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金木犀のお茶の香りに、あなたの想いをのせて《風まかせ文芸部》 | ショートショート #09

「この香りを嗅ぐと、ばあちゃんを思い出すんです」

男性客が、桂花茶の湯気に顔を近づけて言った。

「去年、亡くなったんですけどね。小さい頃、この季節にはよく、金木犀の花がたくさん咲く公園で遊んでもらっていました」

「そうなんですね」

私は相槌を打ち、男性が試飲し終わった湯呑みを受け取った。

男性は何種類かのお茶を試飲したあと、桂花茶を3袋、買って帰って行った。

中国茶専門店「金木犀」は、私の父が始めた小さな店だ。

小さくて古びれているし、私は跡を継ぐつもりなんてなかったけれど、大学卒業後も手伝いの延長で店頭に立っていたら、気づけば2年が経過していた。

そして2年前から、看板商品の桂花茶がよく売れるようになった。


* * *


きっかけはその年の秋、うちの桂花茶を買った客によるSNSの投稿だった。


金木犀の季節に、中国茶専門店『金木犀』の桂花茶をいただきました。
花の香りに包まれて、ずっと忘れられなかった人への思いが、ようやく昇華されました。


私も私の両親も、これを見ても正直よく意味がわからなかった。

「うちのお茶の香りと、気持ちの昇華と、なんの関係があるのかね」

なんて、呑気に話していた。

どうやら日本人の間では「金木犀の香り → 昔の恋/忘れられない人/秋の記憶」といった連想をする人が多くいて、その界隈に深く刺さったらしいことを、あとから知った。

数日後には若いインフルエンサーの女性が、自撮り棒についたスマホと共に店を訪れた。

「えー。いがーい。こんなお若い女性がやってるお店なの?かっこいいですねぇ」

何がかっこいいのかわからない、と思いながらも、私は普通に接客をした。

「質問があるので、お姉さんも撮っていいですか?」

と聞かれ、特にこだわりのない私は了承した。

「金木犀ってぇ、中国でもエモい意味とかあるんですかぁ?」

「エモくはないのですが、中国語では桂花と呼ばれていて、良いものとか、幸せなものを象徴するみたいですね」

「えー。まじー。やっぱりー?その意味、中国語で言ってみてもらえますかぁ?」

「美好(měihǎo)ですかね。漢字で美しい、好き、と書いて、こう読みます」

私は両親や親戚とは中国語で話すことも多いので、「美好」はキレイに発音できたはずだ。

「なにそれ!ちょーそれっぽいぃ。エモぉ」

「いやだから、エモくはないんですけどね」

翌日にはこのインフルエンサーからメールが届き、SNSにショート動画が投稿されたことを知った。

映像は極端に短く編集され、店の古びた様子と、私が「美好(měihǎo)」と発音するところ、「美しい、好き、と書いて、こう読みます」だけが過度に強調されるような内容になっていた。

その後から突然、桂花茶を求めて全国から客が訪れるようになった。

慌ててオンライン販売も開始したが、うちの古びた店構えが「伝統を感じて映える」などと言われて人気となり、来客の足も途絶えなかった。

客は、なんの変哲もない店の前で記念撮影までして帰っていく。

もちろん伝統は、ない。


『金木犀』の桂花茶を飲んだ翌日、初恋の人から10年ぶりに連絡が来ました。やっぱり、美好!

伝統のお茶の専門店は、ぜんぜん違う。
この香りを嗅ぐと、いちばん幸せだったころの自分に戻れます。 #飲むエモ


うちの桂花茶とはなんの関係もなさそうな内容が、次々と関連づけられて投稿され、ハッシュタグ「飲むエモ」はSNSでトレンド入りした。

1年で鎮火するかとも思ったが、今年も8月後半くらいから「飲むエモ」の投稿がじわじわと増え、オンラインの注文も伸びてきている。

「継ぐつもりなんて、なかったけど。しばらくは続けてみるかな」

私はスマホでSNSの画面を延々とスクロールし、「飲むエモ」の投稿を眺め続けた。


* * *


11月に入った。


私はスマホのカメラを前に、笑顔で話しはじめる。


ニーハオ! こんにちはー! ハロー! アンニョンハセヨ!

冬限定・オンライン限定の『キンモクセイの美好ミーハオ茶』を来週から販売開始しまぁす!

生姜も入っているので温活にもちょうど良くて、女性の皆さんには特におすすめ。

どんな『飲むエモ』を感じたか、飲んだら投稿してくださいね。

ハッシュタグ付きで投稿してくださった方には、次回の購入が10%オフになるクーポンをDMでお送りします。海外配送の注意点については……


2年間SNSを研究して話し方や動画編集を覚え、インフルエンサーたちとの繋がりを作った私は、夏の間に店のSNSアカウントを作っていた。

この動画は今晩中に公開する予定だ。

明日からは、事前に新商品をシーディングしたインフルエンサーたちが一斉にSNS投稿を始めるはずである。

実家の狭いダイニングで動画撮影をしている私を、両親がお茶を飲みながら眺めている。

「まさかお前に、こんな商才があったとはねえ」




おはようございます。

少しずつですが冷たいお茶より温かいお茶を飲むことも増えてきましたよ。
ぽていとぽたあとです。

今回は秋らしい、以下のお題に参加しましたよ。

iさん、いつもありがとうございます。

  • お題:金木犀


桂花茶や桂花にまつわる文化的背景については、北京市園林緑化局の公式サイトを参考にしています。

付け焼き刃な知識につき、不正確な情報がありましたら、すみません。

主人公が話す語尾を「〜みたいですね」と曖昧にしたことで、なんとかセーフ、だといいなと願っています。

また本作品には、インフルエンサーの方を揶揄する意図は一切ありません。

そもそも私はSNS動画をあまり見ないので、内容や話し方が著しくズレている可能性すらありますが、一介のじゃがいものショートショートですので、お許しくださいね。

それにしても今回の主人公は「来た波には乗る」精神がすごいですね。

見習いたいほどです。


🥔・🥔・🥔


ほかにもショートショートを書いています。
よければお読みくださいね。