
1件5分、契約ゼロ。社長が今日から試せるAI活用ベスト10
AIを「導入」しようとすると、話が急に重くなります。誰が担当するのか、費用はいくらか、失敗したら誰が責任を取るのか。会議室でそんな相談をしている間に、私たちの一日は終わっていきます。でも、社長がスマホでAIを使い始めるのに、その会議はいりません。契約もお金も、担当者も要らない。必要なのは、配達を待つ5分と、指を動かす少しの勇気だけです。この記事は、読みながらその場で1個ずつ試せるように作りました。上から順番に、袖を通していってください。

「調べる」だけで一年が終わる会社が、あまりに多い
私は生成AI活用顧問として、いろいろな会社の社長とお会いします。そこで一番よく交わす会話が、じつはこれです。「うちもそろそろAIをやらないとね」。私が「何か試してみましたか」と聞くと、返ってくる答えはたいてい「まだ、これから」。悪気はありません。忙しいのです。そして、まじめな社長ほど「ちゃんと調べてから」と考えます。
その結果どうなるか。机の上には、セミナーでもらった資料がたまっていきます。ブックマークには「あとで読む」記事が並び、勢いで契約したツールのアプリは、ホーム画面の二枚目でほこりをかぶっている。調べることと、触ることのあいだに、深い川が流れているのです。
面白いのは、この川を渡れない理由が「難しそうだから」ではないことです。多くの社長が、渡る前に「渡るべきかどうか」を決めようとして、足を止めています。使ってみないと合うかどうか分からないものを、使う前に決めようとしている。順番が逆なんですね。もちろん、大きな仕組みを全社に入れるなら、委員会や稟議は必要でしょう。でも、社長が一人でスマホをいじるのに、その手続きは一切いりません。
なぜ、この川はこんなにも渡りにくいのでしょう。理由は、たいてい過去の失敗の記憶にあります。よかれと思って入れたシステムが現場で誰にも使われず、月々の利用料だけが引き落とされ続けた。あの苦い思いを、社長はよく覚えています。だから「また同じことになるのでは」と身構える。その慎重さ自体は、経営者としてまっとうなものです。ただ、その慎重さは、何十万円もする仕組みを会社に入れるときのためのものであって、無料のアプリを社長が一人で開いてみることには、本来まったく要りません。高い買い物をするときの重さを、ちょっと試すだけの場面にまで持ち込んでしまっている。それが、多くの会社で起きていることです。
私が現場でよく感じるのは、社長ほど「一人でやってみる」のが得意なはずだ、ということです。飛び込みで営業をかけ、資金繰りを一人で回し、誰も答えを教えてくれない決断を毎日してきた人たちです。その人が、こと新しい道具の前になると、なぜか「誰かがお膳立てしてくれるまで待とう」と受け身になる。もったいないと思います。AIほど、誰の許可もいらずに、社長がその日のうちに一人で試せるものはないのですから。
私がお伝えしたいのは、たったひとつです。AIは、導入する前に、まず試せる。しかも一件あたり5分、お金をかけずに。今日、この記事を読みながら、その一件目をやってしまいましょう。
配達待ちの5分で、社長のスマホが変わった日
ここでひとりの社長を紹介します。弁当製造と配食サービスをされている、従業員42名の会社のTさんです。50代で、現場からたたき上げてこられた方。厨房にも配達にも自分で入る、根っからの現場人間です。社内にIT担当者はいません。パソコンよりスマホ、キーボードより電話で仕事をしてきた人です。(なお、ここからのお話は、複数の支援先での出来事を、1社のモデルケースとして再構成しています。数字も、あくまで一例として読んでください。)
Tさんの机にも、やっぱり資料がたまっていました。取引先にすすめられて契約したツール、知人にもらったタブレット、どれも封を開けたきりでした。「勉強しないとなあ」が口ぐせで、その勉強はいつも来週に先送りされていました。私が「AIを使ってみませんか」と水を向けても、返ってくるのは決まって「いやあ、うちみたいな弁当屋にはまだ早いよ」。パソコンの前に座る時間なんてない、というのが本音だったのだと思います。実際、Tさんの一日は、朝は仕込み、昼は配達、夕方は翌日の段取りと、腰を下ろす暇もなく過ぎていきます。だからこそ私は、机に向かう必要のない使い方から始めてもらおうと考えました。座らなくていい、パソコンもいらない、スマホひとつでいい、と。

きっかけは、ほんの立ち話でした。私が「難しく考えないでください。今日の予定表をスマホで写真に撮って、AIに『これ、一件ずつ準備メモを作って』って言ってみてください。それだけです」とお願いしたのです。Tさんは半信半疑のまま、その日の午後、配達の車が来るのを駐車場で待つあいだに、スマホを取り出しました。予定表を撮って、言われたとおりに打ち込んでみた。
数十秒後、画面に、一件ずつに分かれた準備メモがずらりと並びました。訪問先の目的、着く前に確認しておくといいこと、終わったあとにやること。Tさんが頭の中でぼんやり抱えていたものが、目の前に文字になって出てきた瞬間でした。「おお」と、思わず声が出たそうです。大げさな話ではありません。ただ、待ち時間の5分が、いつのまにか仕事になっていた。それがTさんとAIの、最初の握手でした。

一度その手ごたえを知ると、あとは早いものです。Tさんは、仕込みの鍋が煮えるのを待つあいだ、配達の信号待ちのあいだ、事務所でお茶を入れるあいだ、次々とAIに話しかけるようになりました。会食の前に相手を調べさせ、朝礼で話すことを一緒に考えさせ、お客様からのお叱りメールへの返事を下書きさせる。どれも、机に向かってじっくり取り組んだわけではありません。すべて、これまで「ただ待っていた時間」に、スマホひとつで起きたことでした。
印象に残っているのは、ある取引先との会食の前でした。相手は、Tさんが長年おつきあいしたかった食材卸の専務さん。緊張していたTさんは、店に向かう電車の中で、スマホに向かって相手の会社のことを声で吹き込みました。返ってきたのは、共通の話題になりそうな切り口と、こちらから差し出すと喜ばれそうな一言、それに、あまり触れないほうがいい話題。Tさんはそれを頭に入れて、会食に臨みました。結果、話は驚くほどはずんだそうです。もちろん、AIが商談をまとめてくれたわけではありません。まとめたのはTさん自身の人柄です。ただ、いつもなら「何を話そう」と黙り込んでしまう最初の数分を、AIが用意してくれたひと言で、笑顔から始められた。たったそれだけで、場の空気がまるで違ったといいます。
別の日には、こんなこともありました。長く勤めてくれていたパートさんが、体調を崩して急に辞めることになったのです。Tさんは、送り出す朝礼で何を言えばいいのか、言葉が見つからずにいました。仕込みの手を止めて、スマホに「15年勤めてくれた人が体調で辞める。感謝を伝えたいが、湿っぽくはしたくない」とだけ打ち込む。返ってきた三つの案を眺めているうちに、Tさんの中で、自分の言葉のほうが先に固まっていったそうです。AIが書いたとおりに話したわけではありません。むしろ、AIの案を「これは違うな」とはねのけていく中で、本当に言いたかったことが輪郭を持ってきた。Tさんは、あの朝礼をいまでもよく覚えていると言います。AIは、答えを出してくれる機械というより、自分の考えを引き出してくれる相手だったのです。
こうした小さな成功が、一つ、また一つと積み重なっていきました。大事なのは、Tさんがどれも「失敗しても誰も困らない場面」から始めたことです。誰かに送る前の下書き、自分の頭を整理するためのメモ、当日までに準備しておく材料。うまくいかなければ、そっと閉じればいい。その気軽さが、Tさんを次の一件へと押し出していきました。
Tさんは今でも、大きなAIツールを会社に入れてはいません。契約もしていません。それでも、社長の一日はすっかり変わりました。変えたのは、導入ではなく、試すことだったのです。次の章では、Tさんが実際にやってみて手ごたえのあった10個を、試しやすい順番でそのまま渡します。
社長が今日から試せるAI活用ベスト10
この10個は、私が思いつきで並べたのではありません。3つのものさしで選びました。ひとつ、一件あたり5分以内で終わること。ふたつ、追加のお金が0円でできること。みっつ、社長ひとりで完結し、誰の許可もいらないこと。この3つを全部満たすものだけを、しかも効果を感じやすい順に並べています。

では、最初の一歩からいきましょう。
1. 今日の予定表を貼って、件ごとの準備メモを作らせる
Tさんが最初に握手したのが、これです。朝、車に乗り込む前の数分か、事務所を出る直前がおすすめです。今日の予定を写真か箇条書きで貼るだけ。準備の抜けが、その場で埋まります。
あなたは、私の一日の段取りを整える秘書です。
これから今日の予定を渡します。
【ここに今日の予定表の写真、または予定の箇条書きを貼る】
予定を1件ずつに分けて、それぞれについて次の3つを出してください。
・その予定は何のための時間か(目的を一言で)
・私が着く前にスマホで確認しておくと安心なこと 2つ
・終わった直後に忘れずやるべきこと 1つ
予定ごとに見出しをつけた箇条書きで、現場で使う言葉でお願いします。Tさんは、配達の車内でこの準備メモを一件ずつ読んでから商談に入るようになりました。「頭の中で忘れていたことが、ちゃんと文字で立ち上がってくる」のが安心なのだそうです。
2. 会食・商談の前に、相手さまを5分研究する
次にTさんがはまったのが、会食の前でした。運転しながら声で入れられるのが、キーボードの苦手な人にはありがたい。相手のことを少し話すだけで、当日の会話の糸口が手に入ります。
あなたは、初対面の相手と会う前の下調べを手伝うリサーチ役です。
これから会う相手のことを話します(音声入力でかまいません)。
【ここに相手の会社名・役職・分かっている範囲の情報を話す/貼る】
この相手と会食や商談で話すとき、次を挙げてください。
・場が和みそうな共通の話題の切り口 3つ
・相手が喜びそうな、こちらからの気づかいの一言 2つ
・触れないほうが無難な話題 1つ
ネット上で確認できない推測には、文末に「※推測」と印をつけてください。確かめようのない部分に印がつくので、Tさんは「言い切っていい話」と「探りながら話す話」を分けられるようになりました。知ったかぶりで滑る心配が減った、と笑っていました。
3. 朝礼の一言を3案出させる
毎朝、社員の前で何を話すか、地味に悩むものです。Tさんはこれを、仕込みの合間にやっています。今日の状況を一言入れるだけで、話し方の候補が3つ返ってきます。
あなたは、中小企業の社長の朝礼スピーチを考える相棒です。
今日、社員に伝えたい気持ちや出来事を渡します。
【ここに今日の状況を一言で貼る(例:昨日ミスが続いた/繁忙期に入る 等)】
これをふまえて、朝礼で話す1分ほどの一言を、次の3案で書いてください。
・ねぎらいを重視した案
・気を引き締める案
・前向きに背中を押す案
どれも話し言葉で。説教くさくならず、社員が思わず顔を上げたくなる言い方でお願いします。3案を見比べて、その日の空気に合うものを一つ選ぶ。選ぶだけなので、これも5分かかりません。Tさんは「自分の言葉に翻訳し直すから、まる写しにはならない」と言っていました。ここは大事なところです。
ここまでの3つは、実際に手を動かすと、AIとの距離がぐっと縮まります。ここで一度、10個の全体像を見ておきましょう。10個は、使う相手で3つのグループに分けられます。お客様や取引先に向かう「社外」、社員と会社に向かう「社内」、そして社長自身の頭を助ける「自分」です。

4. クレーム・お叱りメールへの一次返信の下書きを作らせる
配食の仕事をしていれば、ときにお叱りのメールが届きます。頭に血がのぼったまま返信すると、たいてい話はこじれます。Tさんは、まず下書きだけをAIに作らせ、自分は一呼吸おく時間をもらうようにしました。これは、相手を怒らせない返事の文面そのものを作る使い方です。
あなたは、お客様からのお叱りメールに最初の返信を書く、丁寧で誠実な担当者です。
これから届いたお叱りメールの本文を貼ります。
【ここにお客様から届いたお叱り・クレームのメール本文を貼る】
このメールへの「一次返信」の下書きを作ってください。条件は次のとおりです。
・冒頭でまずお詫びと、ご不便への共感を述べる
・言い訳や、責任のなすりつけをしない
・その場で断定できないことは「確認いたします」と正直に書く
・最後に、いつまでに次のご連絡をするかを添える
そのままメールに貼れる敬語の文章で。過剰な平身低頭は避け、落ち着いた誠実さでお願いします。念のため書き添えますが、これは「返す文面の下書き」であって、送信ボタンは必ずTさん自身が読み直してから押します。AIは、頭を冷やす数分と、たたき台を差し出してくれる相棒です。それ以上でも、それ以下でもありません。
5. 応募者の職務経歴書を貼って、面接質問リストを作らせる
42名の会社でも、採用はやってきます。面接の前に経歴書を眺めても、何を聞けばいいか浮かばず、当たり障りのない質問で終わってしまう。Tさんは、経歴書を貼って質問リストを先に作らせるようにしました。
あなたは、中小企業の採用面接を助ける人事アドバイザーです。
これから応募者の職務経歴書を貼ります。
【ここに応募者の職務経歴書・履歴書の内容を貼る】
この方の面接で私が聞くべき質問を、次のように分けて出してください。
・これまでの経験を深掘りする質問 3つ
・当社の現場になじめそうかを確かめる質問 2つ
・本人の本音や価値観が出そうな質問 2つ
あわせて、経歴書を読んで「ここは確認しておいたほうがいい」と感じた点があれば教えてください。質問リストが手元にあるだけで、面接の主導権が社長側に戻ります。Tさんは「何を聞くか」で悩まなくなった分、「どう聞くか」「相手の目を見て聞けているか」に集中できるようになりました。
ここから先の5つは、コードを載せません。やり方は同じで、AIに向かって「これを貼るから、こう手伝って」と話しかけるだけです。試着の感覚がつかめてきたら、自分の言葉で頼んでみてください。
6. 契約書・見積書を貼って、気になる箇所を指さし確認させる
リース契約や仕入れの見積書を、全部きちんと読む時間は、社長にはなかなかありません。そこで、書類を貼って「この中で、私が見落としがちな不利な条件や、確認したほうがいい数字を、指さすように挙げて」と頼みます。取引先での待ち時間の5分で十分です。作らせるのではなく、受け取った書類を一緒に見てもらう使い方だと考えてください。Tさんは以前、冷蔵設備のリース契約で、更新時の条件を見落として苦い思いをしたことがありました。細かい字を最後まで追う根気は、忙しいと続きません。だからこそ、機械の目に一度通してもらう安心感は大きいと言います。AIは契約の是非までは決めてくれませんが、「ここは人に相談したほうがいい」という赤信号を、素早く灯してくれるのです。
7. 銀行・金融機関との面談前に、想定問答を作らせる
融資の面談は、身構えるものです。移動中に「これから銀行と会う。うちの決算のざっくりした状況はこう。先方から聞かれそうな質問と、答え方の方向性を10個出して」とお願いしておく。聞かれてから慌てるのと、心の準備があるのとでは、当日の落ち着きがまるで違います。銀行の担当者は、こちらの数字を細かく見て面談にやってきます。Tさんは数字が得意なほうではありませんでしたが、想定問答を先に持っておくことで、「分からないので持ち帰ります」と言う回数が減りました。答えの方向性さえ頭にあれば、あとは自分の言葉で誠実に話せばいい。準備があるという事実そのものが、面談での背筋を伸ばしてくれます。
8. 自社ホームページを、顧客目線でチェックさせる
自社のサイトは、作った側の目でしか見られなくなっています。URLか、ページの文章を貼って「初めてこの会社を知るお客様の目で見て、分かりにくい所や、不安に感じそうな所を挙げて」と頼みます。自分の会社を、初めての人の目で歩き直してもらう。事務所で一服する5分で、直すべき点が見えてきます。Tさんの会社のサイトは、10年前に作ったまま更新が止まっていました。AIに顧客目線で見てもらうと、「アレルギー対応の記載が見当たらず不安」「問い合わせ先が分かりにくい」といった、当たり前だけれど自分では気づけない点が並びました。全部を直す必要はありません。指摘の中から一つ、今日直せるものを直す。それだけでも、サイトは少しずつお客様に優しくなっていきます。
9. 業界ニュースを1本貼って、自社への影響メモを作らせる
新聞やネットで見かけた、食材の値上げや衛生管理の記事を1本。「これは、うちのような42名の配食会社に、どんな影響がある? 明日から気にしておくべきことを3つ」と聞いてみます。ニュースを、他人事から自分事に翻訳してもらうわけです。配食の業界は、食材の相場や衛生の基準が、じわじわと動いています。Tさんは、それをつい「大きな会社の話」と他人事にしがちでした。でも自社への影響を一言にしてもらうと、「来月から仕入れ値が上がりそうなら、今のうちに献立を見直そう」と、手が動くようになりました。ニュースを読むことと、自社の明日を考えることが、5分でつながるのです。
10. 顧客からの定番質問3つを貼って、回答テンプレを作らせる
「アレルギー対応はできる?」「最低ロットは?」「当日の変更は?」。よく聞かれる質問ほど、答えが人によってばらつきます。定番の3つを貼って「電話口ですぐ言える、やわらかい回答テンプレを作って」と頼めば、社内で共有できる答えの型ができます。定番の質問への答えがそろっていないと、電話に出た社員によって言うことが違い、かえってお客様を不安にさせてしまいます。Tさんは回答テンプレを作って、事務所の電話のそばに貼りました。社長がいなくても、誰が出ても、同じ安心をお客様に渡せる。派手ではありませんが、こういう積み重ねが、配食のような信頼商売ではじわりと効いてきます。
10個を、今日いきなり全部やる必要はありません。今日は1番だけ、明日は気が向いたら2番。服屋さんで一枚ずつ手に取るように、ひとつずつ袖を通していけばいいのです。Tさんも、最初から10個を使いこなしていたわけではありません。気づいたら、待ち時間のたびにどれかを開くようになっていた。ただ、それだけのことでした。
試す前と、試したあと。社長の一日はこう変わった
Tさんの一日を、少し前と今で並べてみます。以前は、予定が頭の中でごちゃごちゃに絡まったまま朝を迎え、朝礼の前で言葉に詰まり、お叱りメールが一通来ると半日それを引きずっていました。面接はいつも出たとこ勝負で、終わってから「あれを聞けばよかった」と悔やむ。どれも、能力の問題ではありません。一人の頭で全部を抱えていたから、こぼれていただけです。
今はどうか。移動の5分ごとに、一件ずつ荷物が下りていきます。車に乗る前に段取りが整い、仕込みの合間に朝礼の言葉が決まり、お叱りメールには冷静な下書きが先にできている。たとえば準備メモづくりは、以前は机に向かって30分がかりだったのが、待ち時間の5分で下書きができるようになった——これはTさんの実感であって、会社や日によって差はあります。それでも、積もっていく効果は本人がいちばん感じています。

もうひとつ、Tさん自身も驚いていたことがあります。社員との関係が、少しずつ変わっていったことです。朝礼の言葉に詰まらなくなり、お叱りへの対応が落ち着き、面接での質問が的を射るようになる。社長に頭の余裕が生まれると、その余裕は不思議と社員に伝わります。ぴりぴりしていた朝の空気が、いつのまにか、少しやわらかくなっていた。AIが社員に直接何かをしたわけではありません。社長の頭の中の渋滞が解けたことが、まわりまわって、現場の空気にまで届いたのです。たった5分の試みが、思いもよらない所で実を結ぶ。ここが、私がいちばん面白いと感じるところです。
いちばん強調したいのは、この変化のどこにも、契約書もプロジェクトも研修も出てこないことです。全部、これまで捨てていた待ち時間の中で、スマホひとつで起きました。Tさんは一円も追加で払っていません。決裁もしていません。ただ、待つ代わりに、試したのです。
服は試着してから買うのに、なぜAIだけは会議で決めるのか
ここで、この記事でいちばんお伝えしたい話をします。服を買うとき、私たちは必ず試着室に入りますね。袖を通して、サイズを見て、鏡の前で似合うかを確かめる。試さずに「この服を買うべきか」を会議室で議論する人は、どこにもいません。着てみれば、一瞬で分かるからです。合わなければ、脱いで棚に戻せばいい。それだけのことです。
ところが、ことAIになると、私たちは試着室に入る前に立ち止まってしまいます。「導入すべきか」「効果はあるのか」「うちに合うのか」を、まだ袖も通していないのに、会議で決めようとする。合うかどうかは、着てみないと分からないのに、です。委員会を開いて結論を出す前に、社長がまず一人、試着室に入ってしまえばいい。
考えてみれば、私たちはこれまでも、新しい道具をそうやって受け入れてきました。携帯電話も、スマートフォンも、最初は「うちの仕事には要らない」と言われていたものです。それでも、誰かがまず手に取り、便利だと分かってから、当たり前になっていきました。「スマホを導入すべきか」を会議で議論した会社は、たぶんどこにもありません。みんな、まず自分のポケットに入れて、使いながら覚えたはずです。AIも、それと同じでいいのだと思います。難しい理屈より先に、まず一度、手のひらにのせてみる。合うか合わないかは、頭ではなく、指が教えてくれます。
この記事の10個は、全部その試着室です。一件5分、契約ゼロ。合わなければ、脱げばいい。誰にも迷惑はかかりません。似合うと感じたものだけ、あとで社員に広げるなり、道具として整えるなりを考えればいい。順番はいつも、試着が先、決断はその後です。

まず、今日の予定表を1枚
やることは、たったひとつです。スマホを取り出して、今日の予定表を1枚、写真に撮る。それを、この記事の1番に貼ってみてください。返ってきたメモを読んで「悪くないな」と思えたら、あなたはもう試着室に入っています。あとは、2番、3番と、袖を通していくだけです。
AIを会社に入れるかどうかで、悩む必要はありません。悩む前に、社長のポケットの中で、もう試せます。次に配達を待つとき、次に信号で止まったとき、次にお茶が入るのを待つとき。その5分が、あなたの会社が変わる最初の5分になります。
私はこれまで、たくさんの社長が、この最初の5分をまたげないまま一年を過ごすのを見てきました。正直、もったいない話だと思います。足りていなかったのは、才能でも、予算でも、まとまった時間でもありません。ただ「一度やってみる」という、その一歩だけでした。そして、その一歩は今、あなたのポケットの中に、もう入っています。
難しく考えず、まず袖を通してみてください。似合うかどうかは、それから決めればいいのですから。
鈴木章裕
株式会社コミクス 代表取締役