
白い花の知らせ
それは幾つかの蕾のうちのひとつがひっそりと開いた朝のことだった。
何日も前から蕾が膨らんできているのは気づいていたけれど、今日だったんだ。
いつものようにベランダに出て、いつの間にか巣立っていった燕の巣とその下のささやかな花壇を眺める。
白い小さな花。柔らかい輪郭の花びら。甘い香りがふんわりと広がっている。それは小さな幸せの輪で、そこに佇んでいるだけでもこころが解けていく。
朝の静かな時間帯に、本を読む。
街は動き始めているけど、そんなにひとも車も多くない。うちは大通りから1本入ったところにあるから、まだ静か。
今読んでいる本は新書で、この間書店に並んだばかり。美しい装丁とページの紙質に心ときめいて、数行読んで、もう買うことを決めた。作者さんのことはあまり知らない、でもそれはそれほど重要なことではなくて、ただ、素敵な本が手に入ったことと、これを読み進める間に私が過ごすことになる幸せな時間が約束されていることがとても嬉しかった。
本を読むときの姿勢がだいたい決まっている。
いつもの椅子に奥まで腰掛けて、体育座りのようになり、両膝の上に本を乗せて、読む。
たいてい息をひそめている。本にわりあい顔を近づけて読むので、少し首凝りになる。
ページを繰りながら物語のなかに見える景色と自分の心もちをいつも並べて観ている。物語の色が変化すると、私の心の色も変化する。いまの私は物語にこころを開いて預けきってしまっている。だから簡単にこころがその形を変えていく。
むかしは感情を一切揺らすことなく物語を読めたのに、近頃はもうすべて委ねてしまっているので、簡単に笑ったりしょげたり泣いたりする。
それをもうひとりの私が観ていて、こころが広がっていくさまや絞られているところを感じ取っている。
大きく場面転換しそうになると、ぱたんと本を閉じてしまう。
本を置いて(もちろん汚れないところに)、水を飲んだりトイレに行ったり身体を動かしたりする。
数十分で再び読み始めることもあれば、それが数日おいてからになることもある。
先日それが来た。
本は置いてある。そのまま。何かを身のうちにためている期間なのか、何かを待っているのか、自分でもよく分からないんだけど、手に取ることもなく視界に入れることもなく、数日経っている。
今朝、白い花が咲いた。
それはお知らせのような、なにかの合図のような、小さいけれど、たしかに私の胸のうちに届いて、カチリと音がした。
何事も無かったかのように、いつもの体勢になって本を手に取る。
栞は挟んでいないけど、どこだったか、すぐ分かる。
数日気持ちを寝かせたからなのか、準備が整ったからなのか、落ち着いて読み進めている。
分かっていたことが、いま、やって来る。それを体験している自分をさらに少し離れた場所から観ている。
読まない間に読み進めるための受け皿を培っていたのかもしれない。
その章を読み終える。
目を閉じて首を反らして静かに呼吸をする。章の余韻に浸る。
まだ言葉にはならない。それはいろいろな形になり、彩になり、音になり、私のなかに浸透していく。
いつか今感じているこの想いが、誰かに届けられるものになるかもしれない。誰かと共鳴できるものになるかもしれない。
ベランダに出る。
いつも見上げる、巣立った燕の巣。
また来るかな。
本を読むのって、燕が帰ってきてくれたときとよく似てる。
部屋に戻ると、白い花の甘い香りがした。
明日、また咲くかな。