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権威者の言葉と子供の言葉

    「正しい」と考えるに至る流れ。

    目上のひと、親、先生、学者、権力者、資産家、様々な立場のひとが発する言葉は説得力があり、いかにも真実を述べているような気になる。

    そのもっともらしい「正しい」はその人が思う「正しい」であって、自分にとっての「正しい」かは別の場合もある。(それぞれの立場や、流行った”忖度”なるものも含めて大人になるということだろうか)

    その点、子供が発する言葉は時に真実を語る。(文法的にも単語的にも言葉としては間違ってても伝えようとしてる内容という意味)

    子供が言うことだから、、、ではなく、その真実と向き合う(または寄り添って)真剣に対話することも必要ではないだろうか。


    経済成長と人生の豊かさを混同し始めている気がする。

    衆院選、子供たちの”声”を聞けるだろうか。



     
     

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    テキショクは半ドアの中に。 器用貧乏が生じて、閉じた社会から出口を探し、法律を拠り所にして定職を去り13年、少し哲学の入口に触れて様々なアウトプットの試練をnoteで体現してみる。文章ブサイクでごめんなさい! #同じトキを歩む人フォローバックします。よろしくお願いします。

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