メインコンテンツへスキップ
見出し画像

全社で契約したのに、ログインしているのは同じ顔ぶれでした。──水を流す前に、蛇口を配る六つの手順


    「うちはもう入れてますよ」。顧問先の社長がそう言うとき、社内で実際に開いているのは、たいてい同じ三人です。契約書には全社員の名前が並んでいるのに、手を動かしているのは、もともと詳しかった人だけ。私は長いあいだ、これをやる気の差だと思っていました。違いました。蛇口を配らないまま、水を流そうとしていただけです。土台をつくる六つの手を、順番どおりに書きます。

    画像

    導入は済んでいるのに、開いているのは同じ顔ぶれ

    顧問先を回っていて、いちばん多く出会う光景です。全社で契約は済んでいて、管理画面には社員全員のアカウントが並んでいる。それなのに、実際に開いているのは同じ三人か四人です。

    現在地は、だいたい三つに分かれます。

    一つめ。使っているのは、もともと詳しかった数名です。新しい道具が好きな人、若い社員、前の会社で触っていた人。この人たちは放っておいても使います。だから導入直後は、うまくいっているように見えます。

    二つめ。それ以外の現場は「便利そう」で止まっています。否定はしていません。むしろ興味はある。ただ、自分の仕事のどこで使えばいいのかが分からない。分からないまま今日の仕事が来るので、来週にします、が積み重なります。

    三つめ。社長だけが焦っています。展示会で他社の話を聞き、記事を読み、うちは遅れているのではないかと思う。それでも数字は動きません。三人が速くなっても、四十五人の会社の残業時間は減らないからです。

    ここで多くの社長が、やる気の問題だと考えます。私もそう思っていました。研修をやれば変わる、朝礼で言い続ければ変わる、と。変わりませんでした。

    止まっている理由は、三つとも会社の構造の側にあります。

    一つめは、専任がいないことです。情シスも総務も兼務で、繁忙期になれば本業に戻ります。「AI推進担当」という肩書きだけがあって、その人の仕事が一件も減っていない。だから止まります。

    二つめは、型が残らないことです。うまくいったやり方が、できる人の手元にしか残らない。隣の人は毎回ゼロから始めることになります。

    三つめは、使っても評価されないことです。作業を早く終わらせても得をしません。むしろ手が空いたぶん別の仕事が来る。それなら、いつもどおりのやり方で定時まで使うほうが、本人にとっては合理的です。

    これはやる気の問題ではなく、会社の構造の問題です。構造の話なら、順番を変えるだけで直せます。

    私はこの状態を、水道の工事にたとえて説明しています。町に水を引くとき、先に蛇口を配ります。全戸に蛇口が付いてから、水を流す。順番が逆になると、水は出ているのに使える家が数軒だけ、という状態になります。多くの会社が、いまこれをやっています。契約という水は、もう流れているのです。蛇口が、三つしか付いていない。

    画像


    社員四十五名、二工場。開いていたのは技術部の三人でした

    ここから先は、複数の支援先の事例を一社のモデルケースとして再構成しています。特定の会社の話ではありません。

    金属加工の会社です。社員四十五名、工場が二つ。社長は六十代前半の二代目です。私がお会いしたのは、全社ライセンスを契約してから、ちょうど一年が経ったころでした。

    社長室で、開口一番こう言われました。「うち、もう入れてるんですよ」。管理画面を一緒に開きました。四十五アカウント、全部発行済み。過去三十日で一度でもログインした人は、三名でした。技術部の若手が二人と、設計の課長です。

    そのときの社長の表情を覚えています。怒っているのでも、落ち込んでいるのでもなく、腑に落ちない、という顔でした。「配ったんですけどね」。

    何があったのかを順に聞いていくと、原因は能力でも予算でもなく、順番でした。

    一年前、この会社は導入をこう進めていました。総務課長が旗振り役になり、「まずは技術部でやってみよう」と決めた。理由はもっともです。図面や加工条件を扱う部署なので効果が出やすい。うまくいったら他部署に広げる。よくある進め方です。

    ところが、これが決定的でした。他の部署にとって、この決定は「うちはまだ関係ない」という通知として届いたのです。製造課の班長は、私にこう言いました。「技術がやってるやつですよね。うちの話じゃないと思ってました」。

    蛇口が付いていない家の人が、水道の話を自分ごとにするのは無理です。

    もう一つありました。導入と同時に配られた、A4一枚の利用ルールです。一行目がこうでした。「業務情報の入力は原則禁止とする」。二行目から、してはならないことが十一項目、並んでいました。

    現場の人がこれを読むと、こうなります。何を入れていいのかは書いていない。何を入れたら怒られるかだけが書いてある。だったら、触らないのがいちばん安全だ。

    私は工場の休憩室で、四十代の班長さんにこの紙を見せてもらいました。折り目が付いていて、日付は一年前。「これ、読みました。で、結局うちの図番って入れていいんですかね」。誰も答えを持っていませんでした。総務も、答えを決めていなかったからです。

    こうして一年が経っていました。使われていない理由は、全部この会社の中にありました。蛇口を三つしか付けず、水源の場所を貼り出さず、社長自身が一度も蛇口をひねっていなかった。それだけです。

    社長が、自分の見積もりを、自分で頼んでみた日

    二回目の訪問で、私は社長にひとつだけお願いをしました。「来週の一週間、社長ご自身の仕事で使ってみてください。社員には言わなくていいです」。

    社長は最初、断りました。「私はそういうのは苦手なので、若い者に」。これも、よく聞く言葉です。私は食い下がりました。全社に広げる手は他にもある、ただ、この一手だけは代わりがきかない、と。

    一週間後。社長は金曜の午後にいつもやっている作業を、自分の机で頼んでみたそうです。取引先ごとに条件の違う見積もりについて、その根拠を書き出す作業でした。これまでは過去のファイルを開き、条件を思い出しながら手で組み立てていた。三十分から一時間かかる仕事です。

    最初の返答は使えなかったそうです。前提が足りていない。社長は前提を足しました。二回目も、少し違う。三回目で、自分が書くのとほぼ同じ骨組みが返ってきた。かかった時間は十二分だったと、社長は手帳にメモしていました。

    次の訪問のとき、社長は会議室に幹部を四人呼びました。私も同席しました。社長はプロジェクターも使わず、自分のノートパソコンを机の真ん中に置いて、四人にその画面を覗き込ませたのです。そして、その場でもう一度、同じ作業をやって見せました。

    打ち込む手つきは、決して速くありませんでした。途中で一度、書きかけの文を全部消して打ち直しました。誰も笑いませんでした。製造課長が「社長、それ、うちでもできますか」と聞いたのは、五分も経たないうちです。

    会議室の空気が変わったのは、成果が出たからではありません。社長が下手なまま使っているところを、全員が見たからです。

    社長はあとで、私にこう言いました。「私が使ってないものを、使えと言ってたんですね」。

    ここが分かれ目です。経営者が使っていない道具を、現場が本気で使うことはありません。理屈は簡単で、社長が触っていないものは、社内で「やってもやらなくてもいいもの」に分類されるからです。人は、上が時間を賭けていないものに、自分の時間を賭けません。

    もっと言えば、社長が下手に使っている姿のほうが、うまい使用例より効きます。技術部の若手が鮮やかに使いこなす姿は、他の部署から見ると「あの人だからできる」に見える。六十代の社長が消しては打ち直している姿は、「あれでいいなら自分もできる」に見えます。会社の中で誰よりも下手に見えていい人がいるとすれば、それは社長です。

    画像


    私自身も、蛇口を配らずに水を流そうとしていました

    偉そうに書いていますが、私も同じ失敗をしています。

    自社で新しい道具を入れたとき、私は「まず使えそうな人から」と考えました。飲み込みの速い社員を三人選び、その三人に先に渡した。残りには「順次広げます」と伝えました。効率的なつもりでした。

    三か月後、その三人はよく使っていました。それ以外は、一度も開いていませんでした。私が「順次広げます」と言ったとき、残りの社員が受け取っていたのは「あなたはまだ対象外です」という意味だったのです。

    もっと悪いことに、私自身が使い込んでいませんでした。社内向けの資料は、いつもどおり自分で書いていた。旧来のやり方で作った資料を配りながら、これからはAIだ、と言っていたわけです。

    さらにひとつ、時間の話でやらかしました。私は「空いた時間に触ってみて」と言いました。空いた時間は来ませんでした。それは怠慢ではなく、目の前の仕事が先にあるという当たり前のことです。

    一年ぶんの時間を無駄にして、私は順番を組み直しました。全員に配る。入れていいものを先に示す。自分が先に使う。使う時間を業務として置く。聞く相手を決める。ルールの一行目を許可から書く。この六つを、上から順にやる。それだけです。

    以下、一つずつ書きます。順番に意味があるので、上から読んでみてください。

    打ち手01:全社に一斉配布する。選んだ瞬間に「使わない理由」が生まれる

    一つめは、全社に一斉配布することです。部署を選んで試すのをやめます。

    なぜそうなるのか。選抜は、実験の告知ではなく、除外の通知として届くからです。選ばれた部署には「これは君たちの仕事だ」と伝わります。同時に、選ばれなかった部署には「これは君たちの仕事ではない」と伝わります。後者のほうが人数が多い。会社の大半に、公式の「まだやらなくていい理由」を配ってしまうことになります。

    費用が増える、という反論はもっともです。ただ、三人ぶんの費用で三人が速くなるのと、全員ぶんの費用で会社の前提が変わるのとでは、買っているものが違います。前者は道具代、後者は工事費です。

    配るときの一言も決めておきます。「使い方はこれから決めます。まず全員の手元に置きます」。この一文があるだけで、「自分は対象だ」という前提が全員に届きます。使い方が決まっていないことは、恥ずかしいことではありません。蛇口を付ける工事と、何の水を流すかの相談は、別の日程でいいのです。

    水道でいえば、これが全戸への蛇口設置です。付いていない家は、あとで気が変わっても、工事からやり直しになります。

    打ち手02:禁止一覧ではなく、「入れてよい情報」を一枚で示す

    二つめは、社内で扱う情報のうち「これは入れてよい」を先に列挙して、一枚にまとめることです。

    なぜそうなるのか。人は、判断できないときに動きを止めるからです。禁止一覧は「やってはいけないこと」を教えてくれますが、「やっていいこと」の輪郭を教えてくれません。輪郭が見えない状態で作業に使えば、自分が線を越えたかどうかを自分で判定できない。だから、触らない側に倒れます。

    さきほどの会社で、班長さんが言った「うちの図番って入れていいんですかね」がまさにそれでした。彼はルールを破りたかったのではありません。破っていないことを確認したかっただけです。確認先がないので、使わないという結論になった。

    「入れてよい」を書くと、相談も減ります。判断がその紙の上で完結するからです。総務に一日十件来ていた確認が、週に一、二件になった会社もあります。数字は一例です。

    作るときのコツは二つです。抽象語で書かないこと。「機密情報を除く業務情報」と書いても、現場は自分の書類がどちらか判定できません。「加工条件表はそのまま入れてよい」「取引先の社名は伏せて入れる」と、目の前の書類の名前で書きます。もう一つは、三列にすることです。入れてよい/相談してから入れる/入れない。真ん中の列があるだけで、迷ったときの行き先ができます。

    たたき台は、自分の会社の情報を並べて相談すれば一時間で出ます。総務担当の方が最初に使うと、それ自体が練習になります。

    あなたは、中小企業の情報管理ルールをつくる担当者です。
    以下の会社が、生成AIに入れてよい情報/相談してから入れる情報/入れてはいけない情報を、社員が一枚で分かる形に整理してください。
    
    業種:【ここに業種を書く(例:金属加工、二工場)】
    社員数:【ここに人数を書く】
    社内で日常的に扱う情報:【ここに列挙する(例:図面、加工条件表、顧客名、単価、勤怠、取引先との往復メール)】
    
    出力は次の3列の表にしてください。
    ・列1「そのまま入れてよい」…具体例を10個以上、社員が自分の書類と結びつけられる言葉で
    ・列2「相談してから入れる」…誰に相談するかの欄も入れる
    ・列3「入れない」…理由を1行ずつ
    表のあとに、社員向けの説明文を200字以内で添えてください。禁止から書き始めず、できることから書いてください。
    画像


    打ち手03:最初の一歩は、社長が自分の仕事で使うこと

    三つめは、社長自身が、自分の仕事で先に使うことです。社員より先に、です。

    なぜそうなるのか。社内での優先順位は、号令ではなく、社長が何に時間を使っているかで伝わるからです。会議で三分間「AIを活用しよう」と言うより、社長が自分の作業でつまずいている姿を五分見せるほうが、はるかに強く効きます。前者は方針の伝達、後者は優先順位の証明です。

    期間は一週間で足ります。うまくやろうとしないほうがいい。

    最初の一歩として何をやるか迷ったら、自分の一週間を棚卸しするところから始めるのが確実です。社長は忙しいので、書き出す時間そのものが取れません。だから、口で話したものをそのまま貼れる形にしておきます。音声入力で五分ぶん話して、そのまま渡せば動きます。

    あなたは、中小企業の社長の仕事を整理する相談相手です。
    以下は、私が今週やった仕事を思い出しながら話したものです。話し言葉のままなので、重複や言い直し、言いかけて止まった箇所があります。読み取って整理してください。
    
    【ここに、今週やった仕事を思いつくまま話して貼る/五分ぶんで構いません】
    
    次の形で出してください。
    1. 表:作業名/今週かかった時間(推定)/私でなくてもできるか(○△×)/来週すぐ人かAIに渡せるか(○△×)
    2. 上の表から、来週いちばん先に手放すべき作業を3つ。理由を1行ずつ添えて
    3. その3つを社内の誰かに渡すときの、依頼文の下書き(各5行以内)
    分からない点は推測で埋めず、「確認したいこと」として最後にまとめてください。

    出てきた表を見て、社長がまず一つ、自分の手で頼んでみる。この一週間が、あとの三つの打ち手の効きを決めます。

    打ち手04:使う時間を、業務時間の中に置く

    四つめは、使う時間を業務時間の中に確保することです。週に一時間で構いません。ただし、業務としてです。

    なぜそうなるのか。「空いたらやる」は来ないからです。現場の一日は、来る順に埋まります。空き時間というのは、予定が入らなかった隙間のことで、そこに自主的な練習が入る余地はありません。新しいことに時間が使われるのは、それが仕事として置かれたときだけです。

    私が言い続けて失敗したのが、まさにここでした。「空いた時間に触ってみて」は、優しい言い方に見えて、実は何も決めていない指示です。決めていない指示は、実行されません。

    置き方は具体的にします。曜日と時刻まで決める。たとえば「毎週水曜の十六時から一時間、班ごとに」。その時間は他の作業を入れない。上長が同席する必要はありませんが、上長がその時間を守ることは必要です。守られない予定は、三週目に消えます。

    もう一つ、その一時間で何をやるかを会社側が用意しておきます。時間だけ与えて「自由に触ってみて」と言うと、何をすればいいか分からないまま一時間が終わります。いま毎週やっている作業から、置き換える候補を先に決めておきます。

    あなたは、現場の作業を見直す改善担当です。
    以下は、ある部署が毎週やっている作業の一覧です。この部署に週1時間、生成AIを使う時間を業務として与えます。その1時間で置き換える作業を決めてください。
    
    部署名:【ここに部署名を書く】
    毎週やっている作業:【ここに列挙する。頻度と、だいたいの所要時間も添える】
    
    出力は次の形で。
    1. 表:作業名/週の時間/AIに置き換えたときに浮く時間(推定)/必要な準備/難しさ(易・中・難)
    2. 最初の1時間で取り組む作業を1つだけ選び、理由を3行で
    3. その作業を「来週の1時間」で試すための手順を、5ステップ以内で
    浮く時間は幅で示し、断定はしないでください。
    画像


    打ち手05:聞く相手を一人に決めて、その人の仕事を実際に減らす

    五つめは、社内で「これは誰に聞けばいいのか」の宛先を一人に決めることです。そして、その人の業務を、実際に減らします。

    なぜそうなるのか。詰まったときに聞ける相手がいないと、そこで作業が終わるからです。人は、二回続けて詰まると戻ります。使い始めの一か月は、詰まる回数がいちばん多い時期です。この時期に宛先がないと、せっかく配った蛇口が、また閉じます。

    ここで多くの会社がやってしまうのが、指名だけして終わることです。「じゃあ木村さん、よろしく」で終わる。木村さんの仕事は一件も減っていません。だから、相談が来ても後回しになる。二週間で「聞いても返ってこない人」になり、宛先は実質的に消えます。

    指名とは、肩書きを渡すことではなく、時間を渡すことです。週に三時間ぶんの相談を受けてもらうなら、その人がいま抱えている仕事から三時間ぶんを外す。外す先を決めて、引き継ぎまでやる。ここまでやって、初めて指名になります。

    外す作業の候補は、本人に考えさせないほうがいいです。自分の仕事を手放す提案を自分で書くのは、誰にとってもやりにくい。会社側が案を作って、本人に見てもらう順番にします。

    あなたは、業務分担を見直す人事担当です。
    以下の社員を、社内の生成AI相談役に指名します。相談を受ける時間を週に3時間つくるため、いまの業務のどれを誰に移すかを設計してください。
    
    対象者の現在の業務:【ここに、その人の1週間の仕事を箇条書きで貼る。時間の目安も分かれば添える】
    社内で手が空いている、または近い業務をしている人:【ここに名前と担当を書く】
    
    出力は次の表にしてください。
    ・列:現在の業務/週の時間/移せるか(○△×)/移す先の候補/引き継ぎに必要なもの
    表のあとに、次の3つを書いてください。
    1. 合計で何時間空くかの試算
    2. 移すのが難しい業務と、その理由
    3. 本人に伝えるときの説明文(5行以内、負担が増えるのではなく減ると分かる書き方で)

    宛先は一人で足ります。二人にすると、社員はどちらに聞くか迷います。迷いは、また作業を止めます。

    打ち手06:ルールの一行目を、「やっていい」から書く

    六つめは、社内ルールの一行目を、禁止ではなく許可から書くことです。

    なぜそうなるのか。人は文書の一行目で、その文書の性格を判断するからです。一行目が「原則禁止」なら、それは取り締まりの文書です。取り締まりの文書を読んだ人が取る行動は、原則として一つ、関わらないことです。中身に「ただし以下は可」と書いてあっても、そこまで読ませる力が一行目にありません。

    禁止事項をなくせと言っているのではありません。順番の話です。やっていいことを先に書き、禁止は後半にまとめ、それぞれに理由を一行ずつ添える。同じ内容でも、届き方が変わります。

    先ほどのモデルケースでは、この書き直しを総務課長が半日でやりました。一行目が「業務情報の入力は原則禁止とする」から、「日常業務の書類は、次の範囲でそのまま使ってかまいません」に変わった。中身の制限はほとんど同じです。それでも、休憩室の反応は変わりました。「これ、うちの加工条件表のことですよね」と、班長のほうから聞きに来るようになった。

    書き直しは、いまの掲示物をそのまま貼れば下書きが出ます。作った文章を、そのまま出さないことだけは守ってください。最終的な線引きを決めるのは経営者の仕事です。

    あなたは、社内ルールの文章を書き直す編集者です。
    以下は、いま社内に掲示している生成AIの利用ルールです。禁止から書き始めているため、社員が「触らない」ほうに倒れています。
    
    【ここに現行のルール文をそのまま貼る】
    
    次の条件で書き直してください。
    ・1行目を「やっていいこと」から始める
    ・禁止事項は残すが、後半にまとめ、理由を1行ずつ添える
    ・「原則禁止」「〜してはならない」を、社員が自分で判断できる具体的な言い方に置き換える
    ・全体を600字以内、中学生が読んで分かる言葉で
    書き直したあと、変更した箇所を「元の表現 → 新しい表現」の対応表で示してください。

    選抜から始めた会社と、全員に配った会社

    この六つを終えたあと、モデルケースの会社がどうなったかを書きます。

    三か月後、四十五名のうち月に一度以上ログインする人は、三名から三十名前後になりました。全員ではありません。それでも、開いている人のほうが多い会社になりました。数字は一例で、業種や時期によって変わります。

    変わったのは数だけではありませんでした。総務への確認が減りました。一枚の表で判断が済むからです。工場の休憩室で、班長同士が「それ、どう頼んだんですか」と話す場面が出てきました。一年前には一度も見なかった光景です。

    社長の言葉も変わりました。一年前は「うちはもう入れてますよ」でした。三か月後は「うちの製造課が先に慣れました」でした。主語が、契約から現場に移っています。

    ここで一つだけ、正直に書いておきます。この六つをやっても、成果はまだ出ていません。出ているのは、成果が出る土台です。全員の手元に道具があり、入れていい情報が分かっていて、社長が使っていて、時間が確保されていて、聞く相手がいて、ルールが許可から始まっている。ここまでが工事です。水を流して何を洗うかは、この先の話になります。

    順番を逆にした会社と比べると、差はここに出ます。選抜から始めた会社は、選ばれた部署の中では成果が出ます。ただ、それが会社の数字になるまでに、もう一度、除外された側の説得から始めることになる。一年前のあの会社が、まさにその位置にいました。

    画像


    経営者へ:水を流す前に、蛇口を配ってください

    社長にお伝えしたいことは、二つです。

    一つめ。使われていないのは、社員のせいではありません。私も自社で同じことをやって、一年を無駄にしました。選んで、待って、空いた時間に任せた。全部、私が決めたことでした。順番を決めているのは経営者だけなので、直せるのも経営者だけです。

    二つめ。この六つの中でいちばん効くのは、社長が自分で使うことです。費用も要りませんし、稟議も要りません。一週間あればできます。そして、これだけは代わりがききません。総務課長がどれだけ丁寧に説明しても、社長が触っていない道具は、社内で「やらなくていいもの」に分類され続けます。

    もし一つしか選べないなら、来週の自分の予定表に一時間だけ空けてください。そして、いつも金曜にやっている面倒な作業を、一度だけ頼んでみてください。うまくいかなくてかまいません。うまくいかなかった過程を、次の会議で幹部に見せてください。それが、この会社でいちばん強いメッセージになります。

    私が二百七十七社を回って分かったのは、うまくいく会社に共通しているのは投資額でも人材でもない、ということです。順番を守った会社が、うまくいっています。

    全員の手元に、同じ道具がある朝

    土台をつくるというのは、地味な工事です。派手な成果は出ません。写真も撮れません。それでも、この工事を飛ばした会社は、必ず一年後に同じ場所に戻ってきます。管理画面を開いて、三人しか使っていないことに気づくところから、また始めることになる。

    全員の手元に、同じ道具がある。入れていい水が決まっている。社長が自分でひねっている。時間が業務の中にある。詰まったら聞ける人がいる。紙の一行目が「やっていい」から始まっている。

    この六つが揃った朝から、会社の景色は変わります。誰かが特別なことをしなくても、使う人が自然に増えていく。増えたあとで、何を流すかを考えればいい。順番は、そちらが先です。

    蛇口を配るところから、始めてください。

    画像


    あわせて読みたい

    導入したのに、変わったのは一部の人だけ。──個人技のAIを、会社の力に変える30の打ち手

    https://note.com/comix_ceo162230/n/n4c2043eb166f

    導入コストは月3,000円。消えた残業代は月23万円。

    https://note.com/comix_ceo162230/n/nb746930487ce

    「全部私が確認する」が、いちばん危ない。

    https://note.com/comix_ceo162230/n/n4b9ccca9dacf

    鈴木章裕

    株式会社コミクス 代表取締役

     
     
    AI活用のご相談→ https://www.comix.co.jp/contact/ 株式会社コミクス代表取締役。生成AI活用支援実績304社(2026年9月末現在)。営業・資料作成の効率化、AIエージェント導入を支援。何から始めるか迷っている段階でもご相談ください。

    あなたへのおすすめ