
50代、孫もいる主婦が、なぜアフリカで日本語を教えているのか?
Bula Vinaka!
「フィジー留学カラーズ」オーナー多田 祐樹です。
今日は、
カラーズの留学生のはなし。
しずよさんは50代。主婦で、お孫さんもいる。
多くの人が「もう挑戦する年齢じゃない」と思うタイミングで、彼女は
フィジー留学を選びました。
留学期間は5ヶ月。
英語が話せたわけでもない。
明確な目標があったわけでもない。
それでも、一歩外に踏み出した。
環境が変われば、人は変わるんです。
その言葉を、彼女はまさに体現しています。
通学路に、廃屋がありました。
そこに、ジョナという青年が一人で暮らしていました。
知的と聴覚に障がいがあり、
家族も、仕事も、食べるものもない。
彼女は、日本で障がい者支援の仕事をしていたこともあり、
彼のことが気になって仕方がなかったそうです。
でも、なかなか行動に移せない。
「何かしたい」と思いながらも、
勇気が出ない。
そんなある日。
「今やらないと後悔する」
そう思い、
買ったばかりのクッキーを彼に手渡しました。
すると彼は、言葉にならない声と笑顔で、
感謝の気持ちを伝えてくれたそうです。
その瞬間、彼女の中で何かが変わりました。
「私はここでは英語も話せない、何の役にも立たない存在だと思っていた。でも、誰かの役に立つことができた」と。
言葉が通じなくても、
心は通じる。
その体験をきっかけに、
彼女は自分の存在価値を認め、自信を取り戻したと言います。
そして不思議なことに、
そこから地元の人たちとの交流もどんどん広がっていったそうです。
彼女は言います。
フィジーには、
人に関心を向けること、
人を愛することが、当たり前にある文化があります。
日本では、良くも悪くも、人との距離を保つことが普通です。
だからこそ、このフィジーの空気や距離感が、人を変えるきっかけになるのだと思っています。
帰国後、彼女は新たな挑戦を始めます。
実はフィジーにいるとき、
彼女の中に一つの思いが芽生えていました。
「日本語を教える仕事をやってみたい」
その思いを後押ししたのが、
カラーズの先生たちの存在でした。
「Shizuyo、自分を信じて。私はできる と宣言しなさい」
帰国後、日本語教師の学校に1年間通い、
その夢に向かって本格的に動き出しました。
そして、今はなんと。
アフリカ大陸 カメルーンで、日本語教師として働いています。
最初からこの未来を描いていたわけではありません。
でも、一歩外に出たことで、
すべてがつながっていった。
こういう瞬間を何度も見てきました。
特別な人だけが、変わるわけではありません。
最初から明確な目標がある必要もない。
ただ、外に飛び出る。
それだけで、
人生は思ってもみない方向に動き出すことがあります。
彼女はこう言っています。
「無限の可能性というのは本当にあると思います」
「年齢は関係ありません」
そして、もう一つ印象的な彼女の言葉があります。
「一粒の種をまかなければ、芽も出ないし花も咲かない」
越境は、「種」や「既に芽吹いている芽」を探し出すきっかけになります。
もし少しでも何か感じるものがあれば、
一度、外に飛び出てみるのも良いと思います。
彼女のリアルな声は👇
https://colors-fiji.jp/interview31.html