
私が妊娠中に遺書を書いた理由
妊娠すると、お腹の赤ちゃんのことをたくさん考えます。
名前はどうしよう。
どんな顔をしているんだろう。
元気に生まれてきてくれるかな。
そんなことを考える時間が増える一方で、私は毎回、別のことも考えていました。
もしものことがあったら、どうするか。
考えたくない話だけれど、妊娠や出産は命がけです。
母子ともに無事に出産を終えることが当たり前のように感じていても、
本当はそうではありません。
だから私は、妊娠するたびに「もしも」の話を夫としてきました。
母体か胎児か。1人目のときは夫に聞いた
1人目の妊娠中。
私は夫に聞きました。
もし、母体か胎児か、どちらかしか助けられない状況になったらどうする?
今思えば、とても重たい質問だったと思います。
でも私は、自分だけで決めることではないと思ったので、話し合うことにしました。
もし私が亡くなったら、残されるのは夫だから。
生まれた赤ちゃんと2人で生きていくのか。
それとも赤ちゃんを失い、妻を失うかもしれない現実と向き合うのか。
どちらを選んでも、背負うのは夫になります。
だから私は、自分の意見よりもまず夫の考えを聞くことにしました。
最後に責任を負う人の意見を尊重したかったからです。
2人目で考え方が変わった
2人目の妊娠では、私の考えは変わっていました。
理由は単純で、上の子がいたからです。
もし私に何かあったら、残されるのは夫だけじゃない。
上の子も母親を失う。
私は自分自身を守りたいから母体を選ぶのではなく、
上の子の生活や人生を守るために母体を選びたいと思うようになりました。
お腹の中の赤ちゃんももちろん大切。
できることなら助かってほしい。
でも同時に、すでに生まれて、毎日一緒に過ごしている子どもがいる。
その子の人生を考えたとき、私の答えははっきりしていました。
母体を優先してほしい。
それが当時の私の結論でした。
3人目で考えたのは「どちらも助ける方法」だった
3人目の妊娠では、夫婦の意見は一致していました。
母体優先。
そこに迷いはありません。
でも、3人目のときに私たちが本当に考えていたのは、
どちらを選ぶかではなく、
どうすればどちらも助けられるかでした。
我が家には先天性の疾患を持つ子どもがいる。
病気が見つかったとき、私たちはたくさんの人に支えられました。
同時に、親が倒れてはいけないことも痛感しました。
だから3人目の妊娠では、できる限り準備をすると決めていました。
出生前の検査。
病院選び。
万が一のとき、どこの病院に搬送されるのか。
周産期センターとの連携。
NICUの体制。
「もし何かあったら」を前提に、できる限り情報を集めました。
母体優先という考えは変わってはいません。
でも本音を言えば、母体か胎児かなんて選びたくないです。
母親も助かってほしい。
赤ちゃんも助かってほしい。
そのために今できることを考えていたのが、3人目の妊娠です。
それでも、助からないことはある
どれだけ準備しても、
どれだけ慎重に病院を選んでも、
どれだけ情報を集めても、
それでも助からないことはあります。
私は妊娠するたびに、その現実から目を背けないようにしてきました。
母体か胎児か。
その話は確かに大切だと思います。
でも、考え続けているうちにあることに気づきました。
本当に考えなければいけないのは、その先かもしれないと。
もし私が助からなかったら、残された家族はどうなるのか。
子どもたちは何を知りたいと思うんだろう。
夫に伝えておきたいことはないだろうか。
だから私は遺書を書いた
遺書という言葉は少し大げさに聞こえるかもしれません。
実際、私も最初はそう思っていました。
でも、遺書を書くことは死ぬ準備ではなかったんです。
残される人のための準備です。
子どもたちに伝えたいこと。
夫に伝えたいこと。
家族への感謝。
もし私がいなくなったときに、言葉として残しておきたいものを書きました。
使われないなら、それが一番いい。
ずっと引き出しの中に眠ったままなら、それが一番の幸せです。
それでも私は書いておくことにしました。
なぜなら、妊娠や出産が命がけだと知っていたから。
考えたくない話ほど、元気なうちに
母体か胎児か。
遺書を書くかどうか。
正解は人それぞれだと思います。
私の考えが正しいとも思っていないです。
ただ、ひとつだけ思うことがあるとしたら、
考えたくない話ほど、元気なうちに話しておいたほうがいいです。
夫婦で。
家族で。
冷静なうちに。
母子ともに無事に出産を終えることが一番です。
それは大前提として変わりません。
でも、もしもの話をしておくことは縁起でもないことではなく、
大切な人を守るための準備だと思っています。
私にとって遺書は、死ぬ準備ではなく、
残される人を守るための準備でした。