。
何に使おうかと眺めていると、
返礼品の一覧に
「伊吹山」いう酒が出てきた。
同じ日に、
同じ名前…。
ここで少し、
引っかかった。
翌日は冬至だった。
寒川神社にお参りに行こうと思った。
寒川神社のレイラインの話を思い出し、
解説動画を何気なく再生した。
「太陽は、東の千葉・玉前神社から昇り、神奈川の寒川神社を通過して、富士山、竹生島、滋賀の伊吹山へと駆け抜けていきます。そして最後は出雲の地へ――」
画面に線が引かれていく。
「伊吹山」
私は思わず息を止めた。
偶然、という言葉では足りなかった。
意味づけしようとする前に、
身体が先に反応していた。
ああ、ここだ。そう思った。
その夜、コンビニへ行った。
目的はなかった。
ただ、家にある空気が少し重くて、
外に出たくなっただけ。
値引きコーナーに、
ひとつだけ残っていたカップ麺。
「伊吹いりこだしうどん」
他の棚は空なのに、
それだけがぽつんと置かれていた。
迷わず、手に取った。
家に戻り、湯を注ぎ、
湯気の立ち上るのを見つめながら、
私はようやく気づいた。
推し。
山。
言葉。
食べ物。
息子の旅。
そして、私の身体。
すべてが、一本の細い管でつながっている。
追いかけているわけじゃない。
ただ、
通っている。
伊吹という名前が、
あちこちから吹いてきて、
私の中を通り抜けている。
翌日、
通勤途中で見かけたトラック。
「伊吹運送」
見たことのない会社名。
もう笑うしかなかった。
しかしそこには、静かな確信があった。
伊吹、イブキ、息吹。
レイライン。
運送会社…。
私は、何かを成し遂げたわけでも、
何かを始めたわけでもなかった。
ただ、感じて、
立ち止まり、
受け取っていただけ。
それでも、確かに何かが変わった。
推しは、相変わらず遠い存在だ。
息子は、また旅に出るだろう。
日常は、昨日と同じ顔で続いていく。
でも、私の中で
「息の通り道」だけが、
少し広くなった。
誰かに見せるためじゃない。
評価されるためでもない。
その夜、
スマートフォンに一行だけ書いた。
「最近、息がしやすくなってきた気がする」
好きなものを好きだと認めること。
心が動いたら、
ちゃんと動いたと受け止めること。
年齢や立場を理由に、
自分にブレーキをかけすぎないこと。
それは、
わがままでも、
逃げでもない。
ただ、
息が通るほうへ行く、
という選択だった。
推し活は、
人生を狂わせたわけじゃない。
止まっていたところに、
風を通しただけだ。
