メインコンテンツへスキップ
見出し画像

なぜソニーは、創業者を落とした東芝を追い抜いたのか

    前回の東芝は、宝(キオクシア)を手放して解体へ向かった巨人の物語だった。今回はその裏返し——同じ戦後、同じ半導体の国で、沈まずに甦った会社の話だ。
    しかも、その会社の創業者は、若い頃東芝の入社試験に落ちている。落ちた男がつくった会社が、いま東芝を追い抜いた。


    「東芝に落ちた男」が、つくった会社

    物語は、一人の技術者から始まる。井深大(いぶか・まさる)。学生時代に「走るネオン」でパリ万博の金賞を取ったほどの逸材だ。

    その井深が、東京芝浦電気——のちの東芝の入社試験に、落ちている(※逸話として語られる話で、断定はしない)。

    もし受かっていたら、ソニーは生まれなかったかもしれない。

    1946年、井深は盛田昭夫らと、焼け跡の日本橋・白木屋の一隅に小さな会社を興す。資本金19万円、従業員およそ20人。名は「東京通信工業」。井深が書いた設立趣意書には、こう記されていた。

    真面目ナル技術者ノ技能ヲ、最高度ニ発揮セシムベキ 自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場 ノ建設。

    かみくだけば——「真面目な技術者が、思いっきり遊べる砂場をつくる」。この一文が、のちのすべての発明の設計図になる。


    砂場から、世界を変える製品が次々と

    その砂場から、世界を変える製品が生まれ続けた。

    1955年、日本初のトランジスタラジオ。1958年、輸出しやすい名へと社名を「ソニー」に変更。1968年のトリニトロン、そして——

    1979年、ウォークマン。 録音機能を“捨てて”再生専用にした逆張りの発明だ。値段の決め方がまた、ソニーらしい。盛田は「創立33周年」にちなんで、33,000円に決めた。数字が理屈ではなく、語呂合わせという“物語”で決まる会社なのだ。

    やがてCD、そして1994年のプレイステーション。「モノづくりのソニー」は、世界の生活を次々に塗り替えていった。

    だが——ここから、坂を転げ落ちる。


    底:「エレキのソニー」が沈んだ日

    2012年3月期、ソニーは当時過去最悪の約4,567億円の最終赤字を計上する(確定決算ベース)。屋台骨だった薄型テレビは、単年で1,750億円の営業赤字。テレビ事業は8期以上も赤字を垂れ流していた。

    「エレキのソニーは終わった」。世間はそう囁いた。

    責任を取ってCEOが退任し、2012年4月、平井一夫が社長に就く。ここから、東芝とは正反対の物語が始まる。

    平井の“捨てる”改革

    平井がやったのは、捨てることだった。

    • 2014年、PC事業「VAIO」を投資ファンド**日本産業パートナーズ(JIP)**へ売却

    • テレビ事業を分社化

    • 2016年、長年赤字の電池事業を村田製作所へ譲渡

    痛みを伴うリストラを、経営陣自ら断行した。その結果、2018年3月期に営業利益7,349億円——20年ぶりに過去最高を更新する。

    吉田の“稼ぐ”改革、そして純利益1兆円

    2018年、CFO出身の吉田憲一郎がCEOを継ぐ。彼はエンタメ(ゲーム・音楽・映画)に投資を集中し、稼ぐ力を厚くした。物言う株主が「事業を分割しろ」と迫っても、吉田は複合企業のままを貫いた。

    そして——

    2021年3月期、純利益がついに1兆円を突破。初の1兆円超・過去最高。以降も1兆円級を定着させた。

    沈みかけた船から重い荷物を海に捨てて浮かび上がり、代わりに宝の地図(エンタメIP)と望遠鏡(半導体センサー)を積み直す。それが、ソニーのV字回復だった。


    東芝と明暗を分けた——「捨て方」の予後

    ここで、前回の東芝と並べてみたい。

    東芝もソニーも、同じ「選択と集中」という手術を受けた。だが、予後が正反対に分かれた。

    • ソニー:非中核(VAIO・テレビ・電池)を捨て、本体が甦った

    • 東芝:主力の宝(半導体メモリ=キオクシア)を手放し、解体・非上場化へ

    そして、皮肉な交差がある。

    ソニーが捨てたVAIOの買い手・**日本産業パートナーズ(JIP)**は、9年後、東芝を非上場化した張本人——同じファンドだ。

    同じ“日本の選択と集中”の縮図が、明暗を分けて交差している。何を捨て、何を残したか。 その一点が、生死を分けた。


    半導体の“眼”——ソニーは「記憶」ではなく「光」で世界一を取った

    ソニーもまた、キオクシア・東芝と同じ「半導体」で世界一を握っている。ただし、それは**記憶(メモリ)ではなく、「眼」**だ。

    源流は1970年。米ベル研究所のCCD論文に感銘を受けた技術者と、副社長・岩間和夫が、電卓用半導体からの撤退で失速していた半導体事業の立て直しを兼ねて、**「電子の眼」**に莫大な予算を投じた。岩間の言葉が残っている。

    「競争相手は、フィルムメーカーのコダックだ」。

    その賭けが、いま実を結んでいる。ソニーのCMOSイメージセンサーは、金額シェア約50%(自社公表53%)で世界首位。カメラのレンズが「眼球」なら、センサーは光を信号に変える**「網膜」**だ。

    つまり——あなたがiPhoneで撮った写真の光。その約半分を、電気に変えているのはソニー製の“網膜”。ソニーは表舞台(家電ブランド)を降りて、裏方(部品)で世界を撮り続けている。

    これで、半導体“三部作”が閉じる。キオクシアは「記憶を捨てなかった」。東芝は「手放した記憶に生かされる」。そしてソニーは「記憶ではなく、眼で世界を見る」。貯めるメモリと、感じるセンサー。AI時代に必要なのは、その両方だ。

    王者の急所は、技術ではなく“地政学”

    だが、その最も盤石に見える城に、亀裂が入りかけている。

    Appleの対米1,000億ドル投資を機に、サムスンが2027年頃、米テキサス工場でApple向けセンサーの供給を始める見込みだ。関税回避(米国生産回帰)という地政学の力が、技術では崩せなかったソニーの独占を、初めて侵しにくる。

    最も盤石に見えるiPhone独占こそ、最初の急所だった。 ——ここに、王者の現在地の緊張がある。


    数字で見る、いまのソニー

    FY2025(2026年3月期)の通期決算は、こうだ。

    • 売上高:12兆4,796億円(前期比 +3.7%)

    • 営業利益:1兆4,475億円(+13.4%/3期連続で過去最高)

    • 当期純利益:1兆308億円(-3.4%)

    増収なのに純益がわずかに減ったのは、ソニー・ホンダのEV「アフィーラ」発売中止に伴う449億円の損失など、特殊要因が主因だ。本業は絶好調で、最大の稼ぎ頭はゲーム(PlayStation)=売上4兆6,856億円・営業益4,632億円(過去最高)。

    そして株式市場の評価が、V字を可視化した。

    2025年10月、ソニーの時価総額は約26〜27兆円まで回復。エンタメの代名詞・米ディズニー(約30兆円)を射程に捉えた(※2025年10月時点。株価は変動が大きく、2026年に入って調整する局面もある)。

    2012年に一時1兆円割れまで沈んだ会社が、東芝が74年の上場に幕を下ろした2023年とほぼ同じ時期に、ディズニーを追う日本トップ級へ返り咲いた。明暗が、数字で見える。

    なお、この“眼”の増産も国策と結びつく。ソニーは熊本県合志市(TSMCの新工場に隣接)にセンサー新工場を建設中で、政府が最大600億円を補助する。キオクシア(四日市・北上)やTSMCと並ぶ、経済安全保障下の「日本に生産を残す」投資だ。


    この会社から、何を持ち帰るか

    ソニーの物語が教えるのは、「捨て方」で予後が変わるということだ。

    同じ「選択と集中」でも、ソニーは非中核を捨てて本体を守り、東芝は主力を手放して解体へ向かった。設立趣意書の「自由闊達(技術者が遊べる砂場)」を守った会社と、「チャレンジ(達成不能な目標)」で粉飾に至った会社(前回の東芝)。その企業文化の差は、創業の原点まで遡れる。

    そしてもう一つ。表舞台を降りても、勝てる。ソニーは家電ブランドの王座を降り、部品とIPという“裏方”で世界一になった。派手さより、替えの効かない一点を握ること。それが、荒波でも沈まない船をつくる。


    一言まとめ

    ソニーは「東芝に落ちた男がつくり、過去最悪赤字から純利益1兆円へ甦り、“記憶”ではなく“眼”で半導体世界一を握った会社」。

    同じ戦後・同じ半導体でも、勝ち筋は一つではない。 捨てるべきものを捨て、握るべきものを握った者が、荒波を越える。

    次回予告

    次は、キオクシアもソニーの“眼”も——そのすべての半導体を「作る装置」で世界を握る日本企業、東京エレクトロンを取り上げる。スマホもAIも、実はこの会社の機械から生まれている。日本の“隠れた王者”の話だ。


    ⚠️ 免責:本記事は事実と論点の整理を目的とした情報提供であり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。数字は変動し、本記事は調査時点(2026年7月)の情報に基づきます。投資判断はご自身の責任で行ってください。

    出典

    あなたへのおすすめ