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Photo bysayakamori

茶色いお弁当にありがとう

    ちなみ

    なんども書いているけれど、私が料理をするようになったのは、娘たちを産んでからだ。双子の娘たちは今年で6歳になる。私の料理歴も、そろそろ6年。が、どう頑張ってもへたっぴである。

    私の母も、料理が得意なほうではなかったと思う。

    なのに、私が通かよっていた小学校には給食がなく、お弁当を持参することが求められていた。中高生、短大生のお姉さんたちにまじって学食を利用する手もあったけれど、母はほとんど毎日お弁当を持たせてくれた。

    あるとき、同級生に言われた。

    「ちなみちゃんのお弁当って、茶色いね」

    えっ。

    たしかに、おかずは彩りに乏しく見えた。牛肉を甘辛く煮つめたものや、きんぴら、ちょっと変わったところではこんにゃくの煮物など、地味なおかずが多かったように思う。たぶん、母は祖母から教わったレシピをもとに日々の料理をこなしていたのだろう。

    同級生にそう言われてから、私は急に自分のお弁当が恥ずかしくなった。みんなのようにかわいらしいおかずを入れてくれればいいのに。口には出さないまでも、母への不満を募らせていった。

    家でも「茶色いおかず」が食卓にのぼると、私は不機嫌になることがあった。なんだろう、地味だなぁ。そう思うと悲しくなるのだった。

    当時、母はフリーランスとして英語を使う仕事をしていて、夜になにか作業をしていることがあった。

    ある晩、ぶつぶつ言いながら辞書をめくっている母の姿を、唐突に素敵だと思った。眉間に寄せたしわも、仕事のときにしか見られない眼鏡姿も、とても「いい」と感じた。母にしかないひたむきさを映しているようで。

    それ以来、母のことも、母の茶色いお弁当もそれほど嫌ではなくなったのを覚えている。友人にお弁当を茶色いとからかわれるのも気にならなくなった。

    お母さんは、お料理が得意ではないんだもん、仕方ないよ。そう思うと、茶色いお弁当が誇らしくなるくらいだった。

    私が成長したからそう思えたのか、母とのなにかしらの会話をきっかけに心境が変化したのか、今となってはわからない。

    でも、ひとつだけわかることがある。ほぼ毎日お弁当をつくってくれていた母はすごいということ。率直にありがとうと言いたい。

    数十年経ち、自分も母親となって、お料理に苦戦しているからかもしれない。お弁当づくり、大変なのよね。わかる。

    こうやって、母と娘は連帯を深めていくのだろうか。昔はわかりあえないことも多かった私たちの距離が、縮まるのを感じている。

    ああ、いつかうちの娘たちも「ママのお料理、見た目はよくないけど好き」なんて思ってくれないかしら。

     
     
     
    ライター、9歳双子の母。小さな幸せを大切にする、40代関西人。連続更新1300日超。|育児日記|思い出話|読書記録|ひとり井戸端会議|モノとわたし|自省のひと言| ご連絡は「クリエイターへのお問い合わせ」、またはDMにお願いいたします。

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