
AIに「もっと良くして」と言うほど、成果物は悪くなる。
「もっと良くして」。これは、経営者がAIに一番よく投げかけ、そして一番AIをダメにする言葉です。クライアントの企画書には赤ペンでプロ級のダメ出しをする人が、AIには「いい感じにして」しか言わない。私が支援先で何度も見てきた光景です。成果物がいまいちなのは、AIの性能のせいではありません。私たちが返すフィードバックの質が、そのまま出力の質になっているだけなのです。今日は、その話をします。

出力がいまいちなのは、AIのせいではなかった
AIを業務に入れた経営者から、私はほとんど同じ愚痴を聞きます。「最初はすごいと思ったけど、使い込むほど微妙」「結局、出てきたものを自分で直している」「便利なのか不便なのか分からなくなってきた」。この3つは、業種も規模も違う会社から、判で押したように出てきます。
もう少し踏み込むと、この愚痴の裏にはたいてい共通の期待外れが隠れています。「正しく頼めば、一発で完璧なものが返ってくるはず」という期待です。検索エンジンに慣れた私たちは、正しい言葉を入れれば正しい答えが出る、という感覚を長く使ってきました。けれどAIとの仕事は、検索よりも、新人に仕事を任せる作業にずっと近い。一度で仕上がることはまれで、やり取りを重ねる中で精度を上げていくものです。この前提がずれたまま、「一回で良いものを出せないなら使えない」と見切ってしまう。とてももったいない話です。
面白いのは、その人たちが決して「使えていない」わけではないことです。指示の出し方はうまい。プロンプトの本も読んでいる。役割を与え、前提を書き、例まで添えている。それでも成果物が伸びない。理由を一緒に探っていくと、共通点が浮かびます。みなさん、AIに最初の指示を出すことには全力なのに、返ってきた成果物への反応がびっくりするほど雑なのです。
「うーん、なんか違う」「もうちょっと、こう」「もっと良くして」。返しているのはこの手の一言だけ。これは指示ではなく、感想です。感想を受け取ったAIは、何を直せばいいのか分からないまま、当てずっぽうで作り直します。運が良ければ改善し、悪ければ迷走する。そしてもう一度、感想が返ってくる。この繰り返しの中で、成果物は良くなるどころか、少しずつ形を崩していきます。
ここに、いま多くの現場で見落とされている転換があります。数年前まで、AI活用のコツは「最初の指示をどれだけ磨けるか」でした。いわゆるプロンプトエンジニアリングです。けれど実務でAIを回すようになると、勝負を分けるのは一発の指示ではなく、作らせる→評価する→フィードバックする→また作らせる、というやり取りのループ全体をどう設計するかだと分かってきました。私はこれを、プロンプトエンジニアリングの次に来る「ループエンジニアリング」と呼んでいます。
そしてループの質を決めているのは、真ん中にある「フィードバック」です。ここが感想のままだと、どんなに賢いAIも劣化していく。ここを事実に変えるだけで、同じAIが別物のように仕上げ始める。今日の話は、この一点に絞ります。
クライアントには赤ペン、AIには「いい感じに」だった会社
具体的な話をします。なお、ここから紹介するのは、複数の支援先での出来事を、1社のモデルケースとして再構成したものです。数字も、あくまで一例として読んでください。
従業員18名の広告制作会社です。社長は50代で、この道30年の職人肌。クライアントから上がってくる制作物には、それはもう厳しい。「このコピー、主語がぶれてる」「余白が詰まりすぎ、視線が迷う」「3案あるけど、2案目は方向性が違うから捨てて」。デザイナー時代に叩き込まれた目で、一言一句に赤を入れていく。若手が震え上がるほど具体的で、そして的確でした。
その会社が、提案書づくりにAIを導入しました。社長いわく「ドラフトをAIに作らせて、自分が仕上げれば爆速になるはず」。理屈は正しい。ところが数週間後、私が訪ねると、社長は明らかに機嫌が悪かった。「章さん、これ全然使えないよ」。
画面を見せてもらいました。ある企業への提案書ドラフトをAIに作らせ、そこから社長が5回、修正を投げていました。ログが残っていたので、順に読ませてもらったのです。1回目「もっと良くして」。2回目「なんか刺さらないな、もっとインパクトを」。3回目「うーん、違う。もっとシンプルに」。4回目「シンプルすぎ。もっと厚みを」。5回目「全体的にいい感じにまとめて」。

出力の変化を追うと、見事に迷走していました。1回目で悪くなかった構成が、「インパクトを」で見出しが大げさになり、「シンプルに」で今度は中身がスカスカになり、「厚みを」で冗長な説明が戻ってきて、最後の「いい感じに」で全部が中途半端に混ざった。最初のドラフトのほうが、まだマシでした。社長は「ほら、やっぱりAIはダメだ」と言う。
私は特に、3回目の「もっとシンプルに」の前後を見比べました。2回目までの提案書には、導入後にどう業務が変わるかを描いた具体的な一節がありました。読み手がいちばん知りたい部分です。それが「シンプルに」の一言で、まるごと消えていた。社長の頭の中では「説明くさい前置きを削れ」という意味だったのに、AIには「短くしろ」としか伝わっていなかったのです。どこを残し、どこを削るのか。その線引きこそが社長の腕の見せどころなのに、その線引きだけが指示から抜け落ちていました。
私は、その隣にあった別の書類に目を止めました。若手が作ったチラシに、社長が赤を入れたものです。「キャッチは12文字以内。今18文字」「この写真、商品が主役なのに人物が手前すぎ。トリミングを1:1に」「価格は右下に、他の3倍のサイズで」。同じ人が書いたとは思えないほど、AIへの指示とは別世界の具体性でした。
念のため付け加えると、若手への赤ペンが厳しいのは、社長が若手を信頼していないからではありません。むしろ逆で、育てる気があるから、どこをどう直せば伸びるかを一つずつ言葉にしている。ダメ出しの細かさは、相手への本気度の表れなのです。ところがAIには、その本気がまるごと抜けていた。「どうせ機械だから、そこは汲んでくれるだろう」という無意識のあきらめが、指示を「いい感じに」の一言にまで痩せさせていたのだと思います。相手を軽く見ているつもりはなくても、言葉は正直にそれを映してしまいます。
私は聞きました。「社長、若手にはこんなに細かく言うのに、AIにはなんで『いい感じに』なんですか?」。社長は一瞬、黙りました。それから、ぽつりと言ったのです。「……AIには、そこまで言わなくても分かると思ってた」。
ここが、この会社の転機でした。人間の部下には「この見出しは3行を1行に、理由はスライドが縦に伸びて締まらないから」と、対象・理由・望む形まで言う。なのにAIには、頭に浮かんだ感想をそのまま投げていた。相手が優秀そうに見えるほど、私たちは説明をサボる。皮肉なことに、AIは「察してくれる部下」ではなく、「言われたことを言われた通りに全力でやる、極端に素直な新人」でした。

その日の夜、社長は自分が過去に若手へ入れた赤ペンを、ファイルから引っ張り出して読み返したそうです。翌朝、電話がかかってきました。「章さん、分かった。俺、AIに『感想』しか言ってなかったわ。若手には『事実』を言ってたのに」。この一言に、今日の記事の全部が詰まっています。
補足すると、社長は決して怠けていたわけではありません。むしろ逆で、優秀な人ほどこの罠にはまります。長年の経験で、若手の力量を見て「こいつにはここまで言わないと危ない」「こいつは任せられる」と、相手に応じて説明の細かさを無意識に調整している。その熟練の感覚が、AI相手だと裏目に出るのです。AIは受け答えが滑らかで、いかにも分かっている風に見える。だから経験豊富な人ほど「こいつは任せられるタイプだ」と誤読して、説明を省いてしまう。素直で優秀な新人に、指示だけが雑になる。これが多くの現場で起きていることです。
フィードバックの質が、ループの質を決める
では、感想を事実に変えるとは、具体的にどうすることか。私が支援先で必ず伝えている4つを、順にお話しします。
1. フィードバックには「3つの段階」がある
まず、自分のフィードバックがどの段階にあるかを知ることです。質には、はっきりと3段階あります。
第1段階は感想です。「なんか違う」「刺さらない」「いい感じにして」。これは自分の内側の反応をそのまま口にしただけで、相手が動ける情報がゼロです。第2段階は形容詞です。「もっと簡潔に」「もっと厚く」「もっとインパクトを」。一歩前進していますが、「簡潔」の基準は人によって違うので、AIは当てずっぽうを続けます。第3段階が観察可能な事実です。「この見出しが3行ある。競合の資料は1行なので、比べると重く見える。1行に削ってほしい」。ここまで来て初めて、AIは迷わず直せます。
同じ「刺さらない」でも、第3段階まで下ろすと指示はこう変わります。「冒頭の見出しが〈業務効率化のご提案〉になっている。これは競合3社も全部同じ言葉を使っている。埋もれるので、御社の"残業を月20時間減らす"という具体的な数字を見出しに出してほしい」。ここまで来れば、AIは、次に頼まれた別の提案書でも同じ判断ができます。感想は一回きりですが、事実は再現します。だから、良いフィードバックは1回の修正で終わらず、その後のすべての出力に効いてくるのです。

コツは、感想が浮かんだら、そこで止めないことです。「なんか違う」と感じたら、「どこが」「何と比べて」「どうズレているか」の3つを自分に問う。この3つが埋まれば、それはもう事実です。とはいえ、忙しい経営者が毎回きれいに言語化するのは大変です。そこで、その言語化そのものをAIに手伝わせます。違和感を投げると、質問で掘り下げて、事実のフィードバック文に翻訳してくれる相棒です。
会議のあと、成果物を見て「なんか硬い」とだけ感じた社長が、その場でスマホに向かって使うイメージです。
私はある成果物を見て「なんか違う」と感じています。
でも、どこがどう違うのかを言葉にできていません。
あなたは私の違和感を、AIが直せる具体的な指示に翻訳する係です。
【ここに成果物を貼る】
【ここに私の感想を一言だけ貼る:例「硬すぎる」「刺さらない」】
私に質問を返して、次の3点を一緒に特定してください。
・どの部分か(どの見出し・どの段落・どの数字か)
・何と比べてそう感じるのか(過去の資料・競合・話し言葉など)
・どうなっていれば違和感が消えるのか
特定できたら、最後に
「対象/比較/ズレ/望む状態」を1文にした修正指示を出力してください。広告会社の社長も、最初はこの翻訳機から入りました。感想しか言えなかった人が、いきなり事実で書くのは難しい。まずは「なんか違う」をAIにほどいてもらうところから始めれば十分です。
2. 「完成の定義」を、作らせる前に渡す
もう一つの大きな原因は、そもそも合格ラインを共有せずに作らせていることです。ゴールを見せずに走らせて、走り終わってから「そっちじゃない」と言う。これでは何往復あっても足りません。
対策はシンプルで、仕事を渡す前に「これができていれば合格」という条件を先に固めることです。私はこれを「完成の定義」と呼びます。提案書なら「決裁者が3分で投資判断できる」「導入後の数字イメージが1枚ある」「専門用語なしで課長にも読める」といった、合格の状態を先に言葉にしておく。この一手間で、AIは最初から正しい方向に走り、修正の往復が激減します。
完成の定義は、長い仕様書である必要はありません。むしろ長すぎると、誰も使わなくなります。私が勧めているのは、A4の3分の1くらい、箇条書きで5〜7項目です。「誰が読むか」「その人が何を判断できれば合格か」「絶対に入れるもの・入れないもの」「分量と締切」。この4種類が埋まっていれば十分です。作らせる前の3分が、あとの30分の手戻りを消してくれます。走り出す前に地図を渡すか、走り終わってから道が違ったと言うか。その差だと考えてください。

問題は、経営者自身も「何をもって合格か」を言語化できていないことが多い点です。頭の中に基準はあるのに、言葉になっていない。ここもAIに引き出してもらいます。仕事を任せる前に、まずこのプロンプトで合格条件を固める。これがループの「最初の一歩」です。話し言葉で答えればいいので、移動中に音声入力で回しても構いません。
あなたは私の仕事の相棒です。私がこれから任せたい仕事について、
合格ラインを一緒に固めてください。いきなり作業に入らず、
まず私に質問をしてください。
【ここに任せたい仕事を貼るか、話す:例「A社への提案書を作りたい」】
次の順で、1問ずつ聞いてください。
1. この成果物を最後に見る人は誰で、その人が何を判断できれば合格か
2. 絶対に外せない要素と、入れてはいけない要素は何か
3. 分量・形式・締切の制約は何か
4. 「これは良い」と言える具体的な状態を1つ挙げるとしたら何か
私の答えが曖昧なときは、そのまま進めず、掘り下げる質問を返してください。
最後に、聞き取った内容を「完成の定義(合格条件)」として
箇条書き5〜7項目にまとめて提示してください。若手に案件を振る前の社長が、通勤の車の中で音声入力で回すのに向いています。オフィスに着くころには、その日任せる仕事の合格ラインが1枚できあがっている、という使い方です。
3. AIに、自分で検証させてから出させる
完成の定義があると、次の一手が効いてきます。その合格条件に対して、AI自身にセルフチェックさせてから提出させるのです。成果物と一緒に、「どの条件を満たし、どこが満たせていないか」を○×で申告してもらう。人間が全部の粗探しをする必要がなくなり、そもそも粗の少ないものが上がってきます。
これは部下に「提出前に自分で見直したか」と問うのと同じです。見直しを習慣づけた部下の成果物が変わるように、AIも自己検証をセットにすると、初稿の完成度が一段上がります。
面白いのは、AI自身にチェックさせると、人間が見落とすような取りこぼしまで自分で拾ってくることです。「合格条件の3番、専門用語なしという点は、〈スキーム〉という語が2箇所残っているので×です」といった具合に。人は自分の書いたものを甘く見がちですが、条件表という物差しを渡すと、AIは容赦なく自分に×をつけます。この物差しを渡せるかどうかが、経営者側の準備の差です。物差しがなければ、AIも「たぶん大丈夫でしょう」と自分に甘くなります。人と同じです。
これから渡す「完成の定義」に沿って成果物を作ってください。
提出するときは、成果物の後ろに必ずセルフチェック表を付けてください。
【ここに完成の定義(合格条件の箇条書き)を貼る】
【ここに作ってほしい内容を貼る】
セルフチェック表は次の形式にしてください。
| 合格条件 | 満たしているか(○/×) | そう判断した理由・該当箇所 |
×が1つでもあれば、提出前に自分で直してから出してください。
どうしても満たせない条件があるときだけ、×のまま理由を添えて提出してください。これを定型文にして、成果物を頼むたびに頭へ貼っておくと効きます。あの会社では、提案書を任される若手が、社長にチェックを出す前に必ずこれを通す運用にしました。
4. 修正のたびに、差分を報告させる
もう一つ、迷走を止める仕掛けがあります。修正版を出させるとき、「どこを・なぜ変えたか」の差分表を必ず添えさせることです。先ほどの広告会社の迷走は、AIが黙って全体を作り直し続けたことで起きていました。差分を報告させると、指示していない箇所を勝手に変えるのを防げますし、こちらも「その変更はいらない」とピンポイントで返せます。
差分表にはもう一つ効能があります。AIが「なぜそう変えたか」を言葉にする過程で、こちらの指示の穴が見えることです。「ご指示の"厚みを"を、事例を2つ追加すると解釈しました」と返ってきて、初めて「いや、厚みじゃなくて根拠が欲しかったんだ」と自分の言葉の曖昧さに気づく。フィードバックのループは、AIを直す場であると同時に、自分の指示を研ぐ場でもあるのです。往復するほど、AIも自分も賢くなっていく。これが本来のループのかたちです。
修正版を出すときは、直した本文だけでなく、
「どこを・なぜ変えたか」の差分表を必ず先頭に付けてください。
【ここに私の修正指示を貼る】
差分表は次の形式にしてください。
| 変更箇所 | 変更前 | 変更後 | 変更した理由(私の指示のどれに対応するか) |
私が指示していない箇所を勝手に変えた場合も、
必ずこの表に載せて理由を書いてください。表にない変更はしないでください。そして最後に、これらのやり取りを使い捨てにしないことです。あなたが出した修正指示には、自社の判断基準が丸ごと詰まっています。「見出しは短く」「数字には根拠を」「主語をぶらさない」。これを毎回ゼロから言うのはもったいない。ログをためて、AIに基準を抽出させ、「うちの修正基準書」として資産化します。一度作れば、次からはこれを最初に渡すだけで、初稿の質が底上げされます。
これから、私が過去にAIへ出した修正指示のログを貼ります。
そこから、私(と自社)が繰り返し使っている判断のクセを抽出して、
「修正基準書 v1」としてまとめてください。
【ここに過去の修正指示をまとめて貼る】
次の観点で整理してください。
・何度も出てくる指摘(例:見出しは短く、数字は根拠付き)
・自社が大事にしている価値観が透けている指摘
・人によって揺れていて、基準を決めた方がよい論点
最後に「今後この基準で先に自己チェックしてから出す」チェックリスト形式で
10項目以内にまとめてください。広告会社の社長は、3週間分の修正ログをこれに通し、A4一枚の「うちの修正基準書」を手に入れました。次からは、新人でもこれを先に渡すだけで、初稿の景色が変わります。
修正5往復が、1往復になった
先ほどの広告会社が、この4つを回し始めてから何が変わったか。あくまで一例ですが、変化ははっきりしていました。
いちばん分かりやすかったのは、修正の往復回数です。以前は1本の提案書に平均で5回前後、感想を投げ合っていました。それが、完成の定義を先に固めてセルフチェックをセットにしてからは、1〜2回で仕上がるようになった。回数だけの話ではありません。往復の中身が「なんか違う」から「この数字の根拠を1行足して」に変わったので、1回あたりの手戻りが小さくなったのです。

社長の口ぐせも変わりました。前は画面に向かって「あー、もう」とうなっていたのが、「じゃあ、ここをこう」と具体的に指を差すようになった。若手に赤を入れるときのあの目が、AIに向くようになったわけです。本人いわく「AIが賢くなったんじゃない。俺の言い方が変わっただけ」。その通りだと思います。
もう一つ、地味ですが効いた変化があります。社長が作った修正基準書を、若手も使い始めたことです。それまで社長の頭の中にしかなかった「良い・悪いの線引き」が、初めて言葉になって共有された。新人が提案書を作るとき、まずその基準書をAIに渡してから書かせる。すると、社長がチェックする前の段階で、社長の目にかなり近いものが上がってくるようになりました。ベテランの暗黙知が、AIを経由して社内の共有財産に変わったわけです。これは、社長ひとりが速くなること以上に、会社にとって大きな資産になりました。
社内の空気も少し変わったそうです。以前は、AIが出したドラフトを誰かがこっそり全部書き直していて、「結局AIって二度手間だよね」という諦めが漂っていた。それが、完成の定義と修正基準書を共有してからは、若手でも初稿からそこそこ形になったものを出せるようになり、「これならたたき台に使える」と会話が前向きになった。時間の余裕も生まれましたが、それ以上に、AIをめぐる社内の諦めムードが消えたことのほうが、社長には大きかったようです。
数字で言えば、1本の提案書にかけていた社長の手直し時間が、体感で半分以下になったと話していました。もちろんこれは一例で、業種や案件によって効き方は変わります。それでも、浮いた時間そのものより、「AIに任せても大丈夫だ」という感覚が社内に戻ったことのほうが、この会社にとっては転機だったと思います。任せられないと感じられたツールは、どれだけ高機能でも、いつのまにか使われずに終わってしまいますから。
「もっと頑張れ」で育つ部下はいない
ここまで読んで、気づいた方も多いと思います。これは、AIの話であって、AIの話ではありません。人を育てる話とまったく同じ構造なのです。
「もっと頑張れ」で育つ部下はいません。「なんかイマイチ」で伸びる若手もいません。人が育つのは、「この資料のこの数字、出典がないと決裁が通らない。ここに1行足そう」と、事実で返してもらえたときです。AIも同じでした。相手が人間かAIかは、本質ではなかった。フィードバックの質は、そのまま経営者自身の言語化力なのです。
人材育成の世界では、良いフィードバックの条件として「具体的で」「行動に紐づいていて」「相手が次に何をすればいいか分かる」ことが挙げられます。これはそのまま、AIへの良い指示の条件と重なります。裏を返せば、部下を伸ばせる経営者は、AIも伸ばせる。すでに持っている力を、新しい相手に向けるだけなのです。難しい技術を新たに覚え直す話ではありません。
そう考えると、少し怖い事実が見えてきます。AIに「もっと良くして」しか言えない人は、たぶん部下にも同じことをしています。逆に、AIへのフィードバックを事実に変えられた社長は、若手への指導も自然と具体的になっていく。私は支援の現場で、これを何度も見てきました。AIを鏡にして、自分の指示の解像度が可視化されるのです。
だからこそ、AI活用は思っている以上に「経営者の仕事」です。ツールを買えば済む話ではない。むしろ、自分が普段どれだけ曖昧な言葉で人を動かしてきたかを、AIが正直に映し返してきます。それを面倒だと感じるか、自分の言語化を鍛える機会だと捉えるか。ここで差がつきます。
実際、私の支援先では、AIへのフィードバックを事実で書く訓練をした経営者ほど、会議での指示も変わっていきます。「例の件、いい感じに進めておいて」が減り、「来週水曜までに、A案の見積もりを、去年の相場と比べられる形で出して」に変わる。部下は動きやすくなり、手戻りが減る。AIのために始めたはずの言語化の習慣が、めぐりめぐって組織全体のコミュニケーションを底上げしていくのです。私が「AI活用は経営者の仕事だ」と繰り返すのは、こういう波及があるからです。

AIは、あなたの言葉の質を映す鏡
「もっと良くして」は、AIに一番よく投げられ、一番AIをダメにする言葉です。でも、それを言ってしまうのは、あなたが雑だからではありません。相手が優秀そうに見えるほど、人は説明を省くようにできている。ただそれだけのことです。
大事なのは、感想が浮かんだその瞬間に、ひと呼吸おいて「どこが」「何と比べて」「どうズレているか」を言葉にすること。合格ラインを先に渡すこと。検証と差分を報告させること。そして、そのやり取りを基準書として残すこと。特別な技術は一つもありません。若手を育ててきた経営者なら、すでに持っている力です。それをAIにも向けるだけです。
今日紹介したプロンプトは、まずは1つでかまいません。次にAIに何かを頼むとき、「もっと良くして」の代わりに「完成の定義」から始めてみてください。同じAIが、別人のように仕上げ始めるはずです。あなたの言葉が変われば、返ってくるものが変わります。
そして、完璧を目指さないでください。最初から第3段階の事実で書けなくても大丈夫です。「なんか違う」と感じてしまう自分を、責める必要もありません。ただ、その感想でやり取りを終わらせず、あと一歩だけ「どこが」を足してみる。その小さな習慣の積み重ねが、半年後には、AIとの仕事も、人との仕事も、まるで違うものに変えていきます。急がなくて大丈夫です。今日、次の一言を少しだけ具体的にする。そこから始めてください。
鈴木章裕
株式会社コミクス 代表取締役
生成AIの活用支援・業務自動化の顧問をしています。
経営者向けのAI活用情報を発信中です。