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Photo byturara_note___

うつの人、猫ちゃんの思い出、実家仕舞い、それでも好きで人生は続く

    森絵 珈琲

    実家があったとき
    客間とわたしが寝起きしていた和室は襖で繋がっていた

    目覚めると客間でストーブをつけて
    家のものを整理してメルカリに出品のための撮影
    それが終わると、前日に売れたものを梱包

    その合間に気分転換でダンボール一杯のリンゴから
    好きなものを選んで、角切りにして、お鍋にお砂糖と一緒に入れて、ストーブの上で熱してジャムを作ったりした

    野良猫たちにご飯をあげるようになった両親
    NNNのネットワーク(ネコネコ、ネットワークの略)はすごく数年で6匹を超える猫ちゃんにご飯をあげるようになっていた

    都会では信じられないけれど
    庭がありそれなりに住空間にゆとりがあるからできたことと思う
    我が家は古いお家だったので庭も広く、猫が好きにしていた

    その中で、ちょっとだけ不細工に入るかもしれない、
    鼻のところに黒い模様がある猫がなぜか気になって、あんずちゃんと名付けて、たまにハムなどを少しだけ他の猫に内緒であげていた

    油断すると他の猫にハムを取られるので、慎重にあんずちゃんにあげた

    次第にあんずちゃんは私になれて、雪国の寒い外から
    わたしが呼んだときだけ客間に入ってくるようになった

    そのさい、気をつけないと杏ちゃんのパートナーの黄色も入ってきてしまう

    わたしはなるべく杏ちゃんだけ入れたかったが、黄色の俊敏さにいつも負けていた

    わたしは鬱で休職していて、実家でそんなふうに療養していたのだけれど、少ないお財布の中から、レトルトパックの生の猫ちゃんご飯を買うのを楽しみにしていた

    近所のドラッグストアで100円もしないで買えたので
    幾つか買って隠しておき、杏ちゃんが来たときだけあげていた

    だからますます杏ちゃんは懐いて、最後にはストーブの前で横になりお腹を見せてくれるまでになった

    問題は生の美味しいご飯を杏ちゃんにあげると
    黄色も食べるということだ
    それでは少ないだろうと結局、2袋あげることになり
    2匹の姿に、仕方ないなぁと思いながらもわたしは
    キャットフードの封を切るのだった

    杏ちゃんはあったかい室内でのんびりして、わたしはマッサージのつもりで頭から尻尾まで、全部を撫でて
    自作の歌を歌ったりした

    一度だけ杏ちゃんのお腹に顔を埋めた
    杏ちゃんはびっくりして、えっ?と顔をあげたけど
    そのときには私は何もしてないよという顔をして撫でつつけた


    実家のことは今でも思い出すし、杏ちゃんや猫たちは他のご近所さんが世話をしていたときいたが、切なくなる

    実家の客までの不思議な時間は今でも心のどこかが
    きゅんとなり、もう戻れないし、あの空間がないことは信じられないし、信じないでいきていくのだけれど

    杏ちゃんの思い出はいつまでも暖かい


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    杏ちゃんと黄色
     
     
     
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